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74: 少年と魔王とお見舞いの話 21
しおりを挟む店内はずいぶんと静かなものだった。
ツァイトたちが訪れる前は、ちょうど食事時という事もあり、すでにそこそこの客が店内にはいて、それなりに客同士の会話も弾んでいた。
しかし、会話があったところで大衆食堂ほどの喧噪は店内になかった。
そこに魔王がやってきて興奮した支配人の大きな声は、驚くほどよく響いた。
店内にいる誰もが「魔王」の言葉に話をやめ、食事の手を止めた。
自分たちが住まう中央を治める魔王がまさかやってくるとは、誰一人として夢にも思っていなかった。
基本的に貴族でもない限り、魔王の姿を直接見ることは出来ず、声を聞くことも叶わない。
拝謁も貴族の中の、限られた一部の者しか出来ないのだ。
誰もが思わずその手を止め、会話をやめ、不躾だとは分かっていても、支配人の声がする店の入り口付近を向いた。
平身低頭な支配人に続いてやってきた客の中に彼の魔王を見つけて、視線はくぎ付けだ。
魔王を直接見たことがなくても、一目見て分かった。
魔力の強さがそのまま容姿に反映するのが魔族の特徴だ。
突出している息を呑むほどの美貌と、桁違いの魔力は、他の誰とも比べ物にならない。
それに紅い瞳が、彼が魔王なのだと決定づける。
魔王と一緒にいるその他の三人は、魔王と一体どういう関係なのだろうと、誰もが思う。
座った場所によっては、各所に置かれた間仕切りがわりの衝立が邪魔して魔王の姿が見えず、悔しい思いをしている者も何組かはいたが、幸運にもその声までは遮られなかった。
貴族街にある貴族専用の店であれば、個室が用意されていたが、幸か不幸か、高級だが庶民も顧客対象にしているこの店には、個室がなかった。
彼らの話し声は決して大きな声ではなかったが、人よりも優れている聴力で十分に拾える声量だった。
魔族は、魔力はもちろんの事、身体能力的にも人間より優れている。
人間よりも身体は丈夫だし、力も強いし、自己再生能力、つまりは傷の治りも早いし、視力や聴力などの感覚器官にも優れていた。
この店内という遮られた空間で、かつ静かであれば、魔王たち一行が例えひそひそ声で話していても、意識を集中させれば会話の内容が耳に届く。
客たちは無駄な会話をやめ、食器がたてるわずかな音にさえ肝を冷やし、耳障りな音色を奏でてはいけないと、癒しの音楽を提供していた竪琴の名手は指の動きに細心の注意を払った。
給仕をしていた店員たちもまた、いつも以上に背筋をただし、不快な足音を立てないように静かに行動していた。
話を聞かれないように魔王に結界を張られてしまえば、それを破る力のない者にはさすがに聞き取るのは無理な話だったが、店内で一番眺めのいい席にいる魔王にはその気がないのか、会話はすべて筒抜けだった。
一生に一度、お目にかかれるかどうかの雲の上の存在である魔王が、どんな会話を交わしているのか。
誰もがみな興味津々だった。
こうして、実はツァイトたちが座るテーブルへと周りの視線を集めていたのだが、当のツァイトは少しもそれに気づかなかった。
魔王であるレステラーは、普段から注目され慣れているので、多少の視線を集めたところで気にはならない。
ノイギーアは少し居心地悪そうにし、カッツェは仕事柄受け流すことは得意だった。
ツァイトが周りの視線に気付かなかった理由は、別の事で緊張していたからで、他を気にかける余裕がなかったからだ。
ツァイトは今まで、高級と名のつく店にはほとんど足を踏み入れたことがない。
人間界にいる時はずっと子どもの身体だったので、そういった店に一人で入ったところで親はどうしたと聞かれるのがオチだった。
魔族のレステラーと一緒に行けばいいとも思えるが、そもそも人間界には魔族に好意的な土地が絶対的に少ないので、一緒に行けるところは限られていた。
