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第9話 魔法大戦
しおりを挟む退魔師の間で共有されている魔道書『終末信仰』には、人類を滅亡へと導く妖魔の名が書き連ねられている。
蝿の王ベルゼブブは、その一角に名が記された存在。
ベルゼブブがこの世に顕現することを許してしまった時点で、人類は滅亡するとされている。
青年の言葉が真実であるとするのならば、あまりにも絶望的だ。
「嘘をつかないで……!」
――だがありえない。そんな事があって良いはずがない。
小春は青年の言葉を否定した。
「認めたくないのは理解してあげるけど、残念ながら本当のことさ」
不敵に笑う青年。
「ど、どうしよう、はるこ……!」
「落ち着いてあきちゃん。相手は妖魔。……それさえ分かったら後は祓うだけ。言うことなんか信じちゃだめ!」
小春は動揺する秋花を宥め、五芒星が描かれた白い護符を掲げる。
「ところで君達は――生きたままか、死んでから。食われるならどっちがいいかな?」
青年は、小春の行動を一切気に留めず問いかけてきた。
「死ぬつもりなんてないっ!」
目の前の青年――蠅の悪魔を見据えて毅然と答える小春。
「はぁ……つまらない答えだね。――――さあ食事の時間だ、みんなおいで」
彼が呼びかけると、絡新婦に巣食っていたものと同種の蛆たちが、土中から無数に這い出してくる。
「東の蒼龍、南の鳳凰、西の白帝、北の玄冥、集いて並び城門を塞ぎ給え――――四方結界、急急如律令!」
青年が呼び出した蛆の妖魔―― 妖蛆が一斉に襲いかかってくる直前、小春は詠唱を完了させて結界を展開する。
「へぇ、これが辺境の結界術かぁ。随分と脆そうだ」
「あきちゃんお願いっ!」
小春が叫ぶと、秋花は少しだけ冷静さを取り戻して術式符を構える。
彼女が持っているのは、同じく五芒星が描かれた黒い魔符だ。
魔術師と陰陽師にとって、五芒星はそれぞれ別の意味合いを持つ重要なシンボルなのである。
「結界が壊れちゃう……急いでっ!」
「分かった!」
秋花は呪文の詠唱を始めた。
「熱にして乾――火の精霊サラマンダー、ヴァルカン、ゼフォン、ヴェスタよ! 我が呼び声に応えろ!」
現代魔法の基幹術式には、使用者の安全性に配慮した複数の改良が施されている。
したがって、彼女らの唱えた呪文は実際に精霊を「呼び出す」ものではない。
高次の潜在意識にあるそれらのイメージを「呼び起こす」ことで術式を強化するものなのだ。それ故に、旧来の術師から「邪法」と謗られることもある。
「我は汝らに命ず、草原に火を放て――逆巻く炎の嵐ッ!」
秋花の詠唱によって放たれた魔術が、結界に群がる妖蛆《ようしゅ》どもを焼き払った。
「ほぉ、なかなかやるね。君は餌としては良質な魔術師だよ」
青年がそう言って右手を上げると、妖蛆は更に土中から這い出してくる。
群れを焼き払ったところで戦況は改善しない。
この調子では、結界が破られるのも時間の問題である。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
小春が刀印を切り格子状の印を描くと、結界の内側に更なる呪壁が展開される。
「……二重結界ねぇ。まあ、せいぜい足掻いて僕を楽しませてくれたまえ」
離れた位置から二人を眺めていた青年は、背中に隠していた蟲の羽を広げる。
そして、不快な音を発しながら蟲の羽を羽ばたかせ、上空へ飛び去った。
「はるこ、あいつ……」
「そうだね、あきちゃん」
四方を無数の妖蛆が囲み、上空には蠅の王を名乗る悪魔が飛び回る。
常人であれば正気を保っていられないような状況の中――
「やっぱり嘘つきだ」
二人は、勝機を見出していた。
「私たちの魔法を食らいたくないから、手下にばっかり攻撃させてるみたい。……S級の妖魔はそんなことしないよね」
「ああ。奴の正体はたぶん……ベルゼブブの名前だけを借りた眷属……。等級はBくらいだろうな」
三等退魔師である二人が祓えるのはC級まで。依然として厳しい戦いであることに変わりはない。
「B級くらいだったら……今の私たちで祓えるよっ!」
しかし、小春は断言した。自らを鼓舞し、秋花を勇気づけるために。
「ああ、楽勝だね」
そして、秋花もそれに応える。
「……まずはあいつを雷術で撃ち落とす。私に合わせて、あきちゃん!」
「任せな!」
二人は互いに顔を見合わせ、持っていた術式符を天高く掲げた。
――そして同時刻、友達のいない少年はようやく帰宅する。
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