僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
63 / 189
二章

62.幕引き

しおりを挟む
 
 
 はぁ……
 エドワード王子が去った室内では、ラルフ様が盛大なため息をついた。

「すみません。僕のせいで皆さんにまでご迷惑をおかけして」
 ラルフ様のため息が自分のせいだと思ったタルクが申し訳なさそうに謝った。
「いや、君のせいではない」
 ラルフ様はタルクが謝ると思っていなかったのか、驚いてすぐに否定した。

「ルーベン、大人しくしていろと言ったはずだ」
「すみません。タルクが軟禁されていると聞いて、助け出せるのは俺しかいないと思った」
 ラルフ様が部下のみんなを大切にしているように、ルーベンも教え子であるタルクを大切にしているんだな。

 それに、僕もタルクのことは気になっていた。ラルフ様や他の色んな人が動いたら、僕のこと、花屋、ルーベンのことは解決するけど、タルクのことは救えない可能性もあった。
 無理に不敬なんて罪を着せてくる母親だから、タルクの意思に関係なく領地に連行したり、望まない結果になるかもしれないって思ってた。

「師匠……ありがとうございます。でも無理したんじゃ……」
 タルクがルーベンの言葉に、不安そうに瞳を揺らした。膝の上に置いた拳もギュッと握りしめたままだ。

「大丈夫だ。敵の拠点からの捕虜奪還は何度もやっている」
 戦地ではそんなことしてたんだ。タルクは捕虜じゃないし、コレッティ男爵邸は敵の拠点じゃないけどね。
 奪還か。そこだけは当たらずとも遠からずかな。

 ラルフ様の部下もルーベンがうちに来たことを知って集まってきた。
 アマデオはニコラを迎えに行ったらしい。

「ルーベン、捕虜奪還なら俺たちに言えよ。一番立場の危ういお前が行くことはない。頼れよ」
 ハリオがそんなことを言った。同じ分隊で、戦場では幾多の試練を乗り越えた絆というものがあるんだろうか?
 二人揃って『捕虜奪還』という言葉を使うところが、なんとも面白い。

「ロッド、グラートは大人しくしていたか?」
 ラルフ様がロッドに尋ねたのを聞いて、そういえば最近グラートを見かけていないと思った。
「あいつはちゃんと独房で反省中です」
 ん? 独房? グラートもいつの間にか捕まってたの? どういうこと?
 今はちょっと聞ける空気じゃないから我慢するけど、後でラルフ様に聞いてみよう。
 本当にグラートに何があったの?

「隊長、それで今はどういう状況ですか?」
 ハリオが訪ねた。僕もそれ気になる。エドワード王子が「行ってくる」とか言って出ていったけど、それしか知らない。

「エドワードが何かしらするらしい。タルクの話を聞いて出ていった」
「なるほど。また面白半分で首突っ込んでいるなら、ルーベンと同じ髪型にしてやりましょう」
「それはいい」
 ラルフ様だけでなくルーベンもうんうんと頷いている。エドワード王子が坊主……ちょっと想像できない。
 もしかして戦場でもエドワード王子はラルフ様たちに余計なことばかりしていたんだろうか?

 ニコラとアマデオが帰宅して、みんなでダイニングに向かい夕飯を食べていると、エドワード王子が戻ってきた。

「え~? みんな食事してるじゃん。俺の分は?」
「無い。早く城へ帰れ」
 ラルフ様が冷たく言ったけど、リーブがちゃんとエドワード王子の分も用意してくれた。庶民の食事なんかでいいんですか? うちには高級食材も無ければ、毒見役なんかいませんよ?

 全く気にすることなく、エドワード王子は出された食事を食べ始めた。食事をしているところなど初めて見たが、所作は美しかった。

 食事を終えると、サロンにみんなで移動した。
 シルには「大人の面白くない話だよ」と言って、メアリーに部屋に連れていってもらっている。

 ミーナが淹れた紅茶をいただきながらエドワード王子は話し始めた。
 あの後、城に戻って豪華な王家の馬車に乗り、多数の近衛騎士に囲まれてコレッティ男爵家に行ったらしい。
 無計画そうですね。王族の権利ゴリ押しで通そうとしたんだろうか?

 到着すると、男爵本人も兄二人も戻っていたそうだ。
 夫人の暴走を聞いて慌てて帰ってきたんですね。心労お察しします。

「でさ、面白かったよ。男爵家には抗議って程じゃないけど、上位の貴族から何通か手紙が届いてたみたいでさ、男爵本人は大慌て。夫人を怒鳴り散らして、夫人もキャーキャー喚いてた」
 王族の前でそんな醜態を晒したのか……
 コレッティ男爵家は大丈夫なんだろうか?

「でさ、店のことも王族御用達の店だけど文句あるの? って言ったら夫人が青くなっちゃってさ~」
 エドワード王子が頻繁に訪れていたし、嘘ではないけど、ちょっと語弊があるんじゃない?

「そうそう、ルーベンの不敬の訴えは取り下げるってさ」
 それを聞いて一番ホッとした表情になったのはタルクだった。タルクもルーベンもよかったね。

「家を潰すといけないから、男爵は夫人を連れて領地に戻るって。俺のお気に入りを貶めたってことで夫人は王都への立入禁止を言い渡しておいた。どう? 俺もやる時はやるでしょ?」
 なんでそんな、してやったって顔ができるのかが分からない。やっぱり権力ゴリ押しじゃないか。

「近いうちに当主を長男に譲るとも言ってた。で、長男のオルテオからタルクに伝言。『今は好きなことをやればいい。もし仕事が無くなったら領地に戻ってこい、執事でも庭師でも街長でも職は好きなものを用意してやる。母上は黙らせるから問題ない』だって」
「兄さん……」
「タルク、よかったな」
 ルーベンがタルクの肩に手を置くと、タルクの目にはキラッと涙が光ったように見えた。
 いいお兄さんでよかったね。お兄さんがいればコレッティ男爵家も安泰かな?

「マティ、このドライフルーツ美味しいね。どこのやつ?」
「プロッティ子爵家に行った時にヴィートにもらいました。領地のものだと聞いているので、エドワード王子が気に入っていると手紙を送っておきます」
 そんなに残りは多くないけど、リーブに残っている分を包んでエドワード王子に渡すよう言っておいた。
 言うことだけ言って、エドワード王子は帰って行った。


「ラルフ様、今回はエドワード王子に助けられましたね」
「あいつがいなくてもなんとかなった」
 ラルフ様は不機嫌そうにそう言ったけど、もしかして自分が解決したかったのかな?

「僕はラルフ様が僕やみんなを守ろうとしてくれたこと、嬉しかったですよ」
「そうか」
「ずっと側にいてくれましたし、無事解決してよかったですね」
「少し……」
「少し?」
「悔しい」
 やっぱり。ラルフ様が少し拗ねたみたいに言うから、可愛いなって思って、今日は僕の方から、チュッチュッとラルフ様の好きな啄むようなキスをしてあげた。するのは好きみたいだけど、されるのはどうだろう?

「マティアス、足りない」
 ラルフ様の目が熱っぽくて甘い。ヌルリと舌が侵入してくると、トロリと舌が絡んで、僕たちの影は夜に溶けていく。

 
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...