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本編
8、再び
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今日は遅くなるから、帰れないかもと言いながら先に帰るようにキースに言って、意気揚々とレナールは音楽室へ向かっていった。
ついに、トイレであったことをレナールに言えなかった。
あの痺れるようなキスの後、教室へ戻ったキースは、ひたすら教科書を見ながら後ろの席に意識を向けないようにした。
気のせいかもしれないが、わずかな視線を感じたような気もする。だが、深呼吸して体に疼いた熱を静めると、後はひたすら勉強に集中するふりをしてやり過ごした。
正直なところ、レナールが音楽室へ行っても、ルーファスがいる可能性は低い。
何しろ用件を伝えることも出来なかったし、あんな、怒鳴って逃げ帰ったようなやつが言い出した約束など、王子ともあろう方が律儀に守るとは思えない。
レナールの恋の協力者として、ありえない失態にキースは頭を抱えた。
何故あんなことになったのか。
授業など集中できるはずもなかった。頭の中では何故だという思いが渦巻いて消えることがない。
確かに、垣根を越えた自由恋愛の国で、距離が近いことも感じたが、まだ会ったばかりで、友人だと言ってくれた関係だ。
一方で悶々とする自分を嘲笑うもう一人の自分もいる。簡単なことだ、王子は気まぐれでたまたま手を出しただけ。取り乱して怒鳴って、なんてバカなやつだと笑われているだろう。
本当に最悪だ。
あのとき、教室へ走って帰っているとき。
ぽろぽろと流れ落ちてくる雫に気がついた。
まさか、自分が泣いているとは思ってもみなくて、しかもいつから泣いていたのかも覚えていない。
これじゃまるで、傷ついた子供だ。
たかが、キスになにをこんなに動揺しているのか。
いや、ショックだったんだ。
好きな気持ちを大切にしたいなんて、ロマンチックなことを考えていたくせに。
いざ、なんとも思っていないはずの男からキスをされて、体の中に火が灯ってしまった。
快感で足に力が入らなくなるほど、そして、もう少しで自分を手放して、ありえない台詞を口走ってしまいそうだった。
快楽に耽るレナールのことを、冷めた目で見てどこかで軽蔑していた。
それなのに……。
キースは手に力をこめたまま、自分の膝を打ったが、ただ虚しく痛みが広がるだけだった。
もし、誰も来なかったとレナールが戻ってきたら、正直にあったことを話して、謝ろうと考えていた。
馬車の中でしばらく待ったが、レナールは結局帰って来なかった。
先に帰ってから休んだが、布団の中に入っても、気持ちが静まることはなく、そのまま朝を迎えた。
どんなに寝不足で最悪の気分でも、朝は等しくやってくる。
そして、学生は登校しなければいけないのだ。
学校へ向かう馬車の中、キースは無言でレナールと一緒に乗っていた。
レナールはというと、こちらも無言で無の表情をしていた。
「聞かないの?」
しばらく無言が続いた後、レナールがポロリと喋りだした。
「あんだけ本気出すとか宣言して、どうなったか気にならない?」
「………上手くいったようには見えないね」
「そうね……。最悪だわ」
キースが顔を上げると、レナールは無の表情で窓の外を見ていた。
「ルーファスは来たの?」
「ええ、来たわ。それで私すぐに情熱的に告白しようとしたの」
ルーファスが音楽室へ来たことに驚いた。あんなことがあって、自分が行くかどうかも分からないのに待つつもりだったのだろうか。
それは何故か。
罪悪感?寝覚めが悪いから?
