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第一部

⑥ 絆

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「みなさま、お待たせいたしました。次の子供達です。歳は十三から十五、金髪の少年がSS評価品です」

 檻が吊り上げられた先にあったのは、広い円形の会場だった。檻を取り囲むように、客が座っていて、全員の視線と熱気が一気に集中したのが分かった。
 会場内は暗くて、陽の光は一切ない。
 松明やランプの灯りでぼんやりと照らされた会場に、黒装束で白い仮面を着けた客達が集まっていた。
 異様な光景にレアンは息を呑んで恐怖で体が固まってしまった。

「あぁ、どうかお静かに。金髪の少年は百年に一度出るかという品です。ご購入は千ゴールドから、金と銀の会員バッチを持つ方に限らせていただきます」

 シエルの登場から、会場内からガヤガヤと声が聞こえてきたが、司会の男から条件が発表されると、もっと大きな響めきがあった。

 体にじっとりと汗をかく、嫌な時間だった。
 仮面越しに送られる視線は、肌を切り裂くようなもので、途中から震えが止まらなくなってしまった。
 こんな世界があるなんて知りたくもなかった。
 田舎の村で、細々と食物を育てて生きてきたレアンには、衝撃的過ぎる体験だった。
 再びジャラジャラと音を立てて、檻が下ろされる頃には、足に力が入らなくて、自分より体の小さいシエルに支えてもらう状態だった。

 今は小説におけるシエルの生い立ちの部分だ。
 人買いに買われた後、都に連れて来られて、売られることになる。
 一行ほどの説明文に、これほどの経験が詰まっているのかと、レアンはすでに心が重くなっていた。
 小説の全体的なところは頭に入っているのだが、細かいところは集中しないと思い出せない。
 特に小説において、サブキャラだったシエルについては、ところどころ穴が空いたようになって、ぼんやりとしていた。

 この後、シエルはどうなるのか。
 怖がってばかりじゃなくて、そっちが重要だとレアンはなんとか頭を切り替えようとした。

 お披露目用の檻から出された子供達は、別の檻に入れられた。
 そこには他の檻も並んでいて、自分達より小さい子や、もっと大人の女性が入っている檻があった。
 明日の競りに出される品物が集まっているのだろうと思った。

「良かったわね、シエル。かなりいい値段で売れそうじゃない。そうなると、購入者は貴族よ。他と比べたら、いい暮らしができるわ。貴方なら旦那様に愛されて、愛妾として幸せに暮らせるわ」

 どうやらここで一晩過ごすことになりそうだと、みんなが腰を下ろした後、リタが近づいて話しかけてきた。

「……べつに。そんなのに、なりたくない」

「まぁ、贅沢ね。私はずっと憧れていたというのに」

 みんなが売られたことを嘆いている中、リタだけは最初から積極的にこの道に進もうとしているように見えた。
 やけに詳しいところも気になったが、シエルは何も言わないので、レアンが視線を送ると、リタはクスリと笑って自分から話してくれた。

「うちの村じゃ、男子は働き手、女子は口減しだと言われて育ったわ。元奴隷で、歳をとって醜くなったから村に帰された人も知っている。色々聞いて、愛妾になって暮らすのが一番幸せだと思ったの。旦那様の子を産めば、奴隷ではなくなって、生活も保障されて、一定の身分が与えられる。売られることは分かっていたから、とにかく自分がよく思われるように、努力してきた」

 確かにリタは、他の子達の中でも、群を抜いて可愛くて目立っていた。田舎者と言われたらそれまでだが、努力したと言うくらい、見た目も仕草も垢抜けて見えた。

「リタは、希望通りになるよ。俺はレアと一緒ならどこへ買われてもいい」

「シエル、まだそんなことを言っているの? 私達は商品なのよ。商品が一緒に買ってくれだなんて、頼めるわけがないわ」

 それくらい分からない歳じゃないでしょうとリタに言われたが、シエルは何も返さずにレアンの腰にしがみついてきた。
 リタがため息をついて、せいぜい頑張ってと言って離れて行っても、シエルはレアンの膝に頭を乗せてうずくまっていた。

「大丈夫……大丈夫……絶対、大丈夫」

 シエルは一人で自分に暗示をかけるように小さく呟いていた。
 シエルの背中を撫でながら、レアンは目を閉じて意識を集中した。

 シエルを買うのは主人公達ではない。
 彼らだってまだ、子供と言える年齢だ。
 シエルと主人公達が出会うのは、シエルが買われた先の家に関係していたはず。
 自分のことは分からないが、シエルの行き先には世界が広がっている。
 それ自体は悪いことではないと思うのだが、どうも胸騒ぎがして嫌な予感がした。
 先のことが分かっているはずなのに、正確に動かなくて、役に立たないことが悔しい。

「……レア、大丈夫だよ」

 寝息を立てていたシエルが、もにょもにょと口を動かした。
 あまりに優しい口調で寝言を言ったので、レアンは思わずクスッと笑ってしまった。
 この世界が過去に読んでいた小説の世界だと気がついたのは、シエルに会ったからだ。
 その強烈な美しさに、心臓を撃ち抜かれたように痺れて、思い出すはずのない記憶を思い出した。
 そして関わることなどなく、終わるものだと思っていたのに、シエルを助けたことで、交差して消えるはずの運命が重なり合った。
 だけどそれも今夜まで。
 夜が明ければ、全て元通りに魔法は解けてしまう。
 レアンはシエルの目元に指を当てて、優しく撫でた。

