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第二陣
④お薬大作戦
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「はぁはぁはぁ……きた……ついに……」
玄関から部屋まで走って来たので、息が荒く呼吸が苦しい。
簡単な封印がされていたので、指先に魔力を込めて触れたら結ばれていた紐がポロリと外れた。
俺の魔力に反応して開くようになっていたようだ。さすが用心深いヤツだけある。
ネズミに依頼していた物が届いた。
荷物係りのポールを言いくるめて、一ヶ月かかってやっと手に入った。
ガサガサと包みを開いて手にしたのは、いかにもな紫色の液体が入った小瓶だった。
「はっはっはっ……ついに手に入れたぞ……これで……全て上手くいくはずだ」
ほくそ笑みながら小瓶を手にしていたら、包みの中に説明が書かれたカード入っているのが見えてもう片方の手で取った。
「恋人達の夜、飲み物などに数滴垂らしてよく混ぜて飲むこと。効果は少なめ、軽いお遊び程度ですが、マンネリ気味のカップルにはぴったり……って! ネズミの野郎!! マグナム級の強力なヤツを頼むって言ったのに!!」
期待していた代物でなかったので、ガッカリして項垂れた。
しかし、これでもやるしかない。
なぜなら、のんびり使用人生活を楽しんでいる場合ではなくなったから。
最近レインズを見ると、ヤツの無表情の中に少しだけ変化を感じるようになってしまった。
喜怒哀楽が、わずかな眉の動きや目の輝きから理解できるようになり、いよいよヤバいと思うようになってきた。
マズイ、とてもマズイ兆候だ。
レインズのことを、気になり始めている。
いや、好きとかじゃない!
たぶん単純な興味だからまだセーフのはずだ。
それに、もっとマズイ事態になってきた。
お年頃のレインズの婚約者選びが本格化してしまった。
本人からそう聞いてはいないが、周りは誰を選ぶのかどこへ行っても耳に入ってくるし、有力候補と言われる令嬢がこのところ毎日レインズに会いに邸に来ている。
もし万が一婚約することになったら、さすがに誘惑して一発ヤリませんかなんて承諾してもらえる状況ではない。
仲良くなって拝んで頼んでみようなんて……、正直少しだけ考えていたが、そんな場合ではない。
俺はついに、奥の手を使うことにした。
それが今、この手の中にある媚薬だ。
はいはい、ありきたり過ぎてお前もかって声が聞こえてくる気がするけど、ソノ気になってもらうのなんて、それしかないじゃないか!!
外見の武器が効力ゼロなのだから、もう薬に頼るしかない。
本当なら勃起し過ぎて気が狂うぐらい強力なものをヤツに飲ませて、頃合いをみて俺が登場。
ご主人様、私めがお助けいたしましょう! を装って、騎乗位でフィニッシュしてやろうと目論んでいた。
「効果が少ないなら、一瓶全部入れてみよう。とにかく、これ以上おかしくなる前に、成敗しないと……本気でマズイ」
レインズが部屋にこもっている日や、予定がない日、俺が気分転換にと飲み物を持っていく、それが無理のない流れだ。
小瓶を開けて匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。これならいいだろうとズボンのポケットに忍ばせた。
もうすぐに決行だ。
俺は焦っていた。
とにかく早くしなければと、それしか考えられなかった。
ガチャンと品のない音を立ててカップがソーサーの上に跳ねた。
イラついているのは、張り詰めた空気で部屋に入ってすぐに分かった。
ある意味分かりやすくて素直な女性なのかもしれない。
「おの、お茶のお代わりを……」
「結構よ、話しかけないで」
なぜ急に呼び出されてこれを持って行ってくれと言われたのかよく分かった。
みんなこの空気に耐えられなくて押し付け合ったのだろう。
そこをフラッと通った俺に、白羽の矢が立てられたようだ。
話しかけるなと言われても、何かあったら対応しないといけないので、一人は部屋に立っていないといけない。
仕方なしにワゴンを廊下に片付けてドアの横に立った。
今まで何度も来ているが、俺が対応させられたのは初めてで、どんな顔かちゃんと見たのも初めてだった。
リンダ・ルドヴィカ。
ルドヴィカ伯爵家のご令嬢で、レインズの婚約者候補の筆頭と呼ばれる人だ。