キースの中で一度閉じ込めてなかったことにした思いがまた渦巻きだした。
「音楽室へ入ってきたときから、なにか凄く機嫌が悪そうだったのよ。それで、待っていたのが私だったって分かったときの顔が忘れられない……」
「そ…それは、どんな……」
「怖い怖い!物凄い怖かったのー!!魂抜かれるかと思った!まるで悪魔よ!大悪魔!あんなのルーファス様じゃないわ!ゲームの中じゃ一番優しくて甘い王子様なのよ。課金ルートにだって、あんな魔王降臨みたいなイベントなかったわ!絶対おかしい!」
レナールの話だと、ゲームの中のルーファスは、クセのある攻略対象者の中では唯一、まともな恋愛で優しくてひたすら主人公に尽くしてくれるキャラだったらしい。
「……やっぱり、俺が生きていることで、ゲームの世界に齟齬が生じてしまったのかな」
「ばか、それを言うなら、私だって……、誘惑に負けて好き勝手ヤっちゃったから……」
二人して同時にため息をついた。
キースは言わなければいけないことがあると、レナールに向き直った。
「ルーファスが機嫌が悪かった理由には心当たりがあるんだ」
「どういうこと?」
レナールの青い瞳と視線が合った。キースは自分が協力者失格だったと、昨日のことを話始めたのだった。
□□
「ふーん、そしたら、キースは誘ったと勘違いされてキスされたわけ?」
キースは昨日のトイレでの出来事をひととおりレナールに話した。
「……そうだと思う。それしか考えられないし。いきなりだったから……、びっくりして抵抗できなくて、最後に突き飛ばして逃げたんだ。だから、怒ってて機嫌が悪かったのかもしれない」
体格差はあれど、男としてもっと何か出来なかったのかと、キースは情けない気持ちになってきた。
「ごめん。若菜……、お前のこと応援するつもりが、完全に邪魔してしまった。これじゃ俺が悪役令息だよな」
「………まさか、瑠也にルーファス様をかっさらわれるなんて盲点だったわー…。まぁ、あんたが悪役で積極的に奪いにいったとまでは思わないけど…。それに今となっては、あの魔王を私にどうにかできる気がしないわ。で?ルーファス様のキスはどうだったの?」
落ち込んだ顔をしていたレナールだったが、座席から身を乗り出して、キースに迫ってきた。
「え!?そっ……それ、言わなきゃだめか?」
「もがいている私を尻目に、ちゃっかりキスしてんだから、それくらい教えなさいよ!他と比べてどうだったとか」
「他って、わわ……分かんないよ。前世で一度だけ女の子とキスしたけど一瞬だったし。ルーファスは……、なんというか……すごく……」
「すごく?」
キースは昨日の一部始終を思い出した。突然始まった呼吸もままならない激しい口づけは、身体中を侵食するように広がって、甘い安らぎとは無縁のただ欲を掻き立てるような行為だった。
真っ赤になって、唇を必死に拭っているキースを見て、レナールは盛大にため息をついた。
「あんた、連れてきたの間違えたわー。まさかの原石だったのね。やられたー」
「へ?何?」
「ふん!悔しいから教えてあげない!せいぜいルーファス様に遊ばれて泣きを見るといいわ」
レナールに突き放されて唖然としているうちに、結局学校に着いてしまった。
□□□
足取りは重くても教室へ向かわなければいけない。しかも、一番前の席で、昨日から一睡もしていないのだ。
気を抜くと、昨日の記憶が雨のように降ってくるので、キースはもうなかったことにして、蓋をすることに決めた。
「やぁ、キース。待っていたよ」
なかったことにしようと思ったその矢先に、教室の前で、ルーファスは待ち構えていた。
王子然とした、余裕のある微笑を浮かべて、壁に背をつけて佇んでる。そんななんでもない姿が絵になるのはさすがだとキースはぼんやり眺めてしまった。
「話があるんだ。まだ時間があるからいいよね」
そう言ってにっこりと笑うが、どう見ても目は笑っていない。視線からは絶対零度の冷たさを感じて、キースは凍えそうになった。
言葉が紡げないでいると、勝手に手を取られて、引っ張られてしまった。
連れていかれたのは、昨日レナールがルーファスを呼び出した音楽室だった。
音楽室の中はピアノが置かれているだけで、他はがらんとして何もない。最初の時間は授業もないらしく、人気もなく静かだった。
やや強引にキースを引っ張って中に押し込むと、ルーファスは後ろ手にドアを閉めた。
「さて、昨日は君に呼び出されたと思って来てみれば、俺の苦手なやつが待っていてびっくりしたよ。彼と君は繋がっていたんだね」
相変わらず、微笑を崩さないルーファスだが、徐々にその目元が闇に変わっていくのが分かって、確かに恐ろしく感じる。レナールが怯えていたのはこのことだったのだろうか。
「……詳しく話さなかった俺も悪かったですけど。もともと、レナールにあなたと話がしたいから、呼び出して欲しいと頼まれたんです」
「へぇ、何が目的なのかな。君は俺に近づいて、なにを求めているの?」
そんな風に言われると、何か悪いことでも企んで近づいたみたいで心外だったので、キースはルーファスの顔をじっと見据えた。
「レナールの気持ちは想像できますよね。彼はあなたと仲良くしたいだけですよ……。おっ…俺はそれを応援したいだけです。彼の父親には恩義があって……」
