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番外編 紅姫竜胆
勝者への贈り物
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「兄上、蒼万達が来ましたよ」
「わっわかったっ」
磨虎はいつになく緊張していた。今日は祖父盛虎が、無理矢理約束を取り付けた蒼万との決闘の日。冠婚葬祭が立て続き、期日が決まらず先延ばしとなっていた。蒼万が暴走した際、流石の磨虎でも、本気で戦えば分からないと思ってしまった。それと彼への異常なまでの執着、自分だって好きで男子に反応している訳ではない。頭で理解はしていても、体が勝手に動くのだから仕方ないのだ。それを狙っているように疑われては、溜まったものではない。だが、決闘となれば男同士の戦いだ! 磨虎は用意された舞台のある白虎殿へ向かう。
「磨虎様がいらしたぞ!」
「磨虎様ーっ、頑張って下さい!」
「磨虎様ーっ、素敵ですわーっ!」
なんと舞台は、大勢の観客で埋め尽くされているではないか。
「柊虎っ、これはどういう事だ?」
「祖父上が、話を漏らしてしまったそうで…」
こんな大勢の同家の前で負けてしまったら、生き恥を晒すようなものではないか。今までにない、緊張の波が押し寄せた。
「まっまさかっ、あれは朱里か?」
観客席の最前列に愛しの者の姿を見つけ、磨虎は目を見開く。朱里は磨虎と目も合わさず「見に来てあげたのよ」と言わんばかりに、澄まし顔で前髪を整えている。よもやここで負けてしまえば、その場で婚約を解消しようというのか? 朱里の横では、朱翔が怪しげに笑って手を振っていた。磨虎は絶対に負けられないと手に汗を握る。
「磨虎!」
「しっ、志瑞也?」
「なんか凄いことになっちゃったな、二人共怪我しちゃ駄目だからなアハハ」
彼は無邪気に笑う。
「お前は蒼万を応援しているのではないのか!」
気が立っている磨虎は、腕を組んで彼を不愉快そうに睨む。
「磨虎、俺はどっちが勝ってほしいって思ってないよ、どっちが勝っても凄いと思うよ、だって二人が強いのは俺分かっているからさアハハハ」
言いながら、彼は磨虎の二の腕を軽く叩いた。
「おお、磨虎の腕の筋肉も凄いな!」
「兄上っ」
「おっ…」
彼に触られ思わず抱きしめたくなるのを、弟柊虎が阻止してくれた。朱里の前でそんな事をしては大変だ。蒼万は既に武装して構えている。磨虎も用意をし、舞台に立ち構えた。
力虎が規則を言う。
「殺傷能力のある術は禁止、神獣の禁止、気絶は負、負けは素直に認めること! 正々堂々と戦うべし! 両者準備は良いな?」
両者共に頷く。
「始め!」
歓声と共に「ゴーンゴーン」と鐘が鳴り響く。
向かって来る蒼万の気迫は、今までどの者と戦ったよりも熱風を漂わせていた。だが、磨虎もまた更なる気迫で技を撃ち込む。両者共に互角ともいえる戦いに、観客席からは盛大な声援が飛び交う。
「柊虎、磨虎って本当に強いんだな…」
「志瑞也は初めて見るから驚いたか?ハハハ」
磨虎は戦いながら、不思議な感覚に陥っていた。この楽しさは何なのだろう、この男の重い打撃は心地よく興奮を煽る。勝てると分かっている相手と争うよりも、分からない相手との方が己を最大限に活かせるのかと思うと、手加減などむしろ非礼に値する。連続して繰り出された磨虎の打撃が、蒼万の頬に「バキッ」と一発当たる。
しまった!
