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全ては過去を贖う為
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この目の前で繰り広げられている光景は何なのだろうか。私はただ、呆れて物が言えなかった。私が何故、あの男の婚約者となったのか。何故、離れずにいたのか。本当に分かっていない様だった。
「お義姉様、リカルド様は本当に私を愛して下さっているのです」
「はあ、そうなのね。それはいい事ではないの?」
「ですから諦めてその席を譲って下さいな」
目の前にいるこの女は、私の父が仏心を出して引き取った親友の娘だ。父の親友は流行病で夫婦で身罷ってしまった。親戚がいたにも関わらず何故、引き取り手がいなかったのか。それは、父の親友が一族を無視し、己が思うまま行動した結果、一族から追放されていたから。そして、この義妹はその事を理解していない。私の婚約者を寝取ったまではいい。では、何故、私が彼の婚約者であったのか。その理由を考えるべきだったのだ。今更言ったところで何かが変わるわけではない。
「構わなくってよ。でも、貴女は我が家から出るのですから、もし何かあっても我が家には帰れませんわよ。分かっているのかしら?」
「え? 何を言っているの? 実家に帰れるのは当たり前でしょう?」
「実家? 父は貴女が家から出たら赤の他人であると散々言っていたではないですか。それに、貴女の婚約は既に決まっているわよ」
「え?」
「安心して下さいな。婚約者は私の元婚約者ですわ。愛しているのでしょう? 当然、彼が身に纏っている呪いも受け入れてくれますわよね」
私は鉄壁の令嬢の微笑みを彼女に向けた。我が家は代々、浄化の魔力を持つ子が生まれます。強さはピンキリですが。そして、私の持つ浄化の魔力は最上級です。聖女の称号を与えたいとまで言われた力です。ですが、リカルド様が身に纏う呪いは最悪なまでに強く、普通の令嬢では耐えられません。当然、リカルド様も知っていらっしゃる筈なのですが。まあ、この子が私に成り済ましたのでしょうね。この子も魔力を持っていますが、その魔力が姑息すぎる能力です。他人になりすまし、自分の言いようにしてしまうと言う最悪な能力。
「呪い?」
「知らなかったのですか? 彼の一族は多かれ少なかれ呪われているのよ。ですから、代々、聖女の称号を持つ娘が嫁入りしていたのです。まあ、貴女はそんな力はありませんもの。でも、リカルド様もそれを承知で貴女を選ばれたのですから後悔はありませんわね」
義妹は急に慌て出した。今更、そんなに焦っても遅いわ。リカルド様のご両親も呆れて彼を屋敷から追い出した様ですし。強い呪いを受けていて、聖女の称号を戴く予定の能力を持つ私を袖にした。リカルド様のお母様も浄化の魔力をお持ちだから、それはそれはお怒りであったとか。お父様も呆れて物が言えないと仰ってましたし。
「待って、私は知らなくて……」
「知らないでは済まされませんわ。この国の高位貴族は呪い持ちが多いのです。それだけ恨まれていますのよ。平民であっても聖女としての能力を持つ者を妻とするのはそう言った理由ですわ。リカルド様は勘当されたようなので、これからは貴女が支えてあげて下さいな」
義妹は何事か喚いていましたが、知ったことではありません。父も義妹の素行の悪さに、何故引き取ったのかと後悔していましたもの。今回、義妹がリカルド様に粉をかけている事に気が付いて、敢えて傍観しておりました。それを父に密かに伝えていたのです。父はこれ幸いと婚約者を挿げ替えました。リカルド様の呪いの強さでは、私がボロボロになってしまうと察していたからです。
義妹はリカルド様のご両親が手配した馬車に詰め込まれました。その時、馬車がかなり禍々しい気配を発していたので、中にはリカルド様がいらしたのでしょう。何せ、元々強い呪い持ちであったリカルド様。その呪いを最強までに押し上げたのはリカルド様本人です。自身の容姿の良さを理解して、多くの令嬢を傷物にしていました。当然、恨みを買いますね。結果、強い呪いが更に強さを増したわけです。リカルド様のご両親は嘆きに嘆いていました。いくら私が強い浄化の魔力を持っていても、対処には限界があります。慎ましくしていれば、今代で呪いは完全に浄化されるかも、そう言われていたのです。しかし、リカルド様があの通りの放蕩息子。
