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ポイントカードは逢瀬の証 3

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 訪れるであろう口内への暴力に構えるも、それらは触れ合うだけでめいくんは何もしてこない。期待していた自分が恥ずかしい。冷静になろうと顔を離そうとするも、めいくんに後頭部を掴まれ体勢を固定されてしまった。
 羞恥心に耐えながら、彼の瞳を見る。長い睫毛に縁取られたそれは、やけに挑発的だ。めいくんは俺が望んでいたことも分かった上で、やらずにいる。
 彼と密着していると身体は我慢できずになっていた。熱の行き先を求めて、舌を伸ばし彼に触れる。慣れない行為に舌はぎこちない動きになってしまう。
 あの肉厚な舌で俺のすべてを暴いて欲しい。
 浅ましい思いをぶつけるように彼に媚びた。絡めたり、上顎を撫で上げたり、俺もめいくんの身体に腕を回したりして、必死に彼にアピールをする。
 突如、後頭部に力が籠もったと思うと同時に、めいくんは俺の舌を甘噛みした。それを合図に、執拗に肉厚な舌がこちらにじゃれつく。俺も彼に応じるように舌先に絡めた。腹部の奥がふつふつと悪い熱を燃やし始める。
 ずっとこうしていたような、一瞬のような出来事だった。めいくんの顔が離れたものの、銀の糸が行為をねだるように俺達を繋ぎ続けた。

「ご褒美のキス嬉しい、やった~。おれのご主人クンはキスも上手だね~。あはは、物欲しそうな顔してる、どっちが強請ってるんだか分からないじゃん。でも、セックスはしちゃだめなの、ごめんね~」

 言葉には申し訳なさの欠片もない。むしろ何か企んでいる雰囲気がある。

「しょうがないな~。ご主人クンも辛そうだし、めいくんがご奉仕してあげる。特別サービスだよ、嬉しいね~」

 よいしょ、とかけ声を上げて、彼は俺の後ろに回り込んだ。足を絡めて固定すると同時に肩に顎を乗っける。

「ご主人クン、おれのためにえっちな身体になろうね~」

 彼の白い指先が、胸元を探るように触れた。初めて人に触れられる場所なのに、身体はしっかりと反応している。
 布越しに胸の突起を弾くように上下した。彼の指が通る度に快楽が強弱つけて与えられ、その強さに合わせるような嬌声が唇から漏れ出る。次第に突起物に触れないように、外側だけを優しく撫でるように動き始める。物足りなさで、頭がおかしくなりそうだった。

「め、めいくん……、っんぅ……」
「なあに、ご主人クン? って、おれの指使ってまたオナニー始めた! も~、本当に目が離せないんだから! 勝手に始める悪いご主人クンには、何もしてあげませ~ん」

 無意識に身体を捩らせていたのを咎め、俺を責めていた腕が腹部に巻き付いた。

「びっくりするほど快楽に弱いよね、ご主人クンって。もしかして誰かに仕込まれてる? ねえ答えて」
「めいくんだけだよ、恋人もいたことないしいっ……!?」

 首筋に鋭い痛みが走る。じわじわとその痛みは大きくなっていく。彼にマーキングされているのだと、本能的に分かった。

「知らない人を弟扱いしちゃう不用心なご主人クンだから、おれすっごく心配になっちゃった。そっか、おれだけか~。じゃあこの間のフェラでご主人クンの童貞も奪っちゃったんだ、やった~。もしも嘘だったら絶対に許さないからね」
「嘘じゃな、いぃっ!」

 あの肉厚な舌が執拗に傷口をなぶった。首筋を焼くような熱の中にチリチリとした痛みがやってくる。様々な感覚に脳が殴られて、思考能力が著しく落ちていく。
 めいくんは俺を試すように、乳首への刺激を再開した。痛覚の苦しみから逃れたいと思えば思うほど、快楽が遠のいてしまう。穏やかな快楽が続いた後、じわじわと指は中心へと近付いていく。再び彼の指が胸の飾りに触れた時、ようやく痛みから解放されたように感じた。しつこく何度も指で遊ばれて、甘い声が止まらない。

