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ポイントカードは逢瀬の証 2
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「よし」
「よしじゃないと思うけど……」
また俺の横が定位置といった風に彼は腰を落とした。
「お帰りなさいませ、ご主人クン。今日は何をしよっか」
あざとく首を傾げて俺に問いかける。ふわふわとした赤茶色は申し訳程度のツインテールにしており、その動作に合わせてピンクのリボンと共に揺れた。俺よりも身長のある男性だというのに、やはりこういったものがよく似合っている。
どうしてこうも、彼のことを可愛いと思ってしまうのだろう。自分の性癖が変な方向に捻れていくのを止めたいのに、彼を目の前にすると加速していく気配さえある。
めいくんは俺の視線に気付いて、ご機嫌そうに身体を揺らした。
「ご主人クンはこういうのがお好きなのね~。りっちゃんにやってもらって正解だったな~」
りっちゃん。確か、あの暴れていた黒いメイドの名前だったはずだ。そう考えて、先ほどの会話への疑問を口にした。
「さっき、オーナー権限がどうとか、昇給がどうとか話していたけど、あれって何?」
「いい質問だね~。じゃあ今日はご主人クンといっぱいお話する日! うんうん、ご主人クンはおれのこと知りたいんだね~」
なにか都合の良いように解釈されている。
「おれがね、ここのオーナーなの。ご主人クンのためにこのテナント買ったんだ~」
「オーナー……!? か、買った……!?」
「メイド長のりっちゃんはおれの高校の先輩で、店長のお~くんはりっちゃんのお友達。二人ともメイドカフェが好きだから、お店のほとんどは二人が考えてくれてるよ~」
そう言ってから立ち上がり、綺麗に一回転する。ピンクのメイド服は空気を含んで穏やかに膨らんだ。メイド長の彼とは違い下には隠すようなものも穿いていないようで、黒のボクサーパンツが一瞬だけ姿を現す。
「ご主人クンのえっち」
恥ずかしそうな素振りだけとって、めいくんは俺を叱る。
「えっ、ええ……」
俺の反応を見て満足したようで、定位置に戻ってくる。
「この衣装とか、内装とかも二人が考えてるよ。この部屋のベースも二人がVIPルーム想定で作り上げたところをおれとご主人クンのための仮眠室に変更させたから、すっごく怒られたな~」
そりゃあ怒られるだろ、と思う。それに、話を聞いてりっちゃんさんがあんなにキレていたのも理解できた。いつかきちんと謝らなければならない。
「そうそう。居抜き物件の名残で、この部屋だけ防音仕様になってるんだよね。だから、どれだけ喘いでも、本当は大丈夫なので~す。まあ、この間は鍵を掛けてなかったんだけどね~」
「!?」
「あと、ご主人クンを連れてきた癸はおれの大学の同級生であり、今年から後輩になりました。朝起きれなくて留年したんだけど、それが理由で親からの支援を打ち切られてね~。丁度いいからおれが雇ってあげてるってわけ。あいつ、昇給に必死だけど、ご主人クンが不快だと思ったらすぐに解雇するから言ってね~」
こんな感じでご主人クンの疑問は解消できたかな~、とめいくんは軽く言った。
簡単に飲み込める情報量じゃない。目の前にいる彼は、俺より年下の大学生で、恐らく俺より金があって、俺のために人間をかき集めてメイドカフェを開いている。俺はめいくんのことを金曜日に初めて知ったのに、あっちは一方的に俺を知っている。名前も住所もすべて知っているのだ。
土日に何度か自分の記憶を探った。妹と同い年だからその関係かと最初は考えたが、実家の方で妹の男友達に遭遇したこともないし、本人からもそんな名前の人は知らないと言われてしまった。俺の出身大学とは全く違うから、年齢が離れているのもあって接点はまずない。
何故このメイドが俺に固執しているのか、まったく分からずにいる。
めいくんは笑顔を崩さずに、今度はおれの番ね、と宣言した。
「なにからにするか、すごく悩むな~。う~ん、ご主人クンってお酒とか飲まないの?」
思ったより雑談に近い質問で拍子抜けしてしまう。
それはそれとして、お酒関連はあまり聞かれたくない質問でもあった。
「……なんでお酒?」
「今はアルコール関係の提供はしてないんだけど、ご主人クンが飲むの好きならメニューに加えようかと思って。優しいでしょ~」
褒めろ、と顔に書いてある。俺は棒読みになりながらも嬉しいなーと望みに応えれば、したり顔で申し訳程度のツインテールを揺らした。また可愛いと思ってしまって、自分の思考を遮るように彼の質問に答える。
「アルコールは、苦手かな」
「どうして~?」
「えー……」
「おれ、ご主人クンが嫌なことはしたくないから。専属メイドとして頑張りたいの。ね、教えて、有クン」
唇が触れそうなほど近くまで距離を詰めて、彼は言った。俺の手を両手でぎゅっと握りこんで、駄目押しとばかりに名前を呼ばれる。そうされると、自分の性分から彼の願いに答えてあげたくなる。そもそもこの店は彼のものだし、答えないと解放されないだろうから、と自分用の言い訳を準備して、彼の垂れた双眼と向き合った。
「直近の飲み会で失敗してから飲むのが怖いんだよね。人に迷惑かけちゃって……」
「へ~、どんなことしたの?」
「あー、その、……笑わない?」
「ご主人クンに忠実なメイドだよ、笑うわけないじゃ~ん」
「一回目は去年の年末なんだけど、知らない人に介抱してもらったのに弟と勘違いしちゃって……。全部は覚えてないんだけど、家まで送ってもらったのに、兄ぶった態度をとって本当に失礼なことをしたというか……。二回目は今年の年度末の飲み会で、先輩の話を聞くに、知らない人を弟だって言って声掛けてそのまま連れて帰ってもらったらしくて……。断片的にしか覚えてなくて怖いから、もうお酒を飲むのはやめようと思ったんだよね」
「ふ~ん……」
笑いはされなかったものの、めいくんは先ほどとは一変して表情から感情が読めない。呆れてしまったのかもしれない。
どちらの飲み会も、俺が部署内で一番年下というのもあって限界を越えるくらいに飲まされたのだ。不幸中の幸いで吐いたりはしなかったらしい。失敗談でよく聞く記憶喪失はこういうのもなのだと、心の底から理解させられた。
二回目の時は本当に消えてしまいたくなった。出社してすぐに、弟くん格好良いねなんて言われて、そこでその惨事を知ったのだ。事情を理解した先輩が部署内でその話を広めたものだから、次の飲み会もこっそりソフトドリンクとアルコールを入れ替えられるに決まっている。
俺にはめいくんと同い年の妹と、更に二個下の弟がいる。二人とも俺が兄なのが勿体ないくらいにいい子達で、子どもの頃は共働きの両親の代わりに二人の面倒をみさせてもらっていた。アルコールはその人の本性を暴くという。大学進学を機に一人暮らしを始めて以来あまり会えていないのもあって、知らない人に対してそういう態度を取ってしまったのだと思うと本当に恥ずかしい。
めいくんのことを可愛いと思うのも、兄心が擽られてしまっているからなのかもしれない。
「変な人じゃなくてよかったね~、ご主人クンの家に上がったんでしょ、その人」
「仮に何かあっても俺が悪いからね……。でも、酔っぱらいが変な絡み方をしたのに助けてくれたわけだし、別に悪い人じゃなかったんだと思うよ。お礼を言えないのが残念だけど」
「ふ~ん」
先ほどと同じ返事ではあるが、表情は柔らかくなっている。そんなに面白い話でもないだろうに。
「じゃあ、アルコール提供は一旦保留にしようかな~。あ、でも、おれの前ではいっぱい飲んでいいからね。めいくんが精一杯介抱してあげる」
「ありがとう、めいくん」
暇をしていた俺の手が、無意識に彼の赤茶色を撫でた。想像しているよりも手の通りがなめらかで、心地が良い。目の前の彼は珍しく黙り込んで、顔を赤らめながら俺の動作を受け入れていた。
……待って、俺は何をしている?
慌てて手を離すと、彼はもの寂しそうに眉を下げた。
「ご主人クン、もうやめるの……?」
「いや、ええっと、本当に、その、ごめんなさい! さっきそういう話したばっかりなのに、本当に俺は……」
「めいくんはすごく嬉しかったけどな~」
輝かしい双眼がもっとしろと訴えかけているが、今は見なかったことにする。幼い頃の弟を重ねてしまいそうで勢いよく顔を逸らせば、今日の本題が部屋の隅に置かれていることに気付いた。
そうだ、今日はめいくんと雑談をしに来たわけではない。
覚悟を決めて、もう一度彼と向き合う。
「あー、その、この間は送ってくれて? ありがとう。……着替えさせてくれてたよね」
「めいくんはご主人クンのメイドなので、それくらい当然で~す」
「オムライスもすごく美味しかったよ」
「ご主人クンへの愛情をたっぷり込めて作ったからね~」
「今日はお礼を言いに来たのと、あの日の服を回収しようと思ってて」
「なんと! めいくんは有能なメイドなので、すでにクリーニングを済ませておりま~す!」
「え!?」
「お代はいいよ、おれが勝手にやったことだし。でも、めいくんはご褒美が欲しいな~」
ずっと握っていた俺の片手を解放するとすぐに、彼の大きな手は俺の頬を撫でた。蠱惑的な眼差しが、俺の内側を覗き込んでいる。
上手く発散できずに溜まっていた熱が歓喜している。身体はすでに彼に何かされることを望んでいた。吐息の一つも聞き漏らさないようにと聴覚はやけに鋭くなって、彼の言葉を待ちわびる。
しかし、彼は残念そうな表情を作って、俺からパッと手を離した。
「りっちゃんから、セックスするなってすっごい怒られたんだよね~。今日はベッドでって思ったのに、ざんね~ん……」
「そ、そうだね。そもそも見ず知らずの人とそういうことするの自体、間違ってることだし……」
それは彼に言った言葉なのか、自分への言った言葉なのか判断が付かなかった。めいくんの言葉にガッカリしている自分が憎くてしょうがない。彼に出会ってから、身体も思考も、確実におかしくなっている。
「だから、セックスはしちゃだめだけど、キスなら許されるよね! ご主人クン、ご褒美のキスが欲しいな~」
絶対に彼の言っていることは間違っている、でもそれに気付かないふりをして乗っかってしまいたかった。溶けた垂れ目が俺の唇を捕らえている。身体は視線に操られるように、彼の形の良い唇に自身のそれを重ねてしまっていた。
「よしじゃないと思うけど……」
また俺の横が定位置といった風に彼は腰を落とした。
「お帰りなさいませ、ご主人クン。今日は何をしよっか」
あざとく首を傾げて俺に問いかける。ふわふわとした赤茶色は申し訳程度のツインテールにしており、その動作に合わせてピンクのリボンと共に揺れた。俺よりも身長のある男性だというのに、やはりこういったものがよく似合っている。
どうしてこうも、彼のことを可愛いと思ってしまうのだろう。自分の性癖が変な方向に捻れていくのを止めたいのに、彼を目の前にすると加速していく気配さえある。
めいくんは俺の視線に気付いて、ご機嫌そうに身体を揺らした。
「ご主人クンはこういうのがお好きなのね~。りっちゃんにやってもらって正解だったな~」
りっちゃん。確か、あの暴れていた黒いメイドの名前だったはずだ。そう考えて、先ほどの会話への疑問を口にした。
「さっき、オーナー権限がどうとか、昇給がどうとか話していたけど、あれって何?」
「いい質問だね~。じゃあ今日はご主人クンといっぱいお話する日! うんうん、ご主人クンはおれのこと知りたいんだね~」
なにか都合の良いように解釈されている。
「おれがね、ここのオーナーなの。ご主人クンのためにこのテナント買ったんだ~」
「オーナー……!? か、買った……!?」
「メイド長のりっちゃんはおれの高校の先輩で、店長のお~くんはりっちゃんのお友達。二人ともメイドカフェが好きだから、お店のほとんどは二人が考えてくれてるよ~」
そう言ってから立ち上がり、綺麗に一回転する。ピンクのメイド服は空気を含んで穏やかに膨らんだ。メイド長の彼とは違い下には隠すようなものも穿いていないようで、黒のボクサーパンツが一瞬だけ姿を現す。
「ご主人クンのえっち」
