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75: 少年と魔王とお見舞いの話 22
しおりを挟む「……なに?」
じっと自分を見つめるレステラーに、ツァイトは軽く首を傾げる。
「いや、可愛いなぁと思って」
「……ッ!?」
恥ずかしさからつい反射的に、いつもの調子でバカじゃないのと言いそうになって、寸でで言葉を飲み込む。
ここは彼らがよくいる魔王城の部屋ではない。
店内には客が大勢いる。
ここでそんな声を上げようものなら、周りから注目されること間違いなしだ。
さすがのツァイトも、ここでは言葉を飲み込んだ。
だがそのままだと少し悔しい。
椅子の肘掛けに頬杖をついてこちらを見るレステラーに、からかいではない声音で言われて、ツァイトの頬に赤みがさしている。
周りに人が大勢いるため、声に出して文句を言えないかわりとばかりに、プイッとレステラーとは反対の方に顔を向けた。
その仕草がまた一層可愛く思わせる要因を兼ねていると思ってない辺りが可愛いなぁと、今度は声に出さずにレステラーは笑みを浮かべた。
「…………」
そんな二人の様子を、レステラーの正面に座るノイギーアは、静かに息をひそめながら眺めた。
あの魔王を相手にしていて普通に話せるツァイトが、何度見てもすごいと思うと同時に、不思議でしかない。
高級料理店の雰囲気とそこで働く品の良い給仕に緊張してしまうツァイトの気持ちも理解はできるが、魔王以上に緊張する相手などいないではないかとノイギーアなんかは思ってしまう。
今だってノイギーアは、真正面にいる魔王と視線が合わないように完全に手元、もしくはややツァイトの方に視線をそらし続けている。
ちらりとツァイトとは反対方向の、自分の隣を見れば、話題を変えようとしたツァイトに話しかけられた兄のカッツェが、ツァイトの問いに口数少なく答えていた。
普段の、いや、ツァイトと魔王が来る前までの、ひどい二日酔いで酒のにおいをぷんぷんさせていた兄とは大違いだ。
ノイギーアのよく知る兄よりも、何倍も真面目な顔をしているし、座っているその姿も、背中に何か固い棒でも入っているのかと思えるほど背筋がぴんと真っ直ぐに伸びている。
見たことのないその姿に、これはもう完全に仕事モードに入ったなとノイギーアは思う。
余計な無駄口は一切たたかない上に、普段は粗野で乱暴な口調が、それはそれはもう、生まれてから今までノイギーアには一度として向けられたことのない丁寧な口調で話しているのだ。
敬語、使えたんだなと、すごく失礼なことを思う。
職業柄、自分よりも格上の存在である魔王に対し、自然とそういう態度になってしまうのだろう。
わが兄ながら、今のこの兄と雑談が出来る気がしない。
相手がツァイトと魔王でなければ、絶対に変なものを食ったなと思ってしまうほどだ。
ただそんな兄が、家を出る直前、ツァイトと魔王には聞こえないところで、先を行くノイギーアの右肩をその大きな左手でガシッと掴んでノイギーアを引きとめ、「てめぇ、後でおぼえてろよ」と一言背後で洩らしたのをノイギーアは忘れてはいない。
家に帰ったら一体どうなることやら。
それを想像しただけで、どっと疲れが増すノイギーアだった。
そうこうしているうちに、前菜がツァイトたちの前に運ばれてきた。
前菜が終われば焼きたてのパンがふるまわれ、すぐにメインの料理が来た。
来店した客の中に魔王がいるという情報はすぐに厨房の料理人たちにも伝わったようで、魔王を最優先とばかりに大急ぎで調理がなされたのだ。
ほかの客も、魔王なら仕方がないと文句ひとつでていない。
注文をしてからここまで、早くもなく遅くもない絶妙なタイミングで振る舞われている。
急いで調理されたとは思えないくらい丁寧で、完璧な仕上がりだ。
メインの肉の焼き加減、ソースのかけ方、それに盛り付けに至るまで、文句の付けどころがない。
