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二章
51.くっつき虫
しおりを挟む「ラルフ様、仕事中なんですけど……」
「知っている」
僕にべったりと張り付いて、それほど広くない店内でも、仕事中の僕にまとわりついてくる。
配達に出掛けるというと、そこにもついてきた。
「マティアス、こんなに重い荷車を引く仕事があるなんて聞いていないぞ」
「そんなに重くはないですよ。貴族の庭園に植える苗は数が多いので荷車でないと運べないんです」
大型の荷車で運ばなければならない時は、僕一人では難しいので、仕入れ担当の人か、会計の人、タルクに手伝ってもらうこともあるけど、大抵は一人だ。
貴族の屋敷に行くのはいいんだけど、「お茶をご用意しております」などと引き止められることが増えてからは、みんな行きたがらないんだ。タルクは貴族だから平気だと思うけど、タルクは店頭にいた方がいい。
今はラルフ様が荷車を引いてくれているから、助かってはいる。
「こんなに重い荷車をマティアスが引くなんて無茶なことをさせる店だ」
「そんなことありません。これくらい成人男性なら誰でも引けますよ」
ラルフ様から見たら僕はそこまで弱い存在なんだろうか? 成人男性どころか、女性でも引けるような荷車を引くだけで無茶だと言われるとは思っていなかった。
それでも辞めろと言わないのは、僕がこの仕事を好きだって知っているからだ。
「マティアス殿、シュテルター隊長もようこそいらっしゃいました。お会いできて光栄です」
ニコニコと出迎えてくれたのは、この屋敷を当主不在の間管理している使用人ではなく、この屋敷の主人だった。
そうか、もう社交シーズンが近いんだな。最近街でも貴族をよく見かけるようになったと思ったら、みんなが王都に集まる時期だった。
シュテルター本家とフックス家はまだ王都に到着していないけど、到着したらきっとうちに連絡が来ると思う。
そうしたら、シルだけでなくクリスやフィルも、敵を察知する方法というのを一緒に学ぶんだろうか?
高級なお菓子や、香りのいいお茶をいただきながら、そんなことを考えていた。
「貴族連中も見る目だけはあるようだ。マティアスの価値に気付くとは。しかしマティアスは誰にも渡さん」
店に戻る途中、ラルフ様は空になった荷車を引きながら、そんなことを呟いた。
僕はなんて言っていいのか分からなくて、聞こえないふりをした。
「ラルフ様、もう少し離れてもらえませんか?」
「これ以上離れるのは無理だ」
本当に動きにくいから、そんなにくっつかれると困る。荷車を引いている時はくっついていなかったんだけど、店に戻ったらまたべったりとくっついて離れなくなってしまった。
ラルフ様がこうなったのは絶対にエドワード王子のせいだ。やっぱり息の根を止めておくべきだったかもしれない。
「え? ラルフ様も一緒に入るんですか?」
「側にいたいんだ」
トイレの外で待っているのは知っていたけど、まさかお風呂に一緒に入ると言い出すとは思わなかった。
ミーナにお湯を溜めてもらって、着衣を脱いでいく。
裸なんていつも見ているし、見られているのに、なんだか恥ずかしい。
ラルフ様は一瞬で脱いで僕が脱ぐのを待っている。
「入りましょう」
ラルフ様は僕を椅子に座らせると、桶でお湯を掬ってかけてくれた。
石鹸を泡立てて、僕の右腕をそっと掴むと、優しく洗ってくれた。ラルフ様の分厚くて少し硬い手で洗われると、気持ちよくて、ちょっと変な気持ちになる。
「あっ……」
「どうした?」
どうしたって、わざとですよね? 僕の乳首、わざといやらしく触ったくせに。
僕は息が乱れて、なのにラルフ様は平然と僕の全身を洗って、そしてお湯をかけて湯船にポイっと入れた。
「ラルフ様、僕が洗います」
「マティアスにそんなことさせられない」
ラルフ様は僕のことを洗ったくせに、僕には洗わせてくれないらしい。
全身を洗うと、ラルフ様も湯船に入ってきて、そして僕を後ろから抱きしめた。
「一緒に風呂に入るのも悪くない。風呂は無防備になるから心配ではあるが、もしもの時はマティアスをタオルで包んで逃げればいい」
「あ、うん」
僕をタオルで包んで、全裸でラルフ様が逃げる姿を想像したら、思わず笑ってしまった。
「ふふふ、この家は塀も頑丈ですし、罠もあるんですから大丈夫ですよ」
「そうか。ではもう少しゆっくり浸かるか」
僕もさっきのラルフ様の意見に同意します。一緒にお風呂に入るの悪くないですね。
「あっ……」
「マティアス、ここ好きだろ?」
ラルフ様の硬いものが腰に当たってる。ここはお風呂なのに……
「キスしたい。ベッドがいいです」
「分かった、すぐに出るぞ」
ラルフ様はタオルでささっと拭くと、僕を抱えて一瞬でベッドの上にいた。
ラルフ様の髪から、ポタリポタリと水滴が落ちてきて、僕の髪もまだ全然乾いていない。顔や首に髪がペタリと纏わりついてくる。
髪を拭きたい気持ちはある。でも、そんなこと後でいいって思うくらい、ラルフ様が欲しくてたまらない。
「キスして? いっぱいして?」
ラルフ様より長く湯船に浸かっていたから、体が熱くて、少しぼーっとしていた。
ヌルヌルと気持ちいいキスを繰り返して、僕の体を僕よりも知り尽くしているラルフ様に丁寧に開かれていく。
ん? あれ?
「マティアス、気が付いたか?」
「えっと……」
「体が熱いとは思っていたんだが、無理をさせた。すまない」
ラルフ様が申し訳なさそうに言うんだけど、全然覚えていない。お風呂に入って、ベッドに来て……
髪に触れてみると、しっかりと乾いていて、枕なども全然濡れてはいないし、僕は寝衣をちゃんと着ていた。
途中で寝ちゃった? もしくは意識を失った?
「起きれるか?」
背中を支えてもらいながら起きると、蜂蜜とレモンが入った冷たい水を渡してくれた。それをゴクゴク飲んでから口を開く。
「僕は途中で寝てしまったんでしょうか?」
「寝てしまったというか、意識を失っていた」
「そっか。心配をかけてしまいましたね」
「無事目覚めてくれてよかった」
とても心配していたんだろう。少し潤んだ目で僕をそっと抱きしめてくれた。
その後も、ずっと僕を抱きしめていて、次の日は仕事へ行くことも許してくれなかった。医師を呼んで診てもらったんだけど、なんてことはない「疲れが溜まっていますね」なんて言われてしまい、ちょっと恥ずかしかった。
「ママだっこのひ?」
「うん、そうだね」
「ぼくもだっこしてほしい!」
「いいぞ」
ラルフ様は力持ちだ。シルが飛びついてきてもびくともしないし、僕とシル二人を抱っこして普通に歩いている。
三人で庭を眺めながら散歩するのもいい。罠が張り巡らされているらしい庭を、ラルフ様は僕とシルを抱えたまま歩いていく。
「シル、しっかり掴まっておけ」
「うん!」
何かするつもり? ラルフ様は僕の袖の内側についている小さなナイフを掴むと、シュッシュッと斜めに振った。
「ラルなにしたの?」
「マティアスとシルを狙う敵を倒したんだ」
……もしかして、それって小さい虫ですか? ラルフ様はまだ虫は僕たちの敵だと思っているみたいだ。明日バルドに虫除けのハーブを庭で焚いてもらおう。
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