僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
25 / 258
二章

24.呼び出し

しおりを挟む
 

「やぁ、マティ」
「殿下、お子様が産まれたと聞いています。こんなところでフラフラしていると、また奥方様に怒られますよ」
 子どもが産まれてから、前ほどではないが、エドワード王子がたまに店に顔を出すようになった。

「今日はマティに言伝があってね。近いうちに陛下が話をしたいらしい」
 は? なぜ? ラルフ様が何かしたんだろうか?
 僕は陛下に呼び出されるようなことはしていないはず。

 僕は断れるはずもなく、いつ出向けばいいのかを聞いた。近いうちと言われたけど、まさか明朝なんて言われると思っていないから、マチルダさんに日程の調整をお願いすることになった。
 なんでそんな急なんだ。下々の者は暇だと思われているんだろうか?

「ラルフが暴れるといけないから、ラルフには内緒ってことで頼むね」
「……分かりました」
 今日はクリスマスローズの花束を買って帰っていった。奥方様にあげるんだろう。


 翌朝、ラルフ様を見送ると、急いで正装に着替え、リーブに馬車で王城へ送ってもらった。
 なぜ呼び出されたのか分からず、しかもラルフ様に内緒だと言われてますます怪しいし、不安な気持ちで王城の廊下を歩いていく。

 コンコン
「マティアス・シュテルター様をお連れしました」
「入れ」

 いつかラルフ様と一緒に訪れた、陛下の執務室だ。緊張しながら部屋に入ると、陛下が難しい顔をして執務机の向こうに座っていた。隣には宰相もいる。エドワード様はいないようだ。

「呼び出してすまない。座ってくれ」
 陛下と宰相もソファに移動してきて、向かいに座ると、僕も浅くソファに腰を下ろした。すぐに使用人が呼ばれて紅茶が用意されたけど、お茶を飲みながら話すってことは長くなるんだろうか?

「単刀直入に聞くが、今の国の在り方に不満があるんだろうか?」
「はい?」
 陛下が何を言っているのか分からなかった。どこが単刀直入なんだろうか? 全然分からない。

「プレートアーマーを注文しようとしたと聞いた。その後、チェーンメイルを複数注文したと。フックス家、シュテルター本家からも同時期にチェーンメイルの注文があったとか。野営道具も購入したと聞いた。出奔か、それとも戦を仕掛けるか、どうか思い留まってはもらえないだろうか?」
 全然、全然違いますから。そんな企ては全くありません。
 戦争で勲章を戴くようなラルフ様が防具を私的に購入すると、こんなことが起きるのか。
 野営道具というのも、庭で野営の真似事をしただけだ。シルがとても喜んでいた。
 しかし、説明するのは恥ずかしい……

「プレートアーマーは購入しません。
 チェーンメイルは、騎士たちのものではなく、私と息子のものでして……」
 親族に息子を紹介する時にラルフ様が用意したのだと伝えた。実際にそれを着たんだ。フックス家やシュテルター家にも確認をとってもらえば分かる。ラルフ様の部下の人たちも見ている。
 それとフックス家とシュテルター家がチェーンメイルを買ったのは、シルの従兄弟に当たるクリスとフィルが欲しがったからだと思う。オーダー表のサイズを確認してもらえれば、誤解は解けるだろう。
 野営道具も、遊びの一環で、庭でテントを張って肉を焼いて食べたりしただけだと伝えた。

 野営はいいとして、チェーンメイルを着て親族に会ったなんて、他の誰にも知られたくなかった。なぜ僕はこんな恥ずかしいことを陛下に明かさなければならないのか……

「……そのような理由ですので、出奔する気も戦を仕掛ける気もございません。うちの夫のせいでご心労をおかけし、申し訳ございませんでした」
「そうだったのか。誤解ならいいんだ」
 明らかにホッとしている陛下はまだいい。宰相、そんな哀れみの目で見ないで……


 説明を終えて、なんとも言えない空気感の中、冷めてしまった紅茶を一口だけ喉に流し込んだ。
 この紅茶は僕の気分を落ち着かせて、思い留まるよう説得するために用意されたものなんだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 もう説明は済んだし、帰ろうかと思った時、部屋の外が騒がしくなって嫌な予感がした。
 僕が陛下に呼び出されたことがラルフ様にバレたんだろう。バレるの早かったな。
 駐車場でうちの馬車を見つけたのか、花屋に行ったら僕がいなかったから探したのか、何れにせよラルフ様に心配をかけてしまった。

 バッターンッ
 扉が開いた……わけではなく、扉が外れて部屋の内側へ倒れてきた。
 ええー!? 壊したの?

 キラキラと舞い散る埃と共に駆け込んだ近衛騎士たちが、驚く陛下をサッと囲んだ。
 僕もラルフ様に一瞬で攫われて後ろに隠された。
 これが一触即発ってやつか。双方から殺気が飛んで息が苦しい。

「ラルフ様、僕は陛下と少しお話をしていただけですよ。もうそろそろ帰ろうと思っていたところです。何もされていませんから、落ち着いてください」
「そうだ、マティアスの言う通りだ。お前たちも警戒を解け」
 陛下もそう言って下さったので、やっと張り詰めた空気が少しマシになった。

「ラルフ様、家まで送っていただけますか?」
 僕は冷静なふりをして、なんとかこの場から退散する方法を考えた。「仕事に戻ってください」では、ラルフ様は素直に戻らないだろうと考えて、一緒に連れていくことにした。

「分かった」
 少し不満そうな様子ではあるものの、ラルフ様は了承してくれた。僕を安全に家に届けることを優先してくれたらしい。

「陛下、扉の修繕費はご請求いただいて構いません」
 いくらかかるのか想像しただけで恐ろしいが、うちの夫がやったことだ。仕方ない。しばらくは質素な食事になりますが我慢してくださいね。

「いや、構わない。マティアスをシュテルター隊長に黙って呼び出したこちらにも非はある」
 陛下の寛大なお心に感謝いたします。うちの質素な食事は回避された。

「では、私たちは失礼いたします」
「ああ、急な呼び出しに応じてくれたこと感謝する」

 退室すると、僕は極度の緊張から解放されて、崩れそうになった。
 死ぬかと思った……
 その場を収めて退室できたことが奇跡のようだ。
 崩れそうになった僕は、ラルフ様にサッと抱き抱えられて運ばれた。

 もう呼び出されないといいな……
 僕は背中が冷や汗でビショビショになったけど、大変なことにならなくてよかった。
 一歩間違えば謀叛や不敬罪になった可能性もある。

 馬車に乗っても、ラルフ様は僕を膝の上に抱えたまま離してくれなかった。
 王子に黙ってろと言われたら僕は従うしかない。心配かけたのは悪かったけど、ラルフ様がプレートアーマーなんか買おうとするからこんなことになるんだ。
 普通の人はプレートアーマーなんて買おうと思わないんですよ。


 
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...