【完結】人形と皇子

第四章 西からの迷い人

135 大人の時間 3 緋色

「この領地の管理は九鬼くきの血筋に任せてある。良く従い、民が安堵して暮らせるように協力せよ。九鬼くきに問題ありと思わば、皇家へ報告を。然るべく対処しよう。報告なしに九鬼くきを廃すとなれば、皇家への逆心ありとみなす。そのこと努々ゆめゆめ忘れるな。」
「はっ。」

　最後の仕上げとばかりに俺も口を開けば、頭を下げていた者たちが更に姿勢を低くした。
　だが、最も上座に座っていた一人がその姿勢のまま口を開く。

「恐れながら、一つお聞きしたいことがございます。」
「許す。面おもてを上げよ。」

　顔も見えないまま話されるのは好きじゃない。

「一二三ひふみさまは何処いずこにおわしますか？」
「一二三ひふみ？」

　すぐには誰のことか思い浮かばず呟けば、壱鷹いちたかがこちらを振り向いて頷いた。話を引き受けてくれるのだろう。

「八朔はっさく与市よいちの娘が生んだ子どもなら、帰ってきておらんようやな。」
「いいえ！いいえ、あの子は……。」
「黙れ！発言を許した覚えはない。」

　大人しく座っていた綾女あやめが声を上げかけ、壱鷹いちたかが鋭く制した。

「名代みょうだいを務められる方の中に一二三ひふみさまのお名前が無かったようですが、これ如何いかに？」
「九鬼くきの血を引かん者に九鬼くきの名代みょうだいは務まらへん。」
「一二三ひふみさまは、殿のお子では無いと？」
「そうやな。八朔はっさくの娘と夫婦生活をしたことが無いんやから、子など成せるはずがないな。」

　しん、と部屋の中は静まり返った。会話の間に頭を上げていた面々が、絶句し驚いた表情を壱鷹いちたかに向けている。

「ほな、一二三ひふみさまは……。」
「知らん。生んだ女に聞いてみたらどうや？……女、発言を許す。」

　黙れと言われて衝撃で絶句していた綾女あやめが、壱鷹いちたかをぎり、と睨み付けた。

「気持ちを交わした方とのお子に決まってます。あなたの子など死んでもいらん！」
「この馬鹿者が……！」

　八朔はっさくの中から絞り出すような声が響く。

「お前が生まなくてはならんかったのは、九鬼くきと八朔はっさくの血を引く男児やったんや。それを……！何でそんな簡単なことが分からんのや？！」
「お父様もお兄様も、当主の嫁にさえなればええて言うたくせに……。」
「嫁になって、旦那以外の者の子を生むとは思わへんやろ！」
「そんなん、ようけおるわ。」

　不穏な言葉に家臣たちは誰も口を挟めない。

「不毛な言い争いは、その辺でええか？」

　壱鷹いちたかの声が冷たく二人を止めた。その上で、家臣たちをぐるりと見渡す。

「そういう訳や。」

　その言葉に何かを返せる者は誰もいなかった。