竜攘虎搏 Side Tiger

怜悧(サトシ)

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「派閥、抜けたい……って?」
幹部の先輩に一緒に抜ける元宮たちを誘って、入っている派閥からの決別をしにいくと、途端にざわりと色めきたつ。
高校に入学してから去年一年間、世話にはなっていた先輩たちだ。こんなことはやはり言いにくくはある。
合併を繰り返して大きくなったオレ等の済む市には、六つの公立高校がある。
偏差値が一番高く優秀なやつらが集う第一高校、真面目な奴等ばかりの南高校、進学高の北高校、就職組が殆どの中央高校、ヤンキーばかりの西高校、ヤンキーしかいない東高校といった具合だ。
その中でも西と中央と東が三つ巴で縄張り争いをしている。
オレが通っているのは、底辺のラインの東高校である。
学校内でも派閥があり、常に校内抗争が勃発している。
今の状況では、オレがこれから辞めようとしている眞壁派と、敵対している小倉派の二分されている。
今年は、眞壁派のアタマである眞壁士龍がテッペンとして学内を牛耳ると思っていたのだが、この間の外部チームとの抗争で補導されて停学になったらしく、出席足らずで留年が決まったらしい。
「ココにいても、眞壁さん、テッペンとれねえじゃないですか。あの人はそんなもんかまわねぇっていうし、オレはそんな人の下につきたくねえです」
恩とか情とかじゃなく強い奴の下にいたいと告げると、幹部の村澤さんは拳を握りしめた。
この人は激情型の武闘派なので、敵に回すと厄介である。
「抜けてどうすんだ。小倉ンとこにでも行くのか」
「行きませんよ。小倉さん、眞壁さんより弱いじゃねえですか。オレは自分の派閥を作ります」
「いま、シローは入院中だし、戻るまで待てねえのか?」
隣でボールを天井に投げて遊んでいたもうひとりの幹部の栗原さんが、ボールをキャッチしながらオレに向き直ると、飛びかかりそうな村澤さんを腕で制する。
「待って、どうするんすか?」
「そりゃあ、士龍とタイマン勝負だろ。派閥作るとか息巻いてるやつにお仕置きしてもらわねえとな」
村澤さんは、どうせオマエじゃ勝てないとばかりに挑発するようにオレを見返した。
「ショーへー、黙って。待ったところで、アイツは富田とタイマンはやらねえよ。自分より弱い奴に手は出さない奴だ。士龍は寂しがるけどね、アイツがいたって止めないだろうし」
「栗原さん。オレが弱いとか、馬鹿にすんな」
静かに正論を告げる栗原さんの言葉に腹が立って噛みついた。
「自分より強いヤツとしか、シローはやり合わない。そんなの、もう分かってるだろ?」
そうだ。だから、敵である小倉さんにも手は出さない。
テッペン争いをすればどちらが上になるかは、火を見るよりも明かで、それを分かっている小倉さんが保身で手を出さないのも、校内の奴らはみんな知っている。
「……オレとツレの元宮と三門、藤江は今日限り派閥抜けさせてもらうんで」
「一人で出てくこともできねえなんて、とんだ甘ちゃんだなッ」
オレを煽るような挑発の言葉を投げる村澤さんを、栗原さんは押さえつけると、面倒は困るとばかりにさっさと出てけという視線をオレに向けた。
これ以上の長居は禁物だなと、オレはたまり場だった空き教室を後にした。



教室へ戻ろうとすると、扉の前に同学年の木崎が仁王立ちで立ち塞がっていた。ヤツは盲目的に眞壁を崇拝している。
最初は気が合ったが、オレが不満を唱え始めた最近では反目しあっている。
「栗原さんから、オマエらが抜けたって聞いた」
つかつかとオレに近寄り、グイッ胸ぐらを掴みあげてきた。
「ああ、そうだ。何か?」
「オマエら、うちと敵対するつもりか?」
冷静な口調をこころがけているつもりだろうが、声の端々には苛立ちと怒りに満ち溢れている。ギリギリと睨みつけてくる視線の強さに、オレは息を吐きだした。離反イコール敵対だとは、頭の構造が単純すぎる。
「ココにいても、テッペンとれねえなら自分でとるっきゃないだろ。出てくのはそれだけの理由だ。眞壁さんが今更テッペン争いに出てくるとも思えねえけど」
 争いに出ることすらしないなら敵でもないし、味方でもない。
「士龍さんが居ない時にワザワザ出てくのは、喧嘩売ってるってことだろ。出てくッていうなら俺が相手になる」
「木崎、やめとけよ。オマエじゃオレに勝てないし、オマエを潰したら、それこそ眞壁さんにケンカを売ることになる」
わざわざ眠っている龍を起こすような真似はしない。
オレが知ってる眞壁士龍という男は、仲間を大事にしてはいるが、それを頼りにはしていない。だから人数が増えようと減ろうとまったく気にはしない。すべてを己のチカラだけで全て解決しようとする、ワンマンな男である。
「ハッ、やっぱり士龍さんには勝てねえからって、いねえときに出て行って他でオマエがお山の大将したいだけの話だろ。とんだ猿野郎だな」
「そう思われても仕方がねーけど。仮に眞壁さんが居たとしても、オレは眞壁さんが引き止める人だとは思えないけどな」
 オレたち派閥の奴らは、彼にとっては庇護すべきだけの取り巻きで、あてになんか絶対にしていない。
派閥の人数なんて、彼にとっては守るだけの重荷でしかないように思っていた。
 オレはいつもその背中を見てるだけで、守られるだけで何もできなかった。
彼の横に立って一緒に戦える時がくると思ってたからこそ、この派閥に入ったのだ。
「木崎、オマエもわかるだろ?」
正直、この高校では眞壁士龍という男が一番強く、そして仲間から慕われている男だということは周知の事実である。
何時も余裕そうにかまえていて、何一つ大変な顔すらせずに片付ける。恩着せがましくもなく、野心も全くない。
男として憧れはする。
圧倒的な強さの下にいることは安心感はあるが、そんな安心が欲しくて派閥に入っていたわけではない。
オレの中にある、ふつふつと煮えたぎる感情は、それだけじゃ足りないとばかりいっている。
それを掴み取るためにも、オレは眞壁さんの庇護下にいることをよしとはできなかった。
木崎はオレの言葉に反論を返そうと口を開きかけたが、思いつかなかったのか、上着から手を外した。
「……勝手にしろっ」
木崎はそう捨てゼリフを吐いて、別の教室へと向かって歩いていった。

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