去年社交会デビューをして、瞬く間に男女問わずその魅力に心を奪われたと言われている。
それはお世辞ではないと、実際の本人を目にすると痛いほどよく分かる。
綺麗な人だ。
頭のてっぺんから爪の先まで、完璧に整えられていて、どこもかしこも美しい。
艶のある赤毛に、芽吹いた若葉のような淡い緑色の瞳。
目鼻立ちはハッキリしていて目の覚めるような美人とは彼女のことを表しているようだ。
今日も邸に押しかけて、レインズとの対面を望んでいるが、当の本人は仕事が忙しいと昨夜からずっと部屋にこもっていて誰とも会わない。
そんな状態なのに、リンダは待つと言って朝から待っている。
しかし、いっこうにレインズが出てこないので、イライラが頂点に達しているようだった。
「地味ね」
「え?」
いきなり声が聞こえたので、ハッとして顔を上げるとリンダが俺のことを見ていた。
暇すぎて何か言わないと気が済まなくなったのだろうか。
「地味な毛色に長ったらしい前髪、邸にはこんな使用人しかいないのかしら。私がここの女主人になったら一番にあなたを解雇するわ。貴族は人からどう見られるか重要よ。貴方みたいな人間は品位を下げるの。言っている意味、分かる?」
「は…はい」
「聞けば奴隷上がりなんですってね。レインズ様のお気に入りだからって、調子に乗っていられるのも今のうちよ。私は容赦しないから、焼印を付けて奴隷市場に落としてあげる」
どうやら綺麗なだけではなく、性格もそうとうキツい女性のようだ。
ルドヴィカ伯爵は交易事業で大変な功績を上げていて、ルドヴィカ家との婚姻は両家の繁栄のためになるとみんな言っている。
だが、こんな気の強そうな女性とレインズが、上手くやっていけるところが想像できなかった。
「……旦那様のご命令でしたら、私は……それで結構です」
「まあ、生意気ね。これだから奴隷は嫌なのよ。卑しい身分で対等に扱われようなんて高望みをするでしょう。貴方達は所詮道に転がる石ころと同じなのよ。もしかして、一生レインズ様の側にいられるなんて思っていないでしょうね? 貴族の結婚はお互いの利益のもと交わされるのよ。奴隷の分際で……大それた夢を見ることすら腹立たしいわ」
俺はこの女を悪人リストに入れなかった神の資質を疑い始めた。
というか、入れられても俺は勃たないし、成敗しようがないのだが。
カチンと来たので言うだけ言ってやろうと口を開いた。
「……さっきから大人しく聞いていれば、キャンキャンよく吠えるメス犬だな」
「なっ…あ…あ…貴方…正気!?」
「品位にこだわるなら、その凝り固まった考え方をどうにかしろ。他人の家の食器を雑に扱って、イラついて使用人に当たり散らす、それがお嬢様のやることかよ?」
「奴隷の分際で私に説教? なんて失礼な使用人なの! 今すぐ筆頭執事を呼んできなさい! 私の目の前で鞭を……」
コンコンとノックの音が響いて、激昂していたリンダは口を閉じた。
俺がドアに近づいて開けると、立っていたのはレインズだった。
いつもと変わらない姿だったが、徹夜したのか目元に少し疲れが見えた。
「大変お待たせしたようですね。声が廊下まで響いておりましたが、何かありましたでしょうか」
「レインズ様、お待ちしておりましたわ。一目だけでもお会いしたくて……、来ていただけて嬉しいですわ」
リンダはさっきまで鬼の形相で俺を睨みつけていたのに、レインズの登場でコロリと変わって、恋心を募らせた儚げな令嬢の顔になっていた。
「リンダ嬢、申し訳ないのですが、突然押しかけられても困ると何度もお伝えしています。約束は書面にて承りますので」
「そ…そんな、お手紙だと、いつも断られて……私、私……どうしても、好きなのです」
目に涙を浮かべたリンダは、まるで女優だ。貴族の令嬢の必須スキル、演技力を見せつけられたようだった。
こんなに綺麗な人が泣いていたら、男なら手を差し伸べてしまうだろうと思ってしまった。
レインズもきっと……
俺は見ていられなくて、自分のズボンをギュッと掴んで下を向いた。
レインズはゴホンと咳払いしてから、今まで一番低い声を出した。
「さて、ここまで当主として筋は通したわけだから、ここからは個人的に話をさせてもらおう。ルドヴィカ伯爵とは懇意にさせてもらっているが、必要とあらば一族郎党、レジール川に浮かぶ死体になってもらうことは容易い、ということだ」
「……は?」
