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本編

③すやすやと◯

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 ゾロゾロと集団で入ってきて、我が物顔で後ろの席を占拠したのは肉食系のどうぶつさん集団だ。
 ドカンと大きな音を立て椅子に座って、仲間内でゲラゲラと笑い出した。

「相変わらずだね、兵藤君達……」

 ルイがこっそり耳打ちしてきて、俺も見ているだけで疲れてしまった。

 元の世界でも、彼らはあんな感じで態度がデカくて、どこでも大騒ぎして迷惑な連中だった。
 そんな彼らはこの世界では、肉食系と呼ばれる属性を持つ連中の集まりだった。
 特にグループのトップの兵藤ひょうどうという男はどこかの社長の息子で、もともと遊び人だったが、ここでもやはり変わらずで、しかもヒョウの獣人らしく、周りを威嚇してやりたい放題という状態だった。
 昨日はリスの女を三人食ったとか、比喩なのか本気なのか分からない、恐ろしいことを自慢げに言って大笑いしているので、ますます関わりたくないとゾッとしてしまった。

 触らぬ神に祟りなし。
 この処世術で生き抜いてきた俺にとって、一番近づいてはいけない相手だ。
 目を背けて下を向いたところで、あんなにうるさかった兵藤達が一瞬で静かになった。
 教授が入って来たのかと思ったら、辺りは熱気というか高揚した雰囲気に包まれた。

「……嘘、この授業、白馬君も取ってたんだ」

 お喋りなルイが俺の肩をトントンして話しかけて来た。
 白馬という名前を聞いて、俺は思わず顔を上げた。
 講義室に入って来たのは、白馬亜蘭はくば あらんという、コイツに関しては元から同じ人間だとはとても思えない男だった。
 陽に透けるような白い肌に、金髪に近いふわふわとした長い髪、彫刻のように整った目鼻立ちに薄く結ばれた唇は常に少し口角が上がっていて、まるでいつも微笑んでいるようだ。
 スラリと背が高く人形のように美しい。
 何をしていても神々しさすら溢れているこの男は、この世界ではユニコーンの獣人だった。
 ユニコーンはどうぶつさんの中で唯一の神獣で、希少種と呼ばれ、滅多に生まれてこない。

 家柄も白馬グループという大財閥のお坊ちゃんで、人とは思えない美しすぎる容姿。
 ユニコーンがピッタリ当てはまるのは、確かにこの男しかいないなと、初めて占いを信じそうになってしまったくらいだ。

 非常に優秀らしく、ほとんどの講義の出席は免除されていて、大学内で見かけることはあまりなかった。
 俺も噂だけは聞いていたが、元の世界でも遠くで見たきりで、まともに見たのはこっちに来てからが初めてかもしれない。

「さすが神獣のどうぶつさん、オーラが違うな」

 マサがそう呟いた時、白馬は一番後ろの端の席に座った。
 日頃から彼の周りには人がたくさん集まってくるらしく、この講義でもあっという間に周りに学生達が移動した。
 しかし、その神々しさに気軽に話しかけられないらしく、みんな話しかけて欲しいと熱い視線を送っていた。
 本人は何の気まぐれでこの講義に出たのか、周りの様子を全く気にすることなく、静かに教科書に目を通していて、誰とも話すことはなかった。

 すっかり場の雰囲気を奪われてしまった兵藤達だが、さすがに神獣の獣人を揶揄うことなどできないからか、つまらなそうにスマホを弄っていた。




 まあ、そういうことで、俺の日常自体はほとんど変わらない。
 変な世界ではあるが、朝起きて、大学に行って授業を受けて家に帰る、その繰り返しだ。

 外では変化が解けないように気をつけて生きていけば、この世界でも何とかやっていけるかもしれない。
 そう思っていたある日、午後の講義が休みになった俺は一人でフラフラと校内を歩いていた。

 ルイとマサはそれぞれバイトがあると言って先に帰ってしまい、最後の講義まで時間を持て余した俺は、図書館に向けて足を運んでいた。

 そこに女子の集団が向かい側からバタバタと走って来た。
 まさか俺に用でもあるのかと、一瞬ドキッとしてしまったが、そんなことがあるわけもない。
 女子達は何か探すようにキョロキョロと周りを見回しながら、普通にすれ違って行った。

