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二章
61.斜め上をいく男
しおりを挟む僕の中では、コレッティ男爵が帰ってきて、夫人を宥めて解決に持っていくだろう考えていた。それに合わせてたぶんマチルダさんが動いたりするのだと。
僕にできることは、大人しく解決を待つこと。もしラルフ様が出ていくようなら、一緒に行くことだ。
コレッティ男爵が夫人と同じ考えなら、拗れるかもしれない。
男爵だから、高位貴族からちょっと注意されれば黙るかもしれないけど、男爵に強力な後ろ盾がいれば分からない。
翌日になると、僕は使用人を集めてそんな話をした。ラルフ様も夫人が僕に因縁をつけてきたからか、相手を敵と認定して家の守りを強化した。
ニコラはこの件に関しては関係ないから巻き込まれることもないと、アマデオに付き添われて仕事に出掛けて行った。
ラルフ様の部下も何度かうちに来た。ラルフ様が僕の側を離れないから、報告を伝えにくるということもあるんだけど、うちの守りを固めるために周辺を見回っているようだ。
因縁はつけられたけど、襲撃なんかはないから、そんなことしなくていいのに。
「ぼくもまもるの」
シルは要塞ごっこだと喜んで、チェーンメイルを着て木剣を背負って、メアリーを引き連れて家の中の見回りをしている。小さな騎士様は、敵が侵入しやすいところや、襲撃された時に逃げるための計算しているのだと言っていた。
きっと子どもの遊びだと思うけど、それって楽しいの? 僕には分からない。
当たり前だけど襲撃なんて起こらずに昼を迎え、午後のティータイムものんびりと過ごした。
シルもその頃になると、重いチェーンメイルを脱いで、木剣も下ろした。
なんだか雲行きが怪しい。冷え込んできたし、もしかして雪でも降ってくるんだろうか?
そんなことを考えながら、庭に出て薄曇りの空を眺めていた。
シュタッ
ん? 何か音が聞こえて音の方を向くと、爽やかな青年と目が合った。
「お、お邪魔します?」
「ええーー?」
そこにいたのは、ルーベンに抱えられたタルクだった。なんでここにいるの?
二人ともだよ。ルーベンは騎士団から出られないはずだよね? タルクは母親に軟禁されてるんじゃないの?
「マティアス様もお二人も中にお入り下さい。外は寒うございます」
リーブはいつもの優しい笑みを浮かべて中に入るよう促してきたんだけど、なんで驚いてないの?
僕の中はもうパニックだよ。ルーベンがここにいるってことは脱走したと思われそうだし、タルクが親に許可をもらってうちに来たとは思えない。家出か誘拐か。そしてここにいるってことは、犯人は僕だと思われる可能性もあって、唆したとか匿ったとか色々……
どうしたらいいの?
ルーベンとタルクを連れてサロンに入る。
僕の隣にはラルフ様がいて、テーブルを挟んで向いにルーベンとタルクが座った。リズがみんなにお茶を淹れてくれて、室内に入るよう言ってくれたリーブは笑みを浮かべたまま立っている。
ラルフ様もリーブ同様二人の姿を見ても驚かなかったけど、一言も発さず黙ってお茶を一口飲んだ。
シルは寝てしまったからメアリーがついている。こんな張り詰めた空気の中にシルがいなくてよかった。
そしてどういうタイミングなのか、最近姿を見せていなかったエドワード王子が単身で尋ねてきた。もうなんなの? なんでいるはずのない人たちがみんなうちにいるの?
「何しに来た?」
ラルフ様がやっと口を開いたと思ったら、それはエドワード王子に向けた不機嫌な一言だった。
エドワード王子と顔を合わせるのは、隣国の友人を使って僕に趣味の悪い悪戯を仕掛けて激怒した時以来だ。よくのこのことここに顔を出せましたね。
「ラルフはまだ怒ってるの? 本当にもうしない。あれから大変なんだ。監視が厳しくて宮から出られないし、ひたすら子どもの世話を一人でさせられてさ……
今日は仕事ってことでわざわざ書面で許可申請を嫁に出して、やっと受理してもらって来たんだよ」
「帰れ」
ラルフ様は静かに、しかしはっきりとそう言った。僕も帰れって思ってます。本当に何しに来たの?
「そういうわけにはいかないんだな。だって俺の部下だし」
部下? エドワード王子の? 誰が?
ラルフ様の分隊は、その上の小隊を通り越してクロッシー隊長の中隊に所属しているが、第二騎士団長エドワード王子の直属のような特殊な扱いなんだとか。
エドワード王子って騎士団長だったの? 僕はそのことの方がびっくりなんだけど。
戸惑っている僕とタルクに向けて、リーブが教えてくれた。
だからラルフ様も部下のみんなもこんなに自由に動いてるの?
「そういうこと~
だからルーベンは俺の部下でもあるから、上司の俺が解決しないといけないってわけ。それに俺がお気に入りで通ってる花屋も騒動に巻き込まれているしね」
お気に入り? それは花屋じゃなくてラルフ様の夫である僕がいるからですよね? 前のやらかしの贖罪も含めて立ち上がったんだろうか?
「で、ルーベンとタルクに聞きたいことがある。事実確認ってやつね」
「はい」
タルクは素直に応じるらしいが、ルーベンは無表情で口を引き結んでいる。
ルーベンは坊主にしていて、冬は頭が寒そうだな、なんて僕は全然関係ないことをボーっと考えて現実逃避していた。
「タルクがルーベンに教えて欲しいと言ってルーベンがそれに答えた。それはラルフもクロッシー隊長も知っている。合ってる?」
「はい。上官に確認しないと答えは出せないと言われました。許可が降りて弟子にしてもらいました」
「タルクはルーベンに暴力を振るわれたり、不敬に当たる行為をされたことは?」
「無いです。僕の体力が無くて、訓練も軽いものに変えてくれて、無理をさせないようにと気を遣ってもらっています。怪我をしたと言ってもちょっと擦りむいたくらいで、僕が勝手に転んだだけです」
「そこまではいいや。で、なんで二人はここにいるの? どうやってここに来たの?」
「師匠が迎えに来て、僕を連れ出してくれました」
それって……言葉を変えたら誘拐じゃないの? 合意の上だから誘拐にはならなくても、向こうはどうとるかな?
「そっか~
確認終わり。じゃあ行ってくるね。マティもタルクも心配しないで」
心配しないで? そんな言葉をエドワード王子から聞く日が来るとは思わなかった。心配しかない。安心できる要素がどこにも無いと思うのは僕だけだろうか。
ラルフ様もルーベンも何も言わないまま、エドワード王子は部屋を出て行った。
任せて大丈夫なんだろうか?
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