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第6章 世界で一番憎い人、世界で一番好きな人
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「……先生、大丈夫ですか」
緊張感のあるニコの声に、先生は目をゆっくりと開けた。車から降りる先生の足元がふらついたから肩を貸す。先生の長い腕が肩に置かれているだけで、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
「寝たら余計に酔いが回ったみたいだ」
「お酒強くないって言ってたのに、どうしてこんなになるまで飲んだんですか?」
「今日は、特別に飲みたい気分だったんだ」
「あぁ、藤堂先生と久しぶりに会ったんでしたね」
「そういうわけじゃないけど……なんだろうね」
先生はそれ以上、何も答えなかった。
リビングへ続く扉を開けると、見慣れた部屋が目に入る。ここへ来るのは2回目だけど、不思議と居心地がいい。
ニコの肩から腕を離して、ソファに腰掛ける。さっき買ったお水を渡すと、先生はごくごくと喉をならして飲み干した。
「もう帰るの?」
そんな風に寂しげに言われると後ろ髪を引かれてしまう。じゃあ泊まっていってもいいですか、なんて聞けるはずもなく。今にも眠ってしまいそうな先生に、わがままなんて言えなかった。
「あ、そうだ。ちょっと待っててください」
抱き枕にもなる大きなぬいぐるみなら、きっと先生も寂しくないはずだ。キョーはニコが置いたままの姿でダイニングチェアにちょこんと座っていた。上着を脱いでいる先生の背中へ、キョーをぎゅっと押しつけた。
「先生! キョーに癒してもらってください」
「あぁ、そういえばいたね、うちには恐竜が」
「ゆっくり休んでください……なんだか元気ないみたいだから」
顔を上げた先生は、キョーを抱えたニコを見て目尻を下げた。
「君は……どうしてそんなに可愛いの」
先生は腕を広げた。
そして両腕でニコをぎゅっと抱きすくめた。
「あっ……」
先生の胸に顔が埋まってる。シャツ越しに感じる肌の弾力とぬくもりが頬を伝って身体の奥底まで流れていった。
壊れそうなくらい強く込められた腕の力に息ができない。身体だけじゃなく心まで鷲掴みにされたみたいだった。
「ニコの正体がやっと分かった。今日は良い日だ」
声も出せずにいるニコを抱きしめたまま、先生はゆるゆると笑った。
「良い日だよ……」
言い聞かせるようにして繰り返される言葉は、やっぱりどこか寂しそうだった。キョーの代わりに彼のそばに居て、癒してあげたいと心の底からそう願った。
先生の背中のシャツをぎゅっと掴んで、ニコは訴えるような声をあげた。
「いつでも呼んでください、すぐに来ますから。もっと頼ってください。今度は僕が、先生の役に立ちたいんです」
「君の過去をようやく知れたんだ。僕は……今のニコが知りたい」
先生のほっそりと伸びた指が、ニコの首筋をするりと撫でて下りていった。いやだ、離さないでと心が叫ぶ。
「ごめんね、急に呼び出したりして。気を付けて帰るんだよ」
自宅に戻ってからもずっと、先生の腕の感触が入れ墨みたいに残って忘れられなかった。
ベッドに倒れ込んで、シーツに顔を押しつける。
先生のしなやかな指先を思い浮かべて身体の芯がぼうっと熱を帯びた。
キョーのついでに抱きしめられただけなのに。
(勘違いしちゃだめだ――)
意志とは逆に指は下へと伸びていき、動かすたびにニコは切なげな声をあげた。
ごめんなさい、先生。
やっぱり忘れるなんてできません。
緊張感のあるニコの声に、先生は目をゆっくりと開けた。車から降りる先生の足元がふらついたから肩を貸す。先生の長い腕が肩に置かれているだけで、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
「寝たら余計に酔いが回ったみたいだ」
「お酒強くないって言ってたのに、どうしてこんなになるまで飲んだんですか?」
「今日は、特別に飲みたい気分だったんだ」
「あぁ、藤堂先生と久しぶりに会ったんでしたね」
「そういうわけじゃないけど……なんだろうね」
先生はそれ以上、何も答えなかった。
リビングへ続く扉を開けると、見慣れた部屋が目に入る。ここへ来るのは2回目だけど、不思議と居心地がいい。
ニコの肩から腕を離して、ソファに腰掛ける。さっき買ったお水を渡すと、先生はごくごくと喉をならして飲み干した。
「もう帰るの?」
そんな風に寂しげに言われると後ろ髪を引かれてしまう。じゃあ泊まっていってもいいですか、なんて聞けるはずもなく。今にも眠ってしまいそうな先生に、わがままなんて言えなかった。
「あ、そうだ。ちょっと待っててください」
抱き枕にもなる大きなぬいぐるみなら、きっと先生も寂しくないはずだ。キョーはニコが置いたままの姿でダイニングチェアにちょこんと座っていた。上着を脱いでいる先生の背中へ、キョーをぎゅっと押しつけた。
「先生! キョーに癒してもらってください」
「あぁ、そういえばいたね、うちには恐竜が」
「ゆっくり休んでください……なんだか元気ないみたいだから」
顔を上げた先生は、キョーを抱えたニコを見て目尻を下げた。
「君は……どうしてそんなに可愛いの」
先生は腕を広げた。
そして両腕でニコをぎゅっと抱きすくめた。
「あっ……」
先生の胸に顔が埋まってる。シャツ越しに感じる肌の弾力とぬくもりが頬を伝って身体の奥底まで流れていった。
壊れそうなくらい強く込められた腕の力に息ができない。身体だけじゃなく心まで鷲掴みにされたみたいだった。
「ニコの正体がやっと分かった。今日は良い日だ」
声も出せずにいるニコを抱きしめたまま、先生はゆるゆると笑った。
「良い日だよ……」
言い聞かせるようにして繰り返される言葉は、やっぱりどこか寂しそうだった。キョーの代わりに彼のそばに居て、癒してあげたいと心の底からそう願った。
先生の背中のシャツをぎゅっと掴んで、ニコは訴えるような声をあげた。
「いつでも呼んでください、すぐに来ますから。もっと頼ってください。今度は僕が、先生の役に立ちたいんです」
「君の過去をようやく知れたんだ。僕は……今のニコが知りたい」
先生のほっそりと伸びた指が、ニコの首筋をするりと撫でて下りていった。いやだ、離さないでと心が叫ぶ。
「ごめんね、急に呼び出したりして。気を付けて帰るんだよ」
自宅に戻ってからもずっと、先生の腕の感触が入れ墨みたいに残って忘れられなかった。
ベッドに倒れ込んで、シーツに顔を押しつける。
先生のしなやかな指先を思い浮かべて身体の芯がぼうっと熱を帯びた。
キョーのついでに抱きしめられただけなのに。
(勘違いしちゃだめだ――)
意志とは逆に指は下へと伸びていき、動かすたびにニコは切なげな声をあげた。
ごめんなさい、先生。
やっぱり忘れるなんてできません。
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