ハコ入りオメガの結婚

朝顔

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⑤ 君塚家【奥座敷】

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「うん、大丈夫だよ。道路も崩れたところがあるみたいだし。……うん、こっちは平気だって。天候が回復したら帰るから……。薬は大丈夫、たくさん持ってるから……うん……じゃあ、玲香に連絡取れたらよろしくね」

 スマホをテーブルに置いてから、ため息をついて椅子に深くもたれた。
 みんなの前で俺が何とかすると強がって飛び出してきたはいいが、二十歳を超えても箱入り息子だった俺を家族が心配しないわけがなかった。
 父は泣いてスマンスマンと繰り返しているし、母は電話越しでも分かるくらいオロオロとしていた。
 普段身の回りの世話をしてくれる、お手伝いさん達も心配しているらしく、申し訳ない気持ちになった。

 しかし、男としてやらなければならない時もある。
 こんな風に時間もらえたのはチャンスかもしれない。
 俺のことを知ってもらいたいし、何より佳純という人間に興味が湧いてきてしまった。

 じわじわとお腹の奥に力が湧いてきたような気がして、手を当てていると失礼しますという声が聞こえてきた。

「お仕事中に失礼します。よろしければお茶をいかがですか?」

「藤野さん。すみません、気を使っていただいて……」

 客間を借りたまま、午前中は作業に集中していた。雨風の音はなかなか終わらないが、仕事モードに頭を切り換えれば気になることはなかった。
 やはり、自然の多いところは空気が違うのかもしれない。リラックスした気分でいつの間にか時間が経っていたらしい。

「この嵐ですから、君塚さんも外出されないんですよね?」

「ええ、窯元は山奥にありますから、安全が確認できるまで職人も休ませます。幸いまだ本格的に始まる前だったので、被害は少なくすみそうです」

 君塚陶器と呼ばれる、深いブルーが特徴的な陶磁器ブランド、それが長い歴史を持つ君塚グループの主力商品だ。
 国内外に多くのファンがいるが、この土地の陶土にこだわって生産数は限られて入手困難。
 ますますプレミアがついて、人気が衰えることがない。
 他にも染料や衣料の分野まで幅広く会社を持っていて、そのトップを務めるのが君塚の人間となっている。
 昨今は海外向け事業の方が急速に伸びていて、日本にいないことも多いと聞いたが、窯元は動く時期が決まっていて、この時期だけは本家に留まっていると聞いていた。

「災難でしたね。被害がないといいのですが……」

「窯元は整備されているので、大丈夫だと思いますが、そこへ向かう道ですね。これは、行ってみないと……」

 都市部と地方では被害の種類も大きさも違う。
 自然の中で生きるというのは、覚悟しなければ生活していけないのだろう。藤野は比較的冷静な様子だった。

「すみません、藤野さんにもご迷惑をかけて……。私のことは気を使わなくていいですから」

「そう言わないで、お茶の用意くらいさせてください。大切なお客様ですから」

 藤野が仏頂面の強面であるのは、佳純の言う通りであるが、態度も言うことも真面目で良い人だと感じる。
 最初は緊張したが、藤野と話すことは楽しいと思うようになってきた。

「疑っているわけではありませんが、君塚さんは玲香のことをずっと気に入っていたというのは……その……」

「私も佳純様の幼少期から勤めていたわけではないので、二人が出会ったとされる当時のことは分かりませんが、玲香様の動向はずっと気にされていました。なんでも、大きくなったら海外へ行く、戻ってきたら結婚してあげる、と言われたそうです」

「……………はい?」

 藤野が大真面目な顔で伝えてきた言葉に一瞬面食らってしまった。
 子供の頃から自信たっぷりな妹であったが、なぜそんなに偉そうな言い方で結婚するとまで言ったのか、理解できなくて唸るしかなかった。

「あの、それで……君塚さんは、玲香が卒業してこちらに戻ってくるのを待っていた……と?」

「ええ、いつ帰国するのかと待っておられました。白奥の奥様とは連絡を取っていたようです」

「母と!? ああ……母と連絡を取り合っていたのですが……そうか、そう言うことだったのか」

 元女優の母は、大人しいが浮世離れした人で、とにかくロマンス、恋や愛といった言葉に目がない。
 きっと君塚家との婚姻の約束や、玲香の子供の頃のプロポーズと聞いて、大興奮で佳純に協力しようとしたに違いない。
 それでいて情報を小出しにしたり、正確に伝えなかったり、肝心なところが抜けているのだ。

