73 / 88
73: 少年と魔王とお見舞いの話 20
しおりを挟むツァイトが一人店内の雰囲気に見惚れていると、急に辺りが騒がしくなった。
だが、騒がしくなったと言っても所詮は高級料理店だ。
外での煩さに比べたら静かなものだった。
どうしたんだろうと思い、前方にいるレステラーへと視線を向けると、何人かの魔族が慌ただしくこちらへやって来るのが見えた。
もちろんこの店の従業員たちだ。
急に大勢の魔族がやってきてビックリしたツァイトは、無意識にレステラーの腕を掴み、彼の後ろに隠れるようにその小さな身体を寄せた。
さすがは魔王だ。
前回のことで見知らぬ魔族に少し警戒心を抱いてびくついているツァイトとは対照的に、レステラーは悠然と立っていた。
やはりレステラーがいてくれてよかった。
彼と一緒にいると、怖いことはなにもないのだと安心できる。
ツァイトはレステラーの腕を掴んだまま、彼の後ろからそっと覗き見た。
やってきた従業員の先頭にいる人は、やけに身なりがいい。
店の偉い人かなとツァイトが思ったとおりに、彼はこの店の支配人だと名乗った。
「魔王陛下がわたくしどもの店に足をお運びくださるとはっ! まことに光栄でございます」
感激したと言わんばかりに、支配人はレステラーに向かって頭を垂れる。
どうやら入って来た客が魔王とその一行だと気づいた案内役が、すぐに支配人に連絡したようだった。
支配人にならい、その後ろにいた従業員たちもそろって魔王に向かって頭を下げた。
「中央の大地に住まうすべての魔族の絶対なる支配者、偉大なる魔王陛下にご挨拶を申し上げます」
「長ったらしい挨拶はどうでもいい。四人分、席は空いているか?」
「は、はい! もちろんでございます!」
魔王への口上を遮られた支配人は、ただちに魔王陛下とお連れ様を一番良い席にご案内を、と案内係に指示を出す。
緊張した面持ちで、案内係が魔王たちを席へと誘導する。
案内係について席に向かうと、支配人が一番良い席と言った通りに、その席からは季節の花で彩られたとてもきれいな中庭が一望できた。
「どうぞ、こちらに」
「アンタがそこに座ったらいい」
「あ、うん。ありがと、レスター」
いまだ自分の腕を掴んだままだったツァイトの手をやんわりと外して、レステラーが一番眺めのよい席をツァイトに譲る。
レステラーに促されて何の抵抗もなく座ったツァイトだったが、その行動は椅子を引いて待っていた店の接客係をひどく驚かせた。
当然その席に座るのは魔王だと、誰も疑ってはいなかったからだ。
そのうえに、フードを被った少年が、魔王よりも先に座ったのだ。
普通ならあり得ないその光景に、驚く以外に何の反応も返せなかった。
そんな彼らをしりめに、ツァイトが座った後、レステラーはその右隣に腰を下ろした。
「座らねえのか?」
立ったままのノイギーアとカッツェに向かって、レステラーが声をかける。
びくりとノイギーアの身体が大きく揺れた。
「す、すみません! すぐに座ります!」
魔王を待たせてはならないとすぐさま席に座ろうとしたノイギーアだったが、そこではたと動きを止めた。
この店の四人がけの席は、四角いテーブルの向かい合った一辺に二人ずつ並んで座る形ではなく、一辺に一人ずつ腰を下ろす形だ。
前者のように座る形式なら躊躇いもなく自分はツァイトの真正面に座り、カッツェに魔王の正面に座ってもらうノイギーアだったが……今、究極の選択を迫られていた。
ツァイトの左隣に座って心の安心と話しやすさをとるか、それともツァイトの正面に座って視界の安息を得るか。
違った見方をすれば、魔王の正面に座って、視線を上げればすぐに魔王が視界に入るという緊張状態を強いられるか、それとも魔王の右隣に座って近すぎる魔王にビクビクしながら食事をするか。
どちらを選んでもノイギーアに真の平穏は訪れない。
