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二章
84.ニコラの行方
しおりを挟むニコラが家出をして七日、アマデオは仕事にならない状態だそうで騎士団の仕事を休んでいる。
休んでいるとは言ってもニコラを探して街を巡回しているのだから、休んでいるようで仕事をしているようなものだ。
ニコラがいる街に危険があってはいけないと、悪いことをしようとする人を牽制して妨害したりしているらしい。たまに舎弟みたいな明らかに騎士ではない人を連れて花屋の前を通り過ぎることがある。その時の視線の鋭さに僕は声をかけられないでいるんだけど、今はアマデオのしたいようにさせておくしかない。
心配だな。あまり眠れていないみたいだし、げっそりと窶れて食事もしっかり取れていないように見える。
「ママ、アマデオどうしたの?」
シルが心配するくらいだ。アマデオはシルの前でさえ取り繕うこともできないくらい余裕がなくなっている。
「アマデオはね、ニコラが心配なんだよ。ずっと帰ってこないから」
「そうなんだ。さみしいの?」
「そうだね。シルも大好きな人と離れ離れは寂しいでしょ?」
「わかった。じゃあはやくかえってきてっておてがみかいてみる」
手紙か……ん? 手紙?
何かが引っかかった。そういえばシルはニコラがいなくなってから、ニコラのことを話題に出したことがない。毎日のように遊んでもらっていたのに、食事も一緒にしていたのに、まさか……
「シル、もしかしてニコラがどこにいるか知ってる?」
「うん」
嘘でしょ? あのアマデオでも見つけられないのに、なぜシルが知ってるのか。
シルが匿っているなんてことはないし、どういうことなのか分からず、僕はしばらく腕を組んで考え込んでいた。
「僕がその場所を教えてって言ったら教えてくれる?」
「ママならいいよ。ラルとアマデオにはいっちゃダメなの」
「そっか。ニコラと約束したんだね」
「うん」
どうしてシルが知っているのかは分からないけど、ニコラはもしかしたら僕には聞かれたら伝えていいとシルに言っていたんだろうか?
「それでニコラはどこにいるの?」
「おじいちゃんとこ」
「それはシュテルター伯爵のところ? それともフックス?」
「フィルのとこ」
ということはシュテルター伯爵のところだ。なぜそんなところにいるんだろう? ニコラと伯爵に接点などあっただろうか?
挨拶くらいはしたことがあるかもしれないけど、個人的な付き合いがあったとは思えない。
僕はその関係性には首を傾げることになったんだけど、とにかくニコラに会いに行ってみることにした。
シル曰く、伯爵とフィルは夏の終わりには王都に来ていたようだ。
僕はシルを連れてフィルに会いに行くという名目でリーブに馬車を出してもらうことにした。伯爵がもう王都に来ているなんて、僕でも知らないのになぜシルが知っているのか。情報源はどこの誰だ? また謎が深まった。
シル……行き先は戦地ではないんだからチェーンメイルと木剣は必要ないんだよ。
小さな騎士様を連れて馬車に乗り込んだ。距離はそれほどないからすぐに着くんだけど、伯爵の屋敷は門を潜ってから先が長いんだ。
伯爵邸の庭に植えられた木はもうすっかり黄色や赤に色づいていて、風が吹くとハラハラと舞っていく。
玄関に着くと、執事のおじさんが迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。フィルミーノ坊ちゃんもシルヴィオ様とお会いできるのを楽しみにしておられますよ」
「うん。おせわなります」
シル、いつの間にそんな言葉を覚えたの? うちの子偉い!
「マティアス様はニコラ殿にご用事ですか? ニコラ殿は旦那様と一緒におられますのでご案内します」
シルはメイドに連れられてフィルのところへ、僕は執事に先導されて伯爵とニコラの元へ向かった。
「伯爵、お久しぶりです。今年は王都にこられるのが早いですね」
「フィルが来年から王都の学園に通うことになる。早めに王都に慣れておいた方がいいと思ってね。私たちだけ先に来たんだ」
「そうでしたか」
早い到着だったことは納得できたけど、ニコラとの接点は全く分からなかった。
「ニコラ、元気そうでよかったよ」
「あいつが迷惑をかけていませんか?」
「うん。迷惑はかけられていないけど、ずっとニコラのことを探していて見てるこっちがちょっと可哀想になるくらい」
「そうですか」
ニコラは平民だし、伯爵との接点はやっぱり思い浮かばない。何故ここにいるのか。僕が突っ込んで聞いていいんだろうか?
