悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第四章 ゲームの終わり

3、恋の花咲く

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「出会い少し前、町にあるバーに遊びに行ったんだけど……」

 俺の邸に遊びに来たロティーナは、近況を語り合うためかお茶に誘ってきた。
 しばらく会話をしていたら、急に真面目な顔になったロティーナが話を聞いて欲しいと言ってきた。
 どうやら恋愛に関しての話らしい。
 恋のアドバイスなんてできそうにないが、とにかく話だけでも聞くことにした。

「……ロティ、町のバーって……、またお忍びでそんなところへ行ってるのか? 叔父さんが聞いたら怒られるぞ」

「もういいのよ、父のことは……」

 貴族令嬢であるロティーナは、夜遊びが過ぎて何度か叔父に外出禁止を命ぜられている。
 それでも、ロティーナは平民の格好をして邸を抜け出して、夜な夜な遊び歩くという怠惰な生活を送っていた。

「ウチの両親は二人とも忙しいし、貿易船に乗るから何ヶ月も留守にするでしょう。子供の頃、よくこの家に泊まりに来たのは一人ぼっちで寂しかったからよ。すぐ帰るからって言われて待たされて、結局忘れた頃に遅くなってごめんね、その繰り返し。満たされない気持ちは、大きくなって外へ向かったの。外へ行ったら、みんな私を一番だって言って愛してくれたから……」

 子供の頃、ちょっと意地悪だった従姉妹のロティーナ。思えばいつもどこか寂しげで、自分に注目してもらおうと振る舞っていた気がした。

「でもダメだった。寂しさをうめて欲しいなんて付き合いは結局私が相手を信じきれずに、多くを求めてしまって上手くいかなかった。それならって、浅い付き合いを繰り返してきたけれど、気持ちは全然満たされなかった。そんな時、あの人に出会ったの……」


 ロティーナによると、その本気になってしまった運命の相手というのは、バーの常連客の一人らしい。

 セインという名のその男は、いつの頃からか店にフラッと現れるようになり、いつも端の方で一人で飲んでいたらしい。
 誰とも絡まず、フード付きの外套を頭からかぶっていて、酒を注文する時だけ静かに口開く、そんな男だったらしい。
 ある時、騒ぎ出した酔っ払いがいて、たまたまそこに居合わせたロティーナが絡まれてしまったそうだ。
 いつもなら軽くあしらって上手いこと逃げる術を身に付けているロティーナだったが、その日は体調が悪く帰ろうとしているところだった。

 常連客の中にはロティーナと付き合った男もいたらしいが、関わりたくないと助けてくれなかった。
 一晩付き合えとしつこく言われてうんざりしていたところを助けてくれたのがセインだった。

 暴れ出した男達をあっという間に倒してしまった。
 そして、そのまま颯爽と店から出て行ったらしい。
 外まで追いかけてお礼を言ったロティーナに、セインは気にするなと言った。そして、もう俺には話しかけてくるなと言って冷たく突き放した。

「カッコ良かったのよー。今まで男はみんな自慢ばっかりする生き物だと思っていたから、こんな事何でもないって言って去っていく姿に惚れたっていうの? それから、店に通い詰めて、話しかけるようになったの。向こうは嫌がって返事もしてくれなかったけど、少しずつ、話してくれるようになって……」

 ロティーナは頬を赤らめて恋する乙女の顔になっていた。
 大きくなってからは、どこか熱を失ったような目をしていたロティーナだったが、今はまるで少女のような顔をしていた。

「それで? 付き合うことになったのか?」

「シリウス……、貴方ねぇ、雑なのよいつも。ほっんと、女心がわからないんだからっ。付き合ってないの! 向こうの反応もいいのよ。でもお互い好きだと思うのに、どうしても付き合えないの!」

「それは、どうして……?」

「何回も告白しているのに、全部だめだって……。確かに彼は自分のことを話してくれないから、彼の全てを知っているわけじゃない。だけど……だけど、好きなの、この気持ちは嘘じゃないの……」

 恋愛においては百錬錬磨で、ドレスを選ぶように相手を選んで、着替えるように相手を変えてきた。
 俺から見るロティーナはそんな自由に恋愛を謳歌している人のように見えた。
 それが今、目の前にいるロティーナは、叶わない恋に胸を焦がして、はらはらと涙をこぼしていた。
 切ない横顔が、やはり綺麗な人だなと思ってしまった。

「断られる理由があるんだろう? なんて言われているんだ?」

「こっちには仕事があって来ているだけだから、また帰らないといけないからって……。なんの仕事なのかとか、どこに帰るのかとか、それ以上は詳しく教えてくれないの。あんまりしつこくして、嫌われたくないし………」

「なるほど……、何か気がついたことはないのか? 普段の様子とかから」

「……思い過ごしかもしれないけど、喋り方に少しクセがある気がするの。前にうちの邸で働いていた者が同じクセがあったの。その者は……たまたま父の船に乗ることになってこっちへ……シュネイル人だと聞いたわ」

「シュネイルって……あの?」

 頭の中に周辺国の歴史学が浮かんで、ぴったりハマった国を思い出して、俺は驚きの声を上げた。

 西大陸の端にあるシュネイル国は古い歴史を持つ国で、かつては大国であったが、度重なる戦いに敗れて領土を失い、今は小国になっている。
 豊な土壌に恵まれてたくさんの資源があるとされるが、他国との国交を断っている状態だった。

 噂では長く政権争いで内乱が起きていているとされているが、正確な情報は分かっていない。

「その男は一時期下働きをしていたけど消えてしまったわ。父はせっかく助けてやったのにと言って怒っていた。私も何度か見たくらいの印象だったけど、どうも怪しい男だった。他の使用人からは、人探しているみたいだったとか話を聞いたけど、もう、本人はいないし分からない」

「そのシュネイルの人間と同じクセ……、ということは、セインもシュネイル人なのか……? もしそうだったとしたら、仕事って……」

「あくまで私の印象だから。本当かどうかは分からないわよ」

 そう言ってロティーナはため息をつきながら、お茶を飲んだ。
 もしかしたら、恋多き女なんて言われてきたが、これがロティーナにとっての初恋なのではないだろうか。
 貴重とされる女性だし、美人でチヤホヤされてきたロティーナにとって、初めて思い通りにならず、本当に欲しいと思った相手なのではないか。切なげに溜息をつく横顔からそう感じた。

「……分かった。一度そいつに会わせてくれよ」

「えっ………?」

「同じ男から見てどういうヤツなのか、俺の観察眼なんて大したものじゃないけど、少し視点を変えたら見えてくるものがあるかもしれない」

「シリウス………」

 ロティーナとはなんだかんだ言って幼い頃からの縁がある。
 俺とアスランの恋も応援してもらったのだし、ここは少しでも返したいという気持ちがあった。

「ありがとう……。本当は……すごく不安で、どうしていいか。ずいぶん参っていたの……助かるわ」

 いつも強気なロティーナが弱気な台詞を言って力なく笑った。
 それを見たら、どうにかしてあげたいという思いがふつふつと湧いてきた。

「毎日来るわけじゃないんだけど、一か月来ない時もあるし、三日に一度の時も。前回今は忙しくないって言ってたし、おそらく今日辺り来ると思うけど」

「よし! 思い立ったら即行動! いつもの格好じゃ目立つから、地味な装いに変えて今夜その飲み屋に集合だ!」



 俺は恋のキューピッドになるべく、ロティーナのために動くことにした。

 この世界はBLゲームの世界。
 だが話はすでに全く違うものになってしまったので、俺はもうすっかりシナリオはなくなったものだと思い込んでいた。

 しかし、わずかに残った線が細い糸となって、この先に待ち構えているとは、この時は思っていなかった。






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