上 下
72 / 91

第66話 みんなの魔王妃メルヴィナちゃん

しおりを挟む


 政治経済部の大部屋を後にした私は、ある目的のために魔王城の広い廊下を歩いていた。
 細く綺麗な脚が向かうその先は「第二訓練場」であり、ある目的とは「魔王妃の実力向上」である。

「さて、魔王妃の実力向上とは言ったものの本当に強くなんてなれるのかしらね……」

 魔王とアドルから伝えられた命令に対して半信半疑の私。
 魔王妃である自らの実力向上は、大戦準備期における私に与えられたミッションである。
 先ほどの魔王たちとのやり取りで出てきた「私も強くなる」という発言は、その場で思いついた言葉ではないということだ。
 私に与えられた任務というのは「魔王軍非常事態宣言」によって決まった行動指針に深く関係しているのである。
 シグマやガウェインのような武闘派には「調査」「殲滅」、アリシアやスターチアのような文官タイプには「外交」「軍事」といった任務が与えられたのだった。
 
「そして、私や一部の魔物には「魔王妃の訓練」が任務として与えられたのよね……」

 やれやれといった感じで独り言ちながらだだっ広い廊下の真ん中を歩く。
 こうして小さな私が中央を堂々と歩いていると、過去に廊下の端っこを歩いていたところをアドルに注意されたことを思い出す。
 魔王軍宰相である彼に「魔王妃様は威厳を示すために廊下の真ん中を歩いてください」と言われたのだ。
 魔王と並び立つ魔王妃は、下々の者から崇められる存在なのでそうする必要があるのだとか。
 そんなことを考えながら歩いていると「魔王妃様!お勤めご苦労様です!」とすれ違う魔物達に声を掛けられる。
 リスのような小さな魔物から、私よりも遥かに大きいトカゲのような魔物まで次々と挨拶してくるのだった。
 私はその一つ一つに丁寧に声をかけながら廊下を進んでいく。
 
「しかし、魔物たちも大分私に慣れたみたいね」

 魔王城に来たばかりの頃は「小さな魔王妃」といえど、やはり相当に畏れ多い存在として認知されていたらしくなかなか魔物たちの反応も硬いものであった。
 だが、この頃は魔王妃メルヴィナのフレンドリーで温かい対応が魔物達からも好評であるらしく大変喜ばしい。
 中には「メルヴィナ様のためなら死ねる」といった狂信者のような魔物まで出始めてきているらしく少々困惑する私である。
 私が声をかけると「異常に張り切って結果を出す魔物」が最近増えているという話をアドルに聞いたときは、驚きを通り越して少し呆れてしまった。
 とはいえ、徐々に私という存在が魔王軍全体で認められつつあり、魔王妃として順調に成長しているということである点は素直に喜べることである。

「もきゅ!もきゅ!」

 活気に満ちた大戦準備期の廊下を歩いていると、進行方向の曲がり角からワタアメが現れてこちらへ走ってくる。
 近頃は文官の事務仕事の手伝いをしていた私は日中にワタアメと触れ合う機会が少なかった。
 昼間に会うのは久しぶりだったので、嬉しそうな様子のワタアメは妙に私に甘えてくる。

「こらこら、私はこれから「訓練」に行かないといけないから」

 口では注意しながらも、腕の中で幸せそうにくっついてくるワタアメに悪い気はしない。
 ただ、この子もどうやら「訓練」についてくる気でいるらしく、私の腕から離れる様子はなかった。
 まあ、ワタアメがいても特に問題はなさそうだからいいだろう。
 そういうわけで、私はワタアメを抱っこしたまま「人狼のロキ」が待つ第二訓練場へと向かうのだった。


----


 第二部隊所属の軍人である「人狼のロキ」はとにかく「賢い」魔物であるという。
 そんなロキの魔物達からの評判は基本的に良いものが多かった。

「ロキ?あいつはすげえやつだよ」
「なんというか、2手3手先を読まれているというか……」
「とにかく組手の時とかもやりづらいんだよね」
「武闘家の癖に魔法も使えるなんてズルいよな」
「文官の僕らにも丁寧な対応で報告してくれるからありがたいよね」

 魔物達から聞いた彼の噂はこんな感じであり「理知的で魔王軍には珍しいタイプの魔物?」と私は思うのだった。
 魔物たちの評判も、私が訓練場にいる彼を見た時に感じた「荒々しさ」のようなものとは異なる意見が多いように感じる。
 ガウェインが以前ロキについて「攻撃に転じる際の踏み込みが異常に速い」と評価していたことからも、彼が武術に秀でたタイプであることは分かるのだが「魔法が得意」とか「文官からも好評」とかそういった点が良くわからなかった。
 直接ロキと話したことが未だない私は、彼がいったいどんな魔物であるのだろうかと想像を膨らませていく。

「まあ、会ってみたら分かるでしょうし、前評判は悪くないから大丈夫よね」

 私の何気ない一言に腕の中にいるワタアメも「もきゅ!」と肯定の一鳴きをあげる。
 私が何を考えているのかワタアメが分かっているのかどうかは知らないが、彼女の頭を撫でながら私は第二訓練場の門をくぐるのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...