目元の涙をわざとらしく指で拭いながら赤い目をしていたリンダは、理解できなかったようでずいぶんと野太い声を上げた。
「リンダ嬢は私が誰だか分かっていないようだから、まずは自宅に帰って、両親が邸の庭に吊るされていたら、事の重大さを理解してくれるだろうか?」
「えっ…なっ……」
「今まで面倒だから放っておいたが、よくもリヒトにあのようなことを……、俺の大事な人を侮辱するということは、死を意味する。そうだな死が嫌なら、奴隷として生きていけるように手配してやろう。どちらがいいか、今選べ」
「ひっ…ひぃぃ………そんなっ、わわわ私……無理です。ごごごめんなさいっっ、ししし失礼しますっっ」
顔面蒼白になったリンダは、足が震えて動かなくなったのか、床に転がりながら何とか立ち上がり部屋から出て、メイド達に支えられながら逃げて行ってしまった。
まさかこんなことになるとは。
俺は唖然としてリンダが出て行ったドアを見ながら立ち尽くしてしまった。
レインズを見たら指を立てて口元に持っていこうとしていたので、嫌な予感がして俺はレインズの手を掴んだ。
「レインズ様、何をされるおつもりですか?」
「とりあえず、ルドヴィカ家は燃やしておこうと今魔法で……」
「ストップストップ! とりあえずでする事じゃないですよ。もう、いいですって、そうとう怖がっていましたし」
俺に止められたのが理解できないという顔でレインズは片眉を上げた。
さすが悪人リストのトップだ。
分かってはいたが、やることが規格外だ。
「リヒト、お前をひどく言った女だぞ。何を躊躇うことがある。一瞬で塵にしてやってもいいかと思っているのに」
「俺はあんな女のことで、レインズに力を使って欲しくない。もう、十分だから……」
冷静そうに見えて、レインズの目は怒りに燃えていた。さっき言ったことを本気でやりそうな気配に、思わず言葉遣いを忘れて俺は真剣になってレインズに訴えた。
「……いや、でも、俺のこと大事だって言ってくれて嬉しかった。……ありがとう」
怒りに燃えていたレインズの瞳が元の美しい金色に戻った。
まるで一面黄金の麦畑、心が温かくなるような綺麗な色だと思った。
□□□
玄関から部屋まで走って来たので、息が荒く呼吸が苦しい。
簡単な封印がされていたので、指先に魔力を込めて触れたら結ばれていた紐がポロリと外れた。
俺の魔力に反応して開くようになっていたようだ。さすが用心深いヤツだけある。
ネズミに依頼していた物が届いた。
荷物係りのポールを言いくるめて、一ヶ月かかってやっと手に入った。
ガサガサと包みを開いて手にしたのは、いかにもな紫色の液体が入った小瓶だった。
「はっはっはっ……ついに手に入れたぞ……これで……全て上手くいくはずだ」
ほくそ笑みながら小瓶を手にしていたら、包みの中に説明が書かれたカード入っているのが見えてもう片方の手で取った。
「恋人達の夜、飲み物などに数滴垂らしてよく混ぜて飲むこと。効果は少なめ、軽いお遊び程度ですが、マンネリ気味のカップルにはぴったり……って! ネズミの野郎!! マグナム級の強力なヤツを頼むって言ったのに!!」
期待していた代物でなかったので、ガッカリして項垂れた。
しかし、これでもやるしかない。
なぜなら、のんびり使用人生活を楽しんでいる場合ではなくなったから。
最近レインズを見ると、ヤツの無表情の中に少しだけ変化を感じるようになってしまった。
喜怒哀楽が、わずかな眉の動きや目の輝きから理解できるようになり、いよいよヤバいと思うようになってきた。
マズイ、とてもマズイ兆候だ。
レインズのことを、気になり始めている。
いや、好きとかじゃない!
たぶん単純な興味だからまだセーフのはずだ。
それに、もっとマズイ事態になってきた。
お年頃のレインズの婚約者選びが本格化してしまった。
本人からそう聞いてはいないが、周りは誰を選ぶのかどこへ行っても耳に入ってくるし、有力候補と言われる令嬢がこのところ毎日レインズに会いに邸に来ている。
もし万が一婚約することになったら、さすがに誘惑して一発ヤリませんかなんて承諾してもらえる状況ではない。
仲良くなって拝んで頼んでみようなんて……、正直少しだけ考えていたが、そんな場合ではない。
俺はついに、奥の手を使うことにした。
それが今、この手の中にある媚薬だ。
はいはい、ありきたり過ぎてお前もかって声が聞こえてくる気がするけど、ソノ気になってもらうのなんて、それしかないじゃないか!!
