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二章
62.幕引き
しおりを挟むはぁ……
エドワード王子が去った室内では、ラルフ様が盛大なため息をついた。
「すみません。僕のせいで皆さんにまでご迷惑をおかけして」
ラルフ様のため息が自分のせいだと思ったタルクが申し訳なさそうに謝った。
「いや、君のせいではない」
ラルフ様はタルクが謝ると思っていなかったのか、驚いてすぐに否定した。
「ルーベン、大人しくしていろと言ったはずだ」
「すみません。タルクが軟禁されていると聞いて、助け出せるのは俺しかいないと思った」
ラルフ様が部下のみんなを大切にしているように、ルーベンも教え子であるタルクを大切にしているんだな。
それに、僕もタルクのことは気になっていた。ラルフ様や他の色んな人が動いたら、僕のこと、花屋、ルーベンのことは解決するけど、タルクのことは救えない可能性もあった。
無理に不敬なんて罪を着せてくる母親だから、タルクの意思に関係なく領地に連行したり、望まない結果になるかもしれないって思ってた。
「師匠……ありがとうございます。でも無理したんじゃ……」
タルクがルーベンの言葉に、不安そうに瞳を揺らした。膝の上に置いた拳もギュッと握りしめたままだ。
「大丈夫だ。敵の拠点からの捕虜奪還は何度もやっている」
戦地ではそんなことしてたんだ。タルクは捕虜じゃないし、コレッティ男爵邸は敵の拠点じゃないけどね。
奪還か。そこだけは当たらずとも遠からずかな。
ラルフ様の部下もルーベンがうちに来たことを知って集まってきた。
アマデオはニコラを迎えに行ったらしい。
「ルーベン、捕虜奪還なら俺たちに言えよ。一番立場の危ういお前が行くことはない。頼れよ」
ハリオがそんなことを言った。同じ分隊で、戦場では幾多の試練を乗り越えた絆というものがあるんだろうか?
二人揃って『捕虜奪還』という言葉を使うところが、なんとも面白い。
「ロッド、グラートは大人しくしていたか?」
ラルフ様がロッドに尋ねたのを聞いて、そういえば最近グラートを見かけていないと思った。
「あいつはちゃんと独房で反省中です」
ん? 独房? グラートもいつの間にか捕まってたの? どういうこと?
今はちょっと聞ける空気じゃないから我慢するけど、後でラルフ様に聞いてみよう。
本当にグラートに何があったの?
「隊長、それで今はどういう状況ですか?」
ハリオが訪ねた。僕もそれ気になる。エドワード王子が「行ってくる」とか言って出ていったけど、それしか知らない。
「エドワードが何かしらするらしい。タルクの話を聞いて出ていった」
「なるほど。また面白半分で首突っ込んでいるなら、ルーベンと同じ髪型にしてやりましょう」
「それはいい」
ラルフ様だけでなくルーベンもうんうんと頷いている。エドワード王子が坊主……ちょっと想像できない。
もしかして戦場でもエドワード王子はラルフ様たちに余計なことばかりしていたんだろうか?
ニコラとアマデオが帰宅して、みんなでダイニングに向かい夕飯を食べていると、エドワード王子が戻ってきた。
「え~? みんな食事してるじゃん。俺の分は?」
「無い。早く城へ帰れ」
ラルフ様が冷たく言ったけど、リーブがちゃんとエドワード王子の分も用意してくれた。庶民の食事なんかでいいんですか? うちには高級食材も無ければ、毒見役なんかいませんよ?
全く気にすることなく、エドワード王子は出された食事を食べ始めた。食事をしているところなど初めて見たが、所作だけは美しかった。
食事を終えると、サロンにみんなで移動した。
シルには「大人の面白くない話だよ」と言って、メアリーに部屋に連れていってもらっている。
ミーナが淹れた紅茶をいただきながらエドワード王子は話し始めた。
あの後、城に戻って豪華な王家の馬車に乗り、多数の近衛騎士に囲まれてコレッティ男爵家に行ったらしい。
無計画そうですね。王族の権利ゴリ押しで通そうとしたんだろうか?
到着すると、男爵本人も兄二人も戻っていたそうだ。
夫人の暴走を聞いて慌てて帰ってきたんですね。心労お察しします。
「でさ、面白かったよ。男爵家には抗議って程じゃないけど、上位の貴族から何通か手紙が届いてたみたいでさ、男爵本人は大慌て。夫人を怒鳴り散らして、夫人もキャーキャー喚いてた」
王族の前でそんな醜態を晒したのか……
コレッティ男爵家は大丈夫なんだろうか?
「でさ、店のことも王族御用達の店だけど文句あるの? って言ったら夫人が青くなっちゃってさ~」
エドワード王子が頻繁に訪れていたし、嘘ではないけど、ちょっと語弊があるんじゃない?
「そうそう、ルーベンの不敬の訴えは取り下げるってさ」
それを聞いて一番ホッとした表情になったのはタルクだった。タルクもルーベンもよかったね。
「家を潰すといけないから、男爵は夫人を連れて領地に戻るって。俺のお気に入りを貶めたってことで夫人は王都への立入禁止を言い渡しておいた。どう? 俺もやる時はやるでしょ?」
なんでそんな、してやったって顔ができるのかが分からない。やっぱり権力ゴリ押しじゃないか。
「近いうちに当主を長男に譲るとも言ってた。で、長男のオルテオからタルクに伝言。『今は好きなことをやればいい。もし仕事が無くなったら領地に戻ってこい、執事でも庭師でも街長でも職は好きなものを用意してやる。母上は黙らせるから問題ない』だって」
「兄さん……」
「タルク、よかったな」
ルーベンがタルクの肩に手を置くと、タルクの目にはキラッと涙が光ったように見えた。
いいお兄さんでよかったね。お兄さんがいればコレッティ男爵家も安泰かな?
「マティ、このドライフルーツ美味しいね。どこのやつ?」
「プロッティ子爵家に行った時にヴィートにもらいました。領地のものだと聞いているので、エドワード王子が気に入っていると手紙を送っておきます」
そんなに残りは多くないけど、リーブに残っている分を包んでエドワード王子に渡すよう言っておいた。
言うことだけ言って、エドワード王子は帰って行った。
「ラルフ様、今回はエドワード王子に助けられましたね」
「あいつがいなくてもなんとかなった」
ラルフ様は不機嫌そうにそう言ったけど、もしかして自分が解決したかったのかな?
「僕はラルフ様が僕やみんなを守ろうとしてくれたこと、嬉しかったですよ」
「そうか」
「ずっと側にいてくれましたし、無事解決してよかったですね」
「少し……」
「少し?」
「悔しい」
やっぱり。ラルフ様が少し拗ねたみたいに言うから、可愛いなって思って、今日は僕の方から、チュッチュッとラルフ様の好きな啄むようなキスをしてあげた。するのは好きみたいだけど、されるのはどうだろう?
「マティアス、足りない」
ラルフ様の目が熱っぽくて甘い。ヌルリと舌が侵入してくると、トロリと舌が絡んで、僕たちの影は夜に溶けていく。
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