天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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番外編 紅姫竜胆

敬語の訳

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 北宮玄武殿では、玄弥と葵の婚儀が執り行われていた。あの出来事から同世代の若者達が次々に婚儀を挙げる中、柊虎は実らない相手にばかり恋をしていた。
「柊虎、外に行かないか?」
 そう言う彼も、柊虎の恋の相手だった。
「蒼万はよいのか?」
「大丈夫、蒼万は観玄かんげん様と朱音しゅおん様に掴まっているからアハハハ」
 柊虎は微笑んで頷き、彼と共に庭園を散策することにした。
「柊虎、前から思っていたんだけど、何で磨虎まなとにだけ敬語なんだ?」
「そうだな、志瑞也座って話そうか…」

─ 数十年前 ─
 柊虎、磨虎がまだ五つの頃、双子で生まれても明らかに神力は磨虎の方が高かった。周囲が比べないようにしていても、それは柊虎自身が一番良く分かっていた。
「磨虎っ、食べ方汚いぞっ」
「うるさい柊虎っ、お前だって汚いじゃないかっ」
 幼い頃から似た者同士で喧嘩ばかり、親でさえ見間違うほど瓜二つ、唯一の違いといえばである。柊虎は書物を読むのが好きだったが、磨虎は文字を見ただけで吐き気を起こす。柊虎は、父正虎まさとらから貰った一冊の書物をとても大事にしていた。だがある日、些細な口論から磨虎にそれを破られてしまったのだ。
「なっ、何するんだよ磨虎っ、ううっ…」
 柊虎は双子で生まれた事を悔やみ、泣きながら外へ飛び出す。二度と帰るものか! あんな奴いらない! 柊虎はいつの間にか森の中にいた。生まれてから一度も西宮から出たことはない、何処にいるのか分からず、志寅しとらを出して辿るも志寅も分からない。だが、柊虎には頭がある。沢山の書物を読んできたお陰で、危険の避け方はお手の物だ。自分で魚を釣り、火を焚き寝床を作り、このままここで過ごすのも悪くないと、柊虎はその世、わずか五つで独立してしまったのだ。

 柊虎が宮を出て三日、食材の狩りをしていると、志寅が急に走り出す。
「待つんだ志寅っ」
 柊虎が追い付いた場所にはなんと!

「ううっ…怖いよぅ… 父上ーっ、母上ーっ、うあぁん… 柊虎ーっ、ううっ…」

 泣きじゃくる磨虎がいた。こんな磨虎の姿は見たことがない、柊虎は唖然として立ち尽くした。

 志寅が磨虎に近付き顔を舐める。
「あれっ? お前っ、志寅じゃないかっ、柊虎は何処だっ? 私のは何処だっ?」
 磨虎は辺りをきょろきょろ見渡す。

「柊虎っ! 何処行っていたんだよっ…ううっ… 私が悪かったっ、ごめんよ…」
 磨虎は柊虎にしがみつきおいおい泣きだした。いつから探し回っていたのか、自分よりも衣が汚れ、髪もボサボサな磨虎の姿は、明らかに考えなしに闇雲に探し回ったのだろう。その時「グー」磨虎の腹の虫が鳴る。
「ぷっハハハハ 兄上・・お腹空いているのです・・か?」
「柊虎、今兄上って…」
「兄上、一緒に魚を食べませんか?」
「おっお前、魚も釣れるのか?」
「はい、美味しいですよ」
 それから柊虎は、三日間どう過ごしてきたかを兄磨虎に話す。磨虎は目を丸くして、焼き魚をむしゃむしゃと頬張りながら聴いていた。
「お前…頭良いなっ、流石私の弟だっハハハハ」
 口の周りに食べかすを付けながら、磨虎は大声で笑う。一方、磨虎の話を聞くと、柊虎が出て行って宮は大変な騒ぎになり、原因の元を作った磨虎は祖父盛虎もりとらに「柊虎を見つけるまで戻って来るなっ! お前は自分の弟を殺す気かっ‼︎」雷を落とされ追い出され、二日飲まず食わずで探し回り、逆に志寅に発見されたのだった。同じ双子でも、向き不向きがあるのだと柊虎は学んだ。

