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あなたのいない世界など
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先生に握られた手の平が熱くてたまらない。心配も焦りも寂しさも、春の陽気に照らされた残雪のように何もかもが溶けてしまいそうだった。
「ニコが話をしてくれたんだから、僕も言わなきゃだめだね」
「……なんですか」
「ずっと迷ってたんだ、このままでいいのかなって。ニコの好意を利用して君に甘えてばかりいたから。けど、ニコを受け入れることが、自分にできるのかどうしても分からなかった――」
受け入れるって? 何を受け入れるの。
一瞬、訳のわからない顔をして、それから目を見開いた。もしかして恋人としてってこと? いやまさか。
「君がいつもしがみついている、キョーがいるだろ? いつだったかな、ニコが帰った後、彼をものすごく久しぶりにだっこしてあげたんだ。君がしていたみたいにね」
先生の家のソファでいつもひっくり返ってる、ぬいぐるみのキョー。先生の家に行くたびに枕代わりに頭の下敷きにしたり、抱いて寝ていたっけ。先生はキョーのことなんて全く興味なさそうだったのに……どうして。
トクトクと鳴り続ける鼓動が速くなっていくのを、どうにも抑えられない。話を聞くうちに耳の先まで熱くなってくる。
「キョーを抱いてベッドに入ったらよみがえったんだ、ニコを抱きしめた時のこと。あの感触をまだ腕が覚えてた……そのあと夢の中で欲情した、ニコを何度も抱いたよ。想像でするなんて、そんなことすごく久しぶりで、あぁ、生きてるなって。まだ自分も若いなって。笑っちゃった」
「先生……」
先生は照れたように目を伏せた。ああ、自分で言ってて恥ずかしくなってきたと呆れ気味につぶやいて、しばらくたってから、目じりを下げて微笑んだ。
「ニコに会いたかった――――おいで」
今度はニコが下を向く番だった。
だって、想像で抱いたと言われても実感がなくて、先生の言葉に戸惑っていた。泣き叫びたいほど嬉しいことのはずなのに。
先生の手首に巻かれた、リストバンドの文字が目に入る。
――――笹原 暁人。
ああそうか、今、目の前にいる人は、先生じゃない。
笹原暁人という男の人だった。その現実がものすごい奇跡なんじゃないかって。
ベッドサイドに手を掛け、彼の胸元にそっと顔を寄せた。
「……僕でいいんですか?」
「もっと。もっとこっちにおいで」
もどかしげに力強く引きよせられて、長い腕が背中にからみつく。頬に触れる先生の鼓動と体温を感じて、くらりとめまいがした。
「あぁ、ニコの匂いがする。本物だ――」
背中を包む腕にくっと力が込められる。ニコは抱かれた腕の隙間から、先生の顔を見上げた。
少しだけ伸びた髭も、くっきりと涼しげな二重も、ふわりと揺れる前髪の先も、こんなに近くで見るのは初めてで、なにもかも愛しくて、1ミリも逃したくなくて、もう一度先生の胸に頬をすりつけた。他の誰も、空気さえも、ふたりの間に入らないほど。
「僕はあなたが好きです。昔の先生も、今の先生も、どちらも好きです。これからも先生がずっと好きです。それだけは……変わりません」
先生はニコの想いに応じるように、強く抱擁した。
「僕のそばにいてくれる? どこにも行かない?」
「行くわけないじゃないですか」
「……うん」
先生の潤んだ声が切なくて、今度はニコが先生の背中をさすった。少し骨張っている背中を何度も何度も。もういいと言われても撫で続けた。
「あったかい――」
そうつぶやく先生の呼吸はだんだんと落ち着いたものにかわり、ねだるような瞳の奥はニコを捕らえて離さなくて。
いつの間にか支えられていたうなじを滑る指先が、肌を伝ってぞくぞくする。こんな時、どうしたらいいか分からないなんて情けない。こんなに焦ってたら先生に呆れられてしまう。
