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夏の夕暮れ、秋の終わり
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それからしばらく本当に平穏な日々が続いた。
今年の夏は特に暑かった。ぐったりと元気のない植木達に、朝から水を撒く毎日だ。7月の後半に終業式がすむと、子どもたちのいない学校はからっぽで、セミの声だけがひび割れた校舎の壁に染みている。
8月も後半に差し掛かった土曜日、藤堂先生の結婚式があった。
こんな残暑厳しい日に結婚式をしなくても。そう愚痴るニコに先生は笑った。学校の先生というのは夏休みに結婚するものらしい。
結婚式の会場は庭園の中にあった。もともと造園会社が宣伝の一環で始めたバラ園の一部を結婚式場として改装した施設だという。
「挙式だけなら、ニコも参列できるから」
そう言われて一応スーツを着て行ったけれど、部外者の自分が参加してもいいのかと不安になる。でも藤堂先生をお祝いをしたい気持ちもあった。
「うわぁ、ホワイトガーデンだ。こんなきれいなチャペルがあるんですね」
庭園の中に建てられた白亜のチャペルを見た途端、ニコの方がはしゃいでしまった。三角屋根の建物の周りは、強烈な日差しに負けないほど緑の葉は青々と繁り、白バラを基調にユリやクレマチスが咲き乱れていた。
「やっぱりニコは、庭のことばっかりだな」
あきれ顔の先生は、いつまでも眺めているニコを引っ張るようにしてチャペルへと入って行った。
純白の婚礼衣装がホワイトガーデンに映えていた。厳かなオルガンと賛美歌に、交わされる誓いの言葉とキス。たくさんの人々に祝福されてふたりの笑顔は輝くばかりの幸せに満ちていた。
でも一番素敵なのはフォーマルスーツを着こなした先生だと思う。ライスシャワーに歓声をあげる参列者たちを横目に、ニコは先生の涼しげな横顔に見とれていた。
(あぁ、カッコいい……)
素直に口に出しそうになって、慌てて引っ込めた。
正装した先生の隣にいられるだけで心は浮き立った。特別な時間を共有しているみたいで。自分はただの運転手のおまけなのに。
「どうしたの?」
「あの、ポケットのやつ曲がってます」
胸元のポケットチーフをニコが直していると、先生は澄ましていた表情をだらりと崩した。
「さすがに外でスーツは暑いな、早く脱ぎたいよ」
「でも、よく似合ってますよ」
「お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃありません、先生は素敵です」
「はいはい」
必死に言い連ねたけど、まるで信じてくれない。どうしてそんなに自分に対する評価が低すぎるのだろう。それとも自分の言葉に説得力がないのだろうか。
挙式が終わるとすぐ、気だるげな先生を披露宴会場となる、同じ会場内にあるレストランへと送り出した。どこかカフェで待っててくれればいいと言われたけれど、普段着に着替えてから入場料を払い、庭園の中をじっくりとまわった。
広大な敷地の中でテーマごとに植栽は工夫され、手入れの行き届いた庭にこだわりを感じる。イギリス風のボーダーガーデンや、和の雰囲気を感じさせる庭園もあり、どのエリアも夏の花に彩られていた。ニコは入り口近くにあるお店にも立ち寄った。
この造園会社の二代目は、テレビや雑誌にもよく出ている有名人らしい。入り口近くに園芸雑誌やガーデニング本が置かれ、そのどれもがその女性ガーデナーの著書のようだった。
「おひとりで熱心に見られてましたね」
「あぁ、すいません、ジロジロと……」
お店の女性に声をかけられて、焦ってしまった。ここへ来る人は年配の女性が多いらしく、自分のような若い男性は珍しいようだ。
ニコが庭師をしていたことを打ち明けると、庭師には見えないと驚かれる。だがすぐに話は植木や花の話で盛り上がり、かなり長い間立ち話をしていた。
「人が集まるような庭にしたいんです」
彼女はそう言って目を輝かせた。自分が庭師になったばかりの、希望に燃えていたあの頃を思い出す。どんな庭にしようかとお客さんと相談して、わくわくするあの気持ち。彼女との会話は忘れていた心の欲望を掻き立てられた。
帰り際、ご挨拶が遅くなりましたといって名刺を渡された。さっきまで見ていた園芸雑誌に載っていた、有名なガーデナーの名前だったことに驚き、ひたすら恐縮して謝った。慌てるニコを見ながら女性は大きな口を開けて快活に笑った。