そういう事情もあり、ツァイトが辛うじて一人で入れた高級と冠する店は、ツァイトが大好きな甘味系の店だけだった。
それも主に持ち帰りで。
だから実は今、ツァイトはひどく緊張していた。
人間と分かると困るので、フードを目深に被ったまま、はっきりと表情を窺う事は出来なかったが、内心ではドキドキしまくりだった。
ツァイトが選んだ食事のオーダーは、レステラーがかわりに全部給仕に伝えてくれたが、隣でその様子を見ているだけで落ち着かなかった。
給仕にきた者の、ピンとまっすぐに伸びた背筋。
きちんと整えられた身なり。
受け答えをするその話し方。
彼らの一つ一つの所作。
どれもこれも客観的に見れば、魔王城にいる女官たちとはそう大差はないのに、ツァイトはこの店の雰囲気に呑まれて圧倒されていた。
そのため、すべての注文を聞き終えて給仕が下がると、ツァイトは傍から見て分かるくらい盛大な息を吐き出した。
「……どうしたんだ。溜息なんかついて」
不思議そうな顔をしてレステラーが問いかける。
「あー、いや、なんかすっごーく緊張したなーって……」
無意識に息をつめていたのか、やけに疲れる。
手前に置いてあるグラスを手に取り、中に注がれてあった水で渇いてしまった喉を潤していると、隣に座るレステラーが呆れたように笑った。
「大げさだなぁ」
「だって、しようがないだろー。オレ、こういう高い店に入ったことないんだしさー緊張するよ。なんかみんなピシッてしてるし」
目深に被ったフード越しにあたりを見回して、ぶるっと身体を震わせた。
ちらほらとツァイトの視界にうつる給仕はもちろんの事、食事中の客たちも所作が美しく、身なりも綺麗でみんな上品に見えた。
愚痴をこぼすツァイトの気持ちは、ノイギーアには痛いほどよくわかった。
ノイギーアも同じように高級と名のつく料理店に入ったのは今回が初めて。
しかも、ノイギーアは自分で注文もしたことにより、一層の緊張感に苛まれていた。
心臓の鼓動が早鐘を打つあまり、声が震えてしまったくらいだ。
自分もツァイトも、根っからの庶民なんだろうな、とノイギーアはつくづく思った。
「レスターはなんか慣れてそうだよね」
斜め隣に座るレステラーはどこに居ても、どんな状況でも堂々としていて、彼が焦ったところをツァイトは一度も見たことが無かった。
「慣れるもなにも、普段とそうたいしてかわらねえだろ」
「普段?」
「アイツ等とラモーネたちのどこが違うよ?」
「うっ、まあ……そう言われれば、そうなんだろうけどさぁ……」
ツァイトは複雑そうな顔をレステラーに向けた。
給仕と女官。
相手が客と主人の違いはあれど、食事を運んだり並べたりと世話をしてもらう点では、確かにレステラーのいう通り、たいして違いはない。
むしろもっと大勢の魔族に囲まれ傅かれている普段の方が、もっと仰々しいような気がした。
「アンタは気にせず、いつも通りにしてりゃいいんだよ」
「えー、いつも通りって言われてもなぁ」
まだ納得いっていないらしい。
魔界で最上級の位置にいる魔王には緊張の欠片もないのに、どうしてこの程度で緊張するのか、理解しがたい。
「……アンタさ、俺相手だと平気なくせに、たまに可笑しな行動するよな」
普通の反応を考えれば、目の前に座るノイギーアや、店の中にいる支配人を始めとしたこの店の従業員や客たちのように、『魔王』に萎縮するだろうに、ツァイトは違うのだ。
まったく意味が分からない。
だがそれがツァイトの好ましい点とも言える。
レステラーが『魔族の王』という位置にいることをすっかり忘れている可能性も否定できないくもないが。
結局は慣れということか、魔王という肩書が気にならなくなるくらいにツァイトが自分に心を許しているという事はレステラーにも分かった。
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