「……仲良く、ねえ……。昨日もいきなり服を脱ぎ出したから、仲良くしたかったんだろうね、確かに」
それを聞いて、レナールの言った情熱的とはそのことなのかと、キースは唖然とした。
やはり、想像の上をいく男である。
「しかし、あいにく、ああいうのは俺の趣味じゃない。見てくれだけ良くても、苦手なにおいがするんだよ」
「はあ、そうですか……」
恐ろしくて前が見れず、下ばかり見ていたら、キースの足元に、ルーファスの靴が見えて、重なるように横に貼りついたことに気がついた。
慌てて顔を上げると、ルーファスはもう目の前まで来ていて、その、近い距離に心臓はドキリと音を立てて揺れた。
「俺はキースが来てくれるものだと思っていたのに。この気持ちをどうしてくれるのかな」
「どうしてって……。勘違いさせたことの、詫びをしろってことですか……?」
詫びかそれはいいねと、口の端だけを器用に上げて、ルーファスは微笑んだ。なんとも妖しい笑い方に、目を奪われたキースの心臓は壊れそうなくらい揺れる。
「この俺の口づけを気持ち良くないと言われたのは初めてでね。これでも軽くショックを受けたんだ。でも君はあの時間違いなく感じていたはずだ。それを証明したい」
キースは最後の捨て台詞を思い出した。自分を戒める意味も込めて発したのだが、それがルーファスに火をつけてしまったらしい。
彼の不機嫌はまさかこれだったのかと悟った。
「……そんな、証明なんて……どうやって……」
「それは体に聞いてみれば分かることだ」
すでに、すぐ側に来ていたルーファスは、キースをあっという間に壁に縫いつけて、また唇を重ねてきた。
腕を捕らえられて逃れようと顔を動かすも、その方向へ追いかけてきて、また食らいつかれる。
荒々しく舌をねじ込まれて、噛みつくわけにもいかず侵入を許してしまった。
まずいと思ったときはすでに遅い。
キースの築いていた、防波堤は簡単に壊されてしまったのだ。
体の奥に燻っていた熱がまた強さを取り戻そうとしているのを、キースは絶望的な気持ちで見つめていたのだった。
□□□
ついに、トイレであったことをレナールに言えなかった。
あの痺れるようなキスの後、教室へ戻ったキースは、ひたすら教科書を見ながら後ろの席に意識を向けないようにした。
気のせいかもしれないが、わずかな視線を感じたような気もする。だが、深呼吸して体に疼いた熱を静めると、後はひたすら勉強に集中するふりをしてやり過ごした。
正直なところ、レナールが音楽室へ行っても、ルーファスがいる可能性は低い。
何しろ用件を伝えることも出来なかったし、あんな、怒鳴って逃げ帰ったようなやつが言い出した約束など、王子ともあろう方が律儀に守るとは思えない。
レナールの恋の協力者として、ありえない失態にキースは頭を抱えた。
何故あんなことになったのか。
授業など集中できるはずもなかった。頭の中では何故だという思いが渦巻いて消えることがない。
確かに、垣根を越えた自由恋愛の国で、距離が近いことも感じたが、まだ会ったばかりで、友人だと言ってくれた関係だ。
一方で悶々とする自分を嘲笑うもう一人の自分もいる。簡単なことだ、王子は気まぐれでたまたま手を出しただけ。取り乱して怒鳴って、なんてバカなやつだと笑われているだろう。
本当に最悪だ。
あのとき、教室へ走って帰っているとき。
ぽろぽろと流れ落ちてくる雫に気がついた。
まさか、自分が泣いているとは思ってもみなくて、しかもいつから泣いていたのかも覚えていない。
これじゃまるで、傷ついた子供だ。
たかが、キスになにをこんなに動揺しているのか。
いや、ショックだったんだ。
好きな気持ちを大切にしたいなんて、ロマンチックなことを考えていたくせに。
いざ、なんとも思っていないはずの男からキスをされて、体の中に火が灯ってしまった。
快感で足に力が入らなくなるほど、そして、もう少しで自分を手放して、ありえない台詞を口走ってしまいそうだった。
快楽に耽るレナールのことを、冷めた目で見てどこかで軽蔑していた。
それなのに……。
キースは手に力をこめたまま、自分の膝を打ったが、ただ虚しく痛みが広がるだけだった。
もし、誰も来なかったとレナールが戻ってきたら、正直にあったことを話して、謝ろうと考えていた。
馬車の中でしばらく待ったが、レナールは結局帰って来なかった。
先に帰ってから休んだが、布団の中に入っても、気持ちが静まることはなく、そのまま朝を迎えた。
どんなに寝不足で最悪の気分でも、朝は等しくやってくる。
そして、学生は登校しなければいけないのだ。
学校へ向かう馬車の中、キースは無言でレナールと一緒に乗っていた。
レナールはというと、こちらも無言で無の表情をしていた。
「聞かないの?」
しばらく無言が続いた後、レナールがポロリと喋りだした。
「あんだけ本気出すとか宣言して、どうなったか気にならない?」
「………上手くいったようには見えないね」
「そうね……。最悪だわ」
キースが顔を上げると、レナールは無の表情で窓の外を見ていた。
「ルーファスは来たの?」
「ええ、来たわ。それで私すぐに情熱的に告白しようとしたの」
ルーファスが音楽室へ来たことに驚いた。あんなことがあって、自分が行くかどうかも分からないのに待つつもりだったのだろうか。
それは何故か。
罪悪感?寝覚めが悪いから?