「んぁっ、そこ、いいっ……!」

 痛みはいつしか快楽のアクセントのようになっていた。ただ、快楽が増していっても、高ぶった熱の放出までは至れない。

「ずっとつづくの、いやだぁっ。あ、ぁんっ……」
「よわよわだね~、イけなくてつらいね~。この間みたいに挿入れてあげること出来ないんだよね、どうしよっか」

 ずっとこの刺激が続くのだろうか? 気持ちが良いのに、絶頂にまで至れないこれが? それだけは、どうしても嫌だ。

「めい、くっ……! たすけれぇ……」
「自分から命令出来るようになって偉いね~。でもりっちゃんにセックス禁止令だされてるからな~」

 残念だな~、と演技がかったように言う。それから、耳元に悪い提案を囁きかけた。

「有クン、兜合わせしよっか。大丈夫、挿入しなければセックスじゃないよ」

 自分で触った時は至れなかったけれど、めいくんなら俺を正しく絶頂に導いてくれるという確信が何故かあった。なりふり構わずにその言葉に乗っかる。

「っする!」
「快楽に従順で可愛いね~。じゃあ、こっち向こっか」

 足の拘束は外れたが、身体は思うように動かない。手がかかるな~と俺に文句を言いながら身体を持ち上げたが、内容の割に声色は嬉しそうだった。

「ご主人クン、上手く脱げるかな~? だめだね、今日ぐずぐずすぎるでしょ。しょうがない、おれはご主人クンのおちんぽメイドですので、脱がしてあげましょ~」

 彼の大きな手はベルトを緩めた後、チャックに手を掛けた。そのちょっとした刺激も、チャックの細かな振動も、今は自分を苦しめる快楽となっていた。
 陰茎は待ちきれずに、パンツにシミを作っていた。めいくんはからかうようにぐりぐりと濡れた場所を刺激する。

「あぁっ、イ、イくっぅ……?」
「可愛くてつい遊んじゃった、まだイっちゃだめだよ」

 あと少しのところで刺激は止められて、陰茎が外に顔を出した。
 めいくんもスカートをめくり上げ、黒のボクサーパンツを降ろす。先日、何度も俺の内側を犯した凶暴な存在はすでに熱で持ち上がっていた。
 亀頭同士がキスをする。俺の先走りが彼の陰茎を汚した。

「ご主人クン、握って」

 彼に誘われて、俺は両手で二本を包み込む。高ぶりに手の平が火傷してしまいそうだった。
 ゆっくりと手の律動を開始する。彼の自身は体格相応に大きく、目が離せないほどにグロテスクだ。指にどくどくと脈打つのを感じると、後孔がそわそわしてしまう。以前教えられた強い快楽のスイッチがこれに殴られたいと、腹部の奥で強請っていた。

「そう、上手上手。ご主人クンのお手手が必死で気持ちい~。おれもご奉仕してあげないとね~」

 めいくんは俺のシャツのボタンを外していく。胸元に余裕が出来ると、手を突っ込んで俺の乳首をぎゅっと潰した。

「っぁああああ~!」
「イっちゃったね~。でもおれがまだなんだから、手を止めちゃだめでしょ」
「んぅ、わかっ、……っぁ、できな、いぃ!?」

 俺の精液が潤滑油になって、先ほどよりも動かすのが楽になった分刺激も強くなる。何も考えずに彼の言葉に従って、行きすぎた快楽が身体を駆け抜けた。再び手を止めると、また乳首を押しつぶされて、精液が行儀悪く飛んだ。

「弱すぎるのも難しいな~。今日はこれで終わりにするけど、次は乳首だけでイけるように頑張ろうね」

 めいくんは胸元から手を引いて、上から重ねるように大きな手で包み込んだ。もう十分なのに、止めることの出来ない快楽が俺を襲う。喘ぐ合間に必死に呼吸をする、情けない状態になっていた。

「有クン、大好き」
「めいくっ、あああぁ!? いたぃっ!?」

 また首筋に噛みつかれて、喘ぎ声とも叫び声ともつかない音が出る。歯が立てられ、彼のマーキングが一層深まるのをその痛みで感じていた。痛いのに、気持ちが良い。脳が矛盾した感覚を覚えようとしている。よくないことなのに、それをいいと思っている自分がいる。
 快楽に脳を犯されながら、ろくに回らない思考はついにいらないことを口にした。

