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番外編 紅姫竜胆
身勝手な我が主人
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「蒼万様、お早いお戻りで、昼餉はいかがされますか?」
「いらぬっ」
バンッ!
我が主人は険しい顔で自室に入った。
「沙羅様、蒼万様は今日もご機嫌が悪いのですか?」
「三日に一度、志瑞也様が中央宮へ行かれている日は仕方ないわ」
沙羅と侍女は溜息を吐いて持ち場に戻る。
中央宮では初の男女の双子が生まれ、伯父である彼の溺愛振りは言うまでもない。愛藍が懐妊し、蒼凰は責務を我が主人に任せることも多く、主人は宮を離れるわけにはいかないのだ。日帰りを条件に許すも、その日は朝から夜まで彼はいない。彼の話す会話はいつも双子のことばかりで、その内主人が爆発するのではないかと、沙羅は気がきでならなかった。
今日も亥の刻〔二十二時〕に彼は戻ってきた。
「志瑞也様、お帰りなさい」
「沙羅さん、ただいま」
ご機嫌な彼に、沙羅は意を決して言ってみる。
「志瑞也様、私が申し上げるのもなんですが、中央宮へ行かれる日を…減らしてはいかがでしょうか…?」
「…もしかして、蒼万? やっぱり不機嫌なの?」
沙羅は苦笑いする。
「俺さ、産まれた時からの家族って知らないから…嬉しくって… 沙羅さんや皆に気を遣わせちゃったな、ごめんなさい」
「いっいいえ…」
言いたくなかった。
しょげる彼は、決して夜遊びしているわけではないのだ。沙羅はこうなると分かっていた。彼に責務がある訳ではなく、居ても日中何もすることがないのだ。
「蒼万は今日ご飯食べた?」
「昼餉も夕餉も取っておりません…」
「蒼万の分俺が持って行くよ」
「…わかりました」
沙羅は彼に膳を渡し、不機嫌な主人を託すことにした。
暫くして、膳を下げに主人の自室に向かう。
「志瑞也、しっかり咥えていないと私が食べられない」
「んーっ、んんーっ」
またやっている。
沙羅は鼻息をついて、膳は明日下げることにした。それから彼は、夕餉までには帰ってくるようになるも、相変わらず主人の彼への可愛がり方は目に余る。
月日が経ち、愛藍が無事に男子を出産した。東宮では盛大な祝いが行われ、一番喜んだのは我が主人である。蒼亞が産まれた事で、彼が中央宮へ出向く回数が七日に一度になったのだ。だが、喜んだのも束の間、日中は緑龍殿に葵と共に入り浸り、蒼万殿の庭園は、以前のような静けさを取り戻していた。
「沙羅っ、志瑞也はっ」
「蒼万様、緑龍殿に行かれております…」
不機嫌に自室を出て行く主人は、恐らく彼を連れ戻しに行くのだろう。沙羅は困った顔で見送る。
「母上、志瑞也は来ておりますか?」
「あら、兄上?」
「どうしたの蒼万? 志瑞也さんは庭園で蒼亞を寝かしつけているわ、今葵と婚儀の話をしていたのよ。蒼亞は志瑞也さんがあやすと直ぐに寝るのよ、ふふふ」
今や愛藍は、主人よりも彼と居る時間が多い。主人は庭園へ向かう。彼は木陰で蒼亞を抱き、ゆらゆらと揺れながら微笑んでいる。伸びた前髪を耳にかけ、慈しみの眼差しで赤子の頬に口づけする。とても平和で眩い光景だ。主人は彼の側へ静かに歩み寄る。
「あっ、蒼万、今寝たとこだよ。惜しかったな蒼亞、折角兄ちゃん来たけど、寝ちゃったな」
彼は寝ている蒼亞に話しかけ、満面の笑みを溢す。
「俺と蒼万の子供なら、どっちに似るのかな?アハハ」
彼は悪戯っぽく微笑む。
明日、彼は中央宮へ出向く日。我が主人が自殿に彼を連れて戻り、恐らく夜は長くなると気を利かせた沙羅は、侍女や従者を早めに下がらせた。
「そっ、蒼万っ…もうやめてっ、明日動けなくなっちゃっ、あ…っ、きっ気持ちいいっ…あっ」
「私との子が欲しいのだろ…」
「あんっ…何言って、んっ…はっ、もっもう駄目っ…」
「ふっ、できるまですればよい」
「そんなっ、あっ、そこいい…っ、はうっ…待って、蒼万っああー…」
翌朝、自室から先に出てきたのは主人で、それはとても機嫌が良く、甲斐甲斐しくも起き上がれない彼を龍水室へ連れて行き、長い風呂を過ごす。その後も付きっきりで世話をし、とうとう彼は中央宮へ出向くことはできなかった。彼が振り回されているのか、彼に主人が振り回されているのか、沙羅は主人の独占欲は異常だと感じた。
彼は夜、庭園で散策していた。
主人が彼を抱きしめる。
「志瑞也、独りで泣くな」
「蒼万…だって、壱黄と黄花に会えるのは、次は七日後だ…」
「…明日行ってもよい」
「…ほっ本当か?」
主人は頷く。
喜んだ彼は主人に抱きつき、熱い抱擁を交わす。
翌朝、自室から出てきたのは……主人だった。彼は主人に横に抱えられ、龍水室へ向かう。結局その日も彼は双子には会えず、さすがに怒っていた。珍しく怒鳴り騒いでいる彼の姿を見て、主人は椅子に腰掛け頬杖を突き、目を細めて微笑む。沙羅はやれやれと、主人が彼に嫌われないことを願った。
「いらぬっ」
バンッ!
