350 / 1,321
第四章 西からの迷い人
137 よくやった 緋色
しおりを挟む
「半助、布団は敷いたで。手伝おか?」
目を閉じてぐったりした壱臣は、座椅子にもたれた半助にしがみつく形で眉間に皺を寄せている。壱臣を少し離れた場所から見ていた壱鷹が、恐る恐る近寄ってひそめた声をかけた。
半助は、ちらりと元の主を一瞥だけして壱臣に視線を戻した。
「まだ布団に置くのは早い。」
意識の無いように見える壱臣のその手がまだ、半助の服を握りしめている。すがりつくその手が外れるまでは、離さない方がいい。
手が外れても、時間が許すなら、起きるまで抱いていてやればいいのだ。お互いにそれが必要な時がある。壱臣と半助には、今がその時だろう。
「殿下は、ずいぶんと手慣れていらっしゃる。」
「こんなことに慣れたくないがな。」
褒めようとしたのだろうが、俺の返事を聞いた壱鷹が言葉に詰まった。何となく、誰にこの症状が出るのかを察したのだろう。
襖が開いて、音もなく荘重が横で膝をついた。
「殿下、参りました。」
「近くに宿を取れ。風呂付きの部屋があるところでな。護衛を一人付けろ。」
「畏まりました。」
財布を渡すと遠慮なく受け取り、すぐに見えなくなる。荘重は、話が早くていい。
「半助。明日、壱臣が帰れそうなら利胤の運転で先に帰ってもいい。」
「はい。」
この国に壱臣を連れてくることを誰より嫌がっていた半助が力強く頷く。
「壱臣が動けるようになったら、宿へ移れ。」
「…………。」
半助はうつ向いて少し考え、悲壮な決意を漂わせて顔を上げた。
「すぐにでも宿に移りたいんで、常陸丸様のお手をお貸し頂けますか?」
「ああ。任せろ。」
荘重と入れ違いに部屋に帰ってきていた常陸丸が、笑顔で請け負う。
「俺も、何か手伝えることがあれば言うてくれ。」
「無い。」
吐瀉物で汚れた桶を片付けて、新しい桶を手に戻った弐角の申し出には、冷たい声が答えた。
昨夜は家族で同じ部屋で寝た、と壱臣は喜んでいたんだから、もう少し態度を軟化させればよいものを。
まあ、常陸丸の手を借りてでも、このぐったりした壱臣を城から出したいんだから、半助の不信は相当根深い。
「宿で卵粥でも作ってもらえ。後は味噌汁さえ飲ませておけば、栄養は大体大丈夫だ。」
「それ、昼も言ってましたね。乙羽もこの間、食欲ないときに、味噌汁飲んだから大丈夫って言ってたし、味噌汁教はどこから始まったんです?」
「生松が言った。味噌汁は大体の栄養が詰まってるから、それだけは飲ませろって。」
「ははあ。成る程……?」
納得いったような、いってないような顔の常陸丸が、首を傾げる。味噌は体に良いんだ。水分も取れるしな。
荘重が帰り次第、壱臣を宿に移して休ませよう。
謁見の間での様子が嘘のようにおろおろする当主親子を宥めて、部屋から出す。
壱臣は、よく頑張った。壱鷹の長男と知られているその姿で、弐角と並んで見せる必要があったのだ。瓜二つのその顔で、弐角が双子の弟である証を立てることができた。
今日居並んだ家臣たちから、異議が出ることはあるまい。後は、壱鷹と弐角の仕事だ。
思っていたより無理をさせたことは、目が覚めたら謝ろう。
そしてできれば、たこ焼きの作り方を見て、食べて帰ってくれれば助かるな。
目を閉じてぐったりした壱臣は、座椅子にもたれた半助にしがみつく形で眉間に皺を寄せている。壱臣を少し離れた場所から見ていた壱鷹が、恐る恐る近寄ってひそめた声をかけた。
半助は、ちらりと元の主を一瞥だけして壱臣に視線を戻した。
「まだ布団に置くのは早い。」
意識の無いように見える壱臣のその手がまだ、半助の服を握りしめている。すがりつくその手が外れるまでは、離さない方がいい。
手が外れても、時間が許すなら、起きるまで抱いていてやればいいのだ。お互いにそれが必要な時がある。壱臣と半助には、今がその時だろう。
「殿下は、ずいぶんと手慣れていらっしゃる。」
「こんなことに慣れたくないがな。」
褒めようとしたのだろうが、俺の返事を聞いた壱鷹が言葉に詰まった。何となく、誰にこの症状が出るのかを察したのだろう。
襖が開いて、音もなく荘重が横で膝をついた。
「殿下、参りました。」
「近くに宿を取れ。風呂付きの部屋があるところでな。護衛を一人付けろ。」
「畏まりました。」
財布を渡すと遠慮なく受け取り、すぐに見えなくなる。荘重は、話が早くていい。
「半助。明日、壱臣が帰れそうなら利胤の運転で先に帰ってもいい。」
「はい。」
この国に壱臣を連れてくることを誰より嫌がっていた半助が力強く頷く。
「壱臣が動けるようになったら、宿へ移れ。」
「…………。」
半助はうつ向いて少し考え、悲壮な決意を漂わせて顔を上げた。
「すぐにでも宿に移りたいんで、常陸丸様のお手をお貸し頂けますか?」
「ああ。任せろ。」
荘重と入れ違いに部屋に帰ってきていた常陸丸が、笑顔で請け負う。
「俺も、何か手伝えることがあれば言うてくれ。」
「無い。」
吐瀉物で汚れた桶を片付けて、新しい桶を手に戻った弐角の申し出には、冷たい声が答えた。
昨夜は家族で同じ部屋で寝た、と壱臣は喜んでいたんだから、もう少し態度を軟化させればよいものを。
まあ、常陸丸の手を借りてでも、このぐったりした壱臣を城から出したいんだから、半助の不信は相当根深い。
「宿で卵粥でも作ってもらえ。後は味噌汁さえ飲ませておけば、栄養は大体大丈夫だ。」
「それ、昼も言ってましたね。乙羽もこの間、食欲ないときに、味噌汁飲んだから大丈夫って言ってたし、味噌汁教はどこから始まったんです?」
「生松が言った。味噌汁は大体の栄養が詰まってるから、それだけは飲ませろって。」
「ははあ。成る程……?」
納得いったような、いってないような顔の常陸丸が、首を傾げる。味噌は体に良いんだ。水分も取れるしな。
荘重が帰り次第、壱臣を宿に移して休ませよう。
謁見の間での様子が嘘のようにおろおろする当主親子を宥めて、部屋から出す。
壱臣は、よく頑張った。壱鷹の長男と知られているその姿で、弐角と並んで見せる必要があったのだ。瓜二つのその顔で、弐角が双子の弟である証を立てることができた。
今日居並んだ家臣たちから、異議が出ることはあるまい。後は、壱鷹と弐角の仕事だ。
思っていたより無理をさせたことは、目が覚めたら謝ろう。
そしてできれば、たこ焼きの作り方を見て、食べて帰ってくれれば助かるな。
508
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる