64 / 180
二章
63.グラートと使用人
しおりを挟むそういえば、ラルフ様に聞きたいことがあったんだった。
僕のことを抱き枕みたいに抱きしめて寝ているラルフ様の顔を下から覗き見る。たまにまつ毛がピクピクと震えている。
最初は寝ている時に触れただけで距離を取られたり、首に手をかけられたりしたこともあったのに、こんなに密着して眠れる今は幸せだ。
「ラルフ様、ずっと側にいてください」
誰にも聞こえないくらいの声で独り言を呟いてみる。
「当たり前だ」
「え? 起きてたんですか?」
「マティアスの言葉は一語一句逃さない」
うん? よく分かんないけど、起こしてしまって申し訳ない。
じゃあ起こしてしまったついでに聞いてみよう。
「ラルフ様、聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「グラートが独房にいるのは何故ですか? グラートも捕まっているんですか?」
ルーベンの時はすぐに動いたのに、グラートはそのまま放置してるの? 僕が関わってないから?
「あいつ、か……」
ラルフ様は言いたくないみたいで、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。そんな風にされるとますます気になるんだけど。
僕がジッとラルフ様の目を見つめると、仕方ないと諦めたのか、ふぅーっと息を吐いてから口を開いた。
「あいつは色恋で問題を起こした。何度も」
「色恋?」
「あいつは女好きなんだ。他の騎士の彼女や嫁、妹や姉、母親にまで馴れ馴れしく話しかけたり、触ったりする」
そうなんだ……子犬のように可愛く寄ってこられたら、女性も警戒心なくそれを許してしまうのかもしれない。
「それでトラブルになって反省のために独房に?」
「そうだ。うちのメイドにも同じように接したらしい。ロッドやハリオが間に入って止めたと聞いている」
そうなんだ……
そんなことになっていたなんて知らなかった。ロッドはよくグラートの面倒を見ていると思っていたけど、もしかして監視役?
「マティアス、他の男の話がそんなに気になるか?」
もしかして嫉妬ですか? 僕の背中から腰にかけてをゆっくり撫でている。
「男でも女でも面白い話は好きですよ」
「俺だけじゃダメか?」
「なんて言うんですかね、物語を面白いなって思って読むのと同じ感覚です。愛してるのはラルフ様だけですよ」
「マティアス……愛してる」
ギュッと抱きしめられると、胸と胸が空気が通る隙間も無いくらいピッタリと、吸い付くようにくっついた。
朝なのに、そのまま僕はラルフ様に身を任せてしまった。ラルフ様が嫉妬なんてするから、愛されたくなってしまったんだ。
痛たた、加減……
もうタルクのことは解決したんだから出勤しても大丈夫なんだけど、僕はちょっと腰の諸事情で予定通りお休みした。申し訳ない。
「え? みどりのもうないの?」
シルが残念そうな顔でそう言った。しまった。シルがお気に入りのキウイのドライフルーツは昨日エドワード王子にあげてしまったんだった……
ヴィートに頼んでキウイのドライフルーツを取り寄せてもらおう。もしくは王都で卸しているお店を聞こう。
エドワード王子のこともあるし、すぐに手紙を書かなければ。
僕はすぐにヴィートに宛てて手紙を書いた。
「リーブお願いね」
「畏まりました」
手紙を配達してくれる人に頼んでもいいんだけど、プロッティ子爵のお屋敷は近いからリーブに頼んだ方が早い。王都に卸している店があれば、そのまま情報を持ち帰ってくれる可能性もあるし。
リーブが戻ってくるまではシルと遊んだ。
お絵描きに夢中になっているシルの絵を眺める。これは僕とラルフ様とシルだよね。だが、三人とも網のようなものを上半身に纏っている。まさかこれってチェーンメイル?
「シル、この服はどういう服なの?」
「これはまもるの。てきからまもるふく」
やっぱりこれはチェーンメイルだ。こんなの普通の人は着ないんだよって教えた方がいいのか迷う。
赤い屋根の教会に行ったり、公園に行くようになって街の人を見る機会も増えたから、そんな勘違いはしないと思うけど、大丈夫かな?
教養を教えるのって難しい……
シルがお昼寝をしている間に、メアリーとリズとミーナにグラートが迷惑をかけたみたいだったから、話を聞きにいった。
「メアリー、リズ、ミーナ、ラルフ様の部下のグラートに馴れ馴れしくされたって本当? 嫌なことされたなら、言ってくれればよかったのに」
ちょうど三人が休憩していたから聞いてみたんだけど、三人はちょっと困った顔をして顔を見合わせた。
「お伝えせずすみません。馴れ馴れしくされたというか、揶揄われたのではないでしょうか」
メアリーが言葉を選ぶようにそう言った。メアリーの本当の歳は分からないけど、推定四十代だから、歳が半分くらいのグラートに馴れ馴れしくされても揶揄われたと思ったのかもしれない。
「私も同じだと……マティアス様、すみませんでした」
「私もです。お断りしましたので問題ありませんが、その、すみませんでした」
言わなかったことを咎めたいわけじゃない。謝らせたいなんて思ってない。ちょっと心配だっただけ。
「謝らないで。問題にしたいわけじゃないよ。グラートが色恋で問題を起こして謹慎してるらしいから、心配になっただけ。困ってないならいいんだ」
「マティアス様、その辺りは問題ありません。私たちは自分の身は自分で守ることができますので」
そうなんだ。守られてばかりの僕には、そんな風に堂々と言えることが眩しかった。
ん? グラート相手でも自分の身は自分で守れるの? グラートはラルフ様の部下で騎士だよ?
もしかして、彼女たちは結構強いんだろうか?
自分の身は自分で守れるって言うくらいだから弱くはないと思うけど、僕は男なのに自分だけすごく弱い気がしてちょっとショックだった。
それならこの際、チェルソにも強いのかを聞いてみたい。
「チェルソ」
「マティアス様、どうかされましたか?」
「チェルソは戦えるの?」
「一応基礎は学んでいますが、この屋敷の皆さんと比べると自信はありません」
僕はチェルソの言葉に少しホッとした。
僕も学校で剣の構え方とか護身術の基礎は学んだ。剣は実戦で使えるとは思えないけど、護身術はいけると思うんだ。相手がプロの殺し屋でなければ。
たぶん……
ラルフ様に一瞬で組み敷かれることを考えたら自信がなくなってきた。今は袖の内側に付ける小型ナイフがあるから大丈夫だと思う。
その後、チェルソと今日のおやつや夕飯の話をしていたら、リーブがドライフルーツを買って帰ってきた。
ヴィートは不在だったんだけど、プロッティ子爵家の使用人に王都で買える店を聞いて買ってきてくれた。いつでも買えることが分かってよかった。
王都は各地から色んなものが集まって便利だな。
「あ、みどりのだ!」
「リーブが買ってきてくれたんだよ」
「リーブありがとう!」
ティータイムの時、リンゴとベリーのコブラーの横にキウイのドライフルーツを添えてあげたらシルが喜んでいた。
シルのお礼に、リーブの綺麗なお手本みたいな微笑が、デレっと崩れる。
リーブの笑顔を崩せるのはシルだけだ。
472
お気に入りに追加
1,263
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる