悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第二章 成長編(十五歳)

9、美しき亡霊との再会

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 皇宮内は帝国の貴族であっても立ち入りが制限されていて、多くの場所が祭典などの特別な時にだけ解放される。
 普段レッスンを受けているサファイア宮は、広大な敷地の中でも端に位置していて、当然ながら他の宮や皇族の住まいとなる中心部には入ることができない。

 まるで見学ツアーのようにイクシオは目を輝かせながら、周りをキョロキョロと見回していた。

「見て! あの鷲のレリーフ! 陛下の即位記念に展示されたもので、目にはめられた特大のルビーは国家予算並みの代物だって! 一度見てみたかったんだぁ」

 皇宮中央内部へ進むための門には、巨大な鷲のレリーフが飾られていた。
 それは見事な作りで、思わず見入ってしまい俺もついに見学ツアーの参加者の気分になってきてしまった。

 兄のアルフォンスが持っていたゾウさんバッジは、皇宮内を自由に行き来できるフリーパスで、同行者二名まで使用できるのだそうだ。

 普段立ち入ることのできない他の宮を回って、皇族の名前がつけられた庭園を散歩して、いよいよ皇族の住まいがあるスペースまで来た。
 さすがにここは無理だろうと思ったが、アルフォンスはスタスタと歩いて行ってしまった。

「申し訳ございません、ただいまゾウ神礼拝の時間でして、立ち入りは皇族の方のみとさせていただいております」

 案の定、そんなに勝手に入れる場所ではなかった。衛兵に止められた兄は仕方ないという顔で、両手を上げた。

「せっかく来たから、シリウスをレーブに会わせようと思ったのに……、可愛い弟を自慢したかったのになー」

「レーブ? ご友人の方ですか?」

「え? ああ、レンブラント様だよ。皇太子殿下の」

 衝撃が強すぎて目の前の壁に当たって、頭がめり込みそうになった。

 お願いだからその方には、そんな気軽に会わせないで欲しい。
 今から初めましてこんにちは、だなんてとても心が追いついていけない。
 立ち入れない時間帯であったことに心から感謝した。

「まっ、忙しいだろうし、今度のパーティーでいいか。二人とも出席するんだろう?」

「はい、候補者は全員参加予定です」

「楽しみだよね。急に決まったから、皇都の仕立て屋は予約がいっぱいで大忙しみたいだよ。ウチは早めに作っておいてよかった。シリウスは? もう衣装は出来上がったの?」

 美人なイクシオなら何を着ても絵になりそうだな、なんて考えていたら二人の視線が俺に注がれていてビクッと身を縮ませた。

「あー、去年パーティー用に作ったやつがあるから、それを着るよ。サイズもそんなに変わらないし」

 のんきに頭をかいて笑いながら答えたら、アルフォンスとイクシオは二人して口をあんぐりと上げて、ぶるぶると震え出した。

「……しまった、ウチの父上はこういう事に無頓着だった。まさか、皇族の出席するパーティーに使い回しなんて……」

「シリウス、襟の形一つでも去年の流行とじゃ違うからすぐにバレるからね! 何で早く言わないの! ああ、今からでも馴染みの店に声をかけてねじ込んで……」

「それはありがたい、お金はいくらかかってもいいから……」

 令嬢のドレスじゃないんだから、どうでもいいと思っていたが、どうやら違ったらしい。
 無頓着な俺の意見は聞きませんと、アルフォンスとイクシオは二人で商談みたいなものを始めてしまった。
 入る隙間なんてなくて、ひとりぼけっと突っ立っていたら、近くを通っていた白装束の集団の一人と肩が当たってしまった。

「っっ……、あっ、失礼しました」

 服装から見て、皇族の礼拝時間に参加する神官だろう。軽く触れたくらいで、強く当たったわけでもないが、神官に無礼をしたなんて言われたら大変だ。
 俺は急いで頭を下げて謝った。

「いえ、こちらこそ。考え事をしておりまして、前を見ていませんでした。申し訳ございません」

 やけに丁寧な口調と穏やかな話し方には聞き覚えがあった。まさかと思いながら、顔を上げると、そこには薄いベールをかぶっているが、長い水色の髪に、アスランと同じ赤い目をした男が立っていた。
 恐ろしいくらい整った顔立ちは、人形のようでまるで生気が感じられなかった。

 向こうの素性は軽く知っているが、俺はまだ身分を明かしてはいない。
 やはり思った通り、あの帽子の下には赤い目があったのだなと、こんな時、やけに冷静に思ってしまった。

 ルビーのような美しい瞳がこぼれ落ちそうになりながら、その男、シモンの目は大きく開かれた。

 やはり気がついてしまったのだろう。
 俺はいつもの平民スタイルではなく、上等な服を着ているが、顔は変えることなどできないのでそのままだからだ。

 精巧に作られた人形のような唇から声は出なかったが、わずかにトムと動いたように見えた。


「シリウス、帰るぞ。急いで仕立て屋を回らないといけない」

「早く早く、お店閉まっちゃうから」

 すでに出口に向かって歩き出していたアルフォンスとイクシオが振り返って俺のことを呼んできた。

「い……今行く」

 さっと顔を伏せた後、俺は出口に向かって走り出した。
 仕方ない。
 相手は貴族学校の教師だ。
 皇宮内で神官職までやっているということは、かなりの実力者なのだろう。
 どのみち、学校に通い出したら、顔を合わせてしまうことになっていたはずだ。