さすが高級と名のつく店はすごいな、とノイギーアは感心してしまった。
目の前に魔王が座っているのできっと碌に味なんか分からないだろうなぁと諦めていたのに、そんな気持ちが吹っ飛ぶくらいに美味しかった。
「んー、おいしい! これ」
隣に座るツァイトも同じ気持ちだったのか、一口サイズに切った鶏肉を口に入れて咀嚼したツァイトが、素直に歓喜の声を上げた。
「お肉が柔らかいのもそうだけど、このソース! ホントおいしいよ、レスター」
「そうかい。そりゃ、よかったな」
今にも飛び跳ねそうなくらいにこにこ顔のツァイトを見て、どうやら口にあったらしいと悟る。
その笑顔を見れただけで、この店に来た甲斐があるというものだ。
ツァイトは、食事に関しては絶対に嘘はつけない。
量が多すぎてどうしても食べきれないときや、体調不良で本当に食べられないときを除き、作ってくれた人に悪いからと残すことはしない。
だが、まずいと思った時はその表情が若干曇るし、美味しいと思った時は満面の笑顔になる。
言葉でどう取り繕おうが、ツァイトの表情がすべてを物語っていた。
「そう言えばさ、レスター」
「ん?」
少し大きめの鶏肉を切り分けながら、ツァイトがレステラーに話しかける。
「たまにはさ、二人っきりじゃなくてこうやってみんなで食べようよ」
「みんな?」
「今度は、ヴァイゼさんとか、エルヴェクスさんとか、ムーティヒさんとかファイクハイトさんも誘ってさ。みんなで食べたら、なんか楽しそうじゃない?」
「楽しそう、ねぇ……」
普段、ツァイトが食事をするときは、常にレステラーと二人きりだった。
給仕の為に女官長やその他の女官が居合わせてはいるが、彼女らは一緒に食事をすることはない。
人間界にいた時から二人きりだったので、二人だけの食事に不満があるわけではないが、不老不死になってしまった関係で友達も作れなかったし、他の人と関わり合いになるのを避けていたから、大勢でわいわいと話しながらの食事風景に、ツァイトは少しだけ憧れを持っていた。
「あっ、その時はもちろんノイくんとカッツェさんも一緒に!」
みんなでわいわい食べるなら、初めての友達のノイギーアは、もちろん外せない。
今日知り合ったばかりのカッツェも、ノイギーアの兄だから、すでに数に入れてある。
「うぇ!? おれ?」
急に話をふられ、ノイギーアが口に入れていたものを喉に詰まらせそうにしながら反応する。
カッツェもまさか自分の名が、知り合ったばかりのツァイトの口から出るとは思わず、驚愕のあまり食事の手を止めてツァイトを見た。
「ねー、レスター。ダメかなー?」
小首を傾げて問いかけるツァイトに、ノイギーアとカッツェは魔王がどう返すのか気になって仕方がない。
肘掛けに片肘をついて何やら考え込んでいる様子の魔王は、傍目に見ても、乗り気なツァイトに比べてその反応はいまいちだ。
大勢で食べたら賑やかで楽しそうというツァイトの言い分は理解できなくもないが、さすがに無謀だろうと二人は思った。
「やっぱり、ダメ?」
すぐに答えを返さないレステラーに、少しだけ気落ちしたツァイトの声がかかる。
それを考え込んだ姿勢のまま、視線だけをツァイトに移したレステラーは、少しの間を置いて口を開いた。
「……いっその事、宴でも催してやろうか?」
「宴?」
「アンタ、要は大勢でわいわいとやりたいんだろ? だったら、ノイくんの腕の怪我が完治した辺りで、祝いを兼ねて開いてやるよ」
「はぁっ!? ええっ!?」
予想だにしなかった魔王の言葉に、我も忘れてノイギーアは驚きの声を上げる。
同じ言語を話しているはずなのに魔王の言っている言葉の意味が分からない。
一体どこをどうやったらそんな結論が出てくるのか。
自分の腕の怪我が、宴を催す名目で使われるなんて夢にも思っていなかったノイギーアだった。
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