「まさか、大学を辞めて、アフリカに行っていらっしゃるとは……。今はSNSなどがありますが、極力見ないようにとされていました。見たくないものがあったらショックを受けるからと……。こういうことを聞くのは失礼だと思いますが、今玲香さんに恋人は……」

「それが、ほとんど連絡が取れなくて分からないんです。ただ、玲香はその……アルファの魅力と言いますか、すごくモテるので……今まで恋人はいなかった、とは……」

 思いつくだけでも、玲香の恋人はたくさんいた。
 結婚しないけど恋は常にしていたいと言って、玲香の周りに男がいるのは当たり前だった。
 いや、男以外にもオメガの女性とも付き合っていたし、複数同時に交際していることもあった。
 もちろん、相手は了承していて、ハーレムかよなんて言って玲香にツッコんだことを覚えている。
 佳純がSNSを覗かなかったことはある意味正解だが、早めに現実を知っておいた方が傷は浅かったかもしれない。

「やはり……そうでしたか。そもそもこういった過去の縁で結婚、というものが本当にいいことなのか。私には疑問に思うところがありました。白奥家の子が名声をもたらすなど、今の時代迷信もいいところだと」

「はあ、それは……耳の痛い話です」

「けれど、諒様にお会いして気持ちを改めました」

「それはどうも………、ん、え?」

「佳純様は珠代様のこともあり、最近はずっと厳しい顔をして張り詰めているご様子でした。でも、諒様とお話ししている時、楽しそうに笑っていらっしゃった。もうしばらく見ていない笑顔を見て、この方は何か違うかもしれないと思いました。私は諒様のことを応援しております」

「あ……ありがとう……ございます」

「と、いうことで、佳純様は今、仕事がひと段落して東の和室で休んでいます。さあ、頑張ってください!」

「えっ、ちょっ……ええ?」

 応援すると言った藤野は急にハリきった顔になって、俺を椅子から立たせた後、掃除するのでと言ってきて、俺は客間から追い出されてしまった。

 まだ会ったばかりなので、藤野という人の考えが読めない。ただ先ほどの会話からすると、家同士の結婚には好意的ではない雰囲気だった。
 佳純がどこまで説明しているのか分からないが、おそらく玲香の代わりに自分はどうかと俺が言い出したことまでは知っているのだろう。
 応援しているという言葉を、素直に喜んでいいのか分からなかった。

「どうしよう……」

 廊下に出されて頭をかいていたら、足元にワゴンが置いてあって、そこに茶器やポットなどお茶のセットが置かれてるのを発見した。
 そして、佳純様は少し濃いめを好まれますとメッセージまで添えられていたので、ここまで気を回されて唖然としてしまった。

「ふぅ……、頑張ろう……」

 まずは仲良くならないと始まらない。
 お膳立てしてもらったのだから、やるしかないだろう。
 俺はワゴンを押して、佳純がいると言われた部屋に向かった。





「君塚さん、今お時間よろしいですか?」

「諒さん? はい、どうぞ……」

「休憩したくてお茶を用意してもらったんですが、ひとりだとどうも寂しくて、よかったら一緒にいかがですか?」

 色々考えたが、全部用意してもらいましたとも言えず、自分から希望して来たと言うのが一番自然だろうと思い至った。
 藤野さんありがとうと思いながら声をかけると、やはり優しい佳純はどうぞと言って部屋に入れてくれた。

 早速お茶の用意をしようと思ったのに、さっと手を伸ばしてきた佳純に茶器を取られてしまい、手際よく準備されてしまった。
 ポカンと口を開けている間に、美味しそうな香りのお茶が淹れられてしまったので、大人しく座って頂くことになった。
 茶道に関しては、佳純は講師まで務めているそうだ。
 俺が変なお茶を淹れなくてよかったと思うことにした。

