僕の過保護な旦那様

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二章

25.雪遊び

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「ラルはつよいんでしょ? ハリオたちがいってた」
 一家三人が揃ってリビングでお茶をしている時にシルがそんなことを言った。
 今日シルはラルフ様の膝の上に座っている。

「その辺の者よりは強いが、まだ弱い」
 そうなの? ラルフ様が弱いわけないと思うんだけど。

「つよくなりたい」
 シルはラルフ様が戦っている姿を見たことないはずなのに、ラルフ様に憧れているらしい。

「じゃあ今度、森へ狩にり行くか?」
「いくー!」
 まだシルは四歳。他の子よりシルは小さいし、戦いを覚えるような年齢ではない。それにこんな雪深い時に狩りなんてできないでしょ。動物たちだって冬眠してると思うよ。

「そうだ、みんなで野営でもするか」
「ラルフ様、こんな冬に子どもを野営させるのはやめて下さい。せめて春まで待って下さい」
「そうか。冬はなかなか食料を調達するのは難しいんだが、それでもこういった知識はつけておいて損なはないと思うぞ。
 足場の悪い雪の中を歩いて、崖から落ちそうになったり、穴に嵌ったり、危険なこともあるが、なかなか楽しいんだ」
 そんな上級編は小さなシルには無理です。いきなりそんなことさせないでください。トラウマになったらどうするんですか。

「森の浅い場所で雪遊びならいいですよ。風邪をひかないように暖かい格好をしないといけませんが」
「ゆきあそび!」
 シルが楽しそうだからいっか。
 僕たちは次のお休みにみんなで森に雪遊びをしに行くことになった。


 ……なぜ?
 玄関に現れたラルフ様はチェーンメイルを着込んで革鎧もつけている。そして背中に剣を背負っている。そして謎の大きな荷物はなんですか?
 それを見たシルが、着るといって聞かないせいで、シルもチェーンメイルを着ることになった。重いからすぐに脱ぐだろうと思ったけど、アマデオがシルを抱っこしてくれている。

 ハリオとルーベンも付いてきた。彼らもチェーンメイルを着ている。剣は背負っていないけど、腰にはいつも通り片手剣を帯剣している。
 僕はちゃんと断った。一家揃ってチェーンメイルは勘弁して下さい。僕はそんな重いものを着て森まで歩けません。

「マティアスが疲れたら、俺が抱えて行くから大丈夫だ」
 そういう問題ではない。
 もしかして僕たちは雪遊びではなく、雪深い森に隠れている野盗の討伐にでも連れて行かれるんだろうか?

 王都を出てしばらく歩くと、森に入った。僕は街道が見えるこの辺りで遊べばいいと思っていたんだけど、どんどん森を奥へと進んでいく。
 そして野営地が見えた。僕は雪の中をこんなに歩いたのは初めてで、息も上がってもうヘロヘロです……

 ラルフ様の部下のロッドとグラートが、先に行ってきっちり野営地を整えていてくれた。野営なんてしない予定だったのに……
 雪の地面が整地され、屋根だけのタープみたいなのが建ててあった。
 シルは抱っこされてきたから、全然元気でアマデオと一緒に雪の中を駆け回っている。
 僕はしばらく休ませて下さい……

「マティアスはここで休んでいていいぞ」
 ラルフ様は大きな荷物から取り出した毛皮をタープの下に敷いてくれた。
 優しい。優しいけど、もっと優しい人は、きっと雪深い森に連れてきたりはしない。

 お昼になると、ハリオとグラートが何処からともなくウサギを狩ってきて、それを焼いて食べることになった。こんな雪深い中でよく見つけられますね。さすがラルフ様の部下。

 ロッドとルーベンは何処へ行ったんだろう?
 彼らも狩りに行ったのかもしれない。
 シルはお昼を食べると眠ってしまった。チェーンメイルを着て雪の中で遊んだから疲れたんだろう。

「マティアス、温かい紅茶だ」
「ラルフ様ありがとうございます」
 ラルフ様から木のカップに注がれた紅茶を受け取って、ゆっくりと喉に流し込む。
 来るのは大変だったけど、冬の森ってのは意外とよかった。クマは冬眠しているから安全だし、虫や他の生き物もいなくて静かだ。真っ白な景色もとても綺麗。


 ルーベンが急に空から降ってきて、ラルフ様に何か耳打ちすると、ラルフ様は僕にチェーンメイルを着るように言った。ルーベンってよく空から降ってきますけど、まさか空を飛べたりしませんよね? 木を伝ってきたのだとしてもすごい身体能力だ。
「マティアス、何も聞かずに、どうかすぐにこれを着てくれ」
「はい?」
 なぜ? 持ってきてたんかい! とツッコミたかったけど、ちょっと強引に、ほとんど無理やり着せられて、僕は諦めた。ラルフ様の目がちょっと怖かったんだ。

 ハリオとグラートが僕とシルを二人で囲み、ラルフ様はルーベンとアマデオを連れて何処かに行った。
 もしかして冬眠中のクマでも起こしてしまいましたか?

 こんな雪深い森に来るのは僕たちくらいだと思ったんだけど、遠くからガヤガヤと人の声が聞こえてきた。騎士団がこんな雪深いところで訓練でもしていたのかと思ったけど、姿が見えるとそんな優しいものではなかった。

 ロープで縛られて引き摺られている男たちは、たぶん野盗だ。
 彼らが大声で喚き散らして、シルが震えているから、僕もめちゃくちゃ怖かったけどシルを抱っこした。
 う、重い……
 チェーンメイルなんか着ているから、嘘でしょってくらい重かったけど、なんとか膝の上に乗せて、抱きしめた。
 チェーンメイルのせいでシルが硬く冷たい感触だ……

 僕が野盗の討伐にでも連れて行く気じゃないですよね? なんて考えたからこんなことになったんだろうか?
 それともラルフ様は野盗討伐の合間に雪遊びを盛り込むという、実にスリリングな遊びを僕たちに体験させたかったんだろうか?
 僕にもシルにも刺激が強すぎます。
 野盗たちから汚い言葉が飛び交い、殺気も僅かに飛んできた。シルなんて怖すぎて号泣しているし。

 ルーベンとロッドとアマデオは野盗を引き連れて先に帰るらしい。ぜひそうして。すぐにその野盗たちをシルから見えないところに連れて行って下さい。

 三人が野盗を引き摺っていったあとは静かだった。
 そのままハリオとグラートが僕たちの守りを固めていて、ラルフ様がサッと撤退の準備を進めた。

 誰も言葉を発しないまま、グラートがシルを抱き上げて、僕のことはラルフ様が抱っこしてくれた。
 ハリオは信じられないくらい大きな荷物を背負って歩いている。それ、自分の体重を超えてません? そんなものを背負ってよく歩けますね。大丈夫ですか?

「ハリオは周囲の警戒だ」
 ラルフ様がどこかで聞いたことのあるセリフを口にした。
 あれは先日の親族が集まった時のことだ。あの時は家の中なのに敵の偵察にでも行くのかと心の中でツッコんだけど、今は周囲の警戒をよろしくお願いしますと頭を下げたい気分だ。しかし、そんな荷物を持って警戒なんてできるんだろうか?

 楽しい雪遊びがどうしてこうなった?

 王都の門のところで、騎士たちが「ご苦労様です!」と整列していたけど、ラルフ様に抱えられている僕は心を無にして通り過ぎた。きっと陛下に報告が行くんだろう。一家揃ってチェーンメイルを着ていたことは、どうか伝えないでほしい。


 
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