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第8話 顕現するS級妖魔
しおりを挟むそれから、二人は噂の公園までやって来た。
「あきちゃん、ここだよ」
入り口の前で立ち止まり、看板の方へ目をやりながら言う小春。
昭間公園の敷地面積はおよそ九万平方メートル。東京ドーム二個分くらいの、広々とした場所だ。
噴水の広場や並木道のジョギングコース、球技場等の設備があり、休日は多くの人で賑わっている。
しかし、平日の五時過ぎにはほとんど人がいないようだ。聞こえてくるのは、木々の揺れる音と烏の鳴く声のみ。
少々不気味ではあるが、一見何の変哲もない公園である。
「あー、居るなー……」
しかし、秋花は別の何かを感じ取っていた。
「うん、そうだね……」
小春も彼女の言葉に同調する。
「逢魔時《おうまがとき》に姿を現す妖魔には注意しろ……か」
退魔師の間で共有されている警句を口にする秋花。
基本的に、妖魔が力を得てこちらの世界に現れる時間帯は、日が完全に沈みきってからだとされている。
夕暮れ時であるのにも関わらず顕現できるということは、それだけ強い霊力を持った妖魔だというだ。
「で、でも、夜になったらもっと力を取り戻しちゃうから……むしろ、今がチャンスだよっ!」
「…………ああ」
退魔師の間で逢魔時が危険視される理由は、大きく分けて二つ存在する。
一つ目は、前述の通りその時間帯に出会う妖魔は例外なく危険な存在だから。
そして二つ目は、妖魔が完全に力を取り戻していない時間帯であるからこそ、経験の少ない退魔師を焦らせ致命的な判断ミスを招いてしまうからだ。
「やるなら今……」
秋花は小さな声で呟く。
このまま危険な妖魔を放置すればやがて一般人を襲い始め、深刻な事態に発展する恐れがある。
「――と、とにかく先生を呼ぼう!」
ふと我に返った彼女は、慌ててスマートフォンを取り出し、授業をさぼっていることも忘れて魔法塾の教師へ電話をかける。
「……もしもし?」
すると、ワンコール目で相手が出た。落ち着いた男性の声だ。
「た、大変なんだ鳴神先生っ!」
「……ええ、そうでしょうね。あなた達が受けるはずだった授業は、もう始まっているのですから」
「鳴神先生」と呼ばれた男は、呆れた声で言った。
「じゃなくて!」
「とにかく落ち着いて下さい。大変な事態であるということは伝わって来ましたから。……それで、今どの辺りにいるのですか?」
「……昭間公園」
「はぁ、なるほど」
少し間を置いて、鳴神は続けた。
「そこの調査は今朝方に終わっています。結果は問題なし。A級妖魔の反応は誤検知でした。……興味を持って調べることを咎めたりはしませんが、授業をほっぽり出して勝手な行動をするのは――」
「いるんだよ」
「はい?」
「A級かは分からないけどさ、少なくともB級くらいは――――」
秋花が言いかけた、その時だった。
「きゃあああああっ!」
突如として、公園の中で女性の悲鳴が上がる。
「い、今のっ!」
血相を変えて秋花を見る小春。女性が妖魔に襲われていることは明白だった。
「もしもし秋花さん? 何かあったのですか? とにかく、何が起ころうと公園の中には入らないで下さい。その場で待機――」
「ごめん無理! なるべく早く来て!」
「待ちなさい! 私の言うことを――」
秋花はいざという時の記録を残すため、通話の終了ボタンを押さずに、スマートフォンを制服の右ポケットへ入れた。
「はるこ、やれる?」
「う、うんっ!」
持っていた鞄をその場に置き、術を発動させるための札――術式符を取り出して互いに顔を見合わせる二人。
「行こう」
そして、覚悟を決めて悲鳴のした方向へ駆け出すのだった。
*
やがて、二人は悲鳴のした場所へと辿り着く。
公園内の林の中。少しだけ開けた場所だ。
「……うそ……でしょ……?」
「なんだよ……これ……っ!」
そこで目にしたのは、信じ難い光景だった。
