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第二章 成長編(十五歳)
10、パーティーへの道中
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グランドオール帝国、第一皇子、皇太子のレンブラントの一時帰国を祝うパーティーは、皇宮内パーティー専用の大きな会場で開催された。
第二皇子のオズワルドも出席するとあって、帝国内の貴族の多くが招待されたが、若い世代を中心に招かれていた。
リカードとニールソンも呼ばれていて、当日は一緒に馬車に乗って皇宮に向かう事になった。
「ぷっ……」
何度目か分からない。
リカードが口を押さえて震え出したので、ムッとした俺はリカードを睨んだが、よけいにおかしくなったのかついに噴き出されてしまった。
「はははっ、はっはっは……」
「リカード、いい加減にしろ。可愛いシリたんをいじめるなよ」
隣に座っているニールソンが肩を組んできて、ぐっと引き寄せてきたので、腹に一発入れてキチンと椅子に座らせた。
その間もリカードは目に涙を浮かべてお腹を抱えていたが、ごめんごめんと言いながら、やっとまともに息が吸えるようになったらしい。
「だって、あんまりにも可愛くてさ、涙が止まらない」
「……どういう心理状態なんだよっ」
リカードの目線は俺の服にある。
イクシオとアルフォンスと一緒に街へ行ったが、やはりほとんどの店は予約がいっぱいで注文ができなかった。
一軒一軒回るだけで疲れてしまった俺は、もう少しねばると言ってくれたアルフォンスに全てを託して先に帰宅した。
その後、なじみの店でオーダーできたと聞いたので、さすがお兄様だとほっと胸を撫で下ろした。
翌日サイズを測ってもらったが、どんな服にするかなどは、とにかく外国帰りでセンスのかたまりである自分に任せろと言われたので、アルフォンスに生地選びから製作まで全て任せてしまった。
パーティー当日までのんびりと構えていた俺もいけなかったのだが、朝起きてとんでもないものが部屋に運ばれてきたので唖然としてしまった。
兄曰く、外遊先の南の国で人気のデザインにした、そうなのだが……。
無難な白のシャツまではよかった。
上着にあたるコートも中の立襟のベストも、ベースはピンクのサテン生地で真っ赤で大きな薔薇の刺繍が全面にほどこされて、とにかくド派手なのだ。
下は黒と灰色の縦縞が入ったズボン。
首元は白いレースのジャボタイという、ひどいセンスの組み合わせで、見ただけで目眩がした。
てっきり、無難な黒や茶色で作ってくれているものだと思い込んでいたので、慌ててアルフォンスの部屋に駆け込んだ。
もしかしてと思ったが、やはりそうだった。
黄色のズボンに紫色コートというピエロみたいな組み合わせが目に飛び込んできた。
黄色のズボンなんてもうバナナにしか見えない。
アルフォンスは鏡の前でポーズを決めながら、満足そうな顔で立っていたので、これはもう兄のセンスの問題なのだと思い知った。
後退りした俺は逃げ出そうとしたが、時間だ時間だと言う使用人達にガッチリと捕獲されて、あっという間に着替えさせられてしまった。
と言うわけで嫌だ嫌だと言う間もなく、迎えに来てくれていたリカードの家の馬車にぽいっと入れられてしまった。
突然のピンクに花柄の服を着た男の登場に、リカードとニールソンも目を丸くして驚いた後、二人してこれは可愛いと言いながら爆笑したのだった。
「ああ……恥ずかしい。こんな服、誰も着ていないよ」
「大丈夫だよ、シリウス。令嬢達の今年の流行は原色に重ねて植物柄のドレスらしい。その中にいたら、シリウスのピンク色なんて……っっ、目立たない……」
ニールソンは俺を慰めようとしているのか、冷静ですという顔で説明してくれたが、最後の方で口が耐えきれずに引き攣っていたのを俺は見てしまった。
「もー……、いいよ。候補者挨拶が終わった後は、どうせ、端の方にいて大人しくしているし」
こういう派手な服は浅黒くて悪役顔の俺なんかより、とろんと甘い顔のリカードみたいな男でないと着こなせない。
昔は派手な色を好んで着ていたリカードも、すっかりオトナになったのか、今日は上下ブラックでシックにキメていた。
俺と交換してくれないかと喉元まで出かかったけど、手足の長さが違いすぎるので悲しくてやめた。
「ところで、シリウス。オズワルド殿下の出られるパーティーは初めてだよね? 今はどんな感じなの?」
ヘラヘラ笑っていたリカードもやっと本題に入るのか、真面目な顔になったので、俺もピリッと気を引き締めた。
「どうもこうも。オズワルド殿下がクラスに顔を出したのはこの一年近くで一度きりだよ。みんなほとんど諦めかけてる」
「殿下は特別クラスには、ほぼ毎回出席されているけど、それ以外は軍の馬場訓練に参加されていることが多い。この前は三ヶ月ほど水軍の訓練に参加されたし、とにかく精力的に動き回っているから、大人しく皇宮にいるタイプじゃない」
同じ特別クラスのニールソンが補足してくれたが、やはり軍事の方面に力を入れているのが分かった。
オズワルドは軍関係から力をつけて、のし上がっていく設定だった。今のところ、その通り動いているのだなと確認できた。
「なるほど、では噂はその通りなのかも。オズワルド殿下は候補者から相手を選ばずに、自らの意思で見つけようとされている……」
リカードの言葉にも俺は大きく頷いた。
その方向で間違いない。それもゲームの舞台に向かっての設定通りだ。
学校に入学後に、アスランの名前を挙げて、正式に恋愛結婚を宣言する予定だからだ。まずは、軽く噂を流してほのめかしておくという事だろうか。
「その噂は聞いたけど、確かに本人は否定も肯定もしなかったな。ただ、気になる人はいる、とは言っていたが……」
ニールソンから驚きの発言が出たので、俺は目をパチパチと瞬かせた。
オズワルドの説明に、アスランとの出会い前に、誰かに恋をして失恋をする、なんて設定があっただろうかと頭を巡らせたが思い出せなかった。
しかし気になる人、というまた微妙な表現なので、それほど気にすることではないかもしれない。
誰かに憧れることなんて、健全な男子なのだからおかしくはない。
それに今、オズワルドのことだけではなく、俺には別に気になっていることがあって、情報通のリカードに一度聞いておこうと思っていたのだ。
「リカード、シモン神官って知っているか?」
「それはもちろん。聖力使いで、浄化や治癒に関しての奇跡はシモン神官が飛び抜けて強い力があるらしい。それに、学校の教師もされていて、教育にも熱心だし、立派な方だと思うけど」
思った通りの反応だった。
イクシオと少し違うのは、リカードもまた変に俺に気を使っているのかもしれない。
「あの……、その、うっ噂を聞いたんだけど、陛下の……その……愛人だって」
友人なら気軽に聞けるかと思ったが、口に出したら恥ずかしくなってしまった。
しかし敵を知るためならこれくらいのことで折れていてはダメだ。
気合を込めて二人を見たら、二人とも目を大きく開いて俺を見てきた。
「驚いた……。シリウスがそんなゴシップに興味を持ったなんて」
「リカード、おそらくイクシオだ。皇宮で何度か一緒に歩いているところを見た」
「なるほどね、アイツなら余計なことシリウスに植え付けてもおかしくないな」
「ちょっ、待って、確かに……聞いたのはイクシオからだけど、もっと詳しい話を……わっ!」
前の座席に座っていたリカードが俺の隣に座ってきて、三人で並ぶかたちになってしまった。
狭い馬車ではないが、さすがに三人並んだら真ん中の俺は全く身動きが取れない。
「シリたんー、ダメだよ。そういう話は、無闇に口に出してはいけないからね」
「そうだよ、もう少し大人になってから教えてあげる。ほら、ぬいぐるみでも持って、誕生日にあげたら喜んでくれたじゃないか」
「せ……狭い、二人ともぎゅうぎゅう押してくるなよっ。リカード、どこからそんなぬいぐるみを……、だいたいそれはずっと前の話で……ううっ、キツい、くるし」
リカードにどこから取り出したのか分からない、ゾウのぬいぐるみを持たされて、ニールソンと二人で両側からぎゅうっと抱きしめられた。
上手いことはぐらかされた気がしてならない。
「あっ、そうだ。今日のパーティーに……」
リカードは急に何か思い出したのか、ぱっと力を緩めて俺の顔を見てきた。
今度はなんだと思いリカードを見返したのだが、リカードは甘い顔をもっと甘くさせてニコッと笑った。
「やっぱり秘密にしておこう。お楽しみだからね」