「このお茶碗は君塚陶器ですよね。芸術的なセンスはないですけど、この深みのある青色は一度見たら忘れられないくらい綺麗ですね」

「ありがとうございます。気に入っていただけたら、ご自宅でお楽しみいただけるような物をまとめてお送りしますよ」

「いっ、そっそんなっ。小さな器でも三年待ちと聞きました。ろくに知識もない私になど、もったいないです」

 海外ではオークションまで開かれるほど人気だと聞いた。突然割って入って掻っ攫うなんてことはできない。

「心配しないでください。私個人の所有のものから選びます。それに、どんな方でも良いと思っていただける人に使っていただきたいのです。知識、などは必要ないですよ」

 手を振ってダメだとアピールした俺に、佳純は柔らかく笑って優しく声をかけてくれた。
 体中から滲み出るような良い人オーラに、眩しくなって思わずパチパチと瞬きをしてしまうほどだった。

 優しくて良い人で、玲香との約束も律儀に守っていたなんて、どこまで素晴らしい人なのか心がチクチク痛んでしまった。

「藤野さんにお聞きしました。母と連絡を取り合って、玲香の近況を聞いていたとか。君塚さんを知れば知るほど、とても良い方だし、玲香のことも一途に思っていてくれて、見た目も心もとても綺麗な方で恐縮してしまいます。私は、利益ばかり考えて、この結婚を利用しようとしていますから」

「うー……ん。どうも諒さんの中で私のことが美化され過ぎているような気がするのですが……。私だって、時には悪態をついたりしますし、人のことを利用して自分の利益を得ようとしますよ。むしろ積極的にやってきた方かと」

「それは……、経営者の一族でいらっしゃるから、利益を追求しなければいけない決断を下すのは必要なことだと思います。それでも、やはり人間性とでも言いますか……私に人を見る目があるかどうか分かりませんが、君塚さんの目を見た時、とても綺麗で瞳の奥に心の内側まで表されているように思えたんです……。すみません、気持ち悪いですよね、あぁもう本当に……何言ってんだろう」

 世間知らず、シスコン、その次はまるでストーカーのような妄想だ。
 勘弁してくれと言われそうでまた頭を抱えた。
 家族や会社の人、この場に押してくれた藤野にも申し訳なくなった。
 盛大にヘコんでいたら、クスリと笑う声が聞こえてきた。

「諒さんは、本当に可愛らしい方ですね。貴方のような方がいたら、それは純粋培養で外へ出したくないというご両親の気持ちもわかる気がします」

「えっ………」

「それに、可愛いって言われ慣れてますね? 少し恥ずかしそうですけど、素直に受け入れている感じがします」

「うっ、それは……確かに、家の者がいつも……挨拶のように……」

 子供の頃から面倒を見てくれているからか、お手伝いさん達は孫のように俺のことを可愛い可愛いと競うように言ってくるので、すっかり言われ慣れているのは認める。

「でも、その……お手伝いさん達に言われるのと、君塚さんに言われるのは少し違うと言いますか……。あの、胸がキュッとして熱くなる感じがして……」

 また気持ち悪がられるかと思ったが、恐る恐る佳純を見つめながら素直に思うところを話してしまった。

 佳純はニコニコした顔で聞いていたが、しばらく時間が止まったように固まった後、両手で顔を覆ってしまった。

「諒さん、それ反則。心臓痛い」

 佳純のいつもとは違う動揺した様子に、もしかして少しは意識してくれているのかと心臓がドクドクと揺れ始めた時、自分の腕時計からピピピっと電子音が鳴り出した。
 横のボタンを押してアラームを止めた俺は、お茶セットの中にあった水差しに目を止めた。

「あっ、すみません。そこの水を一杯いただけますか? ちょっと薬を飲む時間でして」

「薬? もしかして、抑制剤ですか?」

 顔からパッと手を離した佳純が心配そうな顔をして俺を見てきた。
 オメガの人間が飲む薬と聞いて想像するのはそれだろう。それはその通りで、普段飲んでいる抑制剤だった。

「そうです。朝昼晩と飲むタイプで、忘れてしまうので時間をセットしているんです」

 ポケットに入れていたケースから粉薬を取り出した俺は、こちらはお茶と違って手際よくカプセルに詰めた。
 その様子を佳純は不思議そうな顔で眺めていた。

「無知ですみません。確か抑制剤は効果の高いものが開発されて、一日に一度、もしくは発情期に飲むだけでしっかり効果が出ると聞いたことがあるのですが……。昔に比べて今は楽になったと……」