「マティアスくん、ニコラくんが何故ここにいるのか気になっているのかい?」
僕の疑問は顔に出ていたようだ……
「ええ。気にならないと言えば嘘になります」
伯爵の話はこうだった。
ニコラはそろそろ限界に達しそうで、一旦アマデオと離れようと考えていたらしい。でもどこに行ってもアマデオに探し出されてしまう。そこでボソッと呟いた愚痴を拾ったのはなんとシルだった。
シルはなぜか伯爵に手紙を書いた。友達が困ってるから助けてほしいと。騎士団の見学に行く日に、ちょっと遠回りしてシュテルター伯爵の屋敷まで来て直接渡したそうだ。
それで伯爵がニコラをシュテルターの屋敷で預かってくれることになった。
なるほど。うちの子やっぱり天才だと思う。
しかしなぜシルは伯爵を選んだんだろう? それとシルがシュテルター伯爵の屋敷に一人で来ることはできないから、使用人の誰かが協力者ということだ。僕もラルフ様に黙ってルーベンと訓練していた時は口止めしていたし人のことは言えないけど、まだ幼いシルが関わっていることなんだから僕には言ってほしかった。
伯爵曰く、ラルフ様とアマデオが雪山行方不明事件から帰ってきた時に、ニコラと顔を合わせていたからそれでシルは伯爵を選んだんじゃないかということだった。
そういえばあの時、シルは怪我をしている二人の監視役をやっていた。伯爵に「二人は何度言っても勝手に動いて安静にしていない」と告げ口していた気がする。
伯爵としてもニコラはラルフ様が家に住まわせている人物だから屋敷に入れても危険はないと判断したんだろう。
「ニコラがここでお世話になっている経緯は分かりました。それでニコラはまだしばらくここにいるの?」
僕が質問すると、少し考えてからニコラは口を開いた。
「そうですね。きっとアマデオは反省していない」
反省が必要なことをアマデオはしてしまったのか。しかしアマデオは「俺だと思う」なんて曖昧な言い方をしていたし、ニコラが怒っている理由を理解していない可能性がある。
「そっか。帰るか帰らないかは別として、まだ会うのも嫌だと思ってる?」
「会いたくないわけではないんですが、二人きりでは会いたくないです。連れ戻されたらまた同じことの繰り返しになりそうですし……」
それは分かる。こうだと思ったらなかなか曲げないのはラルフ様も同じで、王都は安全ってことも、ようやく理解してくれたところだ。「分かった」なんて言いつつ、全然分かっていないことにもどかしい気持ちになったことも一度や二度ではない。
でも話さないと分からないと思うんだよね。話し合わないと解決しない。
「話し合いはいつかは必要だと思う。だからニコラが話し合いをしてもいいと思ったら、僕かシルに宛てて手紙をくれる? そうしたら二人きりではなく、僕やラルフ様、他にも必要なら何人か立ち会わせて話し合いの場を作るから」
「分かりました」
「それまでは僕もアマデオには黙っておく。ラルフ様には時をみて話すかもしれないけど、アマデオには言わないように言っておくね。それと僕でよければ話を聞くし、その時はシルを連れてまた来るね」
「ありがとう」
思ったよりも二人の間の溝は深いのかもしれない。ちょっと拗ねて心配かけたかったってわけではなかった。
僕の勝手な願望だけど、二人には別れる道を選んでほしくない。協力できることはしようと思う。
しんみりしてしまったけど、ニコラは伯爵邸で結構楽しく過ごしているそうだ。庭師を手伝って花壇を整えたり剪定をしたり、庭の整備を手伝わせてもらっているらしい。色々と勉強になると言ってた。ここはうちと違って庭が信じられないくらい大きいから、仕事もたっぷりあるんだろう。ひとまずはニコラが元気そうでよかった。
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