僕の過保護な旦那様

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二章

53.ママ

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 僕とラルフ様がみんなの輪に入って行くシルを見守っていると、神父のおじいちゃんが教会から出てきた。

「おや、外で立ち止まっておられると思ったら、小さなお客さんも一緒でしたか」
 優しそうな笑みを浮かべたおじいちゃんは、神官の服を着ているけど、その服もかなり使い込まれたものに見えた。
 貴族が訪れる教会は寄進の額も多いけど、ここは平民が訪れる教会だから額も少ないんだろう。そして子どもたちを育てるためのお金も必要だ。

「こんにちは。ここに教会があるなんて知りませんでした」
「ここは大通りから離れておりますからね」
 ニコニコしたおじいちゃんは子どもたちを眺める目もとても優しい。

「ここはお一人で管理されているんですか?」
「私の他にシスターが二人おりまして、一人は子どもたちの世話に専念しております」

 神父さんとは色々な話をした。
 やっぱりここは近隣の平民の人がたまに来るくらいで、訪れる人は少ないのだとか。
 シルも戦争孤児で、一年前に僕たちが引き取った話もした。

 シルより小さい子もいて、シルはその小さな子の手を引いて、面倒を見てあげている。
 クリスやフィルに遊んでもらった時の真似してるのかもしれない。
 見てください。うちの子のお兄さんっぷり! 親バカでもいい。うちの子、偉い!
 教会にはちょっと多めに寄進した。ここにいる子たちが不自由しませんように。

「またねー」
「にいちゃ、またきて」
「うん! またくる!」

 シルはみんなに大きく手を振ってから僕たちのところに走ってきた。
 そっか、シルは今まで周りはほとんど大人で、子どもがいても自分より小さい子がいなかったから、お兄ちゃんになりたかったのかもしれない。

「ラル、ぼく、はやくつよくなりたい」
「なんでだ?」
「みんなをまもるの」
「そうか。でもまだダメだ。今はできることをしろ」
「にげるのと、かくれるの?」
「そうだぞ。それも戦い方の一つだ」
「わかった」
 シル……
 みんなを守りたいなんて優しい子だ。
 僕はラルフ様に手を引かれながら、感動していた。

 その日の夜、シルは少しだけここに来る前の自分を思い出したのかもしれない。

「ママ、ラル……」
 夜になるとシルが僕たちの寝室にやってきた。
「おいで」
 ベッドに上がってくると、僕とラルフ様の間でシルは、僕たちの手を取った。

「寂しくなっちゃった?」
「うん。ラルがきたの」
「うん?」
 ラルフ様が来た? 何の話だろう?
「とうちゃとかあちゃがいなくて、ぼくがないてたらラルがきた。それで『まもってやる』って」
「そっか」
 それは、戦場跡地に復興のためにラルフ様が行った時のことだろうか? 当時シルの周りにいたのは孤児院の子どもたちで、縋るには小さすぎる手だった。大人もいたんだろうけど、個々に対応出来るほど余裕はなかったのかもしれない。だからラルフ様が差し伸べた手が、「守ってやる」と言った言葉が、シルを安心させたのだと思った。

「それでママにあえた。みんなにあえた」
「うん」
「だからもうなかない」
「シルは偉いね」
「うん!」
 初めて聞くシルの過去だった。
 気にはなってたんだ、シルの両親のこと。だけど心を閉ざして喋れなくなるくらい辛い過去を話してくれとは言えなかった。
 こうして話してくれたことで、僕たちは本当の家族になれたのかなって思った。

 それとは別に、あれ? って思ったことがある。
 それはシルが両親のことを「とうちゃ」「かあちゃ」と呼んだことだ。
 ラルフ様はラルって呼ばれてるけど、僕のことはお母さんって意味の「ママ」って呼んでるんだと思ってた。
 お母さんって意味ではなく、マティアスという名前が呼びにくくて「ママ」って呼ばれてたのだと知ったこの僕の衝撃……
 僕は男だからお母さんなんて呼ばれなくていいんだけどさ、悲しくはないけどさ、なんかちょっとだけショックだったんだ。

 だって公園で友だちと「ぼくのママはすごい」って話してたじゃん。あれはなんだったの?
 もしかして各家庭に一人ずつ「マ」から始まる名前の人がいると思ってる?

「ぼくへやでねるね」
「一緒に寝るんじゃないの?」
「うん。だってぼく、おにいちゃんだから」
「そっか。おやすみ」

 シルは寂しくなったと言って部屋に来たのに、急にお兄ちゃんだから一人で寝ると言って部屋に戻っていった。
 子どもの心は変わりやすい。そしてすぐに大人になっちゃうんだろうな。

「マティアス」
「ラルフ様も寂しくなったんですか?」
 さっきのママショックと、さっさと部屋を出ていってしまったシルに寂しくなったのは僕の方だ。

「俺がいる。もう寂しくないか?」
 そういうと、僕のことを引き寄せてギュッと抱きしめてくれた。
 いつもさ、僕の気持ち全然分かってくれないくせに、「分かった」って言いながら全然分かってないくせに、なんでこういう時だけ僕のことを分かっちゃうのかな?
 僕はラルフ様の胸に顔を埋めて、ちょっとだけ泣いた。

「ラルフ様、ありがとう。大好きです」
 そう言ったら、次の瞬間に僕は裸でラルフ様の下にいた。

「これはその……」
 条件反射なのかな? ラルフ様がしまったという顔をして、その先の言葉を紡げないまま僕のことを見下ろしている。
 僕の気持ちを察したと思ったら、やっぱりラルフ様はラルフ様だった。
 それが可笑しくて、ふふふっと笑いが漏れてしまう。

 バニラの甘い香りが鼻腔を通り抜けた。本当はシルが喜ぶかなって思ってバニラの香りのキャンドルを焚いたんだけど、甘い誘いに乗ったのはラルフ様だったみたい。

「マティアス、愛してるんだ」
「うん。僕もラルフ様のこと愛してますよ。早くキスして?」
 シルがいたらできないことをする。大人の時間。
 ラルフ様はいつでも変わらず僕を愛してくれる。きっとずっと変わらないよね? 今日も甘い時間が過ぎていく。


「痛っ……」
 朝が来て立ち上がろうとしたらベッドの下に崩れ落ちた。
「マティアス、今日もずっと一緒だ」
 ラルフ様に抱き起こされて、ベッドに戻されて抱きしめられた。
 ラルフ様……もしかして、わざと加減しなかったのですか?

「ママだっこのひ?」
「うん……」
「ぼくもおとなだったら、ママだっこできるのに」
「ダメだ。それは俺の役目だからな」
「ラルだけずるい! ぼくもママまもりたい!」

 なんとなくママが勘違いだったことが恥ずかしくて、シルと顔を合わせるのが怖かったんだけど、ママの意味なんて些細なことだった。どんな意味だったとしても、僕をこうして慕ってくれるシルのことが大好きだ。

 
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