天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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番外編 紅姫竜胆

妹の好み

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 葵は朱翔あやと玄葉くろはの婚儀で、南宮に訪れていた。余興での剣舞も踊り終え、一人席に着き鼻息をつく。
「葵、隣の席よいかな?」
 葵は横目でじろっと見る。
 柊虎ひなととの婚約を解消すると、聞きつけた者達がここぞとばかりに寄ってくる。受け入れたら、会話をしないわけにはいかない。しかし、葵は今そんな気にはなれなかった。

─ 数日前 ─
 葵は夜、彼に婚儀での衣装を見てもらおうと、兄の自室に来ていた。沙羅さらに通されるも自室には誰もおらず、探しに行くという沙羅を止め、戻って来るのを気長に待つことにした。

「何だよ蒼万っ」
「二度言わせるなっ」

 何やら不穏な空気の二人の声がし、葵は思わず慌てて部屋の奥に隠れてしまう。

 バンッ!

 戸が激しく開く音に、葵はびくっと肩を跳ね上げた。

「早めに玄弥とおやに会いに行くのが何で駄目なんだよっ あいつだって姉ちゃんが嫁に行ったら寂しいだろっ、付いてあげたいだけだよっ」

 どうやら二人は、玄弥のことで揉めているようだ。我が兄ながら彼のこととなると心が狭い、葵は以前からそう感じてはいた。頃合いを見て止めに入ろうと、様子を聴くことにした。

「なっ何するんだよ蒼万っ、あ…っ、やめろ離せよっ、また話してる時にずるぞっ はぁっ、んっ…」

 おやおや?
 何が起きているのかと、葵は首を傾げる。

「……」
「やっ、約束したけどっ…だってっ、玄弥っんんっ…」
 葵は目を見開く、これはとんでもないところに出会した。聞いたことのない彼の甘い声が響き、顔が熱くなり動悸が激しくなる。

「蒼万っ、まっ待って…お願い、あ…っ、なら一緒に行ってくれよっ、ううっ…」
「志瑞也…」
「あいつは…ひっく… きっと自分の感情は言わない…ううっ… いつも他人の幸せばかり願っているんだ…」
「…わかった、お前だけ行かすのは今回だけだ」

 何と?
 葵は思わず笑みが溢れる。如何なる鉄壁の兄にも弱いものがあったのだ、彼の涙は鉄をも溶かす。葵は何度も見たことはあるが、兄にとっては宝石のような滴なのだろう。

「蒼万っ、ありがとう」

 葵は微笑んで音を立てないよう拍手をする。

「蒼万っ…あっ、好き…」

 おやおや?
 話がまとまったと思いきや、再び始まってしまい、しかも今度は彼に止める様子もなく、葵は戸惑い無言で慌てふためく。

「あっ、蒼万っ…もっと触ってっ、あ…っ、んっ…」
「…志瑞也、龍水室へ行く、掴まっていろ」
「うん…」

 パッタン…

 二人の足音が遠ざかり、葵は急ぎ部屋から抜け出し火照った顔を冷やすも、彼の声が耳から離れない。よもや彼に惹かれたのではと戸惑ったが、翌日一人で北宮へ発つ彼を見送る際に、そういう感情ではないと直ぐに分かった。だが、そのまま悶々とした状態で、婚儀に参列することになったのだった。

─ 現在 ─
「葵?」
「…ごめんなさい、私約束がありますの」
 そう言って葵は宴の席を抜け、朱雀殿を出て庭園を散策する。宴の席には柊虎も居たが、見ても気まずさは感じられない。むしろ今は、身に起きている訳の分からない感情の方が気になる。

「玄弥、無理するなよ」

 …はて?
 彼の声がし、葵は木に隠れて覗き見る。彼は玄弥を抱きしめ、宥めるように背中を摩っていた。

「ううっ…志瑞也、ぐすっ…ありがとう、ううっ…」

 ドキン!
 葵は胸が締め付けられる。
 玄弥の泣き顔は、幼い頃からうんざりするほど見てきた。だが、いつから見なくなったのだろう。玄弥は本当に心優しく、思いやりがある。葵はそれをよく知っている。玄葉が嫁ぐのは嬉しいが、目の前で泣かないようにしていたのだ。葵も切なくなり目が滲みだす。

「抱きつくなっ」
「あっ玄弥っ」

 我が兄が友情を無理矢理引き離した!

「蒼万っ何するんだよっ」
「そっ、蒼万さん…ごめんなさいっ」

 彼が怒るのも当然。しかし、玄弥が涙を拭いながら頭を下げた事に、葵は憤りで目を見開く。

「お前も姉離れしろ」

 何と?
 あまりにも冷淡な言葉に葵は耳を疑う。

「はっはい…」
 玄弥は涙目でうつむく。
「蒼っ」
「兄上っ! そんな言い方酷いですわっ!」
 彼が怒鳴る前に、葵は居ても立っても居られず飛びだし、兄をきっと睨みつけた。
「玄弥っ、行きましょう!」
 葵は玄弥の手を取り二人から離れる。


「あっ葵ちゃん…どっどうしたの? 蒼万さんにあんな言い方… 兄妹で喧嘩しちゃ駄目だよ、ね? 一緒に謝りに行こう」
 何ていじらしいのだろう、言いながら腫れた目で微笑む姿に、葵は堪らず玄弥に抱きつく。
「あっ葵ちゃんっ? どどどうしたの?」
 両手を広げ、いつも以上に慌てふためく玄弥の背中を、葵は摩りながら言う。
「玄弥、泣きたい時は泣いていいのよ、あなたはずっと私を見てくれていたわ、今度は私が玄弥を見守るわ」
 葵はやっと胸の痞えが取れた。
「えっ、ええーっ? ひっ柊虎さんはっ?」
「玄弥、私気付いたの、玄弥の泣き顔が好きみたい。だから今度からは、私以外の前で泣かないでね、ふふふ 玄弥が皆の幸せを願った分、私が玄弥を幸せにしてあげるわ」
 言いながら、葵は玄弥を見つめる。
「あっ葵ちゃんっ、わっわかったっ! ううっ…葵ちゃん… ひっく…大好きだよ… 私も葵ちゃん、幸せにするよ…うあぁぁん…」
 大声で泣きながらぎこちなく抱き返す玄弥が、葵にはとても可愛く思えた。もしや兄は、部屋で自分がいることに気付いていたのでは? そして先程も、自分が隠れていると知っていてわざと吹っかけたのでは? そう考えると、やはり我が兄は聡明で侮れない。今なら兄が、彼を縛る気持ちが良く分かる。葵は玄弥の涙を拭い、背伸びして口づけする。
「あっ葵ちゃん……」
 玄弥はその瞳に、永遠に捉われてしまった。
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