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「クレア君、目を開けて!そうだ。いいぞ!」

 誰かが強く私を揺さぶっている。
 頭がガンガンして、視界が滲む。
 全身がしびれていて、手足を動かすのも億劫だ。

「大丈夫。あとの三人もとりあえず意識はもどったわ」
「そうか。よかった。救急車は?」
「もうすぐ到着すると思う」

 何だか遠くで会話が聞こえる。
 食堂内のロウソクは全て消されたようだ。かわりに照らしているのは、朝日だろうか……ひどく眩しい。
 窓から入ってくる冷たい風が心地よく、私は徐々に意識がはっきりしてくるのを感じた。
 私は乾いた舌を何とか動かして、声を出した。自分でもびっくりするほど、声は枯れていた。

「……先生?石刈先生?」
「クレア君、大丈夫か?」
「……どうしてここに?」
「SNSで何件か投稿が続いていたんだ。普段なら灯りのついているはずの学校や寮が真っ暗だって。多分街の人達だろう。それを見て、すぐに寮に電話したんだが、誰も出なくてね」
「それで来てくれたんですか。わざわざ……」
「ああ」

 私は痺れる身体を無理やり起こした。上に着ていたカーディガンがだいぶ乱れており、ペンダントが揺れている。

「あの三人、舌はもつれていますが一応、口は聞けています。手足も何とか動かせていますし、後遺症の心配はそこまでないかと」

 そう言って石刈先生に近づいてきたのは、一人の女性だった。
 スラリと背が高く、どこか気位の高そうなその顔立ちのその女性は信じられないほど、美しかった。

「あの……先生、三人って?」
「君と一緒に残っていた貴之君や真尋君、千里君のことだ」
「え?でも彼らは死んだんじゃ……?」
「おいおい」

 石刈先生は苦笑いすると、私の肩を軽く叩いた。

「勝手に殺しちゃマズいだろ。三人とも心拍数こそ落ちているけど、ちゃんと生きている」
「……そんな……」

 混乱する私の横にいつの間にか、絶世の美女が立っていた。

「救急車が到着したわ。今、三人とも運ばれているところよ。あなたも準備して」
「でも、私、確かに確認したんです。真尋ちゃんと千里ちゃんの脈がないのを」

 石刈先生が困ったように、美女の方を見る。
 彼女は一体誰なんだろう?
 もし恋人だとしたら、将来夫を尻に敷くタイプになりそうだ。
 それをどこか楽しむ石刈先生の姿を想像すると、何だかまた胸が痛くなってきた気がする。

「多分、一種の仮死状態だったんじゃないかしら。あなたもそうだったけど、ちょっと本気で心臓マッサージをしたら、すぐに意識がもどったわ。まあ、そのせいで肋骨にヒビが入った可能性はあるけど」

 そんな……あれが仮死状態だったなんて……
 しかし、言われてみれば、確かに肋骨のあたりに鈍い痛みを感じる。おそらく相当な力、ボクサーのボディブロー並みの力で圧迫したのだろう。
 喜びよりも、予想もしない事態に戸惑っていると、石刈先生がパンッと手を叩いた。

「とにかく、君は病院に行って。君達の身体に何があったのかはいずれ分かる。ま、こっちの方でもいろいろ調べてみるから、安心して」

 え?
 今、何て?
 の方でもいろいろ……?
 ……じゃあ、この人が?
 何と言っていいかわからず口をモゴモゴさせる私を残して、石刈先生はさっそうと立ち去ると、救急隊員達のもとに駆け寄って行った。



 救急車の受け入れ先が決まるのをソファに座って待っていると、突然呼びかけられた。
 
「あなた、病院に検査に行くなら、そのペンダントは外したほうがいいわ」

 そう言って目の前に彼女は手を差し出した。

「レントゲンだの、CTだのを撮るのに、邪魔になるだけよ」

 私は素直にペンダントを彼女の手に置いた。それが意外だったのか、一瞬彼女はキョトンとした顔を見せた。まるで間違えたと思っていたテストの答えに、丸をもらった子供みたいに。
 金色に着色された銅の台座が、朝日を浴びて鈍く光っている。

「あの……ありがとうございました」
「別に大したことはしてないけど……あなたも他の三人も何とか回復しそうで良かったわね」

 どうしよう……
 何か言わなきゃ……
 こんな事なら彼女の出演している映画を観ておくんだった……

「あの!あなただけじゃなくて、お兄様にも……石刈先生にも、いつも本当に助けてもらってるんです」
「兄に……?」

 少しだけ笑いだしそうな顔で、彼女は聞き返してきた。

「はい。石刈先生の言葉に本当に励まされてきたんです。その上、今回は命まで……」

 彼女はニッコリと笑った。

「いい教師に巡りあえた生徒は幸せね」

 それだけ言い残すと、彼女はひらりと身を翻して去っていった。
 その笑顔は、女の私でさえドキリとするほど色気があった。

「あ、ペンダントを返すのは、いつでもいいですよ」

 彼女は答えなかった。
 振り向くこともしなかった。
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