ニコもつられて破顔した。
今年の夏は特に暑かった。ぐったりと元気のない植木達に、朝から水を撒く毎日だ。7月の後半に終業式がすむと、子どもたちのいない学校はからっぽで、セミの声だけがひび割れた校舎の壁に染みている。
8月も後半に差し掛かった土曜日、藤堂先生の結婚式があった。
こんな残暑厳しい日に結婚式をしなくても。そう愚痴るニコに先生は笑った。学校の先生というのは夏休みに結婚するものらしい。
結婚式の会場は庭園の中にあった。もともと造園会社が宣伝の一環で始めたバラ園の一部を結婚式場として改装した施設だという。
「挙式だけなら、ニコも参列できるから」
そう言われて一応スーツを着て行ったけれど、部外者の自分が参加してもいいのかと不安になる。でも藤堂先生をお祝いをしたい気持ちもあった。
「うわぁ、ホワイトガーデンだ。こんなきれいなチャペルがあるんですね」
庭園の中に建てられた白亜のチャペルを見た途端、ニコの方がはしゃいでしまった。三角屋根の建物の周りは、強烈な日差しに負けないほど緑の葉は青々と繁り、白バラを基調にユリやクレマチスが咲き乱れていた。
「やっぱりニコは、庭のことばっかりだな」
あきれ顔の先生は、いつまでも眺めているニコを引っ張るようにしてチャペルへと入って行った。
純白の婚礼衣装がホワイトガーデンに映えていた。厳かなオルガンと賛美歌に、交わされる誓いの言葉とキス。たくさんの人々に祝福されてふたりの笑顔は輝くばかりの幸せに満ちていた。
でも一番素敵なのはフォーマルスーツを着こなした先生だと思う。ライスシャワーに歓声をあげる参列者たちを横目に、ニコは先生の涼しげな横顔に見とれていた。
(あぁ、カッコいい……)
素直に口に出しそうになって、慌てて引っ込めた。
正装した先生の隣にいられるだけで心は浮き立った。特別な時間を共有しているみたいで。自分はただの運転手のおまけなのに。
「どうしたの?」
「あの、ポケットのやつ曲がってます」
胸元のポケットチーフをニコが直していると、先生は澄ましていた表情をだらりと崩した。
「さすがに外でスーツは暑いな、早く脱ぎたいよ」
「でも、よく似合ってますよ」
「お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃありません、先生は素敵です」
「はいはい」
必死に言い連ねたけど、まるで信じてくれない。どうしてそんなに自分に対する評価が低すぎるのだろう。それとも自分の言葉に説得力がないのだろうか。
挙式が終わるとすぐ、気だるげな先生を披露宴会場となる、同じ会場内にあるレストランへと送り出した。どこかカフェで待っててくれればいいと言われたけれど、普段着に着替えてから入場料を払い、庭園の中をじっくりとまわった。
広大な敷地の中でテーマごとに植栽は工夫され、手入れの行き届いた庭にこだわりを感じる。イギリス風のボーダーガーデンや、和の雰囲気を感じさせる庭園もあり、どのエリアも夏の花に彩られていた。ニコは入り口近くにあるお店にも立ち寄った。
この造園会社の二代目は、テレビや雑誌にもよく出ている有名人らしい。入り口近くに園芸雑誌やガーデニング本が置かれ、そのどれもがその女性ガーデナーの著書のようだった。
「おひとりで熱心に見られてましたね」
「あぁ、すいません、ジロジロと……」
お店の女性に声をかけられて、焦ってしまった。ここへ来る人は年配の女性が多いらしく、自分のような若い男性は珍しいようだ。
ニコが庭師をしていたことを打ち明けると、庭師には見えないと驚かれる。だがすぐに話は植木や花の話で盛り上がり、かなり長い間立ち話をしていた。
「人が集まるような庭にしたいんです」
彼女はそう言って目を輝かせた。自分が庭師になったばかりの、希望に燃えていたあの頃を思い出す。どんな庭にしようかとお客さんと相談して、わくわくするあの気持ち。彼女との会話は忘れていた心の欲望を掻き立てられた。
帰り際、ご挨拶が遅くなりましたといって名刺を渡された。さっきまで見ていた園芸雑誌に載っていた、有名なガーデナーの名前だったことに驚き、ひたすら恐縮して謝った。慌てるニコを見ながら女性は大きな口を開けて快活に笑った。
ニコもつられて破顔した。
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