僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
85 / 189
二章

84.ニコラの行方

しおりを挟む
 
 
 ニコラが家出をして七日、アマデオは仕事にならない状態だそうで騎士団の仕事を休んでいる。
 休んでいるとは言ってもニコラを探して街を巡回しているのだから、休んでいるようで仕事をしているようなものだ。
 ニコラがいる街に危険があってはいけないと、悪いことをしようとする人を牽制して妨害したりしているらしい。たまに舎弟みたいな明らかに騎士ではない人を連れて花屋の前を通り過ぎることがある。その時の視線の鋭さに僕は声をかけられないでいるんだけど、今はアマデオのしたいようにさせておくしかない。
 心配だな。あまり眠れていないみたいだし、げっそりと窶れて食事もしっかり取れていないように見える。

「ママ、アマデオどうしたの?」
 シルが心配するくらいだ。アマデオはシルの前でさえ取り繕うこともできないくらい余裕がなくなっている。
「アマデオはね、ニコラが心配なんだよ。ずっと帰ってこないから」
「そうなんだ。さみしいの?」
「そうだね。シルも大好きな人と離れ離れは寂しいでしょ?」
「わかった。じゃあはやくかえってきてっておてがみかいてみる」
 手紙か……ん? 手紙?
 何かが引っかかった。そういえばシルはニコラがいなくなってから、ニコラのことを話題に出したことがない。毎日のように遊んでもらっていたのに、食事も一緒にしていたのに、まさか……

「シル、もしかしてニコラがどこにいるか知ってる?」
「うん」
 嘘でしょ? あのアマデオでも見つけられないのに、なぜシルが知ってるのか。
 シルが匿っているなんてことはないし、どういうことなのか分からず、僕はしばらく腕を組んで考え込んでいた。

「僕がその場所を教えてって言ったら教えてくれる?」
「ママならいいよ。ラルとアマデオにはいっちゃダメなの」
「そっか。ニコラと約束したんだね」
「うん」

 どうしてシルが知っているのかは分からないけど、ニコラはもしかしたら僕には聞かれたら伝えていいとシルに言っていたんだろうか?

「それでニコラはどこにいるの?」
「おじいちゃんとこ」
「それはシュテルター伯爵のところ? それともフックス?」
「フィルのとこ」
 ということはシュテルター伯爵のところだ。なぜそんなところにいるんだろう? ニコラと伯爵に接点などあっただろうか?
 挨拶くらいはしたことがあるかもしれないけど、個人的な付き合いがあったとは思えない。
 僕はその関係性には首を傾げることになったんだけど、とにかくニコラに会いに行ってみることにした。

 シル曰く、伯爵とフィルは夏の終わりには王都に来ていたようだ。
 僕はシルを連れてフィルに会いに行くという名目でリーブに馬車を出してもらうことにした。伯爵がもう王都に来ているなんて、僕でも知らないのになぜシルが知っているのか。情報源はどこの誰だ? また謎が深まった。

 シル……行き先は戦地ではないんだからチェーンメイルと木剣は必要ないんだよ。
 小さな騎士様を連れて馬車に乗り込んだ。距離はそれほどないからすぐに着くんだけど、伯爵の屋敷は門を潜ってから先が長いんだ。
 伯爵邸の庭に植えられた木はもうすっかり黄色や赤に色づいていて、風が吹くとハラハラと舞っていく。

 玄関に着くと、執事のおじさんが迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。フィルミーノ坊ちゃんもシルヴィオ様とお会いできるのを楽しみにしておられますよ」
「うん。おせわなります」
 シル、いつの間にそんな言葉を覚えたの? うちの子偉い!