強過ぎたかと磨虎は一瞬焦った。だが、蒼万は「ふっ」鼻で笑い「ぺっ」血を吐き捨て構える。この男もまた同じ気持ちなのか、磨虎も「ふっ」鼻で笑う。
「蒼万、笑ってる…」
「兄上もだ、あんな兄上久々だ…」
あまりの両者の気迫に、観客席からはいつの間にか声援が無くなり、全員が固唾を呑んで観ていた。一歩も引かない戦いぶりに魅了され、瞬きするのが惜しいと誰もがそう感じていた。
その時、観客席からざわざわと響めきが立つ。
「あっあれは何だ?」
見上げると二人の青と白の熱風が、上空で渦を巻きながら集まっていた。次第に一つの塊となり膨れ上がる。
次の瞬間「ドーン!」一直線に地面に叩き突く!
「何だーっ」
「きゃーっ」
目も開けられない程の烈風に、観客を巻き込んで舞台は大混乱に陥る。「姉上っ」朱翔の声が聞こえ、磨虎はちらっと一瞬蒼万から目を離す。「ふっ、よそ見をする余裕があるのか?」蒼万がすかさず脇腹に拳を撃ち込む。「ゔッ…お前っ」磨虎は瞬時に体勢を整え、蒼万に撃ち返すも拳を掴まれ阻止され、五本の指が拳にぎりっとめり込む。「くそっ」足を踏ん張り睨み合いながら「ふっ、お前こそよいのか?」磨虎の笑に、蒼万はかっと目を見開き彼を探す。
「志瑞也っ、大丈夫か?」
「柊虎ありがとうっ、大丈夫だよっ」
彼は柊虎に抱きしめられ、烈風から守られていた。「ゔッ…」渾身の一撃が蒼万の鳩尾に入った! 蒼万が膝を突き「ゴフッ」と吐血する。
「勝負有り!」
力虎の声で決着の鐘が鳴り響き、拍手喝采が飛び交う。烈風は一瞬だったため被害はなく、磨虎は拳を高く掲げ勝利を示す。
「蒼万ーっ!」
「志…瑞也…ゔッ…」
彼は蒼万に駆け寄るも、吐血を見て顔面蒼白になり涙を流す。神族の戦いを知らない彼に、教えてあげなければと磨虎は言う。
「志瑞也案ずるな、急所は外してある。蒼万ならこれぐっ」
「怪我は駄目だって言ったじゃないか‼︎」
彼はとても怒って睨み付けてきた。
「志瑞也、これは男同士の戦いだ! 蒼万もそんな事分かっているさ!」
「兄上っ、志瑞也!」
柊虎も駆け付けた。
おや?
何やらひょろっとした子が、勝者に食ってかかっているではないか、何が起きているのだ? 観客は異様な光景を食い入るように見る。
「ちっ…血を吐いてるじゃないかっ しっ死んじゃったらどうするんだ! ううっ…蒼万がっ、し…死んだらっ… ううっ…」
おやおや? 今度は泣き出したぞ?
観客は全員首を傾げる。
「志瑞也、この血は瘀血と言って…」
「うるさいっ!」
柊虎の説明を遮る彼が、一番混乱状態だ。
「お前達っどうしたんだ⁉︎」
朱翔が客席から駆け付ける。
「志…瑞也、ゴホッ…私は…だ…」
「蒼万っ、しゃ喋るなよっ… 嫌だっ、死なないでっ…ううっ…」
蒼万は知っている。恐らく彼は、玄一の死を思い出したのだろう。おろおろと蒼万を抱きしめ、大粒の涙を零す。
…はて、これはどうなるのや?
舞台の中心で勝者は責められ困惑し、大声で泣き叫ぶ若者を、残りの者が宥めているではないか。これはもしや余興の一つなのか?
ぶわっと急に冷たい風が吹き、空がどんよりと曇りだす。蠢く雲は次第に積乱雲となり、烈風と共に「ゴロゴロ」と雷を鳴り響かせ、嵐のような雰囲気に観客が騒ぎだす。
「兄上、とにかく蒼万を運びましょう」
「あっああ、わかった」
柊虎と磨虎が蒼万の両腕を掴む。
「触るなーっ!」
ドカーンッ!