 翌朝、二人は一緒に宮に戻る途中、武装した正虎と盛虎に出会す。他にも従者を数人引き連れ、二人の名を呼び探しに来ていたのだ。盛虎は鬼の形相で二人に近付き、磨虎は柊虎の後ろに隠れ、震えた手でしがみつく。
「祖父上、ご心配おかけしました。兄上とも無事に会えました」
 柊虎は姿勢を正して盛虎に頭を下げる。
「…怪我はしておらぬか?」
「はい」
 盛虎は二人をまじまじと見る。
「柊虎っ、良い面構えをしておるっハハハハ 正虎、二人の成長が楽しみではないかっハハハハ」
 従者達も安堵して微笑み、盛虎は正虎に後を託し宮へ戻った。
 正虎はしゃがんで微笑む。
「柊虎、磨虎、無事でなによりだ」
「ちっ父上ぇ…うあぁん…」
 磨虎はすかさず正虎に飛び付き泣きじゃくる。
「柊虎、おいで」
「父上…う…うあぁん…」
 柊虎も正虎に抱きつき泣きじゃくった。
 それからは、磨虎にとって柊虎は頼れる存在となり「私の弟はも良いが頭も良いんだ!」と自慢するようになった。柊虎は磨虎の兄弟愛を汲み取り、兄には敬意を払った方が争わないと理解したのだった。

─ 現在 ─
「ぷっアハハハ 磨虎って、良く言えば素直だよなアハハハ」
 彼は呆れたよに笑う。
「兄上は昔から変わらないよハハハ」
 彼とこうして話す日が来るとは、一緒にいるととても穏やかな気持ちになる。
「俺さ、元の所に一人だけ男友達だった奴がいてさ、お酒の席に行くといつも思い出すんだ…」
だった・・・?」
「うん…そいつ、どことなく柊虎に似ているんだ…」
 彼は伏し目がちに微笑む。
「あいつは最後に、俺に何か相談したかったのかもしれない… だけど俺はずっと友達でいたかったんだ、だから二度と会わないようにしたんだ… ここに来た事であいつの記憶から俺が消えるなら、その方があいつにとっても幸せだと思っているよ。でも俺は、柊虎とはそうなりたくないんだ…」
「私達はそうはならないよ」
 柊虎は微笑んで彼の頭をなでた。
「うん」
 彼の過去をあの男は知っているのだろうか。いや、言えるわけがない。友として、打ち明けてくれているのだろう。彼への気持ちに変わりはないが、儚い顔をされると、思わず抱きしめたくなる。
「志瑞也、話してくれてありがとう。他にも元の所での話がしたい時は、いつでも聞かせてくれ」
 彼は辺りをきょろきょろと見渡す。
「志瑞也どうっ…」
 彼が急に抱きついてきた。
「柊虎ありがとう、やっぱりこの感じは柊虎だ、黄怜きれんが柊虎を思う気持ちが良く分かるよ。俺の中でさ、いつも柊虎を抱きしめたくなる感情があってさ、こうすると感謝の思いが溢れてくるんだアハハハ」
「志瑞也…」
 柊虎は迷わずぎゅっと抱き返す。
「柊虎、これは浮気じゃないからな、蒼万が来たら俺直ぐ離れるからな」
「わかったハハハハ」
「ふっアハハハ」
 柊虎は思ってしまった、この位置も悪くないものだと。彼に頼られるのはとても心地よい。柊虎の恋が実のは、まだまだ先になりそうだ。
「志瑞也っ、蒼万だっ」
 二人はばっと即座に離れる。
 蒼万が近付き見下ろして言う。
「志瑞也、何をしている」
「何って、柊虎と話しているだけだよ?」
 彼は嘘が下手だ、芝生をむしり何かを見つけたふりをしている。きっと、後から問い詰められるのだろう。彼に関してこの男のすることは、容易に想像できる。少しでも、友として助け舟を出そうではないか。
 柊虎は片眉を上げて蒼万を見る。
「私と兄上の昔話をしていたのだ、お前も座ってお喋り・・・するか?」
「……」
 蒼万は不機嫌に彼の隣に座って、柊虎を睨みつけた。

 ……。

 この男は何を喋るというのか、以前なら黙っていなくなるか、近付くことすらしない。こうまでこの男が振り回されているのかと思うと、柊虎は可笑しくて堪らなくなる。
「ふっ、ハハハハハ」
「柊虎どうしたんだ?」
「……」
「何でもないよハハハハ」
 柊虎は楽し過ぎて笑いが止まらない。
 心の中で「黄怜ありがとう」と…呟いた。
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