「はあ、お前には本当に苦労を掛けた」
両肩に乗った手は疲れ切った父です。その背後には兄の姿も見えます。
「私は何ともありませんわよ。逆にリカルド様から解放されました。有難いですわ」
笑みを見せれば、二人は安堵の息を吐き出しました。ですが、あの二人、どうなるのでしょう。リカルド様の呪いは浄化されませんから強くなる一方。それは命を蝕みます。まあ、あの呪いの強さでは子を成す事は出来ませんのでその点は安心なのですが。
結局のところ、リカルド様と義妹は幽閉されました。勘当で放置する予定でしたが、リカルド様の呪いが強烈すぎて、周りに迷惑がかかり始めたからです。あの呪い、半分以上はリカルド様がご自身で身に受けたものです。何せ、やりたい放題されていました。それに全く気が付いていなかった義妹。本当に愚かです。
「それで、お前の見立てではどれくらい持つ?」
「どうでしょうか? そんなに持ちませんよ。呪いの力が日々強くなっていましたし。まあ、あの強さの呪いを受けていて、普通に生活されていましたので、耐性はかなりのものですが」
問題は義妹です。おそらく彼女の魔力は呪いを強めます。相乗効果、と申しますか。しかも義妹自身も呪われていたりします。ある意味、お似合いの二人なのですが。
「お父様。あの子の父親は何故、一族から放逐されたのですか?」
父は少し驚いた様に目を見開き、一つ息を吐き出した。
「選んだ相手が不味かった。あそこの家も呪い持ちでな。決まった相手がいたんだが」
つまり、聖女により浄化しなくてはならない呪いをそのままにする選択をしたのね。それは放逐されますね。
「あの子の特殊な魔力は母親譲りですの?」
「そうだな。両親共に呪い持ちでな。そんな二人の血を分けた娘はその呪いを増幅する。流行病とは言うが、間違いなくあの子の力も作用しているだろう」
私と兄は驚きに目を見開きました。何故、そんな娘を引き取ったりなさったんですか?!
「お父様?!」
「ああ、正気だぞ。我が家は浄化の魔力を持つ一族だ。考えても見てくれ。もし、あの子が孤児院に行ってみろ。間違いなく不幸を振り撒き、孤児院が潰れてる」
待って。そこまで酷いの。
それは変な場所に連れてはいけませんわ。あの子の一族の方々が引き取らない訳ですわ。下手をしたら共倒れになりますもの。
「あの子は嫁の貰い手が無い程の呪いの増幅魔力を持っている。ああ、呪いを掛ける事を生業にしている一族からは歓迎されるだろうが、それは問題だからな」
あんな子を何故引き取ったのかと思いましたが英断ですわ。子供では何を仕出かすか分からない上に、育て方で今より最悪の結果になりました。リカルド様一人が犠牲になればいいのです。自身が仕出かした行動のツケもこれで清算されます。隔離されていれば、呪いはそこにとどまり、自然と消えていきます。つまり、二人は亡くなった後、屋敷共々火葬にされると言うことになりますわね。
「火葬の用意もされてますのね」
「そうだな。彼方の話では、屋敷は簡素な作り。見た目は華やかだが、火を放てば簡単に燃え尽きるそうだ」
身から出た錆とは言え、哀れでしかありませんわね。そして一年後、二人は息を引き取り、屋敷共々火葬にされました。神職者による浄化がなされた後、十年は立ち入り禁止です。辺境地とは言え、周辺住民には迷惑極まりないと思います。
そして、私はと言えば……。
「え?」
「済まないな。これは国王命令でな」
「それは構わないのですが、彼の弟ですか?」
リカルド様の弟君。たしか、リオン様。兄とは違い控えめな方です。強い呪いの話も聞きません。
「何故、私なのですか?」
「どうも、リオン様は自分で呪いを解こうとされている様でな。少しずつではあるが呪いそのものが薄くなっているらしい」
私は驚きに息を呑みました。普通、呪いと共に生まれた者はそれに染まってしまうもの。リカルド様が良い例です。
「彼方の話では、兄の反面教師で育ったらしくてな。もしかしたら、呪いそのものが本当に消えるかもしれないと」
「はあ……」
私とリカルド様の相性で呪いが解かれるかもとは言われていましたが、まさかの本人主導の呪い解除。浄化の魔力持ちにすると、本人の協力があれば負担も少ないです。
一年の婚約期間を設け、私達は結婚しました。婚約してすぐ会った顔合わせで彼は歯に噛んだ様に微笑みました。おそらく、リカルド様の陰に隠れ、誰にも認識されていなかったのでしょうが、見目がとても宜しいです。