外見の武器が効力ゼロなのだから、もう薬に頼るしかない。
本当なら勃起し過ぎて気が狂うぐらい強力なものをヤツに飲ませて、頃合いをみて俺が登場。
ご主人様、私めがお助けいたしましょう! を装って、騎乗位でフィニッシュしてやろうと目論んでいた。
「効果が少ないなら、一瓶全部入れてみよう。とにかく、これ以上おかしくなる前に、成敗しないと……本気でマズイ」
レインズが部屋にこもっている日や、予定がない日、俺が気分転換にと飲み物を持っていく、それが無理のない流れだ。
小瓶を開けて匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。これならいいだろうとズボンのポケットに忍ばせた。
もうすぐに決行だ。
俺は焦っていた。
とにかく早くしなければと、それしか考えられなかった。
ガチャンと品のない音を立ててカップがソーサーの上に跳ねた。
イラついているのは、張り詰めた空気で部屋に入ってすぐに分かった。
ある意味分かりやすくて素直な女性なのかもしれない。
「おの、お茶のお代わりを……」
「結構よ、話しかけないで」
なぜ急に呼び出されてこれを持って行ってくれと言われたのかよく分かった。
みんなこの空気に耐えられなくて押し付け合ったのだろう。
そこをフラッと通った俺に、白羽の矢が立てられたようだ。
話しかけるなと言われても、何かあったら対応しないといけないので、一人は部屋に立っていないといけない。
仕方なしにワゴンを廊下に片付けてドアの横に立った。
今まで何度も来ているが、俺が対応させられたのは初めてで、どんな顔かちゃんと見たのも初めてだった。
リンダ・ルドヴィカ。
ルドヴィカ伯爵家のご令嬢で、レインズの婚約者候補の筆頭と呼ばれる人だ。
去年社交会デビューをして、瞬く間に男女問わずその魅力に心を奪われたと言われている。
それはお世辞ではないと、実際の本人を目にすると痛いほどよく分かる。
綺麗な人だ。
頭のてっぺんから爪の先まで、完璧に整えられていて、どこもかしこも美しい。
艶のある赤毛に、芽吹いた若葉のような淡い緑色の瞳。
目鼻立ちはハッキリしていて目の覚めるような美人とは彼女のことを表しているようだ。
今日も邸に押しかけて、レインズとの対面を望んでいるが、当の本人は仕事が忙しいと昨夜からずっと部屋にこもっていて誰とも会わない。
そんな状態なのに、リンダは待つと言って朝から待っている。
しかし、いっこうにレインズが出てこないので、イライラが頂点に達しているようだった。
「地味ね」
「え?」
いきなり声が聞こえたので、ハッとして顔を上げるとリンダが俺のことを見ていた。
暇すぎて何か言わないと気が済まなくなったのだろうか。
「地味な毛色に長ったらしい前髪、邸にはこんな使用人しかいないのかしら。私がここの女主人になったら一番にあなたを解雇するわ。貴族は人からどう見られるか重要よ。貴方みたいな人間は品位を下げるの。言っている意味、分かる?」
「は…はい」
「聞けば奴隷上がりなんですってね。レインズ様のお気に入りだからって、調子に乗っていられるのも今のうちよ。私は容赦しないから、焼印を付けて奴隷市場に落としてあげる」
どうやら綺麗なだけではなく、性格もそうとうキツい女性のようだ。
ルドヴィカ伯爵は交易事業で大変な功績を上げていて、ルドヴィカ家との婚姻は両家の繁栄のためになるとみんな言っている。
だが、こんな気の強そうな女性とレインズが、上手くやっていけるところが想像できなかった。
「……旦那様のご命令でしたら、私は……それで結構です」
「まあ、生意気ね。これだから奴隷は嫌なのよ。卑しい身分で対等に扱われようなんて高望みをするでしょう。貴方達は所詮道に転がる石ころと同じなのよ。もしかして、一生レインズ様の側にいられるなんて思っていないでしょうね? 貴族の結婚はお互いの利益のもと交わされるのよ。奴隷の分際で……大それた夢を見ることすら腹立たしいわ」
俺はこの女を悪人リストに入れなかった神の資質を疑い始めた。
というか、入れられても俺は勃たないし、成敗しようがないのだが。
カチンと来たので言うだけ言ってやろうと口を開いた。