キースの中で一度閉じ込めてなかったことにした思いがまた渦巻きだした。
「音楽室へ入ってきたときから、なにか凄く機嫌が悪そうだったのよ。それで、待っていたのが私だったって分かったときの顔が忘れられない……」
「そ…それは、どんな……」
「怖い怖い!物凄い怖かったのー!!魂抜かれるかと思った!まるで悪魔よ!大悪魔!あんなのルーファス様じゃないわ!ゲームの中じゃ一番優しくて甘い王子様なのよ。課金ルートにだって、あんな魔王降臨みたいなイベントなかったわ!絶対おかしい!」
レナールの話だと、ゲームの中のルーファスは、クセのある攻略対象者の中では唯一、まともな恋愛で優しくてひたすら主人公に尽くしてくれるキャラだったらしい。
「……やっぱり、俺が生きていることで、ゲームの世界に齟齬が生じてしまったのかな」
「ばか、それを言うなら、私だって……、誘惑に負けて好き勝手ヤっちゃったから……」
二人して同時にため息をついた。
キースは言わなければいけないことがあると、レナールに向き直った。
「ルーファスが機嫌が悪かった理由には心当たりがあるんだ」
「どういうこと?」
レナールの青い瞳と視線が合った。キースは自分が協力者失格だったと、昨日のことを話始めたのだった。
□□
「ふーん、そしたら、キースは誘ったと勘違いされてキスされたわけ?」
キースは昨日のトイレでの出来事をひととおりレナールに話した。
「……そうだと思う。それしか考えられないし。いきなりだったから……、びっくりして抵抗できなくて、最後に突き飛ばして逃げたんだ。だから、怒ってて機嫌が悪かったのかもしれない」
体格差はあれど、男としてもっと何か出来なかったのかと、キースは情けない気持ちになってきた。
「ごめん。若菜……、お前のこと応援するつもりが、完全に邪魔してしまった。これじゃ俺が悪役令息だよな」
「………まさか、瑠也にルーファス様をかっさらわれるなんて盲点だったわー…。まぁ、あんたが悪役で積極的に奪いにいったとまでは思わないけど…。それに今となっては、あの魔王を私にどうにかできる気がしないわ。で?ルーファス様のキスはどうだったの?」
落ち込んだ顔をしていたレナールだったが、座席から身を乗り出して、キースに迫ってきた。
「え!?そっ……それ、言わなきゃだめか?」
「もがいている私を尻目に、ちゃっかりキスしてんだから、それくらい教えなさいよ!他と比べてどうだったとか」
「他って、わわ……分かんないよ。前世で一度だけ女の子とキスしたけど一瞬だったし。ルーファスは……、なんというか……すごく……」
「すごく?」
キースは昨日の一部始終を思い出した。突然始まった呼吸もままならない激しい口づけは、身体中を侵食するように広がって、甘い安らぎとは無縁のただ欲を掻き立てるような行為だった。
真っ赤になって、唇を必死に拭っているキースを見て、レナールは盛大にため息をついた。
「あんた、連れてきたの間違えたわー。まさかの原石だったのね。やられたー」
「へ?何?」
「ふん!悔しいから教えてあげない!せいぜいルーファス様に遊ばれて泣きを見るといいわ」
レナールに突き放されて唖然としているうちに、結局学校に着いてしまった。
□□□
足取りは重くても教室へ向かわなければいけない。しかも、一番前の席で、昨日から一睡もしていないのだ。
気を抜くと、昨日の記憶が雨のように降ってくるので、キースはもうなかったことにして、蓋をすることに決めた。
「やぁ、キース。待っていたよ」
なかったことにしようと思ったその矢先に、教室の前で、ルーファスは待ち構えていた。
王子然とした、余裕のある微笑を浮かべて、壁に背をつけて佇んでる。そんななんでもない姿が絵になるのはさすがだとキースはぼんやり眺めてしまった。