「かわいぃね、めいくん」

 指の中の質量が大きくなった。それと共に動きは絶頂に向けてスパートが掛かる。めいくんが牙を立てる強さも徐々に強くなり、グッと肉に食い込んだところで彼も果てた。
 傷口を慰めるように舐められる。手に籠もった力も少しずつ弱くなっていった。名残惜しそうに舐め上げた後、彼は俺と向き合おうとして、顔を逸らした。こちらに向いたピアスを着飾る耳元は、赤く染まっている。

「めいくん、照れてる?」

 返事はなかった。
 めいくんは申し訳程度のツインテールをぴょこぴょこと揺らして、ようやくこちらを見た。顔はやはり赤く、視線は落ち着きがない。

「照れてるおれも可愛いからね~!」

 この動作ですら彼なりの照れ隠しらしかった。また頭を撫でたくなって、慌てて手を引っ込める。流石にこの手で触れるのはマズい。
 ドンドンドン!
 扉が強く叩かれる。
 ……何で俺はこうも流されてしまうのだろう! もう営業開始してるはずだ!

「うわ、りっちゃんがまた怒ってる。早く出てこいだって~。でもおれにはご主人クンがいるから嫌で~すって返しとくね」

 メイド服からスマホを取り出した彼は、その内容を確認して笑っている。ほら、と差し出された画面には、金持ちクズ覚えてろ、殺す、早く出てこい、など大量のメッセージが届いていた。

「いやいやいや、戻らないと! 俺も帰るから!」
「え~……」

 ごねてる。その姿は、幼い頃に宿題を嫌がっていた弟に似ていた。

「めいくんがメイドカフェで給仕しているところも見てみたいけどな、なんて」
「え~」
「この間のオムライスも美味しかったし、めいくんはすごいメイドなんだろうなー」
「そうだよ~。な~んだ、ご主人クンってばおれの活躍する姿が見たかったのね。じゃあ、着替えたら一緒にあっちに戻ろっか」

 着替えたら、その言葉に慌てて下を向く。俺のスラックスも、めいくんのメイド服も精液で白く汚れていた。

「……これがバレたらまた怒られるのでは?」

 返事をするようにまた扉が叩かれた。

「そろそろりっちゃんが本気で刺しに来るかもね~。きゃ~、こわ~い。ご主人クン守って~!」
「守る、守るから! ほら、着替えよう!」

 彼を押し退けて、ベッドから降りる。部屋にあったウェットティッシュで手を拭いた後、取りに来たはずの服に着替えて、鞄の中からエコバッグを……、鞄がない! そうだ、めいくんに担がれてここに来たのだから、鞄はホールに置きっぱなしだ!
 振り向くと、着替え途中のめいくんがにんまりと笑っている。

「鞄は癸が預かってるって~。ご主人クン、おれを置いて帰ったりしないよね……?」

 完全に分かってやってる。絶対にわざと鞄を置いてきたのだろう。……やっぱり可愛いとか、弟に似ているとか、そう思う相手じゃない。次はもう来ない、絶対に来ない。
 俺は力なく頷く。

「今日もめいくんスペシャル作ってあげるからね~。楽しみにしててね、ご主人クン!」

 めいくんは鼻歌交じりに着替えを再開した。とは言っても後はエプロンを着るだけだ。姿見の前で背中に大きなリボンを作って、髪を整え、その場で一回りする。

「どう、似合ってる? おれ可愛い?」

 ピンクのメイド服はやはり彼に似合っていた。今日で最後、と何度も胸の中で唱えて、彼に言葉を掛ける。

「よく似合ってるよ、可愛いと思う。俺だったら絶対似合わないと思うからすごい」
「まあね~、おれはメイド服似合うからね~。ご主人クンよりも似合う自信しかないし」

 まだ出会って二度目だけれど、俺を上げることをしないのはめいくんらしいと思う。やはり主従関係のパワーバランスは、彼の方が優位にありそうだ。

「じゃあ、戻ろっか」

 正直、あんなことをしてホールに戻るのは本当に嫌だけれど、そうも言ってられない。
 めいくんに背中を押されて、半ば強引に扉の前に連れて行かれる。扉を開く瞬間に、彼は俺の耳元で脅すように囁いた。

「約束は絶対守ってね」

 あまりの声の低さに思わず息が詰まる。ばっと振り返れば、にこにこ笑顔のめいくんがいた。
 約束……? 何を指してるんだ?
 恐らくその答えであろうものが、真っ直ぐにこちらに飛んできた。

「あっくん! 遅い! 何してるの!」

 黒いメイド服を着たメイド長が扉が開くや否や、怒声を上げた。女性客がまばらにいるから殴りかかるのを我慢しているのが、彼の震える拳が示していた。
 彼の近くにいた女性客は、相変わらずねーと笑って流している。

「りっちゃん、怒らないでよ~。じゃあ、ご主人クンはあそこのカウンター席ね。あそこなら、おれが調理してるところが見えるから」
「う、うん……」

 めいくんにエスコートされる形で、カウンター席についた。りっちゃんさんに睨まれながらキッチンの方に消えていく。確かにこの位置からは調理風景がよく見えた。
 慣れた手つきでオムライスを作っている。ただ、キッチンの眼鏡の人がすごく困った顔をしているが……。時々こっちに手を振っては、眼鏡の人がビクッと肩を上げたりしている。りっちゃんさんにバレたら怒られそうなものだが、彼は先ほどの女性客の注文を取っていた。
 程なくしてオムライスは俺の前に運ばれてきた。合わせて野菜スムージーとケチャップも赤いギンガムチェックのお盆に乗せられている。

「めいくんスペシャルで~す。ご主人クン、ゼリー飲料だけはだめだよ~」
「ありがとう」

 そういえば、冷蔵庫の中身もバレているのだった。
 めいくんはケチャップを手に取り、器用に文字を書き始めた。黄色いキャンバスいっぱいに『次はシようね』というろくでもない言葉が現れる。仕上げとばかりに、その文字をハートで囲んだ。

「ちょ、ちょっと!? 何を書いて……!」
「最後の仕上げはおれの愛で~す。萌え~萌え~きゅん! ご主人クン、おれの愛を召し上がれ」

 素早くスプーンを取って、文字をかき消す。めいくんは不満そうだが、そんなの聞いていられない。
 不意に来店を知らせるチャイムが鳴った。やるか~と言って、めいくんはカウンター脇を通る。

「おれの頑張ってるところ、ちゃんと見ててね」

 言葉と共に頬に唇が落とされる。心臓がうるさいくらいに音を立てる。スプーンを持つ手が勝手に震えて、ついには皿の上に落としてしまった。ご機嫌そうなめいくんのお帰りなさいませ~が、やけに小さく聞こえる。
 めいくんは、俺にとってなんなのだろう。知り合いでもなければ、恋人でもない。一方的に流れを作られて、どういうわけ肉体関係だけを持っている。嫌いと言い切るには情が入ってしまっていて、好きというのはまた違うと理性が止めようとする。
 それと同時に、俺はめいくんにとって何なのだろう。何故、彼は俺のことを知っているのだろう。俺のどこに関心を持っているのだろう。
 彼のことを俺は何も知らない。
 気持ちを切り替えるように、オムライスを頬張る。相変わらず美味しくて複雑な気持ちになった。


 その後も暇になるとめいくんは絡みに来たり、その都度りっちゃんさんに怒られたりしながら、なんだかんだ俺も閉店まで居座ってしまった。帰りは送る! と言っていたものの、閉店と同時に呼び捨てで怒鳴り始めたりっちゃんさんに止められて、一人での帰宅に成功した。

「ポイントカード貸して~」

 彼のすごいところは、そのりっちゃんさんの怒声を聞き流しながら俺のカードにスタンプを押し始めたところだ。彼の善意で作ったということで、俺は無銭飲食となったのに。しかも、水色のメイドが鞄を持っていたこともあり、スタンプを押すまでは返さない、と言われてしまった。それで更に彼の怒りも増していた。

「おれ達が逢う度に貯まるから、逢瀬の証だね」

 一枚の紙でしかないはずなのに、その言葉で一気に重みが増した。
 ポイントカードの重さから鞄を引きずるように持って、一人帰路を進む。次は絶対に行かない、行かないから……、でも流石にりっちゃんさんには菓子折りを持って謝りには行こう。いつ行こうか。早い時間に行くと迷惑になると理解したから、次はラストオーダーの少し前くらいにしよう。
 そう思うと、鞄が軽くなったように感じた。なんだかんだ楽しみにし始めている自分が憎くてしょうがなかった。
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