稲妻が舞台に落ち地面に穴を空けた。
彼はゆっくり立ち上がる。
「蒼万にっ誰も触るなーっ!」
ドカーンッ!
彼の琥珀色の瞳は、今まで見たこともない程に光を放ち、髪の毛がゆらゆらと逆立ちだす。
「もっもしや…この嵐は志瑞也なのか?」
「朱翔っ、どういう事だ?」
磨虎と柊虎は蒼万から離れ、朱翔の側に引き下がる。
「きっ麒麟は本来温厚だが、怒らしたら何をするか分からないんだ! 柊虎、この場合先に狙われるの磨虎だ! 早く逃げろ!」
「お前は?」
「志瑞也を説得しないと、舞台周辺が吹っ飛ぶぞ!」
…何と?
朱翔のその一言で、舞台は更なる騒乱状態に陥る。
「行きましょう兄上」
「わかった」
柊虎と磨虎は頷き観客の誘導に走った。
「志瑞也っ、やめるんだ!」
「嫌だーっ!」
ドカーンッ!
彼が声を放つと稲妻が落ちる。朱翔は古書で〝麒麟は滅多に鳴かないが、その悲鳴を聞いたら既に生きてはいない〟と読んだことがあった。緊張から額に汗を垂らす。朱翔は笛を取り出し、霊力を込め奏でる。とても優しく切なく、そして愛する者へと導くように。
「ううっ…蒼万…」
彼の髪のうねりが止まり眼光が弱まるも、烈風はまだ治らない、朱翔は笛を奏で続けた。
「朱翔…ううっ… 独りは嫌だっ…」
瞳の色が戻ると共に烈風も止まり、朱翔は笛を離し彼に近寄る。触れるのも躊躇う程の神力が、彼の身体からビリビリと放たれていた。
「志瑞也、蒼万は大丈夫だ、死んだりなんかしない」
「本当か…ひっく…」
恐らく彼はこの力を制御できていない、肩に触れようにも弾かれてしまう。
「志瑞也、私は大丈夫だ」
蒼万が彼を抱きしめた瞬間「バチッ」と鳴り、一瞬で彼の身体から神力が弾け飛んだ。
「蒼万っ…」
彼が蒼万に抱きつくと、嘘のように雲が開け晴天となる。朱翔はほっとし、彼はまだまだ未知なる者だと、調べる楽しさを込み上げた。以前から彼の声に疑問を抱いてはいたが、恐らく、辰瑞を出して悲鳴でも上げさせてしまえば、舞台周辺どころか、西宮ごと吹っ飛んでいたかもしれない。仮に試す機会があるとするならば、南宮ではやめようと朱翔は思った。
…はてさて?
避難の途中で晴天となり、これまた何が起きたのかと、再び観客は舞台の場所に戻ってくる。ところが、今度は敗者とあの若者が抱き合っているではないか。一体この決闘は誰が勝者なのだろうかと、全員がまたもや首を傾げた。
蒼万が彼の頬に触れる。
「志瑞也、落ち着いたか?」
「うん…蒼万、血が出てる…」
「これは瘀血だ、出した方が楽になる」
「そっか、わかった」
彼は蒼万の血を拭い安堵して微笑み、二人は甘く見つめ合う。
「待ったお前達っ、ここで変なこと始めるなよ」
「朱翔ありがとう、ぐすっ…笛、聴こえたよ」
「また聴かせてやるからな」
朱翔はまだ涙目の彼の頭をなでながら、今後彼の暴走を防ぐ対策を取ることを考えた。
「朱翔っ、大丈夫か?」
「柊虎、もう大丈夫だ、磨虎は?」
「今はここに連れて来ない方がよいと思って、朱里さんに付き添わせているよ」
朱翔と柊虎は目で頷く。
勝者は磨虎だが、大手を振って喜ぶわけにはいかず、決闘は幕を閉じた。盛虎は彼の異様さを気にしながらも、二人の戦いぶりに大いに満足し、夜は盛大に宴を開いた。だが、事態は思わぬ方向へと動く。朱里が、一番強いのは彼ではないかと言い出したのだ。流石の磨虎も、戦い方を知らない彼と決闘などできない。