「話があるんだ。まだ時間があるからいいよね」
そう言ってにっこりと笑うが、どう見ても目は笑っていない。視線からは絶対零度の冷たさを感じて、キースは凍えそうになった。
言葉が紡げないでいると、勝手に手を取られて、引っ張られてしまった。
連れていかれたのは、昨日レナールがルーファスを呼び出した音楽室だった。
音楽室の中はピアノが置かれているだけで、他はがらんとして何もない。最初の時間は授業もないらしく、人気もなく静かだった。
やや強引にキースを引っ張って中に押し込むと、ルーファスは後ろ手にドアを閉めた。
「さて、昨日は君に呼び出されたと思って来てみれば、俺の苦手なやつが待っていてびっくりしたよ。彼と君は繋がっていたんだね」
相変わらず、微笑を崩さないルーファスだが、徐々にその目元が闇に変わっていくのが分かって、確かに恐ろしく感じる。レナールが怯えていたのはこのことだったのだろうか。
「……詳しく話さなかった俺も悪かったですけど。もともと、レナールにあなたと話がしたいから、呼び出して欲しいと頼まれたんです」
「へぇ、何が目的なのかな。君は俺に近づいて、なにを求めているの?」
そんな風に言われると、何か悪いことでも企んで近づいたみたいで心外だったので、キースはルーファスの顔をじっと見据えた。
「レナールの気持ちは想像できますよね。彼はあなたと仲良くしたいだけですよ……。おっ…俺はそれを応援したいだけです。彼の父親には恩義があって……」
「……仲良く、ねえ……。昨日もいきなり服を脱ぎ出したから、仲良くしたかったんだろうね、確かに」
それを聞いて、レナールの言った情熱的とはそのことなのかと、キースは唖然とした。
やはり、想像の上をいく男である。
「しかし、あいにく、ああいうのは俺の趣味じゃない。見てくれだけ良くても、苦手なにおいがするんだよ」
「はあ、そうですか……」
恐ろしくて前が見れず、下ばかり見ていたら、キースの足元に、ルーファスの靴が見えて、重なるように横に貼りついたことに気がついた。
慌てて顔を上げると、ルーファスはもう目の前まで来ていて、その、近い距離に心臓はドキリと音を立てて揺れた。
「俺はキースが来てくれるものだと思っていたのに。この気持ちをどうしてくれるのかな」
「どうしてって……。勘違いさせたことの、詫びをしろってことですか……?」
詫びかそれはいいねと、口の端だけを器用に上げて、ルーファスは微笑んだ。なんとも妖しい笑い方に、目を奪われたキースの心臓は壊れそうなくらい揺れる。
「この俺の口づけを気持ち良くないと言われたのは初めてでね。これでも軽くショックを受けたんだ。でも君はあの時間違いなく感じていたはずだ。それを証明したい」
キースは最後の捨て台詞を思い出した。自分を戒める意味も込めて発したのだが、それがルーファスに火をつけてしまったらしい。
彼の不機嫌はまさかこれだったのかと悟った。
「……そんな、証明なんて……どうやって……」
「それは体に聞いてみれば分かることだ」
すでに、すぐ側に来ていたルーファスは、キースをあっという間に壁に縫いつけて、また唇を重ねてきた。
腕を捕らえられて逃れようと顔を動かすも、その方向へ追いかけてきて、また食らいつかれる。
荒々しく舌をねじ込まれて、噛みつくわけにもいかず侵入を許してしまった。
まずいと思ったときはすでに遅い。
キースの築いていた、防波堤は簡単に壊されてしまったのだ。
体の奥に燻っていた熱がまた強さを取り戻そうとしているのを、キースは絶望的な気持ちで見つめていたのだった。
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