「本当なら君に対して失礼だと思っています」
彼は開口一番にそう切り出してきました。兄の婚約者でありながら、其方の勝手で婚約を破棄。まあ、父は嬉々としていましたけど。
「私とリカルド様の婚約は王家がお決めになられた事。それを無碍にしたのはリカルド様ですわ。私はただの駒でしかありませんもの」
「本当に、王の采配も適当だから」
リオン様はそう呆れた様に息を吐き出しました。リカルド様とリオン様は公爵家です。私は伯爵家ですが、浄化の魔力を持つ一族であるため、国の中ではそこそこの地位にいます。勿論、婚姻に対しては国王からの命が下ることが多く、高位貴族に嫁ぐ場合が多いです。
「リカルド様は……」
「兄は呪いを受けた祖先とそっくりであった様ですよ」
リオン様はそう言われました。呪いを本当に解きたいなら、何故そうなったのかを知らなくてはならない。おそらく、もみ消され、資料そのものは残っていないと思っていたリオン様。ですが、一族で原因となるものの資料が残されていたそうです。呪いはその怨みの深さも関係しています。呪いを受けた本人では解く事は出来ない。ならばと、子孫に託す選択をした当時の一族の方々。リオン様は時間を見つけては当時の呪いの元となった方の埋葬地を探したのだとか。何度も墓を詣、そのうち、自身の中の呪いが薄れていくのを感じたそうです。一方、リカルド様の呪いは日々を追うごとに強くなっていかれたとか。つまり、呪いは一族を離れ、リカルド様に集約していた様です。話を聞けば、公爵様の身にあった呪いも薄れていっていた様です。
「兄は自身の行いで身を滅ぼしました。後はこれから生まれてくる子が呪いを持つか、もしくはその呪いが弱いものとなっていくのか」
「そうですわね。だからこその私とリオン様の婚約であったと。そう言う事ですわね」
リオン様は小さく頷きました。この国の高位貴族が身に纏う呪い。発端は戦争です。攻め込んだ国の民を蹂躙し、その国の王侯貴族全てを皆殺しにした過去があります。それだけではなく、国民すら顧みなかった。その結果、高位貴族は強い呪いをその身に受けました。当時の呪詛師は大忙しであったでしょうね。当然王家も呪いを受けましたが、当時の聖職者、神職者がかなり頑張ったそうです。呪われる前にその呪いを払い除けた。その結果、高位貴族の呪いが強化されたのは有名な話です。
結婚後、程なくして宿った命。その命がどれ程の呪いを受けているのか。私の体内にいるうちは、私の浄化の魔力でわかりません。誕生まで待ち、ついにその日が来ました。生まれ、聖殿と神殿で洗礼の儀を受けました。その時の人々の顔は忘れられません。
「何と……っ」
「このお子は呪われておりません」
震える声でそう告げた聖職者と神職者の方。それどころか、浄化の魔力が強い、そうおっしゃられました。
「確実ではありませんが、解呪がなされたと考えても差し支えないかと」
「次の子も呪いを継承していなければ、確実だと思われます」
リオン様と私は歓喜しました。腕の中にいるこの子は呪いに侵食されていない。それどころか、私の魔力を継いだのです。
「君のおかげだ」
「いいえ。リオン様が努力をされた結果ですわ」
最初の子は男の子でした。そして、次に宿った子は女の子で、その子も浄化の魔力を持っていました。
「やっと解放されたのですね」
「ユーレリア、君のお陰だよ。君が王命を拒絶せず、私の元に来てくれたお陰だ」
私は緩く首を横に振りました。呪いはそれを受けた者がどうにかしなければ解呪されないのです。
「これからは、呪われない様に努力いたしましょう。もし、奢った事をすればまた、元に戻ってしまいます」
私の言葉にリオン様は頷かれました。私とリオン様の子が成長するにつれ、公爵家の方々の呪いは薄くなっていきました。完全に解放されるのも時間の問題です。国王も大層喜ばれました。そして、我が子と言えば、長男は後継者ですが、娘は違います。三歳を待たずに婚約者を決められてしまいました。
「陛下も考え無しだと何度お伝えすれば理解されるのか」
リオン様は眉間に皺を刻みます。でも、王家は高位貴族にかけられた呪いを解呪したいのでしょうね。祖先が起こした戦争が全ての発端なのです。