 もしも自分が生き残り、立派な青年になることができたら、この目から龍の涙がこぼれ落ちて、君が死を選ぶ前に、檻の中の君を助けに行きたい。

 目を閉じたレアンは夢を見た。
 大きくなったシエルは、花びらが床を埋め尽くす美しい場所で、幸せそうに笑っていた。
 そしてその隣で自分もまた、嬉しそうな顔を………
 いつかそんな未来を…………

「ボケッとするなっ!! 名前を呼ばれたら出てこい! ナターシャ、マリーナ買い手がついたぞ」

 怒鳴り声が聞こえてきて、レアンはハッと気がついて周りを見てしまった。
 こんな時に、ぼんやりしていたらしい。
 あっという間に競りの時間になってしまった。
 競りが始まると、次々と名前が呼ばれて檻から人が消えていった。
 競り落とした客が直接連れに来る場合もあるし、部下のような者達が数人きて、流れ作業のように女達を縛って連れて行く様子もあった。

「こちらです。あの金髪の……」

 コツコツという足音と、金髪という声が聞こえてきて、レアンは顔を上げた。
 レアン達がいる檻の前で、彼らの足は止まった。
 組織の男に連れて来られたのは、長い外套を被った大きな男が二人、ひどく冷たい目をしていて感情が読み取れなかった。

「すぐに連れて帰るようにと、あの方のご希望だ」
「怪我はしていないだろうな、かすり傷でも、あの方は嫌がる」

「ここへ来るまでに汚れてはおりますが、怪我はしておりません。ご不満でしたら、返品もできますので」

「その必要はない。必ず連れて帰るように言われている。早くここから出せ」

 男達に顎で促されて、組織の男はペコペコと頭を下げながら、お待ちくださいと言って檻を開けた。
 しかし、別れの時になっても、シエルはレアンの腰に手を巻きつけて離れなかった。

「おい、離れろ。いつまでくっ付いてるんだ。お前は売れたんだ。さっさとここから……あっつぁ、イテェ!」

 男が無理やり引き剥がそうとしたところ、シエルは男の手を噛んだ。
 男は痛がって手を離したが、手の甲にはしっかりと歯形が残っていた。

「いい加減に……」

「嫌だ! レアと一緒じゃないと嫌だ!」

 今度は足をバタつかせてシエルが抵抗したので、傷つけるなと言われているからか、男は口の端を歪めてイラついていた。

「なにをしているんだ。もう一人の子供と、何か関係があるのか?」

「い、いえ、そんなはずは……」

「兄弟だよ。レアは俺の兄さんだ」

「なっっ!!」

 シエルの口から出てきた、苦し紛れの言葉に、男達も、レアンもまた驚いて口を開けてしまった。

「子だくさんだったから、俺だけ別の村に預けられたんだ。こんなところで会えるとは思わなかったけど、すぐに分かったよ、兄さんだって」

 この期に及んで何を言い出すのかと、レアンの額から汗が流れ落ちた。
 そんなことで男達の気は変わらないだろうと思ったが、シエルを買いにきた男二人は、明らかに動揺している様子で話し合っていた。

「考えたわね、シエル」

 リタが近づいてきて、ポカンとしているレアンの耳元で囁いた。

「兄弟王の絆よ。田舎だと迷信だと思われているけど、都で、しかも商売をしている連中は、すごく気にするらしいわ」

 リタの話でレアンは昔、父親から聞いた話を思い出した。
 ソードスリム建国の話だ。
 二人の兄弟が手を取り力を合わせたことで、荒れ果てた地を開墾し、立派な国を作ることができたとされている。
 そのため、兄弟、というものはこの国では特別な響きがあり、兄弟が望む時、引き離してはいけないという言い伝えが広まった。
 奴隷になど通用しないと思えたが、この言い伝えを破る者は、どんな場合も不幸になると言われていて、過去に実際に起こった事件や事故などの話がいくつも知られていた。
 その為、この国の人は、この手の話に関わることを嫌がった。
 なるべくなら、引き離すことがないようにする、という考えが根付いていると聞いていた。

「……あの顔に傷があるのはいくらだ?」

「え……まだ、あれは競り前で……五百ゴールドからの予定でして……」

「じゃあ、それを出そう。ちょうど下働きが必要だったんだ。金髪の方でかなり値を入れたんだ。どうせあの顔じゃ売れん。それくらい優遇しろ」

 まさかの展開に、レアンは目を瞬かせた。
 ここで別れるものだと思っていたのに、兄弟だという話になったら、全員が動揺して、レアンも一緒に買う流れになっていた。
 組織の男は、何も聞いていないので、兄弟かどうか確かめますと言っていたが、時間がない、早く連れて行きたいと男達が言い出して、揉め始めてしまった。
 結局、彼らの主人の金払いがいいからか、組織の男は諦めて、分かりましたと言って、レアンとシエルに出てこいと声をかけた。

「行こう、レア」

 にっこり笑ったシエルが手を差し出してきた。
 隣にいたリタが、二人とも元気でねと耳元で囁いて、背中を軽く叩いてきた。
 レアンはリタにありがとうと目線で返したが、まだ夢の中にいるような気持ちで、シエルの手に自分の手を重ねた。
 
 同じ馬車に乗り合わせただけの二人。
 交わることがなかった二人の人生が今、絡まって一つの線になったような気がした。
 しかしこの先に何があるのか、まだよく思い出せない。霧の中に飛び込んでいくような気持ちで、レアンはシエルと手を繋いで歩き出した。


 

 (続)
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