天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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番外編 紅姫竜胆

勝者への贈り物

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「兄上、蒼万達が来ましたよ」
「わっわかったっ」
 磨虎はいつになく緊張していた。今日は祖父盛虎が、無理矢理約束を取り付けた蒼万との決闘の日。冠婚葬祭が立て続き、期日が決まらず先延ばしとなっていた。蒼万が暴走した際、流石の磨虎でも、本気で戦えば分からないと思ってしまった。それと彼への異常なまでの執着、自分だって好きで男子に反応している訳ではない。頭で理解はしていても、体が勝手に動くのだから仕方ないのだ。それを狙っているように疑われては、溜まったものではない。だが、決闘となれば男同士の戦いだ! 磨虎は用意された舞台のある白虎殿へ向かう。

「磨虎様がいらしたぞ!」
「磨虎様ーっ、頑張って下さい!」
「磨虎様ーっ、素敵ですわーっ!」

 なんと舞台は、大勢の観客で埋め尽くされているではないか。
「柊虎っ、これはどういう事だ?」
「祖父上が、話を漏らしてしまったそうで…」
 こんな大勢の同家の前で負けてしまったら、生き恥を晒すようなものではないか。今までにない、緊張の波が押し寄せた。
「まっまさかっ、あれは朱里じゅりか?」
 観客席の最前列に愛しの者の姿を見つけ、磨虎は目を見開く。朱里は磨虎と目も合わさず「見に来てあげたのよ」と言わんばかりに、澄まし顔で前髪を整えている。よもやここで負けてしまえば、その場で婚約を解消しようというのか? 朱里の横では、朱翔が怪しげに笑って手を振っていた。磨虎は絶対に負けられないと手に汗を握る。
「磨虎!」
「しっ、志瑞也?」
「なんか凄いことになっちゃったな、二人共怪我しちゃ駄目だからなアハハ」
 彼は無邪気に笑う。
「お前は蒼万を応援しているのではないのか!」
 気が立っている磨虎は、腕を組んで彼を不愉快そうに睨む。
「磨虎、俺はどっちが勝ってほしいって思ってないよ、どっちが勝っても凄いと思うよ、だって二人が強いのは俺分かっているからさアハハハ」
 言いながら、彼は磨虎の二の腕を軽く叩いた。
「おお、磨虎の腕の筋肉も凄いな!」
「兄上っ」
「おっ…」
 彼に触られ思わず抱きしめたくなるのを、弟柊虎が阻止してくれた。朱里の前でそんな事をしては大変だ。蒼万は既に武装して構えている。磨虎も用意をし、舞台に立ち構えた。

 力虎りきとが規則を言う。
「殺傷能力のある術は禁止、神獣の禁止、気絶は負、負けは素直に認めること! 正々堂々と戦うべし! 両者準備は良いな?」
 両者共に頷く。
「始め!」
 歓声と共に「ゴーンゴーン」と鐘が鳴り響く。
 向かって来る蒼万の気迫は、今までどの者と戦ったよりも熱風を漂わせていた。だが、磨虎もまた更なる気迫で技を撃ち込む。両者共に互角ともいえる戦いに、観客席からは盛大な声援が飛び交う。
「柊虎、磨虎って本当に強いんだな…」
「志瑞也は初めて見るから驚いたか?ハハハ」

 磨虎は戦いながら、不思議な感覚に陥っていた。この楽しさは何なのだろう、この男の重い打撃は心地よく興奮を煽る。勝てると分かっている相手と争うよりも、分からない相手との方が己を最大限に活かせるのかと思うと、手加減などむしろ非礼に値する。連続して繰り出された磨虎の打撃が、蒼万の頬に「バキッ」と一発当たる。
 しまった!
 強過ぎたかと磨虎は一瞬焦った。だが、蒼万は「ふっ」鼻で笑い「ぺっ」血を吐き捨て構える。この男もまた同じ気持ちなのか、磨虎も「ふっ」鼻で笑う。

「蒼万、笑ってる…」
「兄上もだ、あんな兄上久々だ…」
 あまりの両者の気迫に、観客席からはいつの間にか声援が無くなり、全員が固唾を呑んで観ていた。一歩も引かない戦いぶりに魅了され、瞬きするのが惜しいと誰もがそう感じていた。
 その時、観客席からざわざわと響めきが立つ。
「あっあれは何だ?」
 見上げると二人の青と白の熱風が、上空で渦を巻きながら集まっていた。次第に一つの塊となり膨れ上がる。
 次の瞬間「ドーン!」一直線に地面に叩き突く!
「何だーっ」
「きゃーっ」
 目も開けられない程の烈風に、観客を巻き込んで舞台は大混乱に陥る。「姉上っ」朱翔の声が聞こえ、磨虎はちらっと一瞬蒼万から目を離す。「ふっ、よそ見をする余裕があるのか?」蒼万がすかさず脇腹に拳を撃ち込む。「ゔッ…お前っ」磨虎は瞬時に体勢を整え、蒼万に撃ち返すも拳を掴まれ阻止され、五本の指が拳にぎりっとめり込む。「くそっ」足を踏ん張り睨み合いながら「ふっ、お前こそよいのか?」磨虎の笑に、蒼万はかっと目を見開き彼を探す。