負傷した蒼万は彼に付き添われ、本来なら普通に歩けるところも、彼に支えてもらっている。普段人前でくっ付かない彼は、余程蒼万が心配なのか、夜の宴では人目を憚らず食事まで口に運んでいた。そんな彼を、蒼万は微笑んで見つめている。まるであの男の方が勝者のようだ。
磨虎は酒を呑む気になれず、独り殿を出て舞台のあった場所に立つ。
「確かに、蒼万は強い…」
磨虎は戦いを思い出し、一歩間違えば己が負けていたかもしれない、次戦えばどうなるか分からないと拳を握りしめた。もし倒れていたら、朱里は彼の様に付き添ってくれていたのか、それとも見切りをつけられていたのかと、敗北した気分になっていた。
「磨虎」
「朱里…」
呼ばれて振り向くも、終わりを告げに来たのであれば、今日はやめてほしいと磨虎は眉をひそめた。
「勝者がこんな所で何をしているの?」
「君に捨てられたら、私には何が残るのかなって…ハハハ」
弱音を吐くなど情けない、まるで〝捨てないでくれ〟と縋っているも同然ではないか、磨虎は舞台を見つめる。
「…磨虎」
「何だっ…」
朱里に不意打ちをつかれ、磨虎は唇を奪われてしまう。
「今日のあなはとても素敵だったわ、また見たいわ」
勝者万歳!
磨虎はすかさず朱里に抱きつく。
「朱里っ、婚姻すればもっと凄い私が毎日見れるぞっ!」
磨虎の戦いぶりに朱里は見惚れてしまい、二人の婚姻の日取りもようやく決まった。後日、磨虎から蒼万に決闘の申出をするも、何故か得意げに「志瑞也が良いなら私は構わない」と言い、今度は彼の許可が必要となってしまったのだった。
─ 番外編 終 ─
「わっわかったっ」
磨虎はいつになく緊張していた。今日は祖父盛虎が、無理矢理約束を取り付けた蒼万との決闘の日。冠婚葬祭が立て続き、期日が決まらず先延ばしとなっていた。蒼万が暴走した際、流石の磨虎でも、本気で戦えば分からないと思ってしまった。それと彼への異常なまでの執着、自分だって好きで男子に反応している訳ではない。頭で理解はしていても、体が勝手に動くのだから仕方ないのだ。それを狙っているように疑われては、溜まったものではない。だが、決闘となれば男同士の戦いだ! 磨虎は用意された舞台のある白虎殿へ向かう。
「磨虎様がいらしたぞ!」
「磨虎様ーっ、頑張って下さい!」
「磨虎様ーっ、素敵ですわーっ!」
なんと舞台は、大勢の観客で埋め尽くされているではないか。
「柊虎っ、これはどういう事だ?」
「祖父上が、話を漏らしてしまったそうで…」
こんな大勢の同家の前で負けてしまったら、生き恥を晒すようなものではないか。今までにない、緊張の波が押し寄せた。
「まっまさかっ、あれは朱里か?」
観客席の最前列に愛しの者の姿を見つけ、磨虎は目を見開く。朱里は磨虎と目も合わさず「見に来てあげたのよ」と言わんばかりに、澄まし顔で前髪を整えている。よもやここで負けてしまえば、その場で婚約を解消しようというのか? 朱里の横では、朱翔が怪しげに笑って手を振っていた。磨虎は絶対に負けられないと手に汗を握る。
「磨虎!」
「しっ、志瑞也?」
「なんか凄いことになっちゃったな、二人共怪我しちゃ駄目だからなアハハ」
彼は無邪気に笑う。
「お前は蒼万を応援しているのではないのか!」
気が立っている磨虎は、腕を組んで彼を不愉快そうに睨む。
「磨虎、俺はどっちが勝ってほしいって思ってないよ、どっちが勝っても凄いと思うよ、だって二人が強いのは俺分かっているからさアハハハ」
言いながら、彼は磨虎の二の腕を軽く叩いた。
「おお、磨虎の腕の筋肉も凄いな!」
「兄上っ」
「おっ…」
彼に触られ思わず抱きしめたくなるのを、弟柊虎が阻止してくれた。朱里の前でそんな事をしては大変だ。蒼万は既に武装して構えている。磨虎も用意をし、舞台に立ち構えた。
力虎が規則を言う。
「殺傷能力のある術は禁止、神獣の禁止、気絶は負、負けは素直に認めること! 正々堂々と戦うべし! 両者準備は良いな?」
両者共に頷く。
「始め!」
歓声と共に「ゴーンゴーン」と鐘が鳴り響く。
向かって来る蒼万の気迫は、今までどの者と戦ったよりも熱風を漂わせていた。だが、磨虎もまた更なる気迫で技を撃ち込む。両者共に互角ともいえる戦いに、観客席からは盛大な声援が飛び交う。
「柊虎、磨虎って本当に強いんだな…」
「志瑞也は初めて見るから驚いたか?ハハハ」
磨虎は戦いながら、不思議な感覚に陥っていた。この楽しさは何なのだろう、この男の重い打撃は心地よく興奮を煽る。勝てると分かっている相手と争うよりも、分からない相手との方が己を最大限に活かせるのかと思うと、手加減などむしろ非礼に値する。連続して繰り出された磨虎の打撃が、蒼万の頬に「バキッ」と一発当たる。
しまった!
強過ぎたかと磨虎は一瞬焦った。だが、蒼万は「ふっ」鼻で笑い「ぺっ」血を吐き捨て構える。この男もまた同じ気持ちなのか、磨虎も「ふっ」鼻で笑う。
「蒼万、笑ってる…」
「兄上もだ、あんな兄上久々だ…」
あまりの両者の気迫に、観客席からはいつの間にか声援が無くなり、全員が固唾を呑んで観ていた。一歩も引かない戦いぶりに魅了され、瞬きするのが惜しいと誰もがそう感じていた。
その時、観客席からざわざわと響めきが立つ。
「あっあれは何だ?」
見上げると二人の青と白の熱風が、上空で渦を巻きながら集まっていた。次第に一つの塊となり膨れ上がる。
次の瞬間「ドーン!」一直線に地面に叩き突く!
「何だーっ」
「きゃーっ」
目も開けられない程の烈風に、観客を巻き込んで舞台は大混乱に陥る。「姉上っ」朱翔の声が聞こえ、磨虎はちらっと一瞬蒼万から目を離す。「ふっ、よそ見をする余裕があるのか?」蒼万がすかさず脇腹に拳を撃ち込む。「ゔッ…お前っ」磨虎は瞬時に体勢を整え、蒼万に撃ち返すも拳を掴まれ阻止され、五本の指が拳にぎりっとめり込む。「くそっ」足を踏ん張り睨み合いながら「ふっ、お前こそよいのか?」磨虎の笑に、蒼万はかっと目を見開き彼を探す。
「志瑞也っ、大丈夫か?」
「柊虎ありがとうっ、大丈夫だよっ」
彼は柊虎に抱きしめられ、烈風から守られていた。「ゔッ…」渾身の一撃が蒼万の鳩尾に入った! 蒼万が膝を突き「ゴフッ」と吐血する。
「勝負有り!」
力虎の声で決着の鐘が鳴り響き、拍手喝采が飛び交う。烈風は一瞬だったため被害はなく、磨虎は拳を高く掲げ勝利を示す。
「蒼万ーっ!」
「志…瑞也…ゔッ…」
彼は蒼万に駆け寄るも、吐血を見て顔面蒼白になり涙を流す。神族の戦いを知らない彼に、教えてあげなければと磨虎は言う。
「志瑞也案ずるな、急所は外してある。蒼万ならこれぐっ」
「怪我は駄目だって言ったじゃないか‼︎」
彼はとても怒って睨み付けてきた。
「志瑞也、これは男同士の戦いだ! 蒼万もそんな事分かっているさ!」
「兄上っ、志瑞也!」
柊虎も駆け付けた。
おや?