どうしよう、キスされるかも。
覚悟してぎゅっと目をつむった。
「ニコが話をしてくれたんだから、僕も言わなきゃだめだね」
「……なんですか」
「ずっと迷ってたんだ、このままでいいのかなって。ニコの好意を利用して君に甘えてばかりいたから。けど、ニコを受け入れることが、自分にできるのかどうしても分からなかった――」
受け入れるって? 何を受け入れるの。
一瞬、訳のわからない顔をして、それから目を見開いた。もしかして恋人としてってこと? いやまさか。
「君がいつもしがみついている、キョーがいるだろ? いつだったかな、ニコが帰った後、彼をものすごく久しぶりにだっこしてあげたんだ。君がしていたみたいにね」
先生の家のソファでいつもひっくり返ってる、ぬいぐるみのキョー。先生の家に行くたびに枕代わりに頭の下敷きにしたり、抱いて寝ていたっけ。先生はキョーのことなんて全く興味なさそうだったのに……どうして。
トクトクと鳴り続ける鼓動が速くなっていくのを、どうにも抑えられない。話を聞くうちに耳の先まで熱くなってくる。
「キョーを抱いてベッドに入ったらよみがえったんだ、ニコを抱きしめた時のこと。あの感触をまだ腕が覚えてた……そのあと夢の中で欲情した、ニコを何度も抱いたよ。想像でするなんて、そんなことすごく久しぶりで、あぁ、生きてるなって。まだ自分も若いなって。笑っちゃった」
「先生……」
先生は照れたように目を伏せた。ああ、自分で言ってて恥ずかしくなってきたと呆れ気味につぶやいて、しばらくたってから、目じりを下げて微笑んだ。
「ニコに会いたかった――――おいで」
今度はニコが下を向く番だった。
だって、想像で抱いたと言われても実感がなくて、先生の言葉に戸惑っていた。泣き叫びたいほど嬉しいことのはずなのに。
先生の手首に巻かれた、リストバンドの文字が目に入る。
――――笹原 暁人。
ああそうか、今、目の前にいる人は、先生じゃない。
笹原暁人という男の人だった。その現実がものすごい奇跡なんじゃないかって。
ベッドサイドに手を掛け、彼の胸元にそっと顔を寄せた。
「……僕でいいんですか?」
「もっと。もっとこっちにおいで」
もどかしげに力強く引きよせられて、長い腕が背中にからみつく。頬に触れる先生の鼓動と体温を感じて、くらりとめまいがした。
「あぁ、ニコの匂いがする。本物だ――」
背中を包む腕にくっと力が込められる。ニコは抱かれた腕の隙間から、先生の顔を見上げた。
少しだけ伸びた髭も、くっきりと涼しげな二重も、ふわりと揺れる前髪の先も、こんなに近くで見るのは初めてで、なにもかも愛しくて、1ミリも逃したくなくて、もう一度先生の胸に頬をすりつけた。他の誰も、空気さえも、ふたりの間に入らないほど。
「僕はあなたが好きです。昔の先生も、今の先生も、どちらも好きです。これからも先生がずっと好きです。それだけは……変わりません」
先生はニコの想いに応じるように、強く抱擁した。
「僕のそばにいてくれる? どこにも行かない?」
「行くわけないじゃないですか」
「……うん」
先生の潤んだ声が切なくて、今度はニコが先生の背中をさすった。少し骨張っている背中を何度も何度も。もういいと言われても撫で続けた。
「あったかい――」
そうつぶやく先生の呼吸はだんだんと落ち着いたものにかわり、ねだるような瞳の奥はニコを捕らえて離さなくて。
いつの間にか支えられていたうなじを滑る指先が、肌を伝ってぞくぞくする。こんな時、どうしたらいいか分からないなんて情けない。こんなに焦ってたら先生に呆れられてしまう。
どうしよう、キスされるかも。
覚悟してぎゅっと目をつむった。
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