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第65話 柔らかい雰囲気

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 魔王、アドルとの情報交換というか雑談のようなものを終えた私は、張り詰めた政治経済部の大きな部屋の中に小動物の様に動き回るアリシアの姿を見つけた。
 
「あっ、アリシア!」

 思わず声が出た私に気づいたアリシアも「あ、お嬢様!」と声を出す。
 そして、作業を中断したらしい彼女はニコニコと笑顔を浮かべてこちらへと近づいてくるのだった。
 ダバダバとスカートをヒラヒラ左右に振りながら小走りでやってきたアリシアは「私もだいぶ補佐官の仕事に慣れました」と私に報告する。
 もともと王国でも超有能なメイドだったアリシアは、魔王城においても類を見ないほど優秀であるという。
 なので、大戦期に突入しかけているこの忙しい時期に「政治経済部」と「魔王」をつなぐ「補佐官」の役割を担うことになったのである。
 魔王妃である私の直属のメイドである彼女であれば、魔王や宰相であるアドルと魔王軍の現場で働く文官たちの橋渡しも随分と楽に済むとアドルも言っていた。

「まあ、下っ端としては魔王や宰相と直接情報交換することは畏れ多いわよね」

 人間的に言うならば「一般兵」が直接業務報告する相手がまさかの「王もしくは宰相」であるのだ。
 しかも、上下関係や力関係が恐ろしいほど明確な魔王軍であることに加え、このご時世である。
 報告ミスをしないように文官たちは常に緊張を強いられることになるというわけだ。
 そんな時にあらかじめ報告文書を読んで確認してくれたり、なんならそのまま報告を中継してくれる「天使」のような人間が職場に現れたのである。

「文官の魔物たちも幾分かリラックスして仕事をしているような気がしますね」

 目の下に隈を作りながら笑うアドルは「アリシアさんには本当に助けられていますよ」と心からの感謝を口にする。
 同様に魔王も「アリシアは本当に優秀な文官だ」と手放しに誉めていた。
 私は二人に自分のメイドが褒められていることに喜びながらも、限界突破した賢者のような表情で働いている文官たちを見て「これで大分楽になったのか……」と戦慄するのだった。
 
「メルヴィナも頭脳は優秀なんだがな……」

 アリシアから私へと視線を移した魔王が何気なく零す。
 普段ならば私を褒めることなどしない魔王であるので、私は彼からの意外な評価に驚きを隠せなかった。
 魔王の私に対する扱いの変化に気分を良くした私も普段とは違う言葉を彼らにかける。

「ふふふ、今に見てなさい。私も強くなってルシフェルとアドルを支えるわよ!」

 和やかな雰囲気の中で無邪気に笑いながら言う私は見たまま子供の様である。
 しかし、そんな私の方に向けられた目は驚きに満ちたものであった。
 どうやら、二人は私が魔王のことを「ルシフェル」と名前で呼んだことに驚いているらしい。

「なんだか皆さん嬉しそうですね!」

 少し柔らかい雰囲気となった私達3人を見ていたアリシアもニコニコとほほ笑んでいるのだった。


----

 アリシアが仕事場へと戻り、メルヴィナが政治経済部の大部屋を後にした後に残された魔王とアドルが二人で話していた。

「魔王様もメルヴィナ様を少しは認めているようですね」

 優しそうに魔王に声掛けするアドルに対し「少しはな」と照れ隠しするように答える魔王。
 魔物達を支配し、時には労わらねばならない魔王という立場は孤独である。
 それゆえ彼は、物怖じせずに魔王に意見してくれる隊長格やアドル達には日頃から感謝しているのであった。

「あいつはおまえやシグマたちとも少し違う」

 執務机の背後にある窓の外を見ながら、自分で自分に問いかけるように声を漏らす魔王。
 彼は「メルヴィナ」という特殊な存在に不思議な感情を抱かざるを得なかった。
 今までに出会ったことのない、友人のような、庇護すべき娘のような微妙な距離感の存在に困惑しているのである。

「ふふふ、前魔王様も同じようなことを仰っておられました」

 かつての前魔王に仕えていた時のことを思い出して笑みがこぼれるアドルは、先ほどのメルヴィナの柔らかい笑みに「前魔王妃」の姿を映し見たという。
 過去を懐かしむ宰相とは対照的に、メルヴィナの事を考えて悩む自らの姿に気恥ずかしさを感じた魔王は「まあいい、次の書類をよこせ」と仕事を再開するのだった。


 
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