【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

137 よくやった  緋色

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半助はんすけ、布団は敷いたで。手伝おか?」

 目を閉じてぐったりした壱臣いちおみは、座椅子にもたれた半助はんすけにしがみつく形で眉間に皺を寄せている。壱臣いちおみを少し離れた場所から見ていた壱鷹いちたかが、恐る恐る近寄ってひそめた声をかけた。
 半助はんすけは、ちらりと元の主を一瞥だけして壱臣いちおみに視線を戻した。

「まだ布団に置くのは早い。」

 意識の無いように見える壱臣いちおみのその手がまだ、半助はんすけの服を握りしめている。すがりつくその手が外れるまでは、離さない方がいい。
 手が外れても、時間が許すなら、起きるまで抱いていてやればいいのだ。お互いにそれが必要な時がある。壱臣いちおみ半助はんすけには、今がその時だろう。

「殿下は、ずいぶんと手慣れていらっしゃる。」
「こんなことに慣れたくないがな。」

 褒めようとしたのだろうが、俺の返事を聞いた壱鷹いちたかが言葉に詰まった。何となく、誰にこの症状が出るのかを察したのだろう。
 襖が開いて、音もなく荘重むらしげが横で膝をついた。

「殿下、参りました。」
「近くに宿を取れ。風呂付きの部屋があるところでな。護衛を一人付けろ。」
「畏まりました。」

 財布を渡すと遠慮なく受け取り、すぐに見えなくなる。荘重むらしげは、話が早くていい。

半助はんすけ。明日、壱臣いちおみが帰れそうなら利胤としたねの運転で先に帰ってもいい。」
「はい。」

 この国に壱臣いちおみを連れてくることを誰より嫌がっていた半助はんすけが力強く頷く。

壱臣いちおみが動けるようになったら、宿へ移れ。」
「…………。」

 半助はんすけはうつ向いて少し考え、悲壮な決意を漂わせて顔を上げた。
 
「すぐにでも宿に移りたいんで、常陸丸ひたちまる様のお手をお貸し頂けますか?」
「ああ。任せろ。」

 荘重むらしげと入れ違いに部屋に帰ってきていた常陸丸ひたちまるが、笑顔で請け負う。

「俺も、何か手伝えることがあれば言うてくれ。」
「無い。」

 吐瀉物で汚れた桶を片付けて、新しい桶を手に戻った弐角にかくの申し出には、冷たい声が答えた。
 昨夜は家族で同じ部屋で寝た、と壱臣いちおみは喜んでいたんだから、もう少し態度を軟化させればよいものを。
 まあ、常陸丸ひたちまるの手を借りてでも、このぐったりした壱臣いちおみを城から出したいんだから、半助はんすけの不信は相当根深い。

「宿で卵粥でも作ってもらえ。後は味噌汁さえ飲ませておけば、栄養は大体大丈夫だ。」
「それ、昼も言ってましたね。乙羽おとわもこの間、食欲ないときに、味噌汁飲んだから大丈夫って言ってたし、味噌汁教はどこから始まったんです?」
生松いくまつが言った。味噌汁は大体の栄養が詰まってるから、それだけは飲ませろって。」
「ははあ。成る程……?」

 納得いったような、いってないような顔の常陸丸ひたちまるが、首を傾げる。味噌は体に良いんだ。水分も取れるしな。
 荘重むらしげが帰り次第、壱臣おちおみを宿に移して休ませよう。
 謁見の間での様子が嘘のようにおろおろする当主親子を宥めて、部屋から出す。
 壱臣いちおみは、よく頑張った。壱鷹いちたかの長男と知られているその姿で、弐角にかくと並んで見せる必要があったのだ。瓜二つのその顔で、弐角にかくが双子の弟であるあかしを立てることができた。
 今日居並んだ家臣たちから、異議が出ることはあるまい。後は、壱鷹いちたか弐角にかくの仕事だ。
 思っていたより無理をさせたことは、目が覚めたら謝ろう。
 そしてできれば、たこ焼きの作り方を見て、食べて帰ってくれれば助かるな。
 
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