ただでさえ混乱のパーティーにこれ以上何も増やさないでくれと思いながら、二人にぎゅうぎゅうに押されて俺はやめてくれーと唸るしかなかった。
□□□
第二皇子のオズワルドも出席するとあって、帝国内の貴族の多くが招待されたが、若い世代を中心に招かれていた。
リカードとニールソンも呼ばれていて、当日は一緒に馬車に乗って皇宮に向かう事になった。
「ぷっ……」
何度目か分からない。
リカードが口を押さえて震え出したので、ムッとした俺はリカードを睨んだが、よけいにおかしくなったのかついに噴き出されてしまった。
「はははっ、はっはっは……」
「リカード、いい加減にしろ。可愛いシリたんをいじめるなよ」
隣に座っているニールソンが肩を組んできて、ぐっと引き寄せてきたので、腹に一発入れてキチンと椅子に座らせた。
その間もリカードは目に涙を浮かべてお腹を抱えていたが、ごめんごめんと言いながら、やっとまともに息が吸えるようになったらしい。
「だって、あんまりにも可愛くてさ、涙が止まらない」
「……どういう心理状態なんだよっ」
リカードの目線は俺の服にある。
イクシオとアルフォンスと一緒に街へ行ったが、やはりほとんどの店は予約がいっぱいで注文ができなかった。
一軒一軒回るだけで疲れてしまった俺は、もう少しねばると言ってくれたアルフォンスに全てを託して先に帰宅した。
その後、なじみの店でオーダーできたと聞いたので、さすがお兄様だとほっと胸を撫で下ろした。
翌日サイズを測ってもらったが、どんな服にするかなどは、とにかく外国帰りでセンスのかたまりである自分に任せろと言われたので、アルフォンスに生地選びから製作まで全て任せてしまった。
パーティー当日までのんびりと構えていた俺もいけなかったのだが、朝起きてとんでもないものが部屋に運ばれてきたので唖然としてしまった。
兄曰く、外遊先の南の国で人気のデザインにした、そうなのだが……。
無難な白のシャツまではよかった。
上着にあたるコートも中の立襟のベストも、ベースはピンクのサテン生地で真っ赤で大きな薔薇の刺繍が全面にほどこされて、とにかくド派手なのだ。
下は黒と灰色の縦縞が入ったズボン。
首元は白いレースのジャボタイという、ひどいセンスの組み合わせで、見ただけで目眩がした。
てっきり、無難な黒や茶色で作ってくれているものだと思い込んでいたので、慌ててアルフォンスの部屋に駆け込んだ。
もしかしてと思ったが、やはりそうだった。
黄色のズボンに紫色コートというピエロみたいな組み合わせが目に飛び込んできた。
黄色のズボンなんてもうバナナにしか見えない。
アルフォンスは鏡の前でポーズを決めながら、満足そうな顔で立っていたので、これはもう兄のセンスの問題なのだと思い知った。
後退りした俺は逃げ出そうとしたが、時間だ時間だと言う使用人達にガッチリと捕獲されて、あっという間に着替えさせられてしまった。
と言うわけで嫌だ嫌だと言う間もなく、迎えに来てくれていたリカードの家の馬車にぽいっと入れられてしまった。
突然のピンクに花柄の服を着た男の登場に、リカードとニールソンも目を丸くして驚いた後、二人してこれは可愛いと言いながら爆笑したのだった。
「ああ……恥ずかしい。こんな服、誰も着ていないよ」
「大丈夫だよ、シリウス。令嬢達の今年の流行は原色に重ねて植物柄のドレスらしい。その中にいたら、シリウスのピンク色なんて……っっ、目立たない……」
ニールソンは俺を慰めようとしているのか、冷静ですという顔で説明してくれたが、最後の方で口が耐えきれずに引き攣っていたのを俺は見てしまった。
「もー……、いいよ。候補者挨拶が終わった後は、どうせ、端の方にいて大人しくしているし」
こういう派手な服は浅黒くて悪役顔の俺なんかより、とろんと甘い顔のリカードみたいな男でないと着こなせない。
昔は派手な色を好んで着ていたリカードも、すっかりオトナになったのか、今日は上下ブラックでシックにキメていた。
俺と交換してくれないかと喉元まで出かかったけど、手足の長さが違いすぎるので悲しくてやめた。
「ところで、シリウス。オズワルド殿下の出られるパーティーは初めてだよね? 今はどんな感じなの?」
ヘラヘラ笑っていたリカードもやっと本題に入るのか、真面目な顔になったので、俺もピリッと気を引き締めた。
