僕の過保護な旦那様

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二章

92.リーブとリズ

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 懐かしい風景だ。
 左右に広がる緑の絨毯の真ん中を走っていく馬車の中から景色を眺める。吹いてくる風の匂いまで懐かしい。
 ここまで来たらもう安全だ。

 遡ること二日前、クリスがうちの馬車に乗りたいと言って、馬車の中が賑やかになった日だった。
 僕たちが乗る馬車を含む馬車四台を騎馬の私兵十名に囲まれながら領地へ進んでいたんだ。
 ヒヒィーン!
 馬の嘶く声と、私兵たちの「野盗だ!」「配置につけ!」という叫び声、バタバタと走り回る音が聞こえてきた。
 僕は軽いパニックだったのに、リズが冷静なのは分かるけど、シルもクリスも冷静だった。
「くんれんのせーかを出す時がきた」
 クリスがそう言うと、シルが「りょーかいした!」と元気に答えた。
 訓練の成果って何? とは思いつつ眺めていると、僕とリズとシルとクリスの四人は身を屈めて馬用の牧草の束が表面に括り付けてある布の下に潜り込むことになった。
「ママ、しずかにしてうごかないでね」
 シルが小声で話しかけてきた。僕はうんうんと首を縦に振って、それ以降はジッとしていた。

『こっちの馬車はどうだ?』
 剣を交える音が微かに聞こえる中、話し声が聞こえてきた。
『この馬車だけ小さいな』
『あー、ダメっすね、これ馬の餌っす』
『何だよ、くっ……』
 それ以降は内容が分かるような声は聞こえなかった。

「マティアス様、片付きましたよ」
 しばらくすると牧草が括り付けられた布の端を少し捲って、リーブが覗き込んで話しかけてきた。
 僕はホッとしたんだけど、リーブの白い手袋が赤く染まっていた。
「リーブ、怪我したの?」
「いいえ」
「でも手袋が……」
「おや、私も腕が落ちてしまったようです。ご心配をおかけして申し訳ありません。これは敵の返り血なので問題ありません」
 そうなんだ……
 リーブいつの間に戦ってたの? 戦う格好じゃないよね?
 御者をするというのに、いつも通りの皺一つないピシッと決まった執事服を着てるし、白い手袋したまま戦ったの? 武器は? まさか素手ってことないよね?
 みんなで布の下から出ると、事後処理のために馬車を少し端に避けて待つことになった。
「私は少し失礼しますね」
「あ、うん」
 リズが一礼して馬車を降りていった。お花を摘みに行ったのかもしれない。

「シル、うまくいったな」
「うん!」
 そういえば訓練の成果とか言っていたと思って二人に聞いてみると、戦えないシルとクリスは隠れる訓練をしていたから、その成果が出たのだと誇らげに答えてくれた。
 かくれんぼがこんなに役立つなんて知らなかったよ。かくれんぼ侮るなかれ。

 しばらく休むと、リズが戻ってきたんだけど、白いブラウスの袖口とエプロンの端に血がついていた。
「リズ、どこに行ってたの?」
「後処理を手伝っておりました」
「そうなんだ。リズはメイドなんだからフックスの私兵に任せておけばいいんだよ」
 やけに遅いとは思っていたけど、まさか野盗の処理をしていたなんて。
 それから少し経つと馬車は出発した。

 ーーということがあった。
 僕は戦いを見ていないけど、リーブやリズの服に血が付いてるのを見て少し怖かった。だから見慣れた懐かしい景色が広がって安心したんだ。
 長閑でいい眺めだ。春の香りがする。
 今日はシルがクリスの馬車に乗せてもらっているから、馬車の中は僕とリズだけ。
「ぼくがいないとさみしいから」と言って、シルはまたチンアナゴの置物を貸してくれた。視線を落とし膝の上に置かれたチンアナゴの置物を見る。
 ラルフ様、元気かな?
 違う! 僕はチンアナゴを見てラルフ様を思い浮かべたわけじゃないんだ!


 そうこうしているうちに屋敷に着いた。
 本当に懐かしい。出迎えてくれる使用人も懐かしい顔ぶればかりだ。
「シル、挨拶できる?」
「シルヴィオです。おせわになります」
 うちの子偉い!

 お義姉さんが王都に来ていないと思ったら、赤ちゃんを抱っこして現れた。足元には二歳くらいの男の子がくっ付いている。
 可愛い! クリスに兄弟がこんなにいたなんて知らなかったよ。

「マティアス、話がある」
 父上に真面目な顔で呼ばれて、お義姉さんとクリスにシルを預けると僕は父上の部屋に一緒に向かった。リーブとリズは見当たらなかった。荷物を下ろしたりしてるんだろう。
「長旅は疲れたろ。そこに座ってくれ」
 ソファに座るよう促されて、父上の部屋は久々だなと思いながら、辺りを軽く見渡してソファに座った。
 僕が座ると、父上は上着を脱いで向かいに座った。

「父上、それでお話とはなんですか?」
「まず感謝したい。助かった。お礼の品は何がいい? 金か? それとも何か品がいいか?」
「はい? その感謝もお礼も意味が分からないんですが」
 馬車にクリスを乗せてあげたことかとも思ったんだけど、それならシルも乗せてもらったんだから違う。思い当たるとしたら、リーブが野盗との戦いに参加したこと、リズが後処理を手伝ったことだろうか?
 お礼の品をもらうほどでもないと思うんだけど……

「野盗に襲われた時、執事の彼が大半を倒してくれた。それとメイドの彼女は敵のアジトを潰してきた」
「…………」
 なにそれ、僕知らないんだけど。アジト? それはいつの話? もしかして馬車を降りて後処理をしてきたと言っていた時?
「おかげでうちの私兵も馬も無傷だ」
「そうですか。彼らにほしい物を聞いてみます」
 僕の知らないところで何が起きてたの? 誰か教えて下さい。
 当事者に話を聞くために僕はリーブを探した。屋敷や庭をうろうろしていると、リーブは馬車のところで荷物を運んでいた。

「リーブ、野盗が出た時ほとんどの敵を一人で倒したって本当?」
「大した数ではありませんでしたので。兵の方々の仕事を奪ってしまいましたか?」
 父上が言っていたことは本当だった。
「無傷だったって感謝されたよ。お礼くれるって言ってたから何がいいか考えておいてね。なければお金にする」
「座りっぱなしで少し体を動かしたかっただけですし、お礼など不要とお伝えください」
 少し体を動かしたかっただけ……
 何も希望がないならお金を受け取って給金と一緒に渡そう。

「リズを知らない?」
「厩舎にいると思います」
 リズが馬を連れていってくれたみたいだ。付き添ってくれる使用人が少ない時は僕も手伝わなきゃと思って厩舎に行ったんだけど、うちの馬の場所は既に整えられていて、リズがブラッシングをしていた。
 馬か……王都に戻ったら乗馬の練習、してみようかな。

「リズ、野盗が出た時に言ってた後処理ってアジトを潰すことだったの?」
「ええ、そうですね。野放しにしておけば帰り道が安全ではなくなります」
 そうかもしれないけど……
 一人でアジトに乗り込むのはどうかと思う。
「父上が感謝していて、お礼くれるって言ってたから、何がいいか考えておいてね」
「大したことはしていませんし、不要とお伝え下さい」
 野盗のアジト潰すのは大したことだと思う。
 僕の感覚が間違ってるの?


 
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