84 / 600
二章
83.ニコラの家出
しおりを挟む僕がお休みの日、シルと一緒に赤い屋根の教会に行こうと準備をしていると、ラルフ様が帰ってきた。
「ラルフ様、今日はもうお仕事が終わったんですか?」
「いや、アマデオが来ていないから探しにきた」
「昨日の夜はニコラと一緒に夕食を食べていましたよね。ニコラに聞いてみましょうか」
僕はニコラの部屋を訪ねたんだけど、部屋にニコラの姿はなかった。仕事かもしれない。
「ニコラはいませんでした。アマデオもニコラを送って街の巡回に行っているだけかもしれません」
「そうか。俺は戻るが、アマデオがどこかで遊んでいたら騎士団本部に戻るよう伝えてくれ」
「分かりました」
アマデオはニコラのことをいつも心配していて、ニコラの職場周辺をよく巡回している。
それはニコラから聞いていたことで実際に僕は見ていないんだけど、ニコラが「アマデオが仕事をサボっているかもしれない」なんて気にしていたんだ。
僕もまだラルフ様の部下のみんなが王都に来る前は、花屋の周辺でよくラルフ様を見た。たぶん自主的に巡回してたんだと思う。
頭に草を乗せたり、泥だらけの格好でバレないようにしていたみたいだけど、王都ではそんな格好はかえって目立つ。
僕はそんな経験があるから、心配しなくてもラルフ様も同じようなことをしていたと言っておいたけど、ニコラは自分のせいで一度アマデオが謹慎になっているから気にしているみたい。
ってことで、アマデオはニコラの職場周辺を巡回していると思うんだよね。でも不思議なのは、ラルフ様もそれを知っているはずなのに家に探しに戻ってきたことだ。
雪山で遭難しても無事帰ってくるくらいのアマデオなんだから、きっと心配いらないと思い、僕とシルは準備してバルドと共に赤い屋根の教会に向かった。
もう夏も終わる時期なのに今日も暑い。僕たちが孤児院に着くと、シスターが孤児院の庭に大きな桶を出して、みんなで水遊びをしていた。
「ママぼくもやっていい?」
「いいよ、行っておいで」
濡れたとしてもすぐに乾くだろう。一部の女の子はシルが海のお土産としてあげた貝殻を並べて遊んでいる。喜んでもらえているようでよかった。
「マティアス様、ラルフ様とは仲直りできたんですか?」
みんなに混ざって水遊びをしているシルを眺めながら、バルドと一緒に花壇の手入れをしているとバルドが聞いてきた。
「え? 喧嘩なんてしてないよ」
「それならいいんです。お二人が仲良しでないと、家の中が荒れますので……」
家の中が荒れる? もしかしてそれって、この前ラルフ様が門の前で待ち構えていたことと関係ある?
恐る恐る聞いてみると、僕が帰っていないことを知ってラルフ様はすぐに花屋へ向かったらしい。それでルーベンとタルクと共に帰ったと聞いて家に帰ってきた。それなのに僕がいないから、家の各部屋を全て開けて僕を探し、色んな部屋をぐちゃぐちゃにした。それを止める使用人に「マティアスをどこに隠した」と詰め寄って、リーブがルーベンと訓練していることを伝えると、床を踏み抜く勢いでドスドスと玄関に向かって、櫓の上に登ったそうだ。
それで僕が帰ってくるのが見えたから門の外で待ち構えていたのか……
「なんかごめんなさい」
「いえ、お二人が仲直りされたならいいんです」
ラルフ様を悲しませただけでなく、周りにも迷惑をかけていたなんて……
本当に申し訳ない。
全身がビショビショに濡れたシルを連れて家に帰ると、アマデオとラルフ様がいた。アマデオが見つかったなら良かった。そう思ったのに、そわそわと落ち着かない様子のアマデオが気になった。
「アマデオ、何かあったの?」
「ニコラがいなくなったそうだ」
アマデオの代わりに答えてくれたのはラルフ様だった。
ニコラがいなくなった? それってまさか攫われたとか?
「助けに行かなきゃ! ニコラは誰に攫われたんですか?」
なぜニコラの一大事にこんなところでのんびりと座っているのかが分からない。
「いや、ニコラは攫われたわけではない。職場にも休むと伝えて家出したそうだ」
「家出!?」
家出……僕はしたことないけど、しようと思ったこともないけど、ラルフ様は一度したことがある。あれを家出と呼んでいいのかは分からなけど、十日も連絡もせず帰ってこなかったんだから立派な家出だと思う。
「それはアマデオが原因なの? それとも別のこと? この家が嫌とか?」
「俺だと思う……」
アマデオは俯きながらそう呟いた。何があったか聞きたいけど、他人の恋愛にどこまで踏み込んでいいのか分からない。ニコラは色々話してくれるけど、それが全部ってわけじゃないだろう。
そう思って迷っていると、ラルフ様はおもむろに僕に近づいてきて、僕の袖口のナイフを掴んだ。
シュッシュッ
「これで大丈夫だ」
……もしかして、また虫でもいましたか? ラルフ様はこんな時でもブレませんね。
あとで窓辺に吊るしてある虫除けのハーブを、バルドに新しいものに交換してもらおう。
行き先に心当たりはないのかと聞いてみたんだけど、職場や一緒に行った店、公園など全て回ってみたけどいなかったそうだ。一緒に行ったお店や公園、もしかして全部覚えてるの? アマデオって記憶力いいんだね。
田舎に帰った可能性を考えたんだけど、もうニコラが生まれた村に家や畑は無いと聞いているし、王都に来る前に借りていた部屋も引き払っていると聞いている。だとしたら帰る場所なんて……
「王都の門番からは、それらしき人物は外に出ていないと聞いている。王都にいるのならそれほど危険はないだろう」
え!? 僕はラルフ様の言葉に耳を疑った。
ーー王都にいるのならそれほど危険はない
ラルフ様……とうとう分かってくれたんですね。僕が何年もかけて王都は安全だと言ってきた甲斐があった。
僕はニコラのことをしばし忘れて、ラルフ様の言葉に感動していた。
おっといけない。今はそんな場合ではなかった。
でも王都から出ていないのなら、野盗に襲われるということはないし、ニコラの身が危険に晒されているということもないだろう。
一人で考えたいことがあるのかもしれない。仲がいい二人なんだから、このまま終わってしまうとは思えなかったし、本当に終わってしまうならきっと僕たちに挨拶してくれるはず。
この時の僕はニコラは二、三日したら戻ってくると思っていた。
584
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる