悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第四章 ゲームの終わり

4、恋のキューピット大作戦

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 お忍びバイト生活のおかげで、俺の変装はお手のものとなっていた。
 地味な服に着替えた俺は、友人と町へ遊びに行くからと言って邸を出た。
 父も兄もアスランまで不在なので、すんなり出かけることに成功した。

 夕方、邸の前に迎えの馬車が来たが、その中には俺と同じ地味な装いに身を包んだ男が座っていて、俺が馬車に入ってくるとニヤリと笑った。
 隠しきれない美しさが見えてしまい、大丈夫かと心配になってしまった。

 色々考えたが、今回俺一人では心許なかったので、恋といえばこの男、リカードに連絡を取ると面白そうだという返事が来て、一緒に参加してもらうことになった。

 ゲームでもセクシー担当だったリカードは、今や帝国一のモテ男と言っても過言ではない。
 特定の恋人は作らない主義だと言っているが、色々な人間を見てきたリカードなら、人を見抜く術を身につけているだろう。
 色恋以外の情報にも精通しているので、シュネイル国についてもリカードなら何か知っているかもしれない。
 俺とリカードはロティーナの友人という設定で、偶然を装いバーで二人に近づいて、一緒に飲んでセインの人となりを探ろうという作戦を立てた。





「それにしてもロティーナ嬢が恋の病とはね。俺と同類に見えたからさ」

「同類ってなんだよ」

「シリウス、恋ってのはさ、ゲームとよく似ているんだ。主導権を握られたらまずそこで相手が有利になってしまう。生かすも殺すも相手次第、今のロティーナが良い例じゃないか。ロティーナは貴族女性クラブの運営をしていたけど、投資でひどい失敗をして一年分の利益を失って、クラブから追い出されたらしいよ」

「えっ!?」

「恋に溺れて生活まで崩している。振り回されたらダメなんだ。振り回してやらないと。一度その構図が出来上がってしまったら、余程なことがない限り形勢逆転はできない。つまり成就しない限り、沼から抜け出せないってことだね」

 リカードはいつの間にそんなにスレてしまったのかと思うくらい、極端な意見を言ったように思えたが、確かに一理あると感じた。

「令嬢が何度告白しても、仕事のせいでダメだと言ってのらりくらりとかわして、そのくせ離れることもなく、気持ちを利用して会い続けている。これを不誠実と言わずに何というのかな、シリウスくん」

「確かに……、ちゃんとした人なら、もう望みはないからと言って、二度と関わらないようにするはず。それを今まで通りに接してるって……」

「面の皮が厚いクソ野郎か、もしくは……」

 リカードは腕を組んで考え込んでしまった。俺はロティーナが関係ない思うからと言っていたあの話をすることにした。

「ロティがセインの仕事について、もしかしたらって言っていたことがあるんだ。セインは喋り方にシュネイル人のクセがあるらしい。仕事でこっちへ来て帰る必要がある、当てはまらないか?」

「シュネイル人? 彼らは……国の門を閉ざしてわずかな交易くらいしか他国とは関係が……。交易関係者? だとしても、かなり離れているから帝国まで来るとは考えられない。思い過ごしじゃないのかな?」

「そう……だな。ロティもそこはそんなに気にしてない。もしかしたらって……」

 リカードに一笑されてこの件は気のせいだと流れてしまった。俺も頭の端に追いやって、まずはどんな男か確かめるのに集中することにした。


「ところで、シリウスはアスランが修行に出ていて寂しくないのか?」

 もうすぐ町に着く頃になると、リカードがアスランの話を出してきた。幼い頃から知っている仲なので、リカードの前でアスランの話をするのは照れくさい気がする。
 俺は視線を逸らして、もごもごと小さい声で答えた。

「え? そ、そりゃ寂しいけど、騎士団訓練生の時は年単位でいなかったんだぞ。一週間や二週間くらい……すぐ帰ってくるし」

「ふーん」

 リカードは自慢のピンク髪の毛先をサラサラと撫でながらつまらなそうな顔をした。

「上手くいってるみたいだな」

「う……うん、大切にされてる、と思う」

「あーーーー聞くんじゃなかった。くそー、今日は飲んでやる!」

「飲むって……大丈夫か? ちゃんとどんなヤツか見極めて、さりげなく二人が上手くいくようにって……」

「だいじょーぶ、この恋愛魔術師にお任せください」

 リカードはヘラヘラと笑って自分の胸を叩いた。
 今回の主役はロティーナだ。
 ロティーナのために上手く動けるかどうか、リカードを信じて付いて行くことにした。





 夜の帳が下りる頃。
 町のバーに到着した俺とリカードは、客として入店して席に着いた。
 ロティーナとセインはいつもカウンターの端に座るらしい。
 少し離れた場所のテーブル席を陣取って、二人が現れるのを待った。

「いいかな、シリウス。これはただ喋って仲良くなればいい任務ではない。質問は俺がするから、シリウスは相槌を打って、男の様子を注意深く見て欲しい」

「分かった」

「ロティーナの言う、惹かれ合っているはずだ、と言うのがどこまで信用できるかだな。単純に背中を押せばいいのか、何もしない方がいいのか。その辺りの見極めが重要になってくる」

 やはりリカードに頼んでよかった。
 俺は今言われたことの少しも頭に入っていなかった。ただ話をして良い人そうならと単純に考えていた自分を恥じた。

「仕事で来ていて、帰らないといけないからか……。向こうはロティの身分を知らないわけだし、地方から出稼ぎで来ていて、期間が終わって帰るとしても、こっちでいい人が出来たなら、連れて帰ろうとか、こっちに移り住もうとか考えてもいいはずなのに……」

「俺は妻子が待っているんじゃないかと考えている」

「え!?」

「酔っ払いを簡単に倒したと聞いたから、喧嘩が強いか、普段から鍛えるような力仕事に従事している可能性が高い。港の警備や、運搬業に関わる男達は、村に妻子を残して働きに来る者が多い。ロティーナに気はあるが、面倒なことになりたくない、そういう事ではないかな」

 それはそれでロティーナには厳しい結末だ。
 しかし、これ以上気持ちが大きくなって悲しいことにならないうちに、ハッキリさせておいた方がいいと思った。

 店内は仕事終わりに酒を飲みに来る男達であふれている。至る所から笑い声が響いてうるさいくらいの中、ロティーナはこんなところに一人で来ていたのかと不思議に思ってしまった。

 ロティーナは寂しいと言っていた。
 いつも一人でいたその男も同じ気持ちで………

「シリウス、来たよ」

 リカードが肘で軽く突いてきたので、考え込んでいた俺はハッとして視線を店の出入り口に向けた。

 木製の簡素なドアを押して入ってきたのは、シンプルなワンピースの格好のロティーナだった。
 令嬢の時と違い地味ではあるが、それでも美しさは変わらない。
 続いて入ってきたのは、フードをかぶった背の高い男だった。
 ロティーナの横にスッと並んでカウンター席に二人で座った。


 力仕事に従事しているという予想通り、全体的にガッシリしていて外套から少し見える腕は逞しかった。
 素人の俺が見ても、ただの人ではないというか、腰に剣を携えているわけではないが、まるで軍人のような隙のない佇まいだと感じた。
 その感想はリカードも同じだったようで、二人して目を合わせたが緊張の色を感じた。

「あの男……、本当にただの労働者か?」

「シリウス、行くよ。とにかく話をしてみよう」

 リカードと俺は酒を持って立ち上がった。
 あくまで自然を装って、久々に友人に会った顔を意識しながら俺も立ち上がった。

 すると入れ違いのようにセインも立ち上がってしまい、店の奥へ一人で歩いて行ってしまった。
 慌てて俺とリカードはロティーナに近づいて声をかけた。

「ロティ」

「ちょっ、えっ、リカード様まで……、申し訳ございません、私のことで……」

 リカードを連れて行くとロティーナには知らせていなかったので、ロティーナは大きな口を開けて驚いていた。

「シリウスの頼みだし、令嬢のピンチとなれば私はいくらでも。でっ、彼は?」

「えっ、あ……手を洗いに……行かれたわ」

 トイレだったのかとホッとした。
 いきなり帰られては何もできずに終わってしまう。
 しばらくその場で待つことにしたのだが、ここで緊張した俺はお腹が痛くなってきてしまった。

「ごめんっ、俺も手洗いに行ってくる!」

 二人に声をかけてから、俺はお腹を押さえて店の奥に小走りで向かった




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