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二章
52.くっつき虫2号
しおりを挟むえっと……
「ラルフ様は何してるんですか?」
「敵からマティアスを守っている」
ラルフ様は後ろから僕の腰に両腕を回してピッタリとくっついている。
「シルは何をしてるのかな?」
「ぼくもママをてきからまもってる」
シルは僕の左足に巻き付いている。
動けないんだけど……
今日のシルは久々にチェーンメイルを着用しているから硬い感触だ。背中に剣を背負うためのソードベルトの金具が足に食い込んで地味に痛い……
これってやっぱりシルはラルフ様の真似をしてるんだよね?
二人を引き連れてゆっくりと歩きながら向かうのはシルの部屋だ。この前途中までしかできなかった、同じ絵の板を探す遊びをしようと思ってる。
きっと子どもにはこんな遊びが一番いいんだ。
部屋ではラルフ様は僕を膝の上に乗せるし、シルは僕の膝の上に乗ってくるし、いいんだけどさ、幸せだけどさ、重いからチェーンメイルは脱ごうか。
同じ絵の板を探す遊びはできなくて、僕はラルフ様とシルに挟まれたまま、この部屋で敵が入ってくる場合はここからだとか、ここから入ってきたら、こっちに逃げるとか、そんな話を聞かされた。
もう時期的にいないと思ったんだけど、ラルフ様はまた僕の袖の内側のナイフを掴んで、シュッと振った。
まだいましたか。今年の虫はしつこいみたいですね。窓の近くに吊るしたハーブを新しいものに取り替えてもらおう。
こうして僕はなんだかんだと五日くらい休まされて、ラルフ様とシルに挟まれて過ごすことになった。
ラルフ様、お仕事はいいんですか?
ニコラとアマデオは休みを合わせて、二人で出かけて行った。あの二人は仲良しだな。いつも甘い空気が漂っている。
バルドとロッドは二人で出かけて行くのを見たことないけど、二人もたまにはデートしたりしてるんだろうか?
「たまにはお出かけしますか?」
「おでかけ!」
「そうだな」
公園は例の敵がいるからラルフ様が落ち着けないと思って、街をのんびり歩いてみることにした。ラルフ様がシルを抱っこして、僕は手をギュッと繋がれている。僕のことも抱っこしようとしたんだけど、人前ではちょっと遠慮させてもらいます。
途中のお店で何か買ってもいいよね。屋台で何か買って食べてもいいし、こんな休日も悪くない。
そう思ってたんだけど、社交シーズン到来で、かなり馬車の行き来が多い。貴族はちょっとそこまで行くだけでも馬車に乗るし、変なところに馬車を停めたりするからちょっと邪魔なんだよね。
で、そんな馬車が増えると事故も起きてしまう。
僕たちは幸い巻き込まれることはなかったんだけど、馬車と馬車が接触したとかで、通ろうと思っていた道が通行止めになっていた。
チラッと見たら車輪が外れていたから、車輪を付けて退かすか、付けられないなら大型の荷車か何かに乗せて移動させるしかない。馬車の破片も片付けなきゃいけないし、しばらく時間がかかりそうだった。
「こっちの道から行きますか?」
「そうだな」
通ったことのない道だ。いつも花屋に行く時は同じ道を通るし、公園に行く時もだ。たまに寄り道をして帰る時はあるけど、大抵大通りを通るから、知らない道を通るのはワクワクする。
お店が立ち並ぶ大通りから少し入っただけなのに、とても静かだ。たまにお店があって、雑貨屋さんやカフェもあるんだけど、ここに建っているほとんどは民家だ。
「こっちはあまりお店がありませんね」
「そうだな」
「あれは? おみせ?」
シルが指を差したのは、赤い屋根の小さな教会だった。
「あれは教会だね」
「きょ、かい?」
「神様にお祈りするところだ」
シルを教会に連れて行ったことはない。シルがうちに来て一年、外に出たのは森、フックス家とシュテルター本家、あとは公園くらいだ。
両親を失って傷ついたシルは、うちの中であまり刺激をしないようゆったりと過ごさせていた。
年明けから計算や文字の勉強をさせることになっているから、徐々に外にも慣らしていこうかと思っている。公園デビューもしたし、今のところ順調だ。
今日外に散歩に出掛けたのは、そんな理由もある。
物が欲しいときはお金で買うのだと教えてあげようと思ってたんだけど、教会という存在を教えるのもいいかもしれない。
こんなところに教会があるなんて知らなかったな。結婚式をした大きな教会や、貴族や王族が訪れる大聖堂は知っているけど、その大きな教会に比べて、随分と小さく見えた。
ステンドグラスなんかは使われていないし、赤い屋根も近づいてみると塗料がところどころ剥げているし、開け放たれた門は端が腐っていて崩れそうなほどに劣化している。
「いってみたい!」
「じゃあ行ってみるか」
大きく煌びやかな教会と比べて、見劣りすると言っては失礼なんだけど、ちょっとアレな見た目だったから、僕は行くことを迷った。でもシルもラルフ様も気にする様子はなく、行ってみることにした。
教会なんだし、危険はないだろう。そう思って僕も手を引かれるままついていった。
「あ……」
開け放たれた門を潜って、教会の建物に入る手前でシルが「あ」と言って、しまったと思った。
ここは教会なんだけど、孤児院が併設されているところだったんだ。隣の小さな家の前の庭で、質素な服を着た子どもたちが十人くらい遊んでいた。
シルは両親を失ってから孤児院にいたと聞いている。心を閉ざして言葉を発しなくなってしまった頃を思い出したらどうしようって僕は一人で焦って、ラルフ様の手をギュッと握った。
ラルフ様の腕から飛び降りて走って行くシルを、僕は止めようと手を伸ばしたんだけど、ラルフ様に阻まれた。
「大丈夫だ」
「うん……」
いつかはシルも乗り越えないといけないと思うんだけど、それが今なのか、僕には分からなかった。
心配したままシルの背中を眺めてたんだけど、その心配は全くの杞憂に終わった。
「ぼくもいれて!」
シルは自分から子どもたちに話しかけたんだ。公園デビューした時ももじもじしていたのに、知らない人が家に訪ねてくるだけで僕やラルフ様の後ろに隠れてたのに、子どもってこんなに早く成長するものなの?
僕はシルの成長に驚いて、ちょっと泣きそうになった。
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