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憧れの先輩に印を付けられて一生離れられないくらい愛される話

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 自宅のマンションに帰り着き、エレベーターで自分の住む階まで上る。玄関の扉を開くと、上がり框に踵を揃えるようにして見覚えのある靴が綺麗に並べられていた。その横に自分の靴を置いて、明かりのついたリビングへ向かう。
 廊下からリビングへ繋がる扉に手をかけた途端、扉がドアががちゃりと音を立てて開いた。

「おかえり」
「……ただいま戻りました、先輩」

 見知った顔が、目の前で穏やかな笑みを浮かべて立っている。昼に会社で一瞬会ったはずの彼――恋人である柊木先輩は、既に部屋着に着替えて寛いでいるようだった。
 彼は流れるようにこちらの上着と鞄を引き取り、くるりと身を翻してリビングの方に向き直る。後を追って部屋に足を踏み入れると、テーブルの上には既に二人分の食事が用意されていた。

「先にお風呂に入っておいで。あと少しで準備できるから」
「はい、……ありがとうございます」

 同棲を始めてからそれなりに年月が経ったが、甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは未だに擽ったい。頬が仄かに熱を持つのを感じながら、着替えを用意して逃げるように浴室へと向かった。



 入浴を済ませ、他愛のない会話をしながら食事をしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。二人で食器を片付けた後、ソファに座って淹れてもらった温かい紅茶を口に含む。隣に腰掛けた彼をちらりと見やると、視線に気づいたのか肘掛けに凭れるようにしていた姿勢を正してこちらに向き直った。

「どうかした?」
「いや、その……やっぱり綺麗だな、と思って」

 口に出してしまってから、はっと我に返る。かなり恥ずかしいことを言ってしまった気がするが、一度口にしてしまった言葉はもう取り消せない。

「っ、あ……その、今日、職場で先輩のことが話題になっていたので。かっこいい人が営業に来てるって」
「へえ、そうなんだ」

 軽く視線を逸らし、何とか言葉を紡いで取り繕う。彼はぱちりと目を瞬かせると、すぐに元の穏やかな表情に戻り静かに笑みを浮かべた。

「大変だったんですよ……先輩と会った後、いろいろな人に捕まりそうになって」
「俺のことが気になるから話を聞きたい、って?」

 その言葉に小さく頷いて答えると、彼はさらに笑みを深めた。口角は緩やかに上がっているのに、そこから明確な感情を読み取ることはできない。
 向ける対象を失ったまま視線を彷徨わせていると、不意に彼の指が自分の指に絡みついた。その仕草にぴくりと身体が震えたが、だからといって振り払う気にもなれない。夜となく昼となく二人で過ごすようになってから、昔では考えられないような触れ合いにもすっかり慣れてしまった。

「その人達にちゃんと言った?あの人は自分の彼氏です、って」
「あ、え……っ!?」

 手を引き寄せられ、手の甲に軽く唇が触れる。突拍子もない言葉に大袈裟に肩が跳ねた。
 それを見た彼はくすくすと小さく声を漏らし、覗き込むように顔を近づけてきた。目の前の瞳は静かな光を湛え、こちらの反応を一つたりとも見逃さないとばかりにじっと注がれている。居た堪れなくなりじりじりと後ずさっても、手を繋がれたままでは大した距離も取れない。

「い、言ってないです!別に、わざわざ言う必要もないかと思って」
「……そう」

 こつ、と肘掛けが背中に当たる。逃げ場の無くなった自分の身体を覆うように、彼はソファの背凭れに手を突いてゆっくり覆い被さってくる。

「……っ、先輩?待ってくださ……ッ、ん」

 制止の言葉は唇で遮られた。互いに何度か角度を変えて啄むように口づけた後、下唇を食まれ軽く引っ張られる。何度も教え込まれたその仕草に応えるように口を開くと、ぬるりと舌が差し込まれた。
 歯列をなぞるように舌先が這い回り、ざらついた表面が擦れ合うたびに背筋にびりびりとした痺れが伝う。舌の根元から先端までを丹念に舐られ、時折強く吸い上げられると、その度に腰が小さく跳ねた。

「ふ……っ、んく……、ぁ、ん……ッ」

 どちらともつかない唾液が口端から溢れていく。息苦しさを訴えるように彼の胸に置いた手に力を籠めても、口づけは意に反して深さを増すばかりだった。

「……っ、は……んッ、ぁ」

 頭の芯がくらりと眩暈のように揺れ、息苦しさに意識が霞んできたところでようやく舌が離れた。火照った胸にひやりとした空気が一気に流れ込んでくる。滲んだ視界の端から伸びた手が髪に触れ、さらさらと梳くように撫でられた。

「確かに……キスだけでこんなに蕩ける可愛い恋人が居るなんて、他人に教えたらすぐに横取りされるかも」

 耳元で囁いた唇がこめかみに触れる。薄らと熱の灯った目で見つめられると、胸の内側の柔らかな部分がきゅうと締め付けられるような気がした。腕の中に閉じ込められ身体を小さく折り畳んでいる状況すらまるで彼を独り占めしているようで、仄暗い喜びが薄雲のように意識に影を落とす。
 もしかすると自分は思っていた以上に欲深いのかもしれない。昼間からずっと心に溜まっていた澱が、燻り始めた熱にじわりと溶け出していく。

「せんぱ、い……あの、さっきの話、なんですけど」
「何?」

 思わず吐き出した声の端々が微かに震える。上手く纏まらない言葉の代わりに、彼の手を取って自分の口元に寄せた。指先から唇を滑らせ、骨ばった関節を軽く食む。決して傷つけないように細心の注意を払って薬指の付け根に柔く歯を立てると、滑らかな肌に微かな跡がついた。

「俺だけが、柊木先輩の恋人ですから……俺が先輩のものだって、言わなくても分かるようにたくさん印を付けてください」

 口走った台詞の恥ずかしさに、顔が急速に熱を持つ。僅かに見開かれた瞳の色が揺らぎ、やがて深い光を湛えたまま鋭く細められた。

「どこでそんなこと覚えて来たの」
「い、嫌でしたか?」
「……まさか」

 普段よりもいささか荒々しい語気に自ずと身が竦む。射抜くような視線は瞬きによってすぐに遮られ、次の瞬間には元の凪いだ瞳に戻っていた。
 謝罪の言葉を紡ぐ前に身体を抱き起こされ、手を引かれてソファから立ち上がる。柔らかく、しかし決して振り解けない力で掴まれた手が導かれた先は寝室のドアノブだった。

「あんな事したんだから……ここを開けたら、どうなるか分かってるよね?」

 穏やかな声とともに、重ねられた手がドアノブに力を籠める。急き立てるようにさわさわと腰を撫でられ、この先に起きることを期待してしまった身体がふるりと震えた。
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