【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

136 壱臣の傷痕  緋色

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 控えの間に退出すると、後ろに付いてきた壱臣いちおみが体勢を崩すのが見えた。

「おっ……と。」

 抱き止めた体は、かたかた、かたかたと震えて力が入らない。顔色は白く、呼吸が浅くなっていく。

「す、すみ、すみませ……。はっ、はっ……。」
半助はんすけ!」

 呼ぶか呼ばないかのうちに現れた半助はんすけの隻腕に壱臣いちおみを渡す。礼を取ろうとするのを制し、背中を擦る。

「ゆっくり息を吐け。」
「あっ、あっ……。は、あぁぁ。」

 何とか意識して息を吐けば、自然と吸いこむ。何度か繰り返して、更にくったりと体の力が抜けた。まだ、震えている。

「運ぼうか?」

 常陸丸ひたちまるの申し出に半助はんすけが気色ばむ。
 馬鹿が……。
 お前の腕がもし無かったとして、この状態の乙羽おとわを他の人間に渡すのか?俺なら成人なるひとを決して渡さんぞ。

「とりあえず、座れ。」

 いくら壱臣いちおみが細くても、それなりの上背がある。片腕で支えるのにも限界があるだろう。
 注意しながら座り姿勢を取ったのを見て、ほっと息を吐く。

「ど、どうした、おみ?」
おみ?!」
「騒ぐな。ここはしばらく居ても大丈夫な場所か?」

 少し後から退出してきた壱鷹いちたか弐角にかくが慌てた声を高くしそうなのを制して、距離を置かせる。
 これは、見たことのある症状だ。確か、フラッシュバック……?
 何に症状のきっかけがあったかまだ分からないが、いつもと違う要因は取り除かなければ。

「この部屋は、今日のような謁見の控えとしてしか使用しないので、大丈夫です。」
「よし。今から吐くかもしれん。桶とタオルと、布団、座椅子も運ばせろ。飲み水も。」
「はっ。」

 弐角にかくが部屋を出ていく。使用人も、入れない方がいいな。

常陸丸ひたちまる利胤としたね成人なるひとの部屋に置いて、荘重むらしげを連れて来てくれ。」
「おう。りきは?」
「あれは、三郎さぶろうの側に置いておけ。三郎さぶろうにもさっきの話は聞かせた。あっちも怪しいぞ。」
「分かった。」

 半助ほんすけが、すぐに運ばれてきた座椅子にもたれて、震えの止まらない壱臣いちおみを支える。こちらの顔色まで真っ青だ。

半助はんすけ、落ち着け。嫌な思い出が現実に起こっているかのように感じられる症状だ。脳の誤作動らしい。お前が居るんだから、すぐ戻ってこられる。大丈夫だ。」
「はい……。」
「う、うぇ……。うっ。」

 予想通り嘔吐えづき始めた壱臣いちおみの口元に桶を差し出し、背中を擦る。

「出してしまえ。」
「殿下、私が……。」

 近付いてきた壱鷹いちたかを見て、壱臣いちおみの震えが酷くなった。

「離れていろ。症状の原因が分からん。」
「は、は……。」

 何とも所在無げな顔になるが、それどころではないからな。
 ひとしきり吐いて、ぐったりした壱臣いちおみは、半分意識を飛ばしたようで、ようやく震えが止まった。
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