恥ずかしそうな素振りだけとって、めいくんは俺を叱る。
「えっ、ええ……」
俺の反応を見て満足したようで、定位置に戻ってくる。
「この衣装とか、内装とかも二人が考えてるよ。この部屋のベースも二人がVIPルーム想定で作り上げたところをおれとご主人クンのための仮眠室に変更させたから、すっごく怒られたな~」
そりゃあ怒られるだろ、と思う。それに、話を聞いてりっちゃんさんがあんなにキレていたのも理解できた。いつかきちんと謝らなければならない。
「そうそう。居抜き物件の名残で、この部屋だけ防音仕様になってるんだよね。だから、どれだけ喘いでも、本当は大丈夫なので~す。まあ、この間は鍵を掛けてなかったんだけどね~」
「!?」
「あと、ご主人クンを連れてきた癸はおれの大学の同級生であり、今年から後輩になりました。朝起きれなくて留年したんだけど、それが理由で親からの支援を打ち切られてね~。丁度いいからおれが雇ってあげてるってわけ。あいつ、昇給に必死だけど、ご主人クンが不快だと思ったらすぐに解雇するから言ってね~」
こんな感じでご主人クンの疑問は解消できたかな~、とめいくんは軽く言った。
簡単に飲み込める情報量じゃない。目の前にいる彼は、俺より年下の大学生で、恐らく俺より金があって、俺のために人間をかき集めてメイドカフェを開いている。俺はめいくんのことを金曜日に初めて知ったのに、あっちは一方的に俺を知っている。名前も住所もすべて知っているのだ。
土日に何度か自分の記憶を探った。妹と同い年だからその関係かと最初は考えたが、実家の方で妹の男友達に遭遇したこともないし、本人からもそんな名前の人は知らないと言われてしまった。俺の出身大学とは全く違うから、年齢が離れているのもあって接点はまずない。
何故このメイドが俺に固執しているのか、まったく分からずにいる。
めいくんは笑顔を崩さずに、今度はおれの番ね、と宣言した。
「なにからにするか、すごく悩むな~。う~ん、ご主人クンってお酒とか飲まないの?」
思ったより雑談に近い質問で拍子抜けしてしまう。
それはそれとして、お酒関連はあまり聞かれたくない質問でもあった。
「……なんでお酒?」
「今はアルコール関係の提供はしてないんだけど、ご主人クンが飲むの好きならメニューに加えようかと思って。優しいでしょ~」
褒めろ、と顔に書いてある。俺は棒読みになりながらも嬉しいなーと望みに応えれば、したり顔で申し訳程度のツインテールを揺らした。また可愛いと思ってしまって、自分の思考を遮るように彼の質問に答える。
「アルコールは、苦手かな」
「どうして~?」
「えー……」
「おれ、ご主人クンが嫌なことはしたくないから。専属メイドとして頑張りたいの。ね、教えて、有クン」
唇が触れそうなほど近くまで距離を詰めて、彼は言った。俺の手を両手でぎゅっと握りこんで、駄目押しとばかりに名前を呼ばれる。そうされると、自分の性分から彼の願いに答えてあげたくなる。そもそもこの店は彼のものだし、答えないと解放されないだろうから、と自分用の言い訳を準備して、彼の垂れた双眼と向き合った。
「直近の飲み会で失敗してから飲むのが怖いんだよね。人に迷惑かけちゃって……」
「へ~、どんなことしたの?」
「あー、その、……笑わない?」
「ご主人クンに忠実なメイドだよ、笑うわけないじゃ~ん」
「一回目は去年の年末なんだけど、知らない人に介抱してもらったのに弟と勘違いしちゃって……。全部は覚えてないんだけど、家まで送ってもらったのに、兄ぶった態度をとって本当に失礼なことをしたというか……。二回目は今年の年度末の飲み会で、先輩の話を聞くに、知らない人を弟だって言って声掛けてそのまま連れて帰ってもらったらしくて……。断片的にしか覚えてなくて怖いから、もうお酒を飲むのはやめようと思ったんだよね」
「ふ~ん……」
笑いはされなかったものの、めいくんは先ほどとは一変して表情から感情が読めない。呆れてしまったのかもしれない。
どちらの飲み会も、俺が部署内で一番年下というのもあって限界を越えるくらいに飲まされたのだ。不幸中の幸いで吐いたりはしなかったらしい。失敗談でよく聞く記憶喪失はこういうのもなのだと、心の底から理解させられた。
二回目の時は本当に消えてしまいたくなった。出社してすぐに、弟くん格好良いねなんて言われて、そこでその惨事を知ったのだ。事情を理解した先輩が部署内でその話を広めたものだから、次の飲み会もこっそりソフトドリンクとアルコールを入れ替えられるに決まっている。
俺にはめいくんと同い年の妹と、更に二個下の弟がいる。二人とも俺が兄なのが勿体ないくらいにいい子達で、子どもの頃は共働きの両親の代わりに二人の面倒をみさせてもらっていた。アルコールはその人の本性を暴くという。大学進学を機に一人暮らしを始めて以来あまり会えていないのもあって、知らない人に対してそういう態度を取ってしまったのだと思うと本当に恥ずかしい。
めいくんのことを可愛いと思うのも、兄心が擽られてしまっているからなのかもしれない。
「変な人じゃなくてよかったね~、ご主人クンの家に上がったんでしょ、その人」
「仮に何かあっても俺が悪いからね……。でも、酔っぱらいが変な絡み方をしたのに助けてくれたわけだし、別に悪い人じゃなかったんだと思うよ。お礼を言えないのが残念だけど」
「ふ~ん」
先ほどと同じ返事ではあるが、表情は柔らかくなっている。そんなに面白い話でもないだろうに。
「じゃあ、アルコール提供は一旦保留にしようかな~。あ、でも、おれの前ではいっぱい飲んでいいからね。めいくんが精一杯介抱してあげる」
「ありがとう、めいくん」
暇をしていた俺の手が、無意識に彼の赤茶色を撫でた。想像しているよりも手の通りがなめらかで、心地が良い。目の前の彼は珍しく黙り込んで、顔を赤らめながら俺の動作を受け入れていた。
……待って、俺は何をしている?
慌てて手を離すと、彼はもの寂しそうに眉を下げた。
「ご主人クン、もうやめるの……?」
「いや、ええっと、本当に、その、ごめんなさい! さっきそういう話したばっかりなのに、本当に俺は……」
「めいくんはすごく嬉しかったけどな~」
輝かしい双眼がもっとしろと訴えかけているが、今は見なかったことにする。幼い頃の弟を重ねてしまいそうで勢いよく顔を逸らせば、今日の本題が部屋の隅に置かれていることに気付いた。
そうだ、今日はめいくんと雑談をしに来たわけではない。
覚悟を決めて、もう一度彼と向き合う。
「あー、その、この間は送ってくれて? ありがとう。……着替えさせてくれてたよね」
「めいくんはご主人クンのメイドなので、それくらい当然で~す」
「オムライスもすごく美味しかったよ」
「ご主人クンへの愛情をたっぷり込めて作ったからね~」
「今日はお礼を言いに来たのと、あの日の服を回収しようと思ってて」
「なんと! めいくんは有能なメイドなので、すでにクリーニングを済ませておりま~す!」
「え!?」
「お代はいいよ、おれが勝手にやったことだし。でも、めいくんはご褒美が欲しいな~」
ずっと握っていた俺の片手を解放するとすぐに、彼の大きな手は俺の頬を撫でた。蠱惑的な眼差しが、俺の内側を覗き込んでいる。
上手く発散できずに溜まっていた熱が歓喜している。身体はすでに彼に何かされることを望んでいた。吐息の一つも聞き漏らさないようにと聴覚はやけに鋭くなって、彼の言葉を待ちわびる。
しかし、彼は残念そうな表情を作って、俺からパッと手を離した。
「りっちゃんから、セックスするなってすっごい怒られたんだよね~。今日はベッドでって思ったのに、ざんね~ん……」
「そ、そうだね。そもそも見ず知らずの人とそういうことするの自体、間違ってることだし……」
それは彼に言った言葉なのか、自分への言った言葉なのか判断が付かなかった。めいくんの言葉にガッカリしている自分が憎くてしょうがない。彼に出会ってから、身体も思考も、確実におかしくなっている。
「だから、セックスはしちゃだめだけど、キスなら許されるよね! ご主人クン、ご褒美のキスが欲しいな~」
絶対に彼の言っていることは間違っている、でもそれに気付かないふりをして乗っかってしまいたかった。溶けた垂れ目が俺の唇を捕らえている。身体は視線に操られるように、彼の形の良い唇に自身のそれを重ねてしまっていた。
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