「色々ご存じなんですね。おそらく君塚さんが仰っているのはゾーンエイトという一粒で絶大な効果があるという薬です。薬局やコンビニでも手軽に購入できてノーベル賞ものだと言われています。ただ、それは私には効果がありすぎる、と言いますか合わないのです。一度飲んだ時に一週間昏睡状態になりました」

「ええっ!?」

「私はオメガとしての本能が強いタイプらしいのです。つまり、他のオメガよりも発情が強く出てしまうらしく、子供の頃はそれが高熱になって出ていました。薬剤に過剰に反応してしまうので、今飲んでいるのは一番軽いと言われているゾーンワン、という薬です。今はほとんど飲む人がいないらしくて、粉薬で自分で詰めないといけないのが面倒ですね」

 この話をすると誰もが気の毒にという顔になる。だから積極的に人に話してはこなかったし、説明するのが面倒だと思っていた。
 けれど佳純には変に誤解されたくなくて、ちゃんと話さないといけないと力が入った。

「体質に合わないというのはお辛いでしょう。ゾーンワンであれば、問題なく過ごせるのですか?」

「ええと、そう、ですね。ゾーンワンは昔にできた薬なので副作用があるんです。頭がぼーっとして眠気を覚えることが多くて……、ただそれだけなんですけど、そのせいで外へ出るのも億劫になってしまうんです。極端に言うと、どこでもかんでも寝てしまう可能性があるんです」

「それは……、確かにそれでは外出もままならないですね。医師には相談されているんですよね? 楽になる方法は他にないのでしょうか」

「それは……あるにはありますけど。……発情期が安定すれば、つまり番ができれば、私の場合、その方が薬より効果があると言われました……」

 どうしようもないこと、どうすることもできないこと。
 その一つ一つをかき集めてできたような俺の人生。
 できればこの話をするのは、佳純から結婚を進めようと言われてからにしようかと思っていた。
 ビジネスな関係で、番などと言われたら引いてしまうのは間違いない。
 いつでも切れる関係でいいと言っているのだから、俺だってそこまで負担になるようなことを求めるつもりはない。
 ただ、佳純を目の前にしたら、隠しておくべきではないなと思ってしまった。
 なぜだが分からないけれど、佳純に対しては嘘や作った台詞で演技をするようなことはしたくないし、後から嫌われるようなことは言いたくないと思ってしまった。

 重い話をして黙り込んでしまった佳純を見て、俺は安心させるように笑った。

「気にしないでください。私もそこまで求めてはいません。薬でどうにか生活はできているので、それで十分です」

 人に合わせて笑うことは得意な方だった。
 俺にとって数少ない人と接する機会で、険悪な関係など作りたくなくて、周りの人間とはいつだって上手くやってきたつもりだった。
 今度だって上手く笑ったつもりだったが、力強く伸びてきた手が、俺の手をぎゅっと掴んできた。
 細い腕だと思って見ていたが、佳純は意外と力があってドキッとしてしまった。

「そんなに悲しそうな顔で笑わないでください」

「えっ、あ……あの」

「諒さんが悲しんでいる顔を見るとムカムカするんです。何もできない自分が悔しくて……力になりたい、諒さんを笑顔にしたいと、そう心が焦ってしまうのです」

「君塚さん………」

 やっぱり優しい人なのだなと思った。
 掴んでくれた手から温もりが伝わってきて、冷たい風が吹いていた心まで温められた気がした。

「雨、止みませんね……」

 外はまだ滝のように雨が降っていて、バシャバシャと激しい音が響いていた。
 弱くなったり強くなったりを繰り返していて、いっこうに止む気配がない。
 隔絶された世界に取り残された二人みたいだった。

 それが少しも嫌だと思えなくて、むしろこの雨が止んだらこの手が離れてしまう、そう思うと寂しくて恐くなってしまった。

 しばらく無言で、二人で暗い空と雨の様子を眺めた。
 俺の思いが伝わったのか、その間、佳純は俺の手をずっと掴んでいてくれた。





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