リオン様は戦争が起こった地域に慰霊塔を建て、毎年そこを詣ています。その旅には私も同行しています。勿論、子供達もです。呪いは死した人々を縛り付け昇華出来ないのです。早くその呪縛から解かれれば良いと、私とリオン様は常々話しています。
終わり。
「お義姉様、リカルド様は本当に私を愛して下さっているのです」
「はあ、そうなのね。それはいい事ではないの?」
「ですから諦めてその席を譲って下さいな」
目の前にいるこの女は、私の父が仏心を出して引き取った親友の娘だ。父の親友は流行病で夫婦で身罷ってしまった。親戚がいたにも関わらず何故、引き取り手がいなかったのか。それは、父の親友が一族を無視し、己が思うまま行動した結果、一族から追放されていたから。そして、この義妹はその事を理解していない。私の婚約者を寝取ったまではいい。では、何故、私が彼の婚約者であったのか。その理由を考えるべきだったのだ。今更言ったところで何かが変わるわけではない。
「構わなくってよ。でも、貴女は我が家から出るのですから、もし何かあっても我が家には帰れませんわよ。分かっているのかしら?」
「え? 何を言っているの? 実家に帰れるのは当たり前でしょう?」
「実家? 父は貴女が家から出たら赤の他人であると散々言っていたではないですか。それに、貴女の婚約は既に決まっているわよ」
「え?」
「安心して下さいな。婚約者は私の元婚約者ですわ。愛しているのでしょう? 当然、彼が身に纏っている呪いも受け入れてくれますわよね」
私は鉄壁の令嬢の微笑みを彼女に向けた。我が家は代々、浄化の魔力を持つ子が生まれます。強さはピンキリですが。そして、私の持つ浄化の魔力は最上級です。聖女の称号を与えたいとまで言われた力です。ですが、リカルド様が身に纏う呪いは最悪なまでに強く、普通の令嬢では耐えられません。当然、リカルド様も知っていらっしゃる筈なのですが。まあ、この子が私に成り済ましたのでしょうね。この子も魔力を持っていますが、その魔力が姑息すぎる能力です。他人になりすまし、自分の言いようにしてしまうと言う最悪な能力。
「呪い?」
「知らなかったのですか? 彼の一族は多かれ少なかれ呪われているのよ。ですから、代々、聖女の称号を持つ娘が嫁入りしていたのです。まあ、貴女はそんな力はありませんもの。でも、リカルド様もそれを承知で貴女を選ばれたのですから後悔はありませんわね」
義妹は急に慌て出した。今更、そんなに焦っても遅いわ。リカルド様のご両親も呆れて彼を屋敷から追い出した様ですし。強い呪いを受けていて、聖女の称号を戴く予定の能力を持つ私を袖にした。リカルド様のお母様も浄化の魔力をお持ちだから、それはそれはお怒りであったとか。お父様も呆れて物が言えないと仰ってましたし。
「待って、私は知らなくて……」
「知らないでは済まされませんわ。この国の高位貴族は呪い持ちが多いのです。それだけ恨まれていますのよ。平民であっても聖女としての能力を持つ者を妻とするのはそう言った理由ですわ。リカルド様は勘当されたようなので、これからは貴女が支えてあげて下さいな」
義妹は何事か喚いていましたが、知ったことではありません。父も義妹の素行の悪さに、何故引き取ったのかと後悔していましたもの。今回、義妹がリカルド様に粉をかけている事に気が付いて、敢えて傍観しておりました。それを父に密かに伝えていたのです。父はこれ幸いと婚約者を挿げ替えました。リカルド様の呪いの強さでは、私がボロボロになってしまうと察していたからです。
義妹はリカルド様のご両親が手配した馬車に詰め込まれました。その時、馬車がかなり禍々しい気配を発していたので、中にはリカルド様がいらしたのでしょう。何せ、元々強い呪い持ちであったリカルド様。その呪いを最強までに押し上げたのはリカルド様本人です。自身の容姿の良さを理解して、多くの令嬢を傷物にしていました。当然、恨みを買いますね。結果、強い呪いが更に強さを増したわけです。リカルド様のご両親は嘆きに嘆いていました。いくら私が強い浄化の魔力を持っていても、対処には限界があります。慎ましくしていれば、今代で呪いは完全に浄化されるかも、そう言われていたのです。しかし、リカルド様があの通りの放蕩息子。
「はあ、お前には本当に苦労を掛けた」
両肩に乗った手は疲れ切った父です。その背後には兄の姿も見えます。
「私は何ともありませんわよ。逆にリカルド様から解放されました。有難いですわ」