考えただけで胃がキリキリと痛む。
どうしようと困って兄を見れば、どっちでもいいぞとその目が語っていた。
珍しく先に座る場所を決めさせてくれるらしい。
今はそんな優しさはいらないと思ってしまうノイギーアだった。
「ノイくん?」
「…………」
どうしたんだろうと不思議に思ったツァイトが、ノイギーアの名前を呼ぶ。
よくよく悩んだ末、結局ノイギーアは、ツァイトの左隣、つまり魔王の正面に位置する席に座ることにした。
魔王の正面は嫌なのだが、ツァイトに近い方が何かあった時にツァイトに頼みやすい。
そう思ってツァイトの左隣を選んだ。
ノイギーアとカッツェが座ると、メニューが各々に手渡される。
庶民にも手が届くように設定された昼用の食事だからだろう、食前酒はない。
おそるおそるノイギーアがメニューを開けば、そこには昼用のコース料理が書かれていた。
大まかな違いは、出される料理の品数だ。
メインはどのコースも肉と魚から選べる。
「…………」
どれを選ぶにしろ、各コース料理の値段がメニューに書かれていないのが恐ろしい。
コース料理以外にもメニューの後ろの方には一品料理も載ってはいたが、こちらも同じように、どれも値段が書かれていなかった。
好きなものを好きなだけ頼めばいいと事前に魔王に言われていたが、怖くて頼めるわけがない。
下手に頼むと一品料理の方が高くなるし、無難に一番品数が少ないコースを選んでおけば大丈夫かなとノイギーアは思う。
店の前に置かれていたメニューボードにも書かれていたおススメも、そのコース料理だ。
きっとこの中で一番値段が安いだろうが、メニューの内容を見る限り、どれも美味しそうだ。
「で、アンタはどれにする?」
ツァイトに向かって好きなの選んでいいぞとレステラーは笑うが、メニューを見ながらツァイトはうーんとどこか難しそうな表情をしていた。
「好きなのって言われてもさぁ……オレ、なに書いてあるか分かんないんだけど」
見ていたメニューを閉じてテーブルの上に置き、レステラーに不満をもらす。
魔族だけが使用する文字で書かれたメニュー表は、ツァイトにはまったく分からない。
「ああ、そう言えばそうだったな」
悪いと謝ってレステラーがツァイトの方へと身体を近づけ、魔族の文字が読めないツァイトの為にメニューに書かれてある内容を説明する。
「肉と魚、どっちが食いたい?」
「そうだなぁ……どっちかと言えば肉の気分かな」
「牛と仔羊と鶏なら?」
「鶏肉、かな?」
魔界と人間界では、動物の名前は同じでも見た目には多少の違いがある。
だが、味はほぼ同じと考えても差し障りはない。
レステラーの説明を受けて少し考えた後、ツァイトはレステラーが開いてあるメニューの一部を指した。
「レスター、オレこっちにする。この少ないの」
「これで足りるか?」
「オレ普段からそんなにたくさん食べないし……前菜とメインとデザートでしょ? 多分それくらいで丁度いいよ」
「デザートの追加は?」
「なんか美味しそうなのある?」
「これとかアンタ好きそうだけどな」
「じゃあ、それもー」
ツァイトは、普段の食事は体格に見合った量しか食べないが、食べること自体は嫌いではない。
甘いモノなら一体その小さな身体のどこに入るのかと言いたくなるくらい食べる。
魔王城で出されるのとはまた違うデザートに、今から興味津々だった。
「あっ、そういえばノイくんとカッツェさんは決まった?」
急に話を振られて、驚きのあまりノイギーアが大げさに肩を揺らす。
「あ、うん……おれは決まったよ。兄ちゃんは……」
「決まりました」
カッツェに視線を向ければもうすでに決め終えていたのか、すぐに返事が来た。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる