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 千里が息をしていないことに気づいたのは、丁度真夜中だった。
 貴之と私は必死に心臓マッサージをしたが、彼女の心臓の鼓動はもう感じられなかった。
 使えるAEDや強心剤はないか、必死に寮内を探し回った。
 全ては無駄だった。



「さっき、サーバー攻撃の可能性を言ってたでしょ?」
「……うん」
 
 なぜだろう?やけに息切れと動悸がする。

「それでふと考えたことがあるんだ」

 貴之と私は床に寝そべったまま、互いを見つめあっている。横にクラスメイトの遺体が二つもなければ、きっとロマンチックなムードだったのだろう。
 理由は分からないが、二人とも身体を起こすだけの体力はもう残っていなかった。
 実際、私は疲労のせいか、あまりにもショッキングな出来事が続いたからなのか、まともな思考ができなくなりつつあるのを自分でも理解していた。
 でも明日になって明るくなれば、街に行くこともできる。すべてはそれから考えてもいいはずだ……
 だがどうやら、貴之は私を寝かせる気はないらしい。
 
「EMP兵器というのを聞いたことはある?強い電磁パルス、つまり電磁波を浴びせることで電子機器を強制的にシャットダウン、破壊してしまう兵器なんだ」
「獅子寮が、その強力な電磁波を浴びたって言いたいの?」
「人間の身体だって、ある意味じゃ電子機器だ。神経の信号伝達、つまりシナプスは電位の位相によって行われている。強力な電磁波を浴びたことによって、そのシナプスが正常に働かなくなり、心臓発作を起こしたというのは考えすぎかな」

 どうなんだろう……
 
 視界が滲む……

 揺らめくろうそくの光と貴之の瞳が重なって見える。何だか、妙に心の落ち着く光景だった。

「……でも、それだとさっきのサイバー攻撃と何が違うの?それに獅子寮全体が電磁波を浴びたのに、ある人は即死して、他の人はしばらくして死んでなんて……なんで影響にこんな個人差が出てるの?」
「まず最初の質問」

 そう言って、貴之は人差し指を一本突き出した。

「サイバー攻撃というのは、人為的な故意の犯罪だ。これに関しては、さっきも言った通り、狙われる理由が思いつかない。でも大量の電磁波を浴びてしまったというだけなら、何かの事故という可能性が十分に考えられる」
「……」
「影響に個人差が出ていることについては、電磁波が外部から浴びせられたと考えれば、説明がつく。まずは真尋さん。彼女は窓を開け、空を見ていた。そのことで、まともに電磁波を浴びてしまった。一方、家屋内にいた僕達は鉄板によるシールド作用により、電磁波を彼女ほどには浴びずに済んだ」
「ちょっと待って。鉄板て何の話?」
「ああ、知らなかったの。この寮は壁の中に鉄板が埋め込まれているんだ。耐震性を高めるためなのか、生徒を逃がさないためなのかはわからないけどね」

 冗談とも本気ともつかない口調で、貴之は言った。

「……なるほど。建物の大きさの割に、部屋がやたら狭いのは、鉄板を入れていたせいで壁厚になっていたからなのね」
「問題は千里だ……彼女が死んだのも電磁波の影響だとは思うけど……」

 そう言って貴之は顔をしかめた。 
 苦しそうに咳き込み、胸を押さえている。
 ああ、彼もついに……
 でも、私にはどうしてやることもできない。私自身、身体の感覚がなくなりつつあるのを感じている。おそらくは、これも電磁波の影響なのだろう。

「千里ちゃん、走り回っていたからね。車の鍵を探したり、車を動かしに行ったり。そのせいで心臓に負担がかかってしまったんだと思う」

 貴之が聞いているとは思えなかった。
 ゆらめくろうそくの光に照らされて、彼の顔が苦悶に歪むのが分かる。
 その様子をみているのがつらくなり、私はそっと目を閉じた。
 どうやら、最後まで残ったのは私だけのようだ。もちろん、それも明日の朝を迎えられるかは、微妙なところだろうけど。
 私はいつの間にか、胸元にしまわれたペンダントに触れていた。
 かつてロシアの王族が所持していたという、由緒正しきもの。
 もっとも、台座が金ではなく銅にすり替わっているという、いささか間抜けな骨とう品でもあるのだが……
 やはり、そのことに感謝すべきなのだろうか?
 胸元のペンダントは、ちょうど心臓の真上にきている。
 貴之が電磁波の話をした時から、私は昔科学の先生が教えてくれた小ネタを思い出していた。
 銅箔が電磁波を防ぐことができるということを。
 もし本当に、このペンダントの銅の台座が、電磁波から私の心臓を守ってくれたのだとしたら、たとえそれが寿命を数時間延ばしただけでも、感謝すべきなんだろうか?
 いつの間にか静寂と沈黙だけが支配するようになった、獅子寮の食堂で私はそんな事を考えながら、眠りについた。
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