「あぁっ、うぐぅぅっ、いやああああああッ!」
叫び声を発していたそれの正体が、人間ではなかったのである。
赤い着物を身に纏った女性の姿をした上半身に、巨大な黒い蜘蛛の下半身。絡新婦の名で呼ばれる妖魔である。
「うっ、ぐぅぅぅっ!」
彼女達が感じ取った禍々しい気配の主は、苦しみ、呻き声を上げていた。
「なんで……!」
状況を飲み込めず立ち尽くす小春。
「妖魔が……叫んでたってこと……?」
つまり女性の叫び声は、妖魔を見ることができる彼女たちにしか聞こえていなかったのだ。
これほどの悲鳴が響き渡っているのにも関わらず、小春と秋花以外、誰も駆けつけて来ないのがその証明である。
「お、おいお前、大丈夫なのかっ?!」
言いながら、秋花は妖魔の元へ駆け寄ろうとする。
「近づいちゃだめっ!」
だが、小春がその腕を掴んで引き止めた。
「でもっ!」
「相手は妖魔なんだよ。ああやって苦しむふりをして、私たちを騙そうとしてるのかもしれない……!」
「わ、分かってるけど……!」
どちらにせよ、妖魔は祓わなければいけない。
二人は、術式符を構えたまま事の成り行きを見守ることしかできなかった。
「たす……けて……」
そんな彼女らに対して、絡新婦が助けを求めるように手を伸ばす。敵であるはずの退魔師に思わず縋ってしまうほどの苦痛が、彼女を襲っているのだ。
「身体の中がっ、焼けるうううううっ!」
「…………っ!」
小春は、せめて楽にしてやろうと術式符に呪力を込めて詠唱を始める。
「水気をもって穢れを雪げ――」
しかしその時。
「あああああああああああッ!」
絶叫と共に、絡新婦の身体が真っ二つに割れた。
「……………………っ!」
予想外の事態に絶句し、言葉を失う二人。
同時に、息絶えた絡新婦の亡き骸から、別の妖魔たちが顔を覗かせていることに気づく。
それは、波打ちうねる無数の白い塊。死肉を貪る醜悪な蝿の子。
「……うぅっ!」
余りにも悍ましい光景を間近で見てしまった秋花は、思わず口元に手を当ててえずく。
「ひいっ!」
小春は体を震わせ、青ざめた顔で一歩だけ後ずさった。
絡新婦の中に巣食っていたのは、一匹一匹が人間の手のひらほどの大きさをした、蛆の妖魔だったのである。
「あ、あきちゃん、だ、大丈夫……。数は多いけど、こいつらなら私たちでどうにか――」
「あー、やっと死んだんだそれ」
二人の背後で男の声がした。小春はとっさに振り返る。
「結構しぶとかったよね。僕、途中で飽きちゃった」
そこに立っていたのは、黒い燕尾服を着た金髪の美青年である。
青年は軽薄な笑みを浮かべ、二人のことを見ていた。
「あなたは……誰ですかっ!」
ただならぬ雰囲気を感じ取った小春は、敵意をむき出しにし、睨みつけながら問う。
「えー……まずはそっちから名乗るべきじゃない? 礼儀がなってないなぁ」
一方青年は、笑顔を崩すことなく言った。
「質問に答えなさいっ!」
小春は甲高い声で怒鳴る。
「……そのキャンキャンした鳴き声で威嚇してるつもりなんだ」
「………………っ!」
秋花は相手の様子を伺いながら、無言で魔力を練り始めた。
「……まあいいだろう。特別に教えてあげるよ。僕の名前は――――君たち人間が言うところの……」
青年はニヤリと笑いつつ、こう続ける。
「蝿の王……ベルゼブブ」
「ベルゼブブ……!?」
秋花は驚愕した表情で青年を見る。
「そうそう。無知蒙昧な君達でも名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
――蝿の王ベルゼブブ。それは、七つの大罪のうち暴食を司るとされる大悪魔。
過去の文献に残された記録から、万が一現世で顕現してしまった場合の等級はSに相当するとされている。
――そして関係のない話だが、友達の居ない少年はまだ帰宅途中である。ちょうど公園の前を通り過ぎたところだ。
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