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第六章 家族と暮らす
81 緋色の未来のために 朱実
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「お義父さま。こんなにのんびりしていらして、大丈夫なのですか?」
寝室で朱音に授乳していた赤璃が顔を出し、驚きの声を上げた。居室での礼は不要、と父は常に述べている。赤璃はいつでも休める格好のまま、気負いもせずに私の隣に腰を下ろした。
私は、先ほどの父の言葉をぐるぐると頭の中で回している。
私は、どのような着地を考えていたのか……。
「朱音は?」
「お腹がふくれて、寝てしまいましたわ」
「そうかそうか。顔を見ても良いかな?」
「ええ、もちろんです」
相好を崩した父が、いそいそと立ち上がる。赤璃もまた、案内のために立ち上がった。
何となく共に立ち上がって、その後を付いていく。
赤ん坊用のベッドで、どこかふてくされたような顔で眠る朱音を父がにこにこ、にこにこと見つめる。赤璃はそんな父を笑って見ていた。
「緋色は、戦場でおかしくなってしまった」
ああ。頬が痛い。
口をあまり開けずに話す声は、自分でも聞き取りにくかった。
「壊れた戦闘人形を持ち帰ってきて、必死になおそうとしている。戦闘人形が目を開けない間、付きっきりでほとんど寝ていないから、緋色の体調が心配なほどだ、と報告が上がる度に、戦場へと送り出したことを後悔した」
いつの間にか父が、真剣な顔で私を見ていた。
「私は、失敗したのだと悟った。戦地は、大切な緋色がおかしくなるような場所だった」
あれを、緋色が大切に大切にするほど、私の後悔は深まっていった。すぐに壊れてなくなると思った戦闘人形は、周囲の懸命の手当てで修復し、日ごとに緋色との仲を深めていく。止めると思っていた常陸丸まですっかりと丸め込まれている様子を淡々と知らせる報告書は、私が失敗したのは間違いないと伝えてくるかのようだった。
戦争は終わった。
緋色の手柄で。
英雄として、広く称えられ始めた弟が狂ってしまったことを知られてはならない。戦争へ行く前の緋色を取り戻すにはどうするか。
「戦闘人形がいなければ……。いなければ緋色は……。けれど、排除できなかった。その存在が知れ渡った今となっては、あれがいなくなった後にせめて、伴侶であった証拠などが残らないようにして、綺麗な戸籍のまま新しい伴侶を迎えられるように、と」
口に出してみると、何もおかしなことは無いように思えた。
戦場で狂った緋色が正気に戻る日を待ち、その日の後に、なるべく瑕疵の無いようにと思っただけ。それだけのことだ。
「お前が握りつぶしたのは、私も認めた書類であったのだがな」
「それについては、誠に申し訳なく……」
素直に頭を下げると、父の溜め息が降ってきた。
「朱実。本心から思っておらぬことで謝罪を口にしても、相手には届かぬのだ」
「は?」
「分からぬか……」
「いえ。私は本当にこの度のことは、陛下に申し訳なく思っております」
「そうか」
父は、謁見室で見せる顔で私を見て頷いた。
寝室で朱音に授乳していた赤璃が顔を出し、驚きの声を上げた。居室での礼は不要、と父は常に述べている。赤璃はいつでも休める格好のまま、気負いもせずに私の隣に腰を下ろした。
私は、先ほどの父の言葉をぐるぐると頭の中で回している。
私は、どのような着地を考えていたのか……。
「朱音は?」
「お腹がふくれて、寝てしまいましたわ」
「そうかそうか。顔を見ても良いかな?」
「ええ、もちろんです」
相好を崩した父が、いそいそと立ち上がる。赤璃もまた、案内のために立ち上がった。
何となく共に立ち上がって、その後を付いていく。
赤ん坊用のベッドで、どこかふてくされたような顔で眠る朱音を父がにこにこ、にこにこと見つめる。赤璃はそんな父を笑って見ていた。
「緋色は、戦場でおかしくなってしまった」
ああ。頬が痛い。
口をあまり開けずに話す声は、自分でも聞き取りにくかった。
「壊れた戦闘人形を持ち帰ってきて、必死になおそうとしている。戦闘人形が目を開けない間、付きっきりでほとんど寝ていないから、緋色の体調が心配なほどだ、と報告が上がる度に、戦場へと送り出したことを後悔した」
いつの間にか父が、真剣な顔で私を見ていた。
「私は、失敗したのだと悟った。戦地は、大切な緋色がおかしくなるような場所だった」
あれを、緋色が大切に大切にするほど、私の後悔は深まっていった。すぐに壊れてなくなると思った戦闘人形は、周囲の懸命の手当てで修復し、日ごとに緋色との仲を深めていく。止めると思っていた常陸丸まですっかりと丸め込まれている様子を淡々と知らせる報告書は、私が失敗したのは間違いないと伝えてくるかのようだった。
戦争は終わった。
緋色の手柄で。
英雄として、広く称えられ始めた弟が狂ってしまったことを知られてはならない。戦争へ行く前の緋色を取り戻すにはどうするか。
「戦闘人形がいなければ……。いなければ緋色は……。けれど、排除できなかった。その存在が知れ渡った今となっては、あれがいなくなった後にせめて、伴侶であった証拠などが残らないようにして、綺麗な戸籍のまま新しい伴侶を迎えられるように、と」
口に出してみると、何もおかしなことは無いように思えた。
戦場で狂った緋色が正気に戻る日を待ち、その日の後に、なるべく瑕疵の無いようにと思っただけ。それだけのことだ。
「お前が握りつぶしたのは、私も認めた書類であったのだがな」
「それについては、誠に申し訳なく……」
素直に頭を下げると、父の溜め息が降ってきた。
「朱実。本心から思っておらぬことで謝罪を口にしても、相手には届かぬのだ」
「は?」
「分からぬか……」
「いえ。私は本当にこの度のことは、陛下に申し訳なく思っております」
「そうか」
父は、謁見室で見せる顔で私を見て頷いた。
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