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本編

68話 冬の初めの学園祭 その4

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「あら、すっきりしてるわね・・・」

「甘いな・・・」

「でしょー」

「臭くないですわね」

「でしょー」

「飲みやすいな」

「でしょー」

「美味しいわね」

「でしょー」

「山羊のとは何が違うのだ?」

「知らなーい」

でしょでしょとうるさいのはミナである、七人は搾りたてのミルクの入った湯呑を手にすると自然と輪になって、舌鼓を打った、他の客の事もあり三口程度の少量であったが普段口にする山羊のミルクとはやはり大きく異なる、それが単純な感想となって口をつき、ミナは自慢げに一つ一つに胸を張る、

「やはり成分が少々違うんですよね」

タロウがレイナウトの疑問に答えた、

「セイブン?」

「はい、獣が違えばその乳の中身も変りますから、肉の味もそうでしょう?牛と山羊は当然異なります、あー・・・私の国での認識ですと、山羊の方が有効な栄養価は高いそうなんですが、空気に触れると臭みが出るとか、大して牛は栄養価は少ないですが臭みが出にくいのと大量に生産できるという点が利点とされていました」

「エイヨウカとな?」

「あー・・・含まれる物質の違いですね、同じミルクでも違うんですよ」

「・・・そのような事まで研究されているのか、主の生国では・・・」

「そーですねー、ですが、ほら、単純に味を比べてなんか良い感じとか濃いとか薄いとか、勿論美味しいとか不味いとかその程度ですよ、それを学者さんが難しそうな言葉で説明しているんです」

レイナウトの厳しい視線にタロウは適当に誤魔化す事を選んだ、ここで栄養価だの成分だのとを口にしたところで理解させる事は難しく、タロウもまた説明は出来るが自分の言葉で説明している訳では無い、逃げるが勝ちである、

「いや、それだけでも大したものだ、エイヨウカ・・・セイブン・・・面白い」

レイナウトはじっと湯呑を見つめる、飲み干してしまっているがもう少し欲しいかなと感じつつ、タロウの知見にも驚かされている、こんな些細な事でもどうやらまるで蓄えた知識が異なるらしい、クロノスやボニファースが頼りにするはずだと改めて思い知った、

「そうだ、寮でも山羊とか飼おうかしら?」

ソフィアがニヤリと振り返る、その先では別の訪問客が乳しぼりに挑戦しており、ルカスが楽しそうに指導にあたっている、獣の乳を初めて見たであろう幼子がミナ顔負けにギャーギャー騒いでおり、その両親であろう若い夫婦が朗らかに笑っていた、何とも幸せな光景となっている、

「いいのー?飼う、飼いたいー、絶対飼うー」

ミナが瞳を輝かせてソフィアを見上げた、

「あら、ミナにお世話出来るかなー?」

「出来るー、メダカもお世話してるもん、絶対できるー」

「そうだったわね、でも山羊かー・・・」

「牛でもいいぞ、後ろの土地開いてるだろ」

タロウがニヤリと口を挟む、

「いいの?ウシ、ウシさん飼いたい、乳しぼり練習するー」

「練習するって・・・もう、まぁ、慣れないと上手くならないけどねー」

「確かにな」

レインがウンウンと頷き、

「うむ、そうかもしれんな」

レアンも悔しそうに牛を見つめた、先程の乳しぼりはソフィアの後にマルヘリートとレイナウト、ライニールも挑戦したのであるが、当然のようにソフィアのように上手くは無い、これはソフィアが搾り切った為かとレイナウトは憤慨したのだが、ルカスがそんな事はないですよと一搾りしてみせれば勢いよくミルクが噴出し、レイナウトは悔しそうに黙るしかなかった、この手の技術には経験が何よりも必要であるとルカスがレイナウトを擁護し、レイナウトも確かにと大きく頷き、その場は丸く収まった、何もレイナウトも本気で怒っていた訳では無い、都会育ちの生粋の貴族であるレイナウトにとっては獣の乳しぼり等願えば実行する事も出来たであろうが、その発想に至る事はこの歳まで無く、それで咎められる事等あろう筈が無い、それはレアンもマルヘリートも同様で、ライニールもまた境遇的には同じ立ち位置と言えよう、

「まぁ、取り合えず、お嬢様は明日もいらっしゃるのでしょう?」

タロウが話題を変えた、ニコニコとレアンを見下ろす、

「その予定じゃ、今日はな、明日、父上と母上の案内役をしなければならないとなったものでな、ライニールと共に下見役なのじゃ」

「あら、そいう目的だったんですか?」

「そうなのじゃ、父上がどうしてもと言ってな困ったものじゃ」

レアンが薄い胸をこれでもかと張り上げる、どうやらカラミッドも我が娘の機嫌の取り方を心得たらしい、カラミッドもユスティーナも二日目に顔を出せばそれで済むであろうと高を括っており、また、その予定で動いてもいる為学園側でも配慮がなされる予定である、しかしレアンはそれではつまらないと言って騒ぎ出し、カラミッドは仕方が無いと別に必要も無いであろうが下見役を任せたのであった、しかし、どうやらそれは有効そうである、やはり学園の催事は内容が濃い、一行はしっかりと目にしたのは高々二か所であるが、その二つだけでも来た価値があったと思われるものであった、

「それは頼もしい」

タロウは柔らかい笑みを浮かべると、湯呑を回収する、何もタロウがそこまでする必要は無いが、ルカスの手伝いついでの乗り掛かった舟であった、

「タロー、一緒に行こー」

ここはもう終わりかなと一行が家畜小屋を出ようとすると、ミナがタロウの足にしがみつく、今朝がたタロウと祭りに行けるとミナははしゃいでいたのであるが、タロウは仕事だとあっさりと姿を消しており、何気に寂しく思っていたのだ、

「ん?あっ、そっか、それもいいのか・・・」

「そうね、ついでだわ、案内しなさい」

ソフィアもニヤリと微笑む、どうやら今日のソフィアは機嫌が良いらしい、単に久しぶりに乳しぼりをした為か、この学園祭がどうやら騒いで楽しむだけの祭りでは無いと気付いた為かは分らない、少なくとも夫であるタロウとしては妻の上機嫌は嬉しい事である、

「案内って、俺はだって別に詳しくないぞ」

「いいから、どうせ暇なんだから来なさいよ」

「それを言われるとな・・・」

タロウは確かにそうだなとルカスに一言告げて一行と共に家畜小屋を後にした、放牧場の見物客は先程よりも増えており、皆初めて見る牛と豚を見つめて言葉も無い様子である、一行はそれを横目にしつつ廊下に入った、

「では、どれかのう」

先を行くレアンがキョロキョロと廊下に並ぶ看板を見渡す、先程ミナを追って通り抜けただけになってしまい、改めて看板を見つめてどれが良いかと値踏みしている、

「先に行きたいところがあるのじゃが」

唐突にレイナウトが口を開いた、今日はレアンとマルヘリートのお守りだなと気楽に足を運んだのであるが、先程学園長から大変に興味深いことを耳にしている、

「そうですか、では、そこへ」

レアンが嬉しそうにレイナウトを見上げ、マルヘリートは珍しい事もあるものだと振り返る、普段のレイナウトであればレアンや自分を優先する筈で、自分の希望を口にする事はまず無かったのである、

「そうか、ありがたい、では」

とレイナウトは大股で先を歩き出し、玄関ホールの近くまで戻ると、

「これじゃな」

と看板を見つめて足を止めた、

「むぅ、ここですか?」

「あら、こういうのもあるの?」

レアンとソフィアが意外そうに目を丸くする、

「うむ、学園長がな、これは面白いぞと一押しでな」

「へー、学園長が・・・あまり好きでは無いと仰っていたような・・・」

ソフィアが首を捻る、その部屋は神殿の出し物が集まった部屋であった、扉から覗く限り閑散としている、玄関ホールに近く廊下を歩く人波も多い絶好の場所であると思われるが、どうやらわざわざ顔を出す信心深い者は少ないらしい、

「まぁ、グルリと見てみよう」

レイナウトが教室内に入ると、各神殿の担当者であろうか、神殿毎に数人が所在無げに佇んでおり、見物客がいない為か接客している様子は無い、

「ほう・・・なるほどな、これか・・・」

レイナウトが学園長から聞いた掲示物を見付けて歩み寄った、どうやら四つの神殿それぞれの様式でもって掲示されているそれは、各神殿が信奉する神の生い立ちや物語、さらにその遺構とされる施設を絵と文章で紹介したものであり、さらに各神殿の注釈も入った読み物として大変に良く出来た品であった、