「いた?」
「こっちにはいないみたい」
「さっきお見かけしたのにー」

 珍獣でもいたのかなと、ここでは冗談にもならないバカなことを考えて歩いていたら、図書館の入口のところで人とぶつかってしまった。

「うわっっ、すみません」

 考え事をしながらボケっと歩いていたので、まさか人が急に出てくるとは思わなかった。
 鼻を押さえて顔を上げると、目の前に高そうな皺のないシャツと、キラキラ輝く金色の髪が見えた。

「あ……あ……」

 そこには俺の人生で一切関わることがない相手だと思っていた男、白馬亜蘭が立っていた。
 驚きで声で変な声が出てしまったが、白馬は唇に指を立てて静かにするようにと合図をしてきた。
 そんな姿も映画のワンシーンみたいで、思わず目を奪われてしまった。

「こっちじゃない? 声がしなかった?」

 渡り廊下の向こうから、さっきすれ違った女子達の声が聞こえてきたと思ったら、ガッと腕を掴まれた。
 何が起きたのか分からなかった。
 手を引っ張られて転ぶように足を動かしていたら、いつのまにか図書館の裏の空き地のような場所にいて、また静かにという合図をされてその場に座らされた。

 バタバタという複数の足音がして、しばらく大きく聞こえた後、また遠ざかって行った。
 ここまできたらさすがに鈍い俺でも気がついてしまった。

「……もう、行ったみたいだよ。色々と大変だね」

 人気者だって一人になりたい時はあるのだろう。
 特にこの人は雲のように掴みどころがなく、自由な人だと聞いていた。
 ファンの女子学生達に追いかけられて逃げていた。そんなところだろうと想像できた。

「連れて来てしまってごめんね。見られてしまったから、あそこで騒がれると見つかってしまうと思ったんだ」

「お……俺は別に……、あの子達に居場所を聞かれたとしても言わないよ」

「へぇ、優しいんだね。俺は一年の白馬亜蘭、君は?」

「落合学……同じ一年」

「同じ学年か、じゃあ講義で一緒になることもあるかな。仕事で海外に行くことが多くて、あまり大学には来れなかったんだけど、これからは通うと思うから、よろしくね」

 爽やかに手を差し出されて、眩しさに目を細めながら、俺はやっと何とかその手の先っぽだけ掴んだ。

「なんでそんな、指先だけ……」

 完全にビビっているのだが、悟られたくなくて俺は何となくと返した。
 すると白馬は、ぱぁぁと花が咲いたような笑顔になって、面白いなぁと言って笑った。

「握手は、こうやってするんだよ」

「わっ……」

 俺の手を丸ごと包まれるように掴まれてしまった。白馬の手は大きくて指が細長くて、傷ひとつなく繊細な美しさがあった。
 俺の小さくて不恰好で、深爪していて、ささくれに蚊に刺された痕まである手とは大違いだ。

「小さくて可愛い手だね」

「えっ、いや、そんなまさか……普通の手で……」

「うーん、ちょっといい感じかも。試していい?」

「へ? 試す?」

 うん、と言って、白馬は俺を芝生の上に座らせた。
 そよそよと風が吹き抜けて、午後の柔らかい日差しが気持ちよかったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 なんと白馬は、その場に寝転んで俺の膝の上に頭を乗せて来たのだ。

「ああっああの、これはいったい……」

「少しだけ動かないで……少しだけ……」

 どう考えてもこの状況は膝枕だ。
 俺は言われなくてもガチガチに緊張して動けなくなった。
 なぜなら俺の膝の上に天使のような顔が乗っているのだ。
 しかも目を閉じたと思ったらそのまま寝息を立てて、なんとスヤスヤ寝てしまった。

 誰かこの状況を説明して欲しい。

 なぜ大学の空気と呼ばれる俺の膝の上で、学内中の人間が崇拝している、神獣のどうぶつさんである白馬が寝ているのか……

「あの……白馬くん……? 本当に寝てるの?」

 冗談に付き合わされているのかもしれないと、声をかけてみたが、白馬は変わらず気持ち良さそうに寝ていた。

「嘘だろう……どうしたらいいんだ……」

 麗らかな午後の日差しを浴びて、世界はこの上なく平和に思えるのだが、俺の周りだけ混乱の嵐が吹き荒れていた。







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