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第六章 家族と暮らす
80 弟の手加減 朱実
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「ずいぶんと酷く腫れたな……」
緋色に頬を殴られた翌日の朝、父が居室へと訪ねてきた。私の顔を見て一言呟いた後、呆然としている。鏡を見ていないので自分では分からないが、よほど酷い見た目なのだろう。赤璃も、こちらを向く度に驚いた顔をしていた。傷の上に冷やすための湿布を貼っていてもそうなのだから、手加減した、と言っていた緋色に、本当かと問い質したいくらいだ。
まあ、本当なのだろうな……。
実際見たことがあるわけではないが、泉門院家の道場では、得物無しで割られたり折られたりした木の板や棒がゴロゴロと転がっているらしい。私が身に付けたような護身術とは次元の違う武術を、緋色は、遊びの感覚で身に付けているのだろう。
その上、戦場で、訓練ではない本気の命のやり取りを経験して実践してきた。日々の鍛練を怠っていないことはもちろん知っている。
あれが本気で殴ったら、こうして座っていられたかも分からない。そうだ。あれは、緋色は兵士だ。私が、兵士にしてしまった。兵士たちが本気を出すというのは、相手の命を奪うことを意味する。私は、頬が腫れた程度で日常生活を送れているのだから、確かに手加減されているのだ。
「昨日の昼に緋色と話したが、離宮に逃げられてしまったよ」
頬が腫れている所為で片目はほとんど開いておらず、口を開くのも痛いから、話すことも辛い。ただ黙って父の顔を見ていると、淡々と話し始めた。
「喧嘩できるのならまだ気持ちはあるのかと思っていたが、そういうわけではなかったようだ……」
昨日は、昼間から妻と子どもと寝室に籠ってベッドで怠惰に過ごした。本当に何もせずに一日を過ごしたなどと、自分の人生にあっただろうか。
人はこんなにも寝られるのか、と思うほど、昼間も寝ていたのに夜もぐっすり眠ることができ、気分は悪くなかった。不様に腫れ上がった頬は、痛み止めを飲んでもずきずきと痛くて熱を持ち、体調は最悪であるが。
報告書の類を見かけていないから、父の話す昨日の昼の緋色との会話が全く分からない。大抵は、父が話すだろうことは先に報告を受けて知っていることが多いので、問答が頭のなかにある。こう話すならこう返そう、こうくるならこうしよう。始まる前から会話は頭にあるのだ。
今のように何も知らない状態で話を聞くと、なんと返していいのかがさっぱり浮かんでこない。口を開くと痛みがあるから何気ない言葉を吐く気にもなれず、やはりただ、黙っていた。
「お前のなかでは、この度のことはどのような着地を迎える予定だったのだ?」
父の言葉に、思わず目を見開く。
どのような、着地?
この度のこと……。
思考は、ぐるぐると回ってまとまらない。
呆然と口を開かない私を、それでも父は待っていた。
緋色に頬を殴られた翌日の朝、父が居室へと訪ねてきた。私の顔を見て一言呟いた後、呆然としている。鏡を見ていないので自分では分からないが、よほど酷い見た目なのだろう。赤璃も、こちらを向く度に驚いた顔をしていた。傷の上に冷やすための湿布を貼っていてもそうなのだから、手加減した、と言っていた緋色に、本当かと問い質したいくらいだ。
まあ、本当なのだろうな……。
実際見たことがあるわけではないが、泉門院家の道場では、得物無しで割られたり折られたりした木の板や棒がゴロゴロと転がっているらしい。私が身に付けたような護身術とは次元の違う武術を、緋色は、遊びの感覚で身に付けているのだろう。
その上、戦場で、訓練ではない本気の命のやり取りを経験して実践してきた。日々の鍛練を怠っていないことはもちろん知っている。
あれが本気で殴ったら、こうして座っていられたかも分からない。そうだ。あれは、緋色は兵士だ。私が、兵士にしてしまった。兵士たちが本気を出すというのは、相手の命を奪うことを意味する。私は、頬が腫れた程度で日常生活を送れているのだから、確かに手加減されているのだ。
「昨日の昼に緋色と話したが、離宮に逃げられてしまったよ」
頬が腫れている所為で片目はほとんど開いておらず、口を開くのも痛いから、話すことも辛い。ただ黙って父の顔を見ていると、淡々と話し始めた。
「喧嘩できるのならまだ気持ちはあるのかと思っていたが、そういうわけではなかったようだ……」
昨日は、昼間から妻と子どもと寝室に籠ってベッドで怠惰に過ごした。本当に何もせずに一日を過ごしたなどと、自分の人生にあっただろうか。
人はこんなにも寝られるのか、と思うほど、昼間も寝ていたのに夜もぐっすり眠ることができ、気分は悪くなかった。不様に腫れ上がった頬は、痛み止めを飲んでもずきずきと痛くて熱を持ち、体調は最悪であるが。
報告書の類を見かけていないから、父の話す昨日の昼の緋色との会話が全く分からない。大抵は、父が話すだろうことは先に報告を受けて知っていることが多いので、問答が頭のなかにある。こう話すならこう返そう、こうくるならこうしよう。始まる前から会話は頭にあるのだ。
今のように何も知らない状態で話を聞くと、なんと返していいのかがさっぱり浮かんでこない。口を開くと痛みがあるから何気ない言葉を吐く気にもなれず、やはりただ、黙っていた。
「お前のなかでは、この度のことはどのような着地を迎える予定だったのだ?」
父の言葉に、思わず目を見開く。
どのような、着地?
この度のこと……。
思考は、ぐるぐると回ってまとまらない。
呆然と口を開かない私を、それでも父は待っていた。
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