「どうもこうも。オズワルド殿下がクラスに顔を出したのはこの一年近くで一度きりだよ。みんなほとんど諦めかけてる」
「殿下は特別クラスには、ほぼ毎回出席されているけど、それ以外は軍の馬場訓練に参加されていることが多い。この前は三ヶ月ほど水軍の訓練に参加されたし、とにかく精力的に動き回っているから、大人しく皇宮にいるタイプじゃない」
同じ特別クラスのニールソンが補足してくれたが、やはり軍事の方面に力を入れているのが分かった。
オズワルドは軍関係から力をつけて、のし上がっていく設定だった。今のところ、その通り動いているのだなと確認できた。
「なるほど、では噂はその通りなのかも。オズワルド殿下は候補者から相手を選ばずに、自らの意思で見つけようとされている……」
リカードの言葉にも俺は大きく頷いた。
その方向で間違いない。それもゲームの舞台に向かっての設定通りだ。
学校に入学後に、アスランの名前を挙げて、正式に恋愛結婚を宣言する予定だからだ。まずは、軽く噂を流してほのめかしておくという事だろうか。
「その噂は聞いたけど、確かに本人は否定も肯定もしなかったな。ただ、気になる人はいる、とは言っていたが……」
ニールソンから驚きの発言が出たので、俺は目をパチパチと瞬かせた。
オズワルドの説明に、アスランとの出会い前に、誰かに恋をして失恋をする、なんて設定があっただろうかと頭を巡らせたが思い出せなかった。
しかし気になる人、というまた微妙な表現なので、それほど気にすることではないかもしれない。
誰かに憧れることなんて、健全な男子なのだからおかしくはない。
それに今、オズワルドのことだけではなく、俺には別に気になっていることがあって、情報通のリカードに一度聞いておこうと思っていたのだ。
「リカード、シモン神官って知っているか?」
「それはもちろん。聖力使いで、浄化や治癒に関しての奇跡はシモン神官が飛び抜けて強い力があるらしい。それに、学校の教師もされていて、教育にも熱心だし、立派な方だと思うけど」
思った通りの反応だった。
イクシオと少し違うのは、リカードもまた変に俺に気を使っているのかもしれない。
「あの……、その、うっ噂を聞いたんだけど、陛下の……その……愛人だって」
友人なら気軽に聞けるかと思ったが、口に出したら恥ずかしくなってしまった。
しかし敵を知るためならこれくらいのことで折れていてはダメだ。
気合を込めて二人を見たら、二人とも目を大きく開いて俺を見てきた。
「驚いた……。シリウスがそんなゴシップに興味を持ったなんて」
「リカード、おそらくイクシオだ。皇宮で何度か一緒に歩いているところを見た」
「なるほどね、アイツなら余計なことシリウスに植え付けてもおかしくないな」
「ちょっ、待って、確かに……聞いたのはイクシオからだけど、もっと詳しい話を……わっ!」
前の座席に座っていたリカードが俺の隣に座ってきて、三人で並ぶかたちになってしまった。
狭い馬車ではないが、さすがに三人並んだら真ん中の俺は全く身動きが取れない。
「シリたんー、ダメだよ。そういう話は、無闇に口に出してはいけないからね」
「そうだよ、もう少し大人になってから教えてあげる。ほら、ぬいぐるみでも持って、誕生日にあげたら喜んでくれたじゃないか」
「せ……狭い、二人ともぎゅうぎゅう押してくるなよっ。リカード、どこからそんなぬいぐるみを……、だいたいそれはずっと前の話で……ううっ、キツい、くるし」
リカードにどこから取り出したのか分からない、ゾウのぬいぐるみを持たされて、ニールソンと二人で両側からぎゅうっと抱きしめられた。
上手いことはぐらかされた気がしてならない。
「あっ、そうだ。今日のパーティーに……」
リカードは急に何か思い出したのか、ぱっと力を緩めて俺の顔を見てきた。
今度はなんだと思いリカードを見返したのだが、リカードは甘い顔をもっと甘くさせてニコッと笑った。
「やっぱり秘密にしておこう。お楽しみだからね」
ただでさえ混乱のパーティーにこれ以上何も増やさないでくれと思いながら、二人にぎゅうぎゅうに押されて俺はやめてくれーと唸るしかなかった。
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