笑みを見せれば、二人は安堵の息を吐き出しました。ですが、あの二人、どうなるのでしょう。リカルド様の呪いは浄化されませんから強くなる一方。それは命を蝕みます。まあ、あの呪いの強さでは子を成す事は出来ませんのでその点は安心なのですが。
結局のところ、リカルド様と義妹は幽閉されました。勘当で放置する予定でしたが、リカルド様の呪いが強烈すぎて、周りに迷惑がかかり始めたからです。あの呪い、半分以上はリカルド様がご自身で身に受けたものです。何せ、やりたい放題されていました。それに全く気が付いていなかった義妹。本当に愚かです。
「それで、お前の見立てではどれくらい持つ?」
「どうでしょうか? そんなに持ちませんよ。呪いの力が日々強くなっていましたし。まあ、あの強さの呪いを受けていて、普通に生活されていましたので、耐性はかなりのものですが」
問題は義妹です。おそらく彼女の魔力は呪いを強めます。相乗効果、と申しますか。しかも義妹自身も呪われていたりします。ある意味、お似合いの二人なのですが。
「お父様。あの子の父親は何故、一族から放逐されたのですか?」
父は少し驚いた様に目を見開き、一つ息を吐き出した。
「選んだ相手が不味かった。あそこの家も呪い持ちでな。決まった相手がいたんだが」
つまり、聖女により浄化しなくてはならない呪いをそのままにする選択をしたのね。それは放逐されますね。
「あの子の特殊な魔力は母親譲りですの?」
「そうだな。両親共に呪い持ちでな。そんな二人の血を分けた娘はその呪いを増幅する。流行病とは言うが、間違いなくあの子の力も作用しているだろう」
私と兄は驚きに目を見開きました。何故、そんな娘を引き取ったりなさったんですか?!
「お父様?!」
「ああ、正気だぞ。我が家は浄化の魔力を持つ一族だ。考えても見てくれ。もし、あの子が孤児院に行ってみろ。間違いなく不幸を振り撒き、孤児院が潰れてる」
待って。そこまで酷いの。
それは変な場所に連れてはいけませんわ。あの子の一族の方々が引き取らない訳ですわ。下手をしたら共倒れになりますもの。
「あの子は嫁の貰い手が無い程の呪いの増幅魔力を持っている。ああ、呪いを掛ける事を生業にしている一族からは歓迎されるだろうが、それは問題だからな」
あんな子を何故引き取ったのかと思いましたが英断ですわ。子供では何を仕出かすか分からない上に、育て方で今より最悪の結果になりました。リカルド様一人が犠牲になればいいのです。自身が仕出かした行動のツケもこれで清算されます。隔離されていれば、呪いはそこにとどまり、自然と消えていきます。つまり、二人は亡くなった後、屋敷共々火葬にされると言うことになりますわね。
「火葬の用意もされてますのね」
「そうだな。彼方の話では、屋敷は簡素な作り。見た目は華やかだが、火を放てば簡単に燃え尽きるそうだ」
身から出た錆とは言え、哀れでしかありませんわね。そして一年後、二人は息を引き取り、屋敷共々火葬にされました。神職者による浄化がなされた後、十年は立ち入り禁止です。辺境地とは言え、周辺住民には迷惑極まりないと思います。
そして、私はと言えば……。
「え?」
「済まないな。これは国王命令でな」
「それは構わないのですが、彼の弟ですか?」
リカルド様の弟君。たしか、リオン様。兄とは違い控えめな方です。強い呪いの話も聞きません。
「何故、私なのですか?」
「どうも、リオン様は自分で呪いを解こうとされている様でな。少しずつではあるが呪いそのものが薄くなっているらしい」
私は驚きに息を呑みました。普通、呪いと共に生まれた者はそれに染まってしまうもの。リカルド様が良い例です。
「彼方の話では、兄の反面教師で育ったらしくてな。もしかしたら、呪いそのものが本当に消えるかもしれないと」
「はあ……」
私とリカルド様の相性で呪いが解かれるかもとは言われていましたが、まさかの本人主導の呪い解除。浄化の魔力持ちにすると、本人の協力があれば負担も少ないです。
一年の婚約期間を設け、私達は結婚しました。婚約してすぐ会った顔合わせで彼は歯に噛んだ様に微笑みました。おそらく、リカルド様の陰に隠れ、誰にも認識されていなかったのでしょうが、見目がとても宜しいです。
「本当なら君に対して失礼だと思っています」
彼は開口一番にそう切り出してきました。兄の婚約者でありながら、其方の勝手で婚約を破棄。まあ、父は嬉々としていましたけど。