 アルフォンスがどこにでも付いて回るので、バイトの方はお休みをもらっていた。
 次に会う時、何か聞かれるかもしれないが、いつもの言い訳で乗り切るしかない。




 皇宮を出て仕立て屋街に向かう馬車の中、ペチャクチャと話しているアルフォンスとイクシオの横で、俺はずっと無言だった。

 シモンという男がますます見えてこなくて、胸がモヤっとしてしまった。

 分かっていることと言えば、地方出身の下位貴族で、貴族学校ではバーロック卿と同級生だった。
 落ち着いていて大人の雰囲気があるが、揉め事を見過ごせない熱いところもある。

 そして、俺の手の傷を一瞬で治癒させたのは聖力だろう。治癒が使える、という事は能力が開花した人間だ。
 田舎貴族のシモンが皇都の学校に入れたのは、恐らく聖力があったからだろう。
 それは特徴的なあの赤い目から見てもすぐに分かる。
 ここまでは、帝国の貴族であれば、なかなか恵まれた人生だと思う。
 聖力が使えて神官職に就いて、皇宮に出入りし、学校でも授業を持っているというのは、かなり希少な存在だ。

 そんなシモンがゲームの中で謎の失踪をするのがよく分からない。しかも、主人公に迎えに来たと言って二人で消えてしまうなんて、何があったのだろうか。
 もちろんこれはバッドエンドルートなので、アスランが皇子と仲直りすれば回避できる展開のはずだ。
 だが、ハッピーエンドの場合も、その影でシモンは一人で失踪しているのではないかと考えていた。
 まるで最初からそれが目的でもあるかのように……

 今の段階では帝国貴族の憧れのような存在だ。人格者のように見えるし、他人を貶めるようなタイプには見えない。
 彼が悪役という位置付けなのかも謎なのだが、やはり注意しておくべき人物には違いない。

「そういえば、先ほど、シモン神官の姿が見えたな。相変わらず美しいが亡霊のようなお人だ」

「お兄樣……、シモン様をご存知なんですか?」

 あれだけ目立つ人なら多くの人に知られているだろうと思ったが、やはりアルフォンスも知っていたようだ。
 アルフォンスが例えた亡霊という言葉が妙にピッタリと合っているように思えてしまった。

「最年少で神官になったお方で、重要な祭事の時には必ず先導役をされている。幼い頃に奇跡を起こして、村を疫病から救ったことで、噂を聞いた陛下自ら帝国に呼んだらしい。神殿に入ったらスルスルと要職に就いて、あっという間に四神官のひとりに選ばれた」

「僕も知ってるよ。類い稀な美貌で陛下を虜にしたって、皇后も認めている愛人って噂だよね」

「ちょっと、ちょっと、イクシオくん。ウチのピュアっ子に下世話な知識を与えないでもらえるかな。そういうのはいいから!」

「あら、お兄様。純粋培養で育てたって、僕達、思春期のオトコノコなんだから、そーゆーことに興味津々のお年頃ですけど。そうだ、それなら僕がピュアっ子に、甘いキスでも教えてあげようかな」

 イクシオがぐいっと顔を近づけてきたので、アルフォンスが慌てて間に入ってきて、イクシオを押し返した。

「だめだめだめー! シリウスのファーストキスはお兄ちゃんがもらうって決めてたんだから!」

「げーっ、兄なんて父親と同じだし。いくらなんでも、キモいですよ」

 なんだとーと言いながら、言い合いになる二人を見て、いつの間にこんなに仲良くなったのかと驚いてしまった。
 とりあえずアルフォンスには変な妄想はさっさと消して欲しいので、ゴホンと咳払いしてハッキリ言っておくことにした。

「あの、お兄様。僕、ファーストキスはもう終わってるので、それは無意味な論争です」

「なっ、なっ……しっ……シリ…ウスぅっっっ」

 よほど強烈なパンチだったのか、アルフォンスは顔面蒼白になって座席に倒れ込んでしまった。

「えー嘘、シリウス、経験あったの? 誰? いつの間に終わらせたの?」

「いっ、言うわけ、ないだろう!」

「あいつだな……リカード・スレイマン」

「はあ?」

 座席に転がっていたアルフォンスは何か気がついたようにムクリと起き上がって、いきなりリカードの名前を出してきた。

「シリウスの友人リストを見て、嫌な予感がしていたんだ。リカードというヤツは、男にも女にもモテモテのプレイボーイらしいじゃないか。クソっ……俺の可愛いシリウスが、遊び人の餌食になんて……」

「だっ! んなワケ……」

「あーリカードね、アイツは僕も気に入らない。八方美人で上にも下にも好かれて、気取ってるけど、内心何を考えているんだか。まさか、シリウスのタイプがあーゆー系だったとは……」

「おーい、二人ともー違うってばーーー!」




 その後、もともとリカードが気に入らなかったのか、急に熱くなったイクシオと、もう二度目は許さないとこちらも燃えるアルフォンスは全く話を聞いてくれなくて、違うと言っても信じてもらえなかった。

 リカードごめんと思いながら、馬車は興奮する車内とは違い、街に向けてのんびり走り続けた。

 こんな調子で勢揃いのパーティーはいったいどうなるのか。
 今から胃が痛くなってきたのだった。







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