「……さっきから大人しく聞いていれば、キャンキャンよく吠えるメス犬だな」
「なっ…あ…あ…貴方…正気!?」
「品位にこだわるなら、その凝り固まった考え方をどうにかしろ。他人の家の食器を雑に扱って、イラついて使用人に当たり散らす、それがお嬢様のやることかよ?」
「奴隷の分際で私に説教? なんて失礼な使用人なの! 今すぐ筆頭執事を呼んできなさい! 私の目の前で鞭を……」
コンコンとノックの音が響いて、激昂していたリンダは口を閉じた。
俺がドアに近づいて開けると、立っていたのはレインズだった。
いつもと変わらない姿だったが、徹夜したのか目元に少し疲れが見えた。
「大変お待たせしたようですね。声が廊下まで響いておりましたが、何かありましたでしょうか」
「レインズ様、お待ちしておりましたわ。一目だけでもお会いしたくて……、来ていただけて嬉しいですわ」
リンダはさっきまで鬼の形相で俺を睨みつけていたのに、レインズの登場でコロリと変わって、恋心を募らせた儚げな令嬢の顔になっていた。
「リンダ嬢、申し訳ないのですが、突然押しかけられても困ると何度もお伝えしています。約束は書面にて承りますので」
「そ…そんな、お手紙だと、いつも断られて……私、私……どうしても、好きなのです」
目に涙を浮かべたリンダは、まるで女優だ。貴族の令嬢の必須スキル、演技力を見せつけられたようだった。
こんなに綺麗な人が泣いていたら、男なら手を差し伸べてしまうだろうと思ってしまった。
レインズもきっと……
俺は見ていられなくて、自分のズボンをギュッと掴んで下を向いた。
レインズはゴホンと咳払いしてから、今まで一番低い声を出した。
「さて、ここまで当主として筋は通したわけだから、ここからは個人的に話をさせてもらおう。ルドヴィカ伯爵とは懇意にさせてもらっているが、必要とあらば一族郎党、レジール川に浮かぶ死体になってもらうことは容易い、ということだ」
「……は?」
目元の涙をわざとらしく指で拭いながら赤い目をしていたリンダは、理解できなかったようでずいぶんと野太い声を上げた。
「リンダ嬢は私が誰だか分かっていないようだから、まずは自宅に帰って、両親が邸の庭に吊るされていたら、事の重大さを理解してくれるだろうか?」
「えっ…なっ……」
「今まで面倒だから放っておいたが、よくもリヒトにあのようなことを……、俺の大事な人を侮辱するということは、死を意味する。そうだな死が嫌なら、奴隷として生きていけるように手配してやろう。どちらがいいか、今選べ」
「ひっ…ひぃぃ………そんなっ、わわわ私……無理です。ごごごめんなさいっっ、ししし失礼しますっっ」
顔面蒼白になったリンダは、足が震えて動かなくなったのか、床に転がりながら何とか立ち上がり部屋から出て、メイド達に支えられながら逃げて行ってしまった。
まさかこんなことになるとは。
俺は唖然としてリンダが出て行ったドアを見ながら立ち尽くしてしまった。
レインズを見たら指を立てて口元に持っていこうとしていたので、嫌な予感がして俺はレインズの手を掴んだ。
「レインズ様、何をされるおつもりですか?」
「とりあえず、ルドヴィカ家は燃やしておこうと今魔法で……」
「ストップストップ! とりあえずでする事じゃないですよ。もう、いいですって、そうとう怖がっていましたし」
俺に止められたのが理解できないという顔でレインズは片眉を上げた。
さすが悪人リストのトップだ。
分かってはいたが、やることが規格外だ。
「リヒト、お前をひどく言った女だぞ。何を躊躇うことがある。一瞬で塵にしてやってもいいかと思っているのに」
「俺はあんな女のことで、レインズに力を使って欲しくない。もう、十分だから……」
冷静そうに見えて、レインズの目は怒りに燃えていた。さっき言ったことを本気でやりそうな気配に、思わず言葉遣いを忘れて俺は真剣になってレインズに訴えた。
「……いや、でも、俺のこと大事だって言ってくれて嬉しかった。……ありがとう」
怒りに燃えていたレインズの瞳が元の美しい金色に戻った。
まるで一面黄金の麦畑、心が温かくなるような綺麗な色だと思った。
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