我が主人は険しい顔で自室に入った。
「沙羅様、蒼万様は今日もご機嫌が悪いのですか?」
「三日に一度、志瑞也様が中央宮へ行かれている日は仕方ないわ」
沙羅と侍女は溜息を吐いて持ち場に戻る。
中央宮では初の男女の双子が生まれ、伯父である彼の溺愛振りは言うまでもない。愛藍が懐妊し、蒼凰は責務を我が主人に任せることも多く、主人は宮を離れるわけにはいかないのだ。日帰りを条件に許すも、その日は朝から夜まで彼はいない。彼の話す会話はいつも双子のことばかりで、その内主人が爆発するのではないかと、沙羅は気がきでならなかった。
今日も亥の刻〔二十二時〕に彼は戻ってきた。
「志瑞也様、お帰りなさい」
「沙羅さん、ただいま」
ご機嫌な彼に、沙羅は意を決して言ってみる。
「志瑞也様、私が申し上げるのもなんですが、中央宮へ行かれる日を…減らしてはいかがでしょうか…?」
「…もしかして、蒼万? やっぱり不機嫌なの?」
沙羅は苦笑いする。
「俺さ、産まれた時からの家族って知らないから…嬉しくって… 沙羅さんや皆に気を遣わせちゃったな、ごめんなさい」
「いっいいえ…」
言いたくなかった。
しょげる彼は、決して夜遊びしているわけではないのだ。沙羅はこうなると分かっていた。彼に責務がある訳ではなく、居ても日中何もすることがないのだ。
「蒼万は今日ご飯食べた?」
「昼餉も夕餉も取っておりません…」
「蒼万の分俺が持って行くよ」
「…わかりました」
沙羅は彼に膳を渡し、不機嫌な主人を託すことにした。
暫くして、膳を下げに主人の自室に向かう。
「志瑞也、しっかり咥えていないと私が食べられない」
「んーっ、んんーっ」
またやっている。
沙羅は鼻息をついて、膳は明日下げることにした。それから彼は、夕餉までには帰ってくるようになるも、相変わらず主人の彼への可愛がり方は目に余る。
月日が経ち、愛藍が無事に男子を出産した。東宮では盛大な祝いが行われ、一番喜んだのは我が主人である。蒼亞が産まれた事で、彼が中央宮へ出向く回数が七日に一度になったのだ。だが、喜んだのも束の間、日中は緑龍殿に葵と共に入り浸り、蒼万殿の庭園は、以前のような静けさを取り戻していた。
「沙羅っ、志瑞也はっ」
「蒼万様、緑龍殿に行かれております…」
不機嫌に自室を出て行く主人は、恐らく彼を連れ戻しに行くのだろう。沙羅は困った顔で見送る。
「母上、志瑞也は来ておりますか?」
「あら、兄上?」
「どうしたの蒼万? 志瑞也さんは庭園で蒼亞を寝かしつけているわ、今葵と婚儀の話をしていたのよ。蒼亞は志瑞也さんがあやすと直ぐに寝るのよ、ふふふ」
今や愛藍は、主人よりも彼と居る時間が多い。主人は庭園へ向かう。彼は木陰で蒼亞を抱き、ゆらゆらと揺れながら微笑んでいる。伸びた前髪を耳にかけ、慈しみの眼差しで赤子の頬に口づけする。とても平和で眩い光景だ。主人は彼の側へ静かに歩み寄る。
「あっ、蒼万、今寝たとこだよ。惜しかったな蒼亞、折角兄ちゃん来たけど、寝ちゃったな」
彼は寝ている蒼亞に話しかけ、満面の笑みを溢す。
「俺と蒼万の子供なら、どっちに似るのかな?アハハ」
彼は悪戯っぽく微笑む。
明日、彼は中央宮へ出向く日。我が主人が自殿に彼を連れて戻り、恐らく夜は長くなると気を利かせた沙羅は、侍女や従者を早めに下がらせた。
「そっ、蒼万っ…もうやめてっ、明日動けなくなっちゃっ、あ…っ、きっ気持ちいいっ…あっ」
「私との子が欲しいのだろ…」
「あんっ…何言って、んっ…はっ、もっもう駄目っ…」
「ふっ、できるまですればよい」
「そんなっ、あっ、そこいい…っ、はうっ…待って、蒼万っああー…」
翌朝、自室から先に出てきたのは主人で、それはとても機嫌が良く、甲斐甲斐しくも起き上がれない彼を龍水室へ連れて行き、長い風呂を過ごす。その後も付きっきりで世話をし、とうとう彼は中央宮へ出向くことはできなかった。彼が振り回されているのか、彼に主人が振り回されているのか、沙羅は主人の独占欲は異常だと感じた。
彼は夜、庭園で散策していた。
主人が彼を抱きしめる。
「志瑞也、独りで泣くな」
「蒼万…だって、壱黄と黄花に会えるのは、次は七日後だ…」
「…明日行ってもよい」
「…ほっ本当か?」
主人は頷く。
喜んだ彼は主人に抱きつき、熱い抱擁を交わす。
翌朝、自室から出てきたのは……主人だった。彼は主人に横に抱えられ、龍水室へ向かう。結局その日も彼は双子には会えず、さすがに怒っていた。珍しく怒鳴り騒いでいる彼の姿を見て、主人は椅子に腰掛け頬杖を突き、目を細めて微笑む。沙羅はやれやれと、主人が彼に嫌われないことを願った。
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