上 下
80 / 88
ロストソードの使い手編

八十話 未知

しおりを挟む
 林原さんは僕の要望を聞き届けた後、ワイワイとしているのに目もくれず調理の音を鳴らし続ける。二人をいなしつつ彼を待って、しばらくすると、懐かしく安心感のあるあのカレーの香りが漂ってきた。すると、熱くなっていたモモ先輩とコノも沈静化。僕はその隙に戦乱から逃れて席に座る。同じようにして僕を挟む位置にコノとモモ先輩が座ると、そこに林原さんがカレーを運んでくれた。
 米はみずみずしさのある白さがあり、ルーは見た目だけで濃厚さが伝わってきて、その中に入っている肉や野菜も、見慣れた色合いで、日本で食べるようなものと近い物が入っていた。ホクホクと湯気が上がっていて、それがより食欲をそそる。

「お、美味しそう」
「ソラくんのカレーって本当に美味しいのよね。クールで家庭的だなんて素敵」

 さっきまで僕への想いを語っていたけど、一変してモモ先輩は林原さんをうっとりした顔で饒舌に話し出す。その切り替えの早さに思わず苦笑してしまう。

「こ、これって……」

 そしてもう一人の子は、異文化に触れた事で驚愕に固まっていた。その様子は、少し前の僕のようで微笑まししく思ってしまう。

「カレーだよ」
「か、かれー? 何だか凄い色ですね」
「あはは、確かにあっちの食べ物とは大きく違うよね。僕も同じ事を思ったなぁ」
「そ、そうだったんですね。ユウワさんと同じ気持を共有出来て嬉しいです……けど……」

 無邪気な微笑みを僕に向けるも、下に視線を落とすと苦笑いに変わってカレーとにらめっこをし出す。

「それじゃ、あたしはお先に。いただきます」
 早速モモ先輩は銀のスプーンを持ち、米とルーを掬い上げて口に入れる。

「んー! 甘くてとても美味しいわソラくん!」
「そうか」

 過剰とも言えそうな美味による歓喜の声を上げる。まだキッチンに立っている林原さんは、さらっと無関心そうに返事。それにお構えなしにモモ先輩は次々に食べていく。

「僕も、いただきます」

 エルフの村で過ごした癖から、しっかりと手を合わせて目を瞑り、感謝をしてから食事を開始。

「随分と丁寧にやるのね」
「エルフの村ではこういう感じでしていて。ずっと真似していたから癖になったみたいです」
「ふふっ。でも、ユーぽんらしくていいと思うわ。イメージに合っていて素敵よ」
「あ、ありがとうございます」

 意外な方向から褒められてからカレーを食べると、感情が調味料になったのか、舌がとろけるような甘さとぎゅっと濃縮されたうま味が口内に広がる。さらに、家で出されるような安心感も味覚を刺激してきて、食べる度に多幸感が溢れてきた。

「す、凄く美味しい……!」
「……そんなに、ですか?」
「うん! 食べてみなよ。きっと大丈夫だから」
「は、はい。……いただきます」

 エルフの作法をして、未知のものと触れる慎重な手つきでスプーンにカレーを乗せる。そして顔の前に持ってきて、数秒それを見続けてから、目を瞑ってパクリと食す。もぐもぐと味わうと、強張っていた表情がどんどんほぐれていき、最後には笑みになっていた。

「おいひーです! 甘くて濃厚で、それだけじゃなく少しの辛さでバランスが取れてて……」

 感動のあまりかその勢いで食レポをしだす。そんなコノを眺めていると、誰目線なんだってツッコまれそうだけど、こっちの文化を受け入れてくれたようで嬉しかった。

「良かった」
「ユウワさんがとっても美味しそうなお顔を見せてくれたおかげです。あの、見ながら食べていいですか?」
「え、ええと……構わないけど……」

 正直断りたいけど、コノの笑顔を失いたくなくてついオーケーを出してしまった。

「あたしもやっていい? ユーぽんの飯の顔は空腹よりも良い調味料なの」
「何か、凄い複雑な気持をなんですけど」
「褒めてるのよ? ユーぽんには人を幸せにする力があるの」
「そ、そうなんですか? なら……嬉しいです」

 その褒め言葉には弱かった。乗せられてしまい、僕は調味料になる事を了承する。

「……」
「……最高よユーぽん」
「ユウワさん、美味しいです」

 何だか凄い羞恥プレイを受けているような気がするが、カレーの味によって周りはシャットアウトされ、夢中になってひたすら味わった。
 そうして気づいた時にはご飯粒一つもなくなって、充足感に満たされていて。二人も同様に綺麗に食べきっていた。

「「「ごちそうさまでした」」」
 食事を終えたモモ先輩やコノはとても満たされた良い顔をしていて、それの一助になれた事が少し嬉しかった。

「ユーぽんのおかげで十倍くらい美味しく食べれたわ」
「コノは百倍美味しく食べられました!」
「は? じゃあ千倍」
「なら一万倍です!」

 いきなり火がついて謎のマウントの取り合いが発生してしまう。それは際限なくオークションのように続いてしまった。

「と、とりあえず片付けを」

 僕は戦乱から逃れるべく二人の分のお皿を流しに持っていき、ゆっくり置いた。

「僕、洗いますよ」
「いや必要ない。それよりも話があるんだ」
「話……ですか」

 要件はなんとなく予想出来る。きっと未練についての話だろう。

「だから席にいてくれ」
「わかりました」

 洗い物の手伝いは、林原さんに制されて再び席につく。少し待っていると、僕ら三人に飲み物を出してくれて、その後に対面に座る。

「話……というのは?」
「俺の未練についてだ」

 そう切り出されて息を呑んだ。さっきまでのふわふわしていた脳が急速に張り詰める。

「愛理から聞いていると思うが俺は霊だ。半亡霊状態で、最近は暴走する事も増えてきた。正直、時間がない」

 危機的状況で、特に本人が何よりも恐ろしいはずなのに、表情筋はほとんど動かず、真っ直ぐ僕を見据えて淡々と説明していく。

「そして、それを解決するのは日景くんしかいない」
「それは……僕が林原さんの後任だから、ですか?」
「それもある……が。もう一つ君じゃないといけない重大な理由があってな」

 ここで少し林原さんの顔が微かに強張る。さらに次の言葉を繋ぐ間が一つ挟まり、僕は唾を飲み込んだ。

「俺は二人に未練を持っているんだ」
「ふ、二人に……!?」
「嘘でしょ……」
「そんな」

 今までとケースとは違うその状態に僕だけでなくモモ先輩も驚きの声を上げた。それにコノも当事者であったからから、少なからずショックを受けているようだ。

「その二人って」
「愛理と……葵だ」
「葵……」

 ミズアではなく、その名前で呼ばれ僕の心臓が強く跳ねた。何故葵なのか、はっきりとはわからなかったけど、彼の未練の輪郭は掴めたような気がして。同時にそれがとても大きく困難な問題であると直感して、息が詰まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...