【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
599 / 1,321
第六章 家族と暮らす

34 俺は連休なので  力丸

しおりを挟む
「良かったあ。殿下の車あったから、まだ出掛けてない。早く出た甲斐があったな」

 如何にも高級な宿を見上げてほっとする。駐車場に、殿下の車があった。これで合流できる。

「え?え?連絡してあるんじゃないんですか?お仕事て……」
「あははは。もちろん、仕事だよー」

 戸惑う三郎さぶろうの手を引いて、宿へと歩く。まあほら、お前は仕事だろ?緋色ひいろ殿下に渡して署名とご意見をもらってきてください、なんてさいさんに言われた書類を、何枚も持ってきてるんだから。
 宿の周辺には、皇子殿下ご滞在の宿、と書かれた旗が立っている。ずいぶん流行っていそうだなあ。高いのに。

「失礼します」

 朝食の良い匂いが漂う宿の玄関を開けると、いらっしゃいませ、と上品な声が答えた。
 受付にいた若い着物姿の女の人が、俺を見て目を見開く。
 お、この反応。兄上は間違いなく滞在してるな。
 そっくりで驚いた?

「ご予約の方でしょうか?」

 それでも冷静に問いかけてきたのは、さすが高級宿の受付だ。予約してない客だってことも分かってるだろうに、やるなあ。

「いえ。予約はしていないんです。兄と義姉あねと合流したくて。泉門院せんもんいん力丸りきまると言います。こちらは九条くじょう三郎さぶろう

 にこり、と笑うと受付の人は少し赤くなった。三郎さぶろうが隣で、九条です、と頭を下げている。

「兄は泉門院せんもんいん常陸丸ひたちまると言います。緋色ひいろ殿下の名前で部屋を取っているかもしれませんが」
「あ、はい。その、少々お待ちください」

 うん。俺、兄上と顔が似てて良かった。話が早い。絶対血縁だって分かるもんなあ。この顔も、格好いいとか優しそうって言われるから気に入ってるし。

「あの。もしかして、ほんまに何にも連絡してないんですか?お仕事て、嘘?」
「ん?」

 三郎さぶろうに、繋いだままの手を引っ張られて、先ほど受付に向けた笑顔を向けてやれば、眉根に皺を寄せて考え込んでいる。お仕事、持ってきたんだろ?嘘じゃない、嘘じゃない。俺は、休みだけど。

「でも、さいさんがそんな嘘つくわけないし……」

 つくんだなあ、これが。
 俺、二日間休みだから殿下を追っかけて一緒に遊んで来るって夜に厨房で話してたら、たまたま聞いてたさいさんに、三郎さぶろうも連れてってくださいって頼まれたもん。
 一人で行くより楽しいし、もし殿下たちと合流できなくても二人で遊べるから、良かった!厨房には、二日間食事がいらない連絡のついでに村次むらつぐを誘いに行ったんだけど、壱臣いちおみさんいないから無理って言われたんだよなあ。残念。明日の朝にはすぐ出るし、確かに、いきなりは無理か。
 だから、三郎さぶろう連れてってと言われたら、俺は大歓迎!でもあいつ、決められた休みじゃない日に休んで遊びに行くとか、絶対しないだろ?
 そう言った俺に、任せて、と言ったさいさんは、殿下の署名がいるちっとも急ぎでない書類を、夜なのに何枚も手早くまとめて、三郎さぶろうを呼び出した。

「すみません、三郎さぶろう。急なのですが、これらの書類を緋色ひいろ殿下に届けて、署名とご意見をお伺いしてきてもらえますか?」
「え、あ、はい?いつ……?」
「明日の朝、力丸りきまる朱実あけみ殿下のご用命で緋色ひいろ殿下の元に参るそうです。共に行ってきてください」
「明日の朝……」
「ええ。急で申し訳ない。帰りはゆっくりで構いませんので。そうですね。明後日の夜までに戻ってきたらいいですよ」
「は、い……。でも、その、私は車の運転とかできなくて……。それに、殿下の居場所も……」
「大丈夫です。力丸りきまるが全部分かっているので、付いていけばよろしい」
「わ、分かりました」
「あ。殿下はお忍びなので、三郎さぶろうも服装は普段着でね?着替えと寝間着も持っていきなさい」
「は、あ……」

 さいさんは三郎さぶろうが首を傾げている間に畳み掛けて、最後に、にっこり笑って言った。

「明日は早いから、早く寝なさい。おやすみ」

 見事だったなあ。
 三郎さぶろう、六時半に出発な、と俺に言われて呆然と部屋に帰っていったもんな。
 今朝、早朝なのに見送りに出てきてくれたさいさんは、出張旅費だと言いながら三郎さぶろうにお小遣いを渡していた。
 これで懐も心配なし!いい給料もらってる俺が全部出してもいいけど、三郎さぶろう気にするもんな。
 旨いもん食って、遊んで帰ろうな。

 
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...