「マティアス様はニコラ殿にご用事ですか? ニコラ殿は旦那様と一緒におられますのでご案内します」
 シルはメイドに連れられてフィルのところへ、僕は執事に先導されて伯爵とニコラの元へ向かった。

「伯爵、お久しぶりです。今年は王都にこられるのが早いですね」
「フィルが来年から王都の学園に通うことになる。早めに王都に慣れておいた方がいいと思ってね。私たちだけ先に来たんだ」
「そうでしたか」
 早い到着だったことは納得できたけど、ニコラとの接点は全く分からなかった。

「ニコラ、元気そうでよかったよ」
「あいつが迷惑をかけていませんか?」
「うん。迷惑はかけられていないけど、ずっとニコラのことを探していて見てるこっちがちょっと可哀想になるくらい」
「そうですか」

 ニコラは平民だし、伯爵との接点はやっぱり思い浮かばない。何故ここにいるのか。僕が突っ込んで聞いていいんだろうか?
「マティアスくん、ニコラくんが何故ここにいるのか気になっているのかい?」
 僕の疑問は顔に出ていたようだ……
「ええ。気にならないと言えば嘘になります」

 伯爵の話はこうだった。
 ニコラはそろそろ限界に達しそうで、一旦アマデオと離れようと考えていたらしい。でもどこに行ってもアマデオに探し出されてしまう。そこでボソッと呟いた愚痴を拾ったのはなんとシルだった。
 シルはなぜか伯爵に手紙を書いた。友達が困ってるから助けてほしいと。騎士団の見学に行く日に、ちょっと遠回りしてシュテルター伯爵の屋敷まで来て直接渡したそうだ。
 それで伯爵がニコラをシュテルターの屋敷で預かってくれることになった。

 なるほど。うちの子やっぱり天才だと思う。
 しかしなぜシルは伯爵を選んだんだろう? それとシルがシュテルター伯爵の屋敷に一人で来ることはできないから、使用人の誰かが協力者ということだ。僕もラルフ様に黙ってルーベンと訓練していた時は口止めしていたし人のことは言えないけど、まだ幼いシルが関わっていることなんだから僕には言ってほしかった。

 伯爵曰く、ラルフ様とアマデオが雪山行方不明事件から帰ってきた時に、ニコラと顔を合わせていたからそれでシルは伯爵を選んだんじゃないかということだった。
 そういえばあの時、シルは怪我をしている二人の監視役をやっていた。伯爵に「二人は何度言っても勝手に動いて安静にしていない」と告げ口していた気がする。
 伯爵としてもニコラはラルフ様が家に住まわせている人物だから屋敷に入れても危険はないと判断したんだろう。

「ニコラがここでお世話になっている経緯は分かりました。それでニコラはまだしばらくここにいるの?」
 僕が質問すると、少し考えてからニコラは口を開いた。
「そうですね。きっとアマデオは反省していない」
 反省が必要なことをアマデオはしてしまったのか。しかしアマデオは「俺だと思う」なんて曖昧な言い方をしていたし、ニコラが怒っている理由を理解していない可能性がある。

「そっか。帰るか帰らないかは別として、まだ会うのも嫌だと思ってる?」
「会いたくないわけではないんですが、二人きりでは会いたくないです。連れ戻されたらまた同じことの繰り返しになりそうですし……」
 それは分かる。こうだと思ったらなかなか曲げないのはラルフ様も同じで、王都は安全ってことも、ようやく理解してくれたところだ。「分かった」なんて言いつつ、全然分かっていないことにもどかしい気持ちになったことも一度や二度ではない。
 でも話さないと分からないと思うんだよね。話し合わないと解決しない。

「話し合いはいつかは必要だと思う。だからニコラが話し合いをしてもいいと思ったら、僕かシルに宛てて手紙をくれる? そうしたら二人きりではなく、僕やラルフ様、他にも必要なら何人か立ち会わせて話し合いの場を作るから」
「分かりました」
「それまでは僕もアマデオには黙っておく。ラルフ様には時をみて話すかもしれないけど、アマデオには言わないように言っておくね。それと僕でよければ話を聞くし、その時はシルを連れてまた来るね」
「ありがとう」

 思ったよりも二人の間の溝は深いのかもしれない。ちょっと拗ねて心配かけたかったってわけではなかった。
 僕の勝手な願望だけど、二人には別れる道を選んでほしくない。協力できることはしようと思う。

 しんみりしてしまったけど、ニコラは伯爵邸で結構楽しく過ごしているそうだ。庭師を手伝って花壇を整えたり剪定をしたり、庭の整備を手伝わせてもらっているらしい。色々と勉強になると言ってた。ここはうちと違って庭が信じられないくらい大きいから、仕事もたっぷりあるんだろう。ひとまずはニコラが元気そうでよかった。

 
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...