僕の過保護な旦那様

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二章

157.加速していく

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「マティアス様も見にいく?」
「え? 何のことですか?」
 フェリーチェ様に何かに誘われたけど、何のことか分からなかった。

「前に孤児院に連れて行ってくれたでしょ? 騎士たちに作らせてみたから見にいくかなって」
 ポポの刺繍が施されたハンカチだろうか?
 それなら見てみたい。フェリーチェ様は子どもたちに好きな色を聞いていたし、色んな色があったら可愛いのかもしれない。

「見てみたいです」
「じゃあシルくんも連れて見に行こうよ。ルカくんは騎士が大勢いるところはまだ無理かな?」
「僕はやめておきます。ハリオが怒るから……」
 え? ハリオってルカくんに怒るの? 僕だってラルフ様に怒られたことなんてほとんどないのに。
 釣った魚を大事に大事に手も出さずに囲い込んでいるってことか。
 ルカくんが納得してるなら何も言わないけどさ、前に家出したニコラみたいにストレス溜めて爆発しないといいよね。

「ママみて! いっぱい! これかわいい!」
「うん、そうだね」
 会議室みたいなところに並べられたハンカチやスカーフ、木彫りのおもちゃ、ぬいぐるみ? 刺繍入りのエプロンもある。
 これ、数が多すぎない?

「フェリーチェ様、こんなにあるんですね」
「うん。王家直轄の領地にある孤児院全部に送るんだって」
「へ、へぇ……」
 ポポ、恐ろしい子。まさか王都を出て更に侵略を進めるなんて。この国はポポに支配されてしまいそうだ。

 それよりさ、なんで全部ポポがモチーフになってるの? 他にも花とかリボンとか、男の子用なら剣とか盾とかでもいいと思うんだ。
 なんで全部ポポなの?
 無数のポポのつぶらな瞳がちょっと怖く見えた。

「フェリーチェ様、他のデザインはないんですか?」
「マティアス様も分かってると思うけどさ、刺繍するのに一番簡単なんだよね。まだみんな初心者だから複雑な刺繍ができるのは一部だけなんだよ」
「なるほど」
「それに、みんな同じなら喧嘩しないでしょ?」
 そういう理由もあったのか。
 理解はできる。理解はできるけど……

「あと、単純に騎士の間でポポが流行ってるって理由もある」
 それが一番の理由かもしれない。流行りなんて一過性のものだ。年が明ける頃にはみんな他のものに気が移ってるんだろう。

 僕がフェリーチェ様と話していると、シルがポポの大きなぬいぐるみをジッと眺めていた。欲しいんだろうか?
 そういえばシルも、あまり物をねだらない。どれがいいかって聞くと答えるけど、地べたを転がりながらあれが欲しいと駄々をこねるようなことはしたことがない。
 いや、シルが欲しいと言う前に僕やラルフ様が与えたい衝動に駆られて「これは?」「あっちのは?」なんて勧めているからかもしれない。

 物はねだらないけど、やりたいことはやりたいと言えるんだから大丈夫だ。でも気になってしまう。
 僕はシルがどうするのか見ていた。

「ラル、あれつくれる?」
 シルはラルフ様の服を掴んで話しかけた。
「あの大きいクッションか?」
 あれはぬいぐるみではなくクッションだったのか。ずいぶん大きく進化したものだ。
「うん」
「欲しいのか?」
「えっと……あれはぼくのじゃないから」
「誰が作ったか聞いてやろう。欲しいなら作った人にお願いすれば作ってもらえるかもしれないぞ」
「うん」
 シルはお願いできるかな?