「私とリカルド様の婚約は王家がお決めになられた事。それを無碍にしたのはリカルド様ですわ。私はただの駒でしかありませんもの」
「本当に、王の采配も適当だから」
リオン様はそう呆れた様に息を吐き出しました。リカルド様とリオン様は公爵家です。私は伯爵家ですが、浄化の魔力を持つ一族であるため、国の中ではそこそこの地位にいます。勿論、婚姻に対しては国王からの命が下ることが多く、高位貴族に嫁ぐ場合が多いです。
「リカルド様は……」
「兄は呪いを受けた祖先とそっくりであった様ですよ」
リオン様はそう言われました。呪いを本当に解きたいなら、何故そうなったのかを知らなくてはならない。おそらく、もみ消され、資料そのものは残っていないと思っていたリオン様。ですが、一族で原因となるものの資料が残されていたそうです。呪いはその怨みの深さも関係しています。呪いを受けた本人では解く事は出来ない。ならばと、子孫に託す選択をした当時の一族の方々。リオン様は時間を見つけては当時の呪いの元となった方の埋葬地を探したのだとか。何度も墓を詣、そのうち、自身の中の呪いが薄れていくのを感じたそうです。一方、リカルド様の呪いは日々を追うごとに強くなっていかれたとか。つまり、呪いは一族を離れ、リカルド様に集約していた様です。話を聞けば、公爵様の身にあった呪いも薄れていっていた様です。
「兄は自身の行いで身を滅ぼしました。後はこれから生まれてくる子が呪いを持つか、もしくはその呪いが弱いものとなっていくのか」
「そうですわね。だからこその私とリオン様の婚約であったと。そう言う事ですわね」
リオン様は小さく頷きました。この国の高位貴族が身に纏う呪い。発端は戦争です。攻め込んだ国の民を蹂躙し、その国の王侯貴族全てを皆殺しにした過去があります。それだけではなく、国民すら顧みなかった。その結果、高位貴族は強い呪いをその身に受けました。当時の呪詛師は大忙しであったでしょうね。当然王家も呪いを受けましたが、当時の聖職者、神職者がかなり頑張ったそうです。呪われる前にその呪いを払い除けた。その結果、高位貴族の呪いが強化されたのは有名な話です。
結婚後、程なくして宿った命。その命がどれ程の呪いを受けているのか。私の体内にいるうちは、私の浄化の魔力でわかりません。誕生まで待ち、ついにその日が来ました。生まれ、聖殿と神殿で洗礼の儀を受けました。その時の人々の顔は忘れられません。
「何と……っ」
「このお子は呪われておりません」
震える声でそう告げた聖職者と神職者の方。それどころか、浄化の魔力が強い、そうおっしゃられました。
「確実ではありませんが、解呪がなされたと考えても差し支えないかと」
「次の子も呪いを継承していなければ、確実だと思われます」
リオン様と私は歓喜しました。腕の中にいるこの子は呪いに侵食されていない。それどころか、私の魔力を継いだのです。
「君のおかげだ」
「いいえ。リオン様が努力をされた結果ですわ」
最初の子は男の子でした。そして、次に宿った子は女の子で、その子も浄化の魔力を持っていました。
「やっと解放されたのですね」
「ユーレリア、君のお陰だよ。君が王命を拒絶せず、私の元に来てくれたお陰だ」
私は緩く首を横に振りました。呪いはそれを受けた者がどうにかしなければ解呪されないのです。
「これからは、呪われない様に努力いたしましょう。もし、奢った事をすればまた、元に戻ってしまいます」
私の言葉にリオン様は頷かれました。私とリオン様の子が成長するにつれ、公爵家の方々の呪いは薄くなっていきました。完全に解放されるのも時間の問題です。国王も大層喜ばれました。そして、我が子と言えば、長男は後継者ですが、娘は違います。三歳を待たずに婚約者を決められてしまいました。
「陛下も考え無しだと何度お伝えすれば理解されるのか」
リオン様は眉間に皺を刻みます。でも、王家は高位貴族にかけられた呪いを解呪したいのでしょうね。祖先が起こした戦争が全ての発端なのです。
リオン様は戦争が起こった地域に慰霊塔を建て、毎年そこを詣ています。その旅には私も同行しています。勿論、子供達もです。呪いは死した人々を縛り付け昇華出来ないのです。早くその呪縛から解かれれば良いと、私とリオン様は常々話しています。
終わり。
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