僕の過保護な旦那様

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二章

83.ニコラの家出

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 僕がお休みの日、シルと一緒に赤い屋根の教会に行こうと準備をしていると、ラルフ様が帰ってきた。
「ラルフ様、今日はもうお仕事が終わったんですか?」
「いや、アマデオが来ていないから探しにきた」
「昨日の夜はニコラと一緒に夕食を食べていましたよね。ニコラに聞いてみましょうか」

 僕はニコラの部屋を訪ねたんだけど、部屋にニコラの姿はなかった。仕事かもしれない。
「ニコラはいませんでした。アマデオもニコラを送って街の巡回に行っているだけかもしれません」
「そうか。俺は戻るが、アマデオがどこかで遊んでいたら騎士団本部に戻るよう伝えてくれ」
「分かりました」

 アマデオはニコラのことをいつも心配していて、ニコラの職場周辺をよく巡回している。
 それはニコラから聞いていたことで実際に僕は見ていないんだけど、ニコラが「アマデオが仕事をサボっているかもしれない」なんて気にしていたんだ。
 僕もまだラルフ様の部下のみんなが王都に来る前は、花屋の周辺でよくラルフ様を見た。たぶん自主的に巡回してたんだと思う。
 頭に草を乗せたり、泥だらけの格好でバレないようにしていたみたいだけど、王都ではそんな格好はかえって目立つ。
 僕はそんな経験があるから、心配しなくてもラルフ様も同じようなことをしていたと言っておいたけど、ニコラは自分のせいで一度アマデオが謹慎になっているから気にしているみたい。

 ってことで、アマデオはニコラの職場周辺を巡回していると思うんだよね。でも不思議なのは、ラルフ様もそれを知っているはずなのに家に探しに戻ってきたことだ。
 雪山で遭難しても無事帰ってくるくらいのアマデオなんだから、きっと心配いらないと思い、僕とシルは準備してバルドと共に赤い屋根の教会に向かった。

 もう夏も終わる時期なのに今日も暑い。僕たちが孤児院に着くと、シスターが孤児院の庭に大きな桶を出して、みんなで水遊びをしていた。
「ママぼくもやっていい?」
「いいよ、行っておいで」
 濡れたとしてもすぐに乾くだろう。一部の女の子はシルが海のお土産としてあげた貝殻を並べて遊んでいる。喜んでもらえているようでよかった。

「マティアス様、ラルフ様とは仲直りできたんですか?」
 みんなに混ざって水遊びをしているシルを眺めながら、バルドと一緒に花壇の手入れをしているとバルドが聞いてきた。
「え? 喧嘩なんてしてないよ」
「それならいいんです。お二人が仲良しでないと、家の中が荒れますので……」
 家の中が荒れる? もしかしてそれって、この前ラルフ様が門の前で待ち構えていたことと関係ある?

 恐る恐る聞いてみると、僕が帰っていないことを知ってラルフ様はすぐに花屋へ向かったらしい。それでルーベンとタルクと共に帰ったと聞いて家に帰ってきた。それなのに僕がいないから、家の各部屋を全て開けて僕を探し、色んな部屋をぐちゃぐちゃにした。それを止める使用人に「マティアスをどこに隠した」と詰め寄って、リーブがルーベンと訓練していることを伝えると、床を踏み抜く勢いでドスドスと玄関に向かって、櫓の上に登ったそうだ。
 それで僕が帰ってくるのが見えたから門の外で待ち構えていたのか……

「なんかごめんなさい」
「いえ、お二人が仲直りされたならいいんです」

 ラルフ様を悲しませただけでなく、周りにも迷惑をかけていたなんて……
 本当に申し訳ない。

 全身がビショビショに濡れたシルを連れて家に帰ると、アマデオとラルフ様がいた。アマデオが見つかったなら良かった。そう思ったのに、そわそわと落ち着かない様子のアマデオが気になった。
「アマデオ、何かあったの?」
「ニコラがいなくなったそうだ」
 アマデオの代わりに答えてくれたのはラルフ様だった。
 ニコラがいなくなった? それってまさか攫われたとか?

「助けに行かなきゃ! ニコラは誰に攫われたんですか?」
 なぜニコラの一大事にこんなところでのんびりと座っているのかが分からない。

「いや、ニコラは攫われたわけではない。職場にも休むと伝えて家出したそうだ」
「家出!?」
 家出……僕はしたことないけど、しようと思ったこともないけど、ラルフ様は一度したことがある。あれを家出と呼んでいいのかは分からなけど、十日も連絡もせず帰ってこなかったんだから立派な家出だと思う。

「それはアマデオが原因なの? それとも別のこと? この家が嫌とか?」
「俺だと思う……」
 アマデオは俯きながらそう呟いた。何があったか聞きたいけど、他人の恋愛にどこまで踏み込んでいいのか分からない。ニコラは色々話してくれるけど、それが全部ってわけじゃないだろう。

 そう思って迷っていると、ラルフ様はおもむろに僕に近づいてきて、僕の袖口のナイフを掴んだ。
 シュッシュッ
「これで大丈夫だ」
 ……もしかして、また虫でもいましたか? ラルフ様はこんな時でもブレませんね。
 あとで窓辺に吊るしてある虫除けのハーブを、バルドに新しいものに交換してもらおう。

 行き先に心当たりはないのかと聞いてみたんだけど、職場や一緒に行った店、公園など全て回ってみたけどいなかったそうだ。一緒に行ったお店や公園、もしかして全部覚えてるの? アマデオって記憶力いいんだね。
 田舎に帰った可能性を考えたんだけど、もうニコラが生まれた村に家や畑は無いと聞いているし、王都に来る前に借りていた部屋も引き払っていると聞いている。だとしたら帰る場所なんて……

「王都の門番からは、それらしき人物は外に出ていないと聞いている。王都にいるのならそれほど危険はないだろう」
 え!? 僕はラルフ様の言葉に耳を疑った。

 ーー王都にいるのならそれほど危険はない
 ラルフ様……とうとう分かってくれたんですね。僕が何年もかけて王都は安全だと言ってきた甲斐があった。
 僕はニコラのことをしばし忘れて、ラルフ様の言葉に感動していた。

 おっといけない。今はそんな場合ではなかった。
 でも王都から出ていないのなら、野盗に襲われるということはないし、ニコラの身が危険に晒されているということもないだろう。
 一人で考えたいことがあるのかもしれない。仲がいい二人なんだから、このまま終わってしまうとは思えなかったし、本当に終わってしまうならきっと僕たちに挨拶してくれるはず。

 この時の僕はニコラは二、三日したら戻ってくると思っていた。

 
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