何やらひょろっとした子が、勝者に食ってかかっているではないか、何が起きているのだ? 観客は異様な光景を食い入るように見る。
「ちっ…血を吐いてるじゃないかっ しっ死んじゃったらどうするんだ! ううっ…蒼万がっ、し…死んだらっ… ううっ…」
おやおや? 今度は泣き出したぞ?
観客は全員首を傾げる。
「志瑞也、この血は瘀血と言って…」
「うるさいっ!」
柊虎の説明を遮る彼が、一番混乱状態だ。
「お前達っどうしたんだ⁉︎」
朱翔が客席から駆け付ける。
「志…瑞也、ゴホッ…私は…だ…」
「蒼万っ、しゃ喋るなよっ… 嫌だっ、死なないでっ…ううっ…」
蒼万は知っている。恐らく彼は、玄一の死を思い出したのだろう。おろおろと蒼万を抱きしめ、大粒の涙を零す。
…はて、これはどうなるのや?
舞台の中心で勝者は責められ困惑し、大声で泣き叫ぶ若者を、残りの者が宥めているではないか。これはもしや余興の一つなのか?
ぶわっと急に冷たい風が吹き、空がどんよりと曇りだす。蠢く雲は次第に積乱雲となり、烈風と共に「ゴロゴロ」と雷を鳴り響かせ、嵐のような雰囲気に観客が騒ぎだす。
「兄上、とにかく蒼万を運びましょう」
「あっああ、わかった」
柊虎と磨虎が蒼万の両腕を掴む。
「触るなーっ!」
ドカーンッ!
稲妻が舞台に落ち地面に穴を空けた。
彼はゆっくり立ち上がる。
「蒼万にっ誰も触るなーっ!」
ドカーンッ!
彼の琥珀色の瞳は、今まで見たこともない程に光を放ち、髪の毛がゆらゆらと逆立ちだす。
「もっもしや…この嵐は志瑞也なのか?」
「朱翔っ、どういう事だ?」
磨虎と柊虎は蒼万から離れ、朱翔の側に引き下がる。
「きっ麒麟は本来温厚だが、怒らしたら何をするか分からないんだ! 柊虎、この場合先に狙われるの磨虎だ! 早く逃げろ!」
「お前は?」
「志瑞也を説得しないと、舞台周辺が吹っ飛ぶぞ!」
…何と?
朱翔のその一言で、舞台は更なる騒乱状態に陥る。
「行きましょう兄上」
「わかった」
柊虎と磨虎は頷き観客の誘導に走った。
「志瑞也っ、やめるんだ!」
「嫌だーっ!」
ドカーンッ!
彼が声を放つと稲妻が落ちる。朱翔は古書で〝麒麟は滅多に鳴かないが、その悲鳴を聞いたら既に生きてはいない〟と読んだことがあった。緊張から額に汗を垂らす。朱翔は笛を取り出し、霊力を込め奏でる。とても優しく切なく、そして愛する者へと導くように。
「ううっ…蒼万…」
彼の髪のうねりが止まり眼光が弱まるも、烈風はまだ治らない、朱翔は笛を奏で続けた。
「朱翔…ううっ… 独りは嫌だっ…」
瞳の色が戻ると共に烈風も止まり、朱翔は笛を離し彼に近寄る。触れるのも躊躇う程の神力が、彼の身体からビリビリと放たれていた。
「志瑞也、蒼万は大丈夫だ、死んだりなんかしない」
「本当か…ひっく…」
恐らく彼はこの力を制御できていない、肩に触れようにも弾かれてしまう。
「志瑞也、私は大丈夫だ」
蒼万が彼を抱きしめた瞬間「バチッ」と鳴り、一瞬で彼の身体から神力が弾け飛んだ。
「蒼万っ…」
彼が蒼万に抱きつくと、嘘のように雲が開け晴天となる。朱翔はほっとし、彼はまだまだ未知なる者だと、調べる楽しさを込み上げた。以前から彼の声に疑問を抱いてはいたが、恐らく、辰瑞を出して悲鳴でも上げさせてしまえば、舞台周辺どころか、西宮ごと吹っ飛んでいたかもしれない。仮に試す機会があるとするならば、南宮ではやめようと朱翔は思った。
…はてさて?
避難の途中で晴天となり、これまた何が起きたのかと、再び観客は舞台の場所に戻ってくる。ところが、今度は敗者とあの若者が抱き合っているではないか。一体この決闘は誰が勝者なのだろうかと、全員がまたもや首を傾げた。
蒼万が彼の頬に触れる。
「志瑞也、落ち着いたか?」
「うん…蒼万、血が出てる…」
「これは瘀血だ、出した方が楽になる」
「そっか、わかった」
彼は蒼万の血を拭い安堵して微笑み、二人は甘く見つめ合う。
「待ったお前達っ、ここで変なこと始めるなよ」
「朱翔ありがとう、ぐすっ…笛、聴こえたよ」
「また聴かせてやるからな」
朱翔はまだ涙目の彼の頭をなでながら、今後彼の暴走を防ぐ対策を取ることを考えた。
「朱翔っ、大丈夫か?」
「柊虎、もう大丈夫だ、磨虎は?」
「今はここに連れて来ない方がよいと思って、朱里さんに付き添わせているよ」
朱翔と柊虎は目で頷く。
勝者は磨虎だが、大手を振って喜ぶわけにはいかず、決闘は幕を閉じた。盛虎は彼の異様さを気にしながらも、二人の戦いぶりに大いに満足し、夜は盛大に宴を開いた。だが、事態は思わぬ方向へと動く。朱里が、一番強いのは彼ではないかと言い出したのだ。流石の磨虎も、戦い方を知らない彼と決闘などできない。
負傷した蒼万は彼に付き添われ、本来なら普通に歩けるところも、彼に支えてもらっている。普段人前でくっ付かない彼は、余程蒼万が心配なのか、夜の宴では人目を憚らず食事まで口に運んでいた。そんな彼を、蒼万は微笑んで見つめている。まるであの男の方が勝者のようだ。
磨虎は酒を呑む気になれず、独り殿を出て舞台のあった場所に立つ。
「確かに、蒼万は強い…」
磨虎は戦いを思い出し、一歩間違えば己が負けていたかもしれない、次戦えばどうなるか分からないと拳を握りしめた。もし倒れていたら、朱里は彼の様に付き添ってくれていたのか、それとも見切りをつけられていたのかと、敗北した気分になっていた。
「磨虎」
「朱里…」
呼ばれて振り向くも、終わりを告げに来たのであれば、今日はやめてほしいと磨虎は眉をひそめた。
「勝者がこんな所で何をしているの?」
「君に捨てられたら、私には何が残るのかなって…ハハハ」
弱音を吐くなど情けない、まるで〝捨てないでくれ〟と縋っているも同然ではないか、磨虎は舞台を見つめる。
「…磨虎」
「何だっ…」
朱里に不意打ちをつかれ、磨虎は唇を奪われてしまう。
「今日のあなはとても素敵だったわ、また見たいわ」
勝者万歳!
磨虎はすかさず朱里に抱きつく。
「朱里っ、婚姻すればもっと凄い私が毎日見れるぞっ!」
磨虎の戦いぶりに朱里は見惚れてしまい、二人の婚姻の日取りもようやく決まった。後日、磨虎から蒼万に決闘の申出をするも、何故か得意げに「志瑞也が良いなら私は構わない」と言い、今度は彼の許可が必要となってしまったのだった。
─ 番外編 終 ─
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フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
白銀の城の俺と僕
片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
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