「志瑞也っ、大丈夫か?」
「柊虎ありがとうっ、大丈夫だよっ」

 彼は柊虎に抱きしめられ、烈風から守られていた。「ゔッ…」渾身の一撃が蒼万の鳩尾に入った! 蒼万が膝を突き「ゴフッ」と吐血する。

「勝負有り!」

 力虎の声で決着の鐘が鳴り響き、拍手喝采が飛び交う。烈風は一瞬だったため被害はなく、磨虎は拳を高く掲げ勝利を示す。
「蒼万ーっ!」
「志…瑞也…ゔッ…」
 彼は蒼万に駆け寄るも、吐血を見て顔面蒼白になり涙を流す。神族の戦いを知らない彼に、教えてあげなければと磨虎は言う。
「志瑞也案ずるな、急所は外してある。蒼万ならこれぐっ」
「怪我は駄目だって言ったじゃないか‼︎」
 彼はとても怒って睨み付けてきた。
「志瑞也、これは男同士の戦いだ! 蒼万もそんな事分かっているさ!」
「兄上っ、志瑞也!」
 柊虎も駆け付けた。

 おや?
 何やらひょろっとした子が、勝者に食ってかかっているではないか、何が起きているのだ? 観客は異様な光景を食い入るように見る。

「ちっ…血を吐いてるじゃないかっ しっ死んじゃったらどうするんだ! ううっ…蒼万がっ、し…死んだらっ… ううっ…」

 おやおや? 今度は泣き出したぞ?
 観客は全員首を傾げる。

「志瑞也、この血は瘀血と言って…」
「うるさいっ!」
 柊虎の説明を遮る彼が、一番混乱状態だ。
「お前達っどうしたんだ⁉︎」
 朱翔が客席から駆け付ける。
「志…瑞也、ゴホッ…私は…だ…」
「蒼万っ、しゃ喋るなよっ… 嫌だっ、死なないでっ…ううっ…」
 蒼万は知っている。恐らく彼は、玄一のりかの死を思い出したのだろう。おろおろと蒼万を抱きしめ、大粒の涙を零す。

 …はて、これはどうなるのや?
 舞台の中心で勝者は責められ困惑し、大声で泣き叫ぶ若者を、残りの者が宥めているではないか。これはもしや余興の一つなのか? 
 ぶわっと急に冷たい風が吹き、空がどんよりと曇りだす。蠢く雲は次第に積乱雲となり、烈風と共に「ゴロゴロ」と雷を鳴り響かせ、嵐のような雰囲気に観客が騒ぎだす。

「兄上、とにかく蒼万を運びましょう」
「あっああ、わかった」
 柊虎と磨虎が蒼万の両腕を掴む。

「触るなーっ!」
 ドカーンッ!

 稲妻が舞台に落ち地面に穴を空けた。
 彼はゆっくり立ち上がる。

「蒼万にっ誰も触るなーっ!」
 ドカーンッ!

 彼の琥珀色の瞳は、今まで見たこともない程に光を放ち、髪の毛がゆらゆらと逆立ちだす。
「もっもしや…この嵐は志瑞也なのか?」
「朱翔っ、どういう事だ?」
 磨虎と柊虎は蒼万から離れ、朱翔の側に引き下がる。
「きっ麒麟は本来温厚だが、怒らしたら何をするか分からないんだ! 柊虎、この場合先に狙われるの磨虎だ! 早く逃げろ!」
「お前は?」
「志瑞也を説得しないと、舞台周辺が吹っ飛ぶぞ!」

 …何と?
 朱翔のその一言で、舞台は更なる騒乱状態に陥る。

「行きましょう兄上」
「わかった」
 柊虎と磨虎は頷き観客の誘導に走った。
「志瑞也っ、やめるんだ!」

「嫌だーっ!」
 ドカーンッ!

 彼が声を放つと稲妻が落ちる。朱翔は古書で〝麒麟は滅多に鳴かないが、その悲鳴を聞いたら既に生きてはいない〟と読んだことがあった。緊張から額に汗を垂らす。朱翔は笛を取り出し、霊力を込め奏でる。とても優しく切なく、そして愛する者へと導くように。
「ううっ…蒼万…」
 彼の髪のうねりが止まり眼光が弱まるも、烈風はまだ治らない、朱翔は笛を奏で続けた。
「朱翔…ううっ… 独りは嫌だっ…」
 瞳の色が戻ると共に烈風も止まり、朱翔は笛を離し彼に近寄る。触れるのも躊躇う程の神力が、彼の身体からビリビリと放たれていた。
「志瑞也、蒼万は大丈夫だ、死んだりなんかしない」
「本当か…ひっく…」
 恐らく彼はこの力を制御できていない、肩に触れようにも弾かれてしまう。
「志瑞也、私は大丈夫だ」
 蒼万が彼を抱きしめた瞬間「バチッ」と鳴り、一瞬で彼の身体から神力が弾け飛んだ。
「蒼万っ…」
 彼が蒼万に抱きつくと、嘘のように雲が開け晴天となる。朱翔はほっとし、彼はまだまだ未知なる者だと、調べる楽しさを込み上げた。以前から彼の声に疑問を抱いてはいたが、恐らく、辰瑞しんずいを出して悲鳴でも上げさせてしまえば、舞台周辺どころか、西宮ごと吹っ飛んでいたかもしれない。仮に試す機会があるとするならば、南宮ではやめようと朱翔は思った。

 …はてさて?
 避難の途中で晴天となり、これまた何が起きたのかと、再び観客は舞台の場所に戻ってくる。ところが、今度は敗者とあの若者が抱き合っているではないか。一体この決闘は誰が勝者なのだろうかと、全員がまたもや首を傾げた。

 蒼万が彼の頬に触れる。
「志瑞也、落ち着いたか?」
「うん…蒼万、血が出てる…」
「これは瘀血だ、出した方が楽になる」
「そっか、わかった」
 彼は蒼万の血を拭い安堵して微笑み、二人は甘く見つめ合う。
「待ったお前達っ、ここで変なこと始めるなよ」
「朱翔ありがとう、ぐすっ…笛、聴こえたよ」
「また聴かせてやるからな」
 朱翔はまだ涙目の彼の頭をなでながら、今後彼の暴走を防ぐ対策を取ることを考えた。
「朱翔っ、大丈夫か?」
「柊虎、もう大丈夫だ、磨虎は?」
「今はここに連れて来ない方がよいと思って、朱里さんに付き添わせているよ」
 朱翔と柊虎は目で頷く。
 勝者は磨虎だが、大手を振って喜ぶわけにはいかず、決闘は幕を閉じた。盛虎は彼の異様さを気にしながらも、二人の戦いぶりに大いに満足し、夜は盛大に宴を開いた。だが、事態は思わぬ方向へと動く。朱里が、一番強いのは彼ではないかと言い出したのだ。流石の磨虎も、戦い方を知らない彼と決闘などできない。
 負傷した蒼万は彼に付き添われ、本来なら普通に歩けるところも、彼に支えてもらっている。普段人前でくっ付かない彼は、余程蒼万が心配なのか、夜の宴では人目を憚らず食事まで口に運んでいた。そんな彼を、蒼万は微笑んで見つめている。まるであの男の方が勝者のようだ。

 磨虎は酒を呑む気になれず、独り殿を出て舞台のあった場所に立つ。
「確かに、蒼万は強い…」
 磨虎は戦いを思い出し、一歩間違えば己が負けていたかもしれない、次戦えばどうなるか分からないと拳を握りしめた。もし倒れていたら、朱里は彼の様に付き添ってくれていたのか、それとも見切りをつけられていたのかと、敗北した気分になっていた。
「磨虎」
「朱里…」
 呼ばれて振り向くも、終わりを告げに来たのであれば、今日はやめてほしいと磨虎は眉をひそめた。
「勝者がこんな所で何をしているの?」
「君に捨てられたら、私には何が残るのかなって…ハハハ」
 弱音を吐くなど情けない、まるで〝捨てないでくれ〟と縋っているも同然ではないか、磨虎は舞台を見つめる。
「…磨虎」
「何だっ…」
 朱里に不意打ちをつかれ、磨虎は唇を奪われてしまう。
「今日のあなはとても素敵だったわ、また見たいわ」

 勝者万歳!

 磨虎はすかさず朱里に抱きつく。
「朱里っ、婚姻すればもっと凄い私が毎日見れるぞっ!」
 磨虎の戦いぶりに朱里は見惚れてしまい、二人の婚姻の日取りもようやく決まった。後日、磨虎から蒼万に決闘の申出をするも、何故か得意げに「志瑞也が良いなら私は構わない」と言い、今度は彼の許可が必要となってしまったのだった。
─ 番外編 終 ─
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