「むっ・・・これはあれですな、神殿に行くと神官が長々と話す・・・」

「そうじゃな、説教の元になった逸話だのなんだのだ、そこの、それで良いか?」

レイナウトが恐らく今日初めての客である為ポカンと一行を眺めてしまっていた如何にも神官風の男に声をかけた、すると、

「はっ、はい、その通りです、こちら、ウィレムクルミルド神の成り立ちと冒険譚、そこから導き出される格言と望まれる生き方を説いておりまして」

慌てて早口になる神官である、

「それは分かっておる、しかし、こうして掲示するのは珍しいのではないか?確か口伝を主としていた筈だな、故にこのように文章にする事は無いと聞いておるぞ」

「はい、その通りです、ですが神殿内ではどうしてもそれだけでは形が変り過ぎるとの懸念がありまして、数年前から今の形を遺そうとこうして文章にしております」

「今の形?」

「はい、口伝ですと、神官によって、また地方によって形が変わるものです、また、他の神々の逸話も混ざっている事が多く、であればと各神殿とも協議しまして、口伝そのものは良しとし、ただ、数年に一度、その時代の逸話なり解釈なりを遺そうと」

「それは矛盾するのではないか?先に行けば行くほどに」

「そうなのですが、それを観測する目的もあります」

「観測・・・また学術的な言葉だな・・・神殿とは思えん」

「それは・・・手厳しい、ですが現状、伝統的な手法を崩さず、さらにその変化を知る為にはこの手法が最も良いと・・・他の神殿とも協議の上でありまして」

神官は額の汗を思わず拭ってしまった、今日初の来客である、挙句まさかその客から話しかけられるとはまったく思っていなかった、その上やたらと神殿にも詳しいらしくどう見ても貴族である、話しやすい相手ではあるが変な事は言えないと背筋を伸ばし緊張してしまったのである、

「それは良いが・・・いや、なるほど、学園長がな、実に良いと言っていたが・・・なるほど、学園長が学術的に正しいと喜んでおった意味が良く分かる、変化の観測だな、うん、面白い、すると、あれか、これの前のものもあるのか?」

「はい、これは言うなれば二世代目になります、今年に入ってから編纂されたものですね」

「どう変わった?」

「すいません、具体的にこうである・・・と説明するのは難しいのですが、二つを並べないと確かな事は申し上げにくくて、不正確に伝えるのは失礼かと思います、ですが・・・大きなところですと、この逸話なのですが・・・」

神官はより具体的に説明を始める、レイナウトは実に真剣に耳を傾けており、マルヘリートとレアンは何が何やらといった感じであったが、神官の説明は実に耳に心地良かった、神官もまた神殿にその生涯を捧げた人物であり、無論己が信奉する神に忠誠を誓っている、そしてこれこそが大事なのであるが、信者を増やすことを命題としていた、するとやはり必然的に口は上手くなり、説明上手ともなるものなのであろう、

「あれはー、あれはなにー」

真面目に耳を傾けるレイナウトらの後ろではミナが掲示された神々の肖像画を指差しては大声を上げ、さらに各神殿が持ち込んだ簡易祭壇を遠慮無く覗き込んでいる、ソフィアとタロウはいちいちすいませんすいませんと平謝りであったが、簡易神殿はどうやらあくまで掲示物として持ち込んでいるらしく、どの神殿もその中を覗く事を止める事は無く、それどころかここはこうなっているのですよと、積極的に説明し始める程であった、どうやら持ち込まれたそれらは鑑賞用らしい、

「ふん・・・」

しかし、そこで一人不愉快そうに鼻を鳴らすのはレインであった、簡易神殿の一つを睨むように見上げて何とも渋い顔である、

「あら・・・あっ、そっか、駄目?」

ソフィアが気付いて微笑みかける、レインであれば変な事にはならないであろうが、かと言って何気に事の中心となる存在ではある、タロウもまた、

「あー・・・どういうもんなんだ?」

と不思議そうにレインを見下ろした、特に他意は無い、純粋な疑問である、

「どうと問われてもな、まったく・・・好きにすれば良いのだ」

レインは口をへの字に曲げて、腕を組んでフンスと鼻息を荒くした。
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