 ラルフ様が周りにいた騎士たちに、誰が作ったのか聞いてくれている。シルは少し緊張しているみたいだ。
 そして作った人を呼んでくれた。ポポクッションを作ったのは僕が知らない人だった。
 ちょっと目つきの悪い筋骨隆々の大きな人だ。

「あのクッションつくったの?」
「ああ、俺が作った。可愛いだろ?」
 意外にも彼はしゃがんでシルと同じ目線になり、にこやかに対応してくれている。
「うん、かわいい」
「欲しいのか?」
 彼がそう尋ねると、シルは手をモジモジと動かして、少し迷っている。そして彼の耳元で彼にしか聞こえないように何かを話した。

「ふはっ、いいぞ。作ってやる! 楽しみに待ってろ」
「うん! ありがとう!」
 シルは無事に彼にお願いできたようだ。
 うちの子が成長してる。ちゃんと自分でお願いできた。僕はシルの成長を目の当たりにして胸が熱くなった。

 各地の孤児院に届けられるポポたちは、それぞれ箱に詰められて運ばれていった。
 その数日後、シルがクッションをお願いした彼が、ポポの大きなクッションを持ってうちを訪ねてきた。

 彼はイーヴォと名乗った。
 それ抱えて街を歩いてきたの? なかなか勇気がありますね。

「シルくんに届け物です」
 先日見せてもらった孤児院に送るものよりかなり大きい。

「シルを呼んできます。少しお待ちください」
 応接室に通そうとしたら、すぐに帰るしできれば庭がいいと言うので庭に案内した。
 シルにイーヴォさんが来たことを伝えると、シルは走って彼の元に向かった。

「すごい! ありがとう! パンみせてあげるからきて!」
 シルは大好きなパンを彼に紹介することにしたらしい。僕もついていくと、彼はクッションを持ったままパンの小屋に向かった。

「パンだよ」
「この子がパンか。確かに小さいな」
「ここにおいて」
「分かった」
 え? イーヴォさんは持ってきたポポクッションをパンの小屋の中に置いた。
 もしかして、シルは自分のためじゃなくパンのためにクッションを頼んだの?

 僕は今すぐにシルを抱き上げてヨシヨシしたい衝動に駆られたけどグッと堪えた。
 そしてシルはイーヴォさんに「ちょっとまってて」と言って家の中に走って行った。

「イーヴォさん、シルはパンのためにクッションを作ってほしいとあなたにお願いしたんですね」
「馬用に作ってほしいと言われた時は驚いたが、誰かのためにってところが気に入った」
「無茶なお願いを聞いていただきありがとうございました。お代はどれくらいお支払いすればよろしいでしょう?」
 馬用のクッションを作ってほしいなどと無茶なお願いをして、材料費もかなりかかっていそうだ。

「必要ない。シルくんが払ってくれることになっている」
「え? シルが?」
 僕はシルにお小遣いをあげたことはない。買い物をするときに、お金の価値やお金にどんな種類があるのかは教えたけど、触らせたこともあるけど、与えたことはない。
 シルはどうやって支払うつもりなんだろう? 実はラルフ様にお金をもらっていたんだろうか?

「イーヴォ!」
 シルの手に握られているのは、たぶんチェルソが包んでくれたであろうポポクッキーと、シルが色を塗ったポポ一族だった。
 もしかしてお金ではなく物々交換ですか?

 シルはイーヴォさんに濃い青色にパンらしき絵が描かれているチンアナゴと、赤に何か文字が書かれているチンアナゴをクッキーと一緒に渡した。
「イーヴォさん、いいんですか?」
「ああ、シルくんと交渉して決めたことだ。金など稼げばいいが、これは買おうと思っても買えるものではない価値のあるものだ」
 イーヴォさんは目尻に皺を寄せて笑って、「またな。パンにもまた会わせてくれ」とシルの頭を撫でて帰っていった。
 いい人だ。

 後でラルフ様に聞いたら、イーヴォさんは第二騎士団の大隊長だった。クロッシー隊長より上の人だ。さん付けで呼んでしまったが大丈夫だろうか?

「シル、抱っこしてあげる」
「うん!」
 シルは偉いな。パンのために自分で交渉するなんて。ラルフ様が帰ってくると、ラルフ様にも今日